第40話 ガルドの娘が回復したのでお礼の食事会に呼ばれたらユウトが酒を一口飲んだだけで大変なことになった件
薬師の店を出た頃には、街の空が夕焼けに染まり始めていた。
石畳の通りにはまだ人の流れがあり、商人や冒険者がそれぞれの夜へ向かって歩いていく。
ガルドは少し前を歩きながら、ふいに立ち止まった。
振り返る。
「……助かった」
それだけだった。
だが、その声にはこれまで聞いたことのない重さがあった。
ユウトは少し照れたように笑う。
「いや、俺たちは薬草取ってきただけですし」
レイナが肩をすくめる。
「それが一番難しいんですけどね」
マリナも頷いた。
「本当に間に合ってよかったわ」
ガルドは数秒考えてから言った。
「礼をさせてくれ」
ユウトが首を傾げる。
「礼?」
「食事だ」
ガルドはそう言った。
「娘の命を救ってもらった」
「何もしないわけにはいかない」
レイナがぱっと笑顔になる。
「いいですね!」
マリナも小さく笑った。
「遠慮する理由はないわね」
ダインが短く言う。
「行く」
こうして、その日の夜。
五人は共和国の酒場へ向かうことになった。
⸻
酒場はかなり賑わっていた。
木造の広い店内には灯りが並び、笑い声と酒の匂いが満ちている。
冒険者や商人が席を埋め、どこも活気に満ちていた。
席につくとすぐ料理が運ばれてくる。
焼いた肉。
香草のスープ。
焼きたてのパン。
遠征の保存食とは比べものにならない。
レイナが目を輝かせる。
「美味しそう!」
ユウトも思わず笑う。
「遠征のあとだしな」
ガルドが言う。
「今日は俺の奢りだ」
「遠慮するな」
ダインはすでに肉を切っていた。
マリナが笑う。
「早いわね」
「腹が減ってる」
それだけだった。
料理は本当に美味しかった。
遠征の疲れもあり、みんなよく食べた。
やがて店員が酒を運んできた。
ガルドが言う。
「祝いだ」
「一杯くらい付き合え」
レイナは普通にグラスを持つ。
マリナも少し迷ってから持った。
ユウトもつられてグラスを手に取る。
「乾杯」
グラスが軽く触れる。
ユウトは一口飲んだ。
次の瞬間。
「……っ」
喉が焼けた。
ユウトは思わず咳き込む。
レイナが驚く。
「黒崎くん?」
ユウトは顔をしかめた。
「これ……強くない?」
ガルドが言う。
「弱い酒だ」
「子供でも飲める」
レイナ
「え」
ユウトはもう一口飲んだ。
そして数秒後。
ゆっくり立ち上がった。
真剣な顔でマリナを見る。
「先生」
マリナ
「え?」
ユウトは言った。
「先生って」
「いつも綺麗ですよね」
一瞬、空気が止まる。
レイナが吹き出した。
「いきなり!?」
ユウトは続ける。
「なんていうか」
「今日は特に輝いて見えます」
マリナの顔が一気に赤くなる。
「ちょっと!」
レイナが小声で言う。
「まずい」
そして静かに椅子から立ち上がる。
「ちょっと外の空気を…」
ユウトが振り向く。
「レイナ」
「はい?」
ユウトは首を傾げた。
「少し痩せました?」
レイナ
「え」
ユウトは続ける。
「でも元気そうです」
「いいと思います」
レイナ
「いやいやいや!」
ダインが肉を食べながら言う。
「面白い」
ガルドも腕を組む。
「見てる分にはな」
そのときだった。
ユウトが突然マリナに抱きついた。
マリナ
「ちょっと!?」
ユウトは真剣な顔だった。
「先生」
「いい匂いします」
レイナ
「うわぁ……」
マリナ
「離れなさい!」
ユウトは首を振る。
「嫌です」
「落ち着きます」
レイナが言う。
「先生」
「生贄ですね」
「誰が生贄よ!」
そのときユウトはふいにガルドを見る。
「ガルドさん」
ガルド
「なんだ」
ユウトは言った。
「奥さん」
「泣いてます」
ガルド
「は?」
ユウトは続ける。
「娘さんが助かって」
「嬉しくて泣いてます」
数秒の沈黙。
ガルドはゆっくり息を吐いた。
「……そうだな」
「たぶん今ごろ泣いてる」
レイナが驚く。
「当たってるんですか?」
ガルドは苦笑した。
「ずっと心配してたからな」
ダインが言う。
「それは泣く」
ユウトは満足そうに頷く。
「よかったです」
「家族は大事です」
そしてまたマリナを見る。
「先生」
マリナ
「何よ」
ユウトは言った。
「俺、先生好きですよ」
レイナ
「うわぁ」
マリナ
「なっ……」
ユウトは続ける。
「先生はなんで言ってくれないんですか」
「俺のこと好きって」
レイナが小声で言う。
「重い」
ダイン
「面白い」
ガルド
「すごいな」
マリナは真っ赤だった。
「酔ってるだけよ!」
ユウトは首を振る。
「違います」
そしてまた抱きつく。
「先生」
「落ち着く」
レイナが言う。
「先生」
「どうします?」
マリナは深く息を吐いた。
そして言った。
「……もういいわ」
「え?」
「好きにしなさい」
「いくらでも抱きつきなさい」
「嗅ぎなさい」
レイナ
「諦めた!」
⸻
翌朝。
ユウトは目を覚ました。
頭はすっきりしていた。
「……よく寝た」
マリナが腕を組んで座っていた。
ユウト
「おはようございます」
マリナ
「……」
ユウトは笑う。
「お酒って美味しいですね」
レイナが後ろで言った。
「黒崎くん」
「昨日のこと覚えてます?」
ユウトは首を傾げる。
「昨日?」
レイナ
「……」
ダインが言った。
「また飲ませよう」
ガルドも頷く。
「見てる分には面白い」
マリナ
「やめなさい!」
ユウトは元気に言った。
「また飲みに行きましょう!」
こうして――
ユウトの酒癖伝説が始まったのだった。




