第39話 高山薬草を持ち帰って薬師にワタシたら娘さんの治療が始まった件
山を下りる頃には、太陽はすっかり高くなっていた。
朝の冷たい空気は消え、代わりに少し暖かい風が吹いている。
だがユウトたちは休まず歩き続けていた。
ダインが前を歩く。
ガルドはそのすぐ後ろ。
レイナとマリナが続き、ユウトが最後尾だった。
レイナが小さく息を吐く。
「結構きついですね」
ユウトも頷く。
「下りの方が足に来るな」
マリナが言う。
「転ばないように気をつけて」
山道は思った以上に険しい。
岩の多い斜面を慎重に降りていく。
それでも五人の足取りは軽かった。
理由は一つだ。
薬草がある。
ユウトの収納の中に、月白草が十本入っている。
ガルドが振り返った。
「状態は大丈夫か」
ユウトは答える。
「はい」
「変化はないです」
実際、鑑定で確認しても状態は変わっていない。
だがユウトはそれを口には出さない。
ガルドはそれ以上聞かなかった。
「そうか」
それだけ言って、また前を向いた。
ダインが言う。
「街まで戻れば終わりだ」
レイナが小さく笑う。
「まだありますよ」
「薬師さん」
ガルドが頷く。
「そうだ」
「薬師のところへ直行する」
⸻
街に戻ったのは、昼をかなり過ぎた頃だった。
エルドリア共和国の門をくぐると、朝とは違う活気が広がっている。
商人の声。
荷車の音。
人の流れ。
だがガルドは立ち止まらない。
「こっちだ」
街の中央ではなく、少し外れた通りへ入る。
石造りの建物が並び、その中の一つの前で足を止めた。
看板には薬草の絵が描かれている。
薬師の店だ。
ガルドが扉を開けた。
「戻った」
店の奥から老人が顔を出した。
白い髭の細い男だった。
「遅い」
それが最初の言葉だった。
ガルドは言う。
「薬草だ」
ユウトを見る。
ユウトは収納から月白草を取り出した。
十本。
カウンターに並べる。
老人の目が細くなる。
一本手に取る。
匂いを嗅ぐ。
葉を触る。
沈黙。
そして小さく言った。
「……いい」
もう一本確認する。
そして頷いた。
「状態は保たれている」
ガルドが息を吐いた。
ユウトも少し安心する。
老人は言った。
「調薬する」
「時間がいる」
ガルドが言う。
「どれくらいだ」
「半刻」
老人はそう言うと、薬草を持って奥へ入っていった。
店の中は静かだった。
レイナが小さく言う。
「緊張しますね」
マリナも頷く。
「そうね」
ガルドは何も言わない。
ただ椅子に座り、両手を組んでいる。
その手は、少しだけ震えていた。
ユウトはそれを見て、何も言わなかった。
半刻。
長い時間だった。
やがて奥の扉が開いた。
薬師が戻ってくる。
手には小さな瓶があった。
透明な液体が入っている。
老人は言った。
「できた」
ガルドが立ち上がる。
「娘は?」
「奥だ」
ガルドはすぐに奥へ向かった。
ユウトたちはその後ろについていく。
奥の部屋は小さかった。
ベッドが一つ。
その上に、小さな女の子が横になっていた。
七歳くらい。
顔色は少し青白い。
だが、目は開いていた。
ガルドを見る。
「……お父さん」
小さな声だった。
ガルドはベッドの横に膝をついた。
「戻った」
薬師が瓶を差し出す。
「飲ませろ」
ガルドは慎重に娘を起こす。
瓶の中の薬を口に運ぶ。
女の子はゆっくり飲んだ。
そして再び横になる。
薬師が言った。
「すぐには変わらん」
「少し待て」
部屋は静かだった。
誰も声を出さない。
数分。
そして――
女の子の呼吸が少し落ち着いた。
顔色も、ほんの少しだけ良くなる。
薬師が頷いた。
「効いている」
ガルドの肩が震えた。
レイナが小さく息を吐く。
マリナも少し目を閉じた。
ガルドは娘の手を握る。
「……よかった」
それだけだった。
だがその一言に、全部が入っていた。
薬師が振り向く。
「お前たち」
ユウトたちを見る。
「よくやった」
ユウトは少し照れた。
「いえ」
レイナが笑う。
「黒崎くんが頑張りました」
ユウトが言う。
「いや、みんなですよ」
ダインが言う。
「全員だ」
ガルドは立ち上がった。
ユウトたちを見る。
そして深く頭を下げた。
「ありがとう」
ユウトは慌てた。
「やめてください」
ガルドは顔を上げる。
そして静かに言った。
「この借りは忘れない」
その目は真剣だった。
ユウトは少しだけ笑う。
「借りとかじゃないですよ」
「仲間ですし」
その言葉を聞いて、ガルドは少しだけ笑った。
その日、エルドリア共和国の小さな薬師の店で、一つの命が救われた。
そしてそれは、ユウトたちの冒険者としての旅の中で、初めての大きな出来事だった。




