第42話 ガルドの娘さんが回復したのでお礼の食事会に呼ばれたら、酔ったユウトが色々と大変だった件
それからしばらくの間、ユウトたちはいつも通り真面目に働いていた。
朝、ギルドへ向かう。
依頼を受ける。
森や街道へ出て、採取や雑務をこなす。
夕方、街へ戻って納品する。
派手さはないが、冒険者としては一番大事な積み重ねだ。
その日も朝から薬草採取の依頼だった。
ユウトが目的の草を見つけ、レイナが周囲を警戒し、マリナが全体を見ながら必要な指示を飛ばす。少し離れた位置ではダインが周囲の気配を探り、ガルドはさらに外側を見ていた。
五人で動くのにもすっかり慣れてきた。
以前よりも無駄が少ない。
会話しなくても、誰が何をするか自然に分かるようになってきている。
昼過ぎには依頼を終え、夕方には街へ戻った。
ギルドで納品を済ませると、受付嬢がにこやかに言った。
「最近、安定してますね」
ユウトは少し照れたように笑う。
「少し慣れてきました」
ギルドの建物を出る。
その時だった。
入口の脇で、ガルドが誰かと話していた。
女性と、小さな女の子。
ユウトたちに気付いたガルドが軽く手を上げる。
「こっちだ」
近づくと、女性が丁寧に頭を下げた。
「はじめまして。主人がお世話になっています」
柔らかい物腰の、落ち着いた女性だった。
その隣の少女も、少し緊張した様子でぺこりと頭を下げる。
「ありがとうございました!」
レイナがぱっと表情を明るくする。
「元気そうですね」
少女は大きく頷いた。
「はい!」
本当に元気そうだった。
頬に血色が戻っている。
声も明るい。
前に薬師の店で見た時とは、もう顔つきが違っていた。
ユウトはほっとする。
「よかった」
ガルドの妻が言った。
「娘の体調も、もうほとんど問題ないそうです」
「本当にありがとうございました」
ユウトは慌てて首を振る。
「いや、俺たちは薬草を運んだだけなので」
ガルドが横から短く言った。
「それが一番難しかった」
妻は少し笑う。
「それでも助けていただいたことには変わりません」
そして、一度ガルドを見てから続けた。
「もしご都合がよければ、今夜、家で食事をご一緒していただけませんか」
「改めて、きちんとお礼をしたいんです」
レイナが間髪入れずに言った。
「行きます!」
ダインも短く頷く。
「行く」
マリナはユウトを見る。
「黒崎くん」
その言い方で、だいたい何を言いたいのかは分かった。
ユウトは首を傾げる。
「え?」
レイナが小声で言う。
「先生、それ意味ないです」
ガルドの妻はきょとんとしていたが、ガルドだけは少しだけ遠い目をしていた。
「……まあ、来れば分かる」
⸻
夜。
ガルドの家は、前に来た時よりもずっと明るく感じた。
家の中には温かな匂いが広がっている。
テーブルの上には料理が並んでいた。
肉の煮込み。
焼いた魚。
香草を使った野菜料理。
焼きたてのパン。
湯気の立つスープ。
どれも家庭的だが、丁寧に作られているのが分かる。
レイナが目を輝かせた。
「すごいですね」
ガルドの妻が少し照れたように笑う。
「簡単なものばかりですよ」
「遠慮せず食べてください」
少女も嬉しそうだった。
「今日はいっぱい食べてね!」
食事は和やかに始まった。
ガルドの妻の料理はとても美味しかったし、娘も元気いっぱいに話すので、空気が自然と明るくなる。
ガルドは普段より口数が少しだけ多かった。
ダインもそれなりに返事をしている。
マリナはそんな様子を見て、どこか安心したように笑っていた。
ユウトも思った。
やっぱり、こういう食卓はいい。
しばらくして、ガルドの妻が棚から酒瓶を持ってきた。
「今日はお祝いですから」
「少しだけ、どうですか?」
その瞬間、マリナが反射的にユウトを見る。
レイナも同じだった。
ユウトは二人の視線の意味が分からず、少しだけ首を傾げる。
「……?」
レイナが小声で言う。
「先生」
「もう止めても無理です」
マリナはため息をついた。
「そうね……」
ガルドの妻はまだ事情を知らないので、不思議そうな顔をしている。
ガルドだけは黙っていた。
そして何も言わずに、自分の娘と妻の椅子の位置をさりげなく変えた。
先生が隣にいれば大丈夫だとは思う。
だが、念のためだ。
娘の椅子を少し後ろへ。
妻の椅子も、ユウトの手が届かない位置へ少し横にずらす。
あまりにも自然すぎて、事情を知らなければ気付かないくらいだった。
レイナがそれを見て小声で言う。
「避難させましたね」
ダインが頷く。
「父親として正しい判断だ」
「何の話だ」
ガルドはそう言ったが、否定はしなかった。
ユウトはよく分からないまま酒を受け取る。
「じゃあ、少しだけ」
一口。
そして二口。
その数秒後だった。
ユウトは静かに立ち上がった。
ダインが腕を組む。
「始まったな」
レイナが小さく言う。
「早い」
ユウトはマリナをじっと見た。
真面目な顔だった。
マリナが少し身構える。
「……なに?」
ユウトは言った。
「先生」
「ウエストが引き締まってます」
一瞬、部屋が静まり返った。
マリナはきょとんとする。
「……え?」
ユウトは真剣に頷く。
「いい感じです」
「健康的です」
マリナは顔を赤くしながら、何故かえっへんと胸を張った。
「そ、そう?」
レイナが思わず声を上げる。
「先生!?」
ダインがぼそっと言う。
「そこ喜ぶのか」
次の瞬間。
ユウトは――
がっちりマリナに抱きついた。
「黒崎くん!?」
「先生」
「落ち着きます」
レイナが額を押さえる。
「出ました」
ダインが短く言う。
「抱きつき癖」
娘は目をきらきらさせていた。
「すごい!」
「かっこいい!」
ガルドが即答した。
「違う」
娘は不満そうに口を尖らせる。
「でもすごい!」
「違う」
「かっこいい!」
「違う」
会話が成立していなかった。
その間にガルドはさらに妻と娘の椅子を少しだけ離した。
念には念を入れるらしい。
ユウトは抱きついたまま、ふいにガルドの方を見る。
「ガルドさん」
「なんだ」
「奥さんとラブラブでとってもグッドです」
数秒遅れて、レイナが吹き出した。
ダインも口元を押さえる。
ガルドは顔をしかめる。
「うるさい。黙れ」
ガルドの妻は、しかし少し顔を赤くしていた。
「……そ、そんな」
ユウトは真剣なままだ。
「娘さんも大事にしてて」
「いい家族です」
「とてもグッドです」
ガルドの妻は照れたように笑った。
「ありがとうございます」
ガルドはすぐに言う。
「礼を言うな」
娘はさらに目を輝かせる。
「お父さんラブラブ!」
「違う」
「ラブラブ!」
「違う」
レイナが肩を震わせながら笑う。
「完全に認定されましたね」
ダインが小さく言う。
「諦めろ」
ユウトはさらにマリナに抱きつく力を強めた。
「先生」
「落ち着きます」
マリナは真っ赤なまま、軽くため息をついた。
「……もういいわ」
レイナが横から覗き込む。
「あ」
マリナはユウトの腕を軽く叩く。
「はいはい」
「わかったから」
「落ち着きなさい」
ユウトは満足そうに頷いた。
「先生」
「ありがとうございます」
その様子を見ていたガルドの妻が、思わずというように呟く。
「……あの人すごいですね」
レイナが頷く。
「先生のことです」
妻は感心したように言った。
「普通、ここまで抱きつかれたら逃げますよね……?」
ダインが言う。
「正しい判断だ」
レイナも言う。
「もう受け流した方が早いんです」
マリナは顔を赤くしたままだった。
「受け流してるわけじゃないわよ!」
だが説得力は薄かった。
食事会は、そのあともなかなか静かには終わらなかった。
ユウトはしばらくマリナに抱きついたまま、ガルドに家族は大事だとか、奥さんをちゃんと大事にしてくださいとか、そういうことを真面目な顔で言い続けていた。
ガルドはそのたびに短く返す。
「してる」
「分かってる」
「うるさい。黙れ」
だが、どこか少しだけ困ったような、照れたような顔でもあった。
娘は最後まで「かっこいい!」と言い続けていた。
⸻
食事会が終わった頃には、外はすっかり夜だった。
ユウトはまだマリナに抱きついたままだ。
「黒崎くん、離れなさい」
「先生」
「落ち着きます」
レイナが笑う。
「もう無理ですね」
ダインはあっさり言った。
「諦めろ」
ガルドが小さく息を吐く。
「……ある意味すげぇな」
そのまま四人は宿へ向かうことになった。
ユウトはマリナにがっちり抱きついたまま歩く。
マリナは顔を真っ赤にしながら、それでも強引に引き剥がそうとはしなかった。
通りを歩く人々が、さすがにざわつき始める。
「なんだあれ」
「痴話喧嘩か?」
「いや、あれは……仲良いだけじゃないか?」
「冒険者だろ?」
「先生って呼んでないか?」
レイナは横で肩を震わせていた。
「注目されてますよ」
「分かってるわよ……!」
ユウトは満足そうに言う。
「先生」
「やっぱり落ち着きます」
「……そう」
マリナは小さく答えて、それ以上は言わなかった。
宿屋までの道のりは、やたら長く感じられた。
こうして――
ユウトの酒癖は、また一つ街の記憶に刻まれることになったのだった。




