第44話 後半 初めての護衛依頼は想像以上に気を使う仕事だった件
焚き火の向こう、夜の森がわずかに揺れた。
ユウトは視線を固定したまま言った。
「何かいます」
ダインが立ち上がる。
「数は」
「まだ分かりません」
ガルドはすでに弓を手にしていた。
レイナも魔力を練り始める。
マリナは即座に商人の前に立った。
「馬車から離れないでください」
商人が緊張した顔で頷く。
「わ、分かった」
焚き火の音が急に大きく聞こえた。
夜の森は昼間とは違う。
木々の間に人の視線が潜んでいても不思議ではないし、獣の気配も分かりにくい。
ダインが低く言う。
「声を出せ」
「誰だ」
沈黙。
返事は無い。
だが次の瞬間、木の陰から人影が現れた。
一人。
そしてその後ろにもう二人。
武器を持った男たちだった。
商人が息を飲む。
「……盗賊か」
先頭の男が笑う。
「盗賊とは失礼だな」
「ちょっと通行料をもらうだけだ」
ダインは短く言った。
「消えろ」
男は笑ったままだ。
「五人護衛か」
「面倒だが、こっちも腹が減ってるんでな」
ユウトは槍を握り直した。
魔物とは違う。
相手は人間だ。
その分だけ、余計に気を使う。
ガルドが小さく言う。
「四人」
ユウトも目を凝らす。
「……いや」
「五人です」
ダインがわずかに頷いた。
「後ろにもいるか」
レイナが小声で言う。
「囲む気ですね」
マリナは静かに言った。
「商人さんは馬車の陰へ」
「絶対に前に出ないでください」
商人は青い顔で頷き、馬車の脇へ下がった。
先頭の男が剣を抜いた。
「大人しく荷だけ置いていけば」
「痛い目は見ずに済むぞ」
ダインは盾を構える。
「断る」
その一言で十分だった。
男たちの空気が変わる。
殺気が濃くなる。
ダインが言った。
「ユウト、前」
「はい」
「ガルド、右」
「任せろ」
「レイナ、後ろを牽制」
「了解です」
「マリナ」
ダインは一瞬だけ振り向いた。
「商人を守れ」
マリナは短く頷く。
「分かった」
次の瞬間、盗賊たちが一斉に動いた。
前方から二人。
右から一人。
左後方から二人。
ユウトは前から来た男を迎えた。
剣が振り下ろされる。
踏み込みは甘い。
ユウトは半歩だけずれて避け、その腕に槍の石突きを叩き込んだ。
「ぐっ!」
男の体勢が崩れる。
そのまま喉元へ穂先を突きつける。
男は慌てて後ろへ飛んだ。
もう一人が横から斬りかかる。
ダインが割って入った。
盾が剣を受ける。
重い音。
そのまま肩からぶつかり、相手を弾き飛ばした。
「甘い」
ダインの声は低い。
右側ではガルドの矢が飛んでいた。
盗賊の足元へ一本。
肩口へ一本。
致命傷ではないが、確実に動きを止める射だ。
「ちっ!」
男が木の陰に隠れようとする。
だがその先にもう一本矢が飛ぶ。
逃がさない。
ユウトは思わず思った。
(やっぱりすごいな)
ガルドの射は静かで、無駄がない。
相手を殺すためではなく、動きを封じるために打っているのがよく分かる。
後方ではレイナが魔法を放った。
水弾が地面に叩きつけられ、泥と水が跳ねる。
後ろから回ろうとしていた盗賊二人が思わず足を止めた。
「うわっ!」
「魔法使いがいるのかよ!」
レイナが言う。
「いますよ」
「見えなかったんですか?」
言いながらもう一発。
今度は男の足元に正確に当てる。
完全に牽制だ。
マリナはその後ろで商人を下がらせながら、周囲を見ていた。
「馬車から離れないでください」
「は、はい!」
その声には迷いがなかった。
前に出るのは得意ではない。
だが守るべきものがある時の判断は早い。
ユウトの前の男が再び剣を構える。
今度は慎重になっていた。
盗賊にしては無茶をしないタイプらしい。
「お前ら……新人じゃねえのかよ」
ユウトは槍を構えたまま答える。
「新人ですけど」
「十分強いですね」
男の顔が引きつった。
その瞬間、左側から別の盗賊が走ってきた。
「油断すんな!」
二対一。
ユウトは一歩下がる。
だがそこへダインが割り込んだ。
「下がるな」
「押す」
盾が前へ出る。
相手の剣が弾かれる。
ユウトはその隙に男の膝を打った。
「ぎゃっ!」
片膝をつく。
そこへ穂先を向ける。
「まだやりますか」
男は顔をしかめて動きを止めた。
ダインが低く言う。
「右」
ユウトは反射的に体を捻った。
飛んできた投げナイフが頬の横をかすめる。
ガルドの矢が飛ぶ。
ナイフを投げた盗賊の腕に突き刺さった。
「うあっ!」
そのままガルドが言う。
「森側にもう一人いる」
レイナがすぐに水弾を撃ち込む。
木の陰から舌打ちが聞こえた。
見えていない相手にも、位置さえ分かれば十分だった。
先頭の男が叫ぶ。
「ちっ、撤退だ!」
その瞬間、盗賊たちの空気が一気に変わる。
最初から根性で押し切るつもりではなかったのだろう。
相手が弱ければ襲う。
強ければ引く。
その程度の連中だ。
ダインが前へ出る。
「深追いするな」
ユウトは足を止めた。
ガルドも矢を一本だけ構えたまま、撃たなかった。
レイナが小さく息を吐く。
「逃げましたね」
森の中へ、男たちの気配が遠ざかっていく。
完全に消えるまで、誰も気を抜かなかった。
やがてダインが言う。
「終わりだ」
張りつめていた空気がわずかに緩む。
商人が馬車の陰から顔を出した。
「た、助かった……」
マリナが言う。
「怪我はありませんか?」
「ない」
「だが、心臓に悪いな……」
ガルドが周囲を確認しながら言った。
「街道で一番厄介なのは、こういう連中だ」
「魔物より人間の方が面倒なことも多い」
ダインが頷く。
「数だけは読みにくいからな」
ユウトは槍を下ろした。
手の中にじっとり汗をかいている。
魔物相手とは違う疲れがあった。
レイナが言う。
「でも、うまく動けましたね」
マリナも頷く。
「ええ」
「隊形を崩さなかったのが良かったわ」
ダインがユウトを見る。
「前に出過ぎなかったな」
「一応」
「前に出たら怒られそうだったので」
ダインが小さく鼻を鳴らした。
「正解だ」
ガルドも言った。
「護衛はそれでいい」
「倒すことより、崩れないことの方が大事だ」
商人はようやく落ち着いたらしく、馬車に寄りかかって息をついた。
「なるほどな……」
「護衛ってのは、ただ戦えるだけじゃ駄目なんだな」
マリナが言う。
「守る位置を崩したら意味がありませんから」
商人はユウトを見る。
「酒の話は聞いてたが」
「仕事は真面目なんだな」
レイナが吹き出した。
「そこは本当にそうなんです」
ユウトは少し不満そうだった。
「俺、最初から真面目ですよ」
ダインが言う。
「仕事中はな」
商人が苦笑する。
「なるほど」
それは納得したような顔だった。
⸻
盗賊が引いたあとも、すぐに休むわけにはいかなかった。
ダインが言う。
「見張りを二重にする」
ガルドが頷く。
「俺が外を見る」
「俺も行く」
「いや」
ガルドはユウトを見た。
「お前は商人の近くに残れ」
「護衛対象を落ち着かせるのも仕事だ」
ユウトは少し驚いたが、すぐに頷いた。
「分かりました」
ダインとガルドが少し離れた位置を確認しに行く。
レイナは焚き火の火を見ながら、まだ周囲を警戒していた。
マリナが商人に温かいスープを渡す。
「飲んでください」
「助かる……」
商人は両手で器を持ちながら言った。
「正直、護衛を雇えばもっと気楽だと思ってた」
ユウトが言う。
「俺もです」
商人は苦笑する。
「お前が言うのか」
「初めてなんで」
「それでも十分だ」
商人は少し表情を和らげた。
「若いのに、ちゃんとしてるじゃないか」
ユウトは少し照れた。
褒められると、やっぱり悪い気はしない。
やがてダインとガルドが戻ってきた。
「周囲に気配は無い」
「しばらくは来ないだろう」
それでようやく全員が腰を下ろした。
焚き火の光が揺れる。
夜は深くなっていた。
レイナが小さく言う。
「初護衛、思ったより大変でしたね」
ダインが答える。
「まだ一日目だ」
「これからだぞ」
レイナは顔をしかめた。
「言わないでください」
マリナが静かに笑う。
「でも、いい経験にはなったわ」
ガルドも頷く。
「採取とは違う」
「護衛は気を抜く場所が無い」
ユウトは焚き火を見ながら思った。
確かにそうだ。
魔物を倒せば終わりではない。
道の状態、周囲の人間、護衛対象の位置、馬車の動き。
見るものが多い。
戦うより、壊さない方が難しい。
ダインが言う。
「だから面白い」
少し意外だった。
ユウトが顔を上げる。
「ダインさん、護衛好きなんですか」
「嫌いじゃない」
「意外です」
「うるさい」
ガルドが小さく笑った。
「こいつは面倒な仕事ほど嫌いじゃない」
レイナが言う。
「分かる気がします」
ダインは何も言わなかった。
⸻
食事のあと。
見張り順を決める。
ダインとガルドが前半。
ユウトとマリナが後半。
レイナはその間に休むことになった。
レイナが毛布にくるまりながら言う。
「今日はちゃんと寝ます」
ユウトが笑う。
「いつも寝てるだろ」
「今日は特によく寝ます」
マリナが小さく笑った。
「明日も動くんだから、その方がいいわ」
レイナはすぐに寝息を立て始めた。
商人も疲れていたのか、馬車の脇で毛布に包まっている。
焚き火の向こうではダインとガルドが小声で話していた。
ユウトは少しだけ空を見上げた。
星がよく見える。
「……」
マリナが横で小さく言った。
「どうしたの?」
「いや」
ユウトは少し考えてから言う。
「パーティっぽくなってきたなって」
マリナは少しだけ目を細めた。
「そうね」
「やっと形になってきた感じがするわ」
「うん」
少し沈黙。
それからユウトは言った。
「ガルドさん、入ってくれてよかったですね」
マリナも頷く。
「ええ」
「ダインさんだけじゃなくて、護衛慣れした人がもう一人いるのは大きいわ」
「ですね」
「あなたも」
「前よりちゃんと周りが見えるようになってる」
ユウトは少し照れた。
「そうですか?」
「ええ」
短い言葉だったが、それだけで少し嬉しかった。
焚き火がぱちりと鳴る。
静かな夜だった。
盗賊は来ない。
魔物の気配も、今は遠い。
だが護衛はまだ終わっていない。
明日、無事に市へ着くまでが仕事だ。
ユウトは毛布を引き寄せながら、小さく息を吐いた。
「ちゃんと成功させたいですね」
マリナは頷いた。
「もちろん」
そして少しだけ、いつもの先生らしい口調で言った。
「そのためにも、明日はちゃんと起きなさい」
ユウトは苦笑する。
「寝坊しませんよ」
「どうかしら」
「します?」
「しないで」
ユウトは笑った。
「はい」
焚き火の火は穏やかに揺れていた。
護衛依頼の一日目は、緊張と疲れを残しながら静かに終わっていく。




