第33話 隣国へ向かう街道で野営したら先生の料理をダインさんが静かに整えてくれた件
王都の城門を出ると、石畳の街道がゆるやかに丘の向こうへと続いていた。
振り返ると、王都の高い城壁が朝の光の中で静かにそびえている。
玲奈がぽつりと言った。
「ほんとに王国出ちゃうんですね」
「ですね」
俺はそう答えながら、城壁を見上げた。
王城での生活は長くはなかったが、それでも妙に懐かしい気がする。
先生も同じことを思ったのか、小さく息を吐いた。
「少し寂しい気もするわね」
俺は頷いた。
「みんな、まだ王国ですよね」
「ええ」
先生はゆっくり答える。
「もう少し訓練してから旅立つ予定よ」
玲奈が苦笑する。
「私たちだけ先に出ちゃいましたね」
その会話を聞きながら、前を歩くダインは振り向かない。
ただ黙って街道を進んでいる。
歩くペースは思ったより速かった。
玲奈が言う。
「ダインさん、歩くの速いですね」
ダインは短く答えた。
「遅いと野営が増える」
「なるほど」
俺は思わず頷いた。
確かに、日が落ちてから慌てて野営地を探すのは危険だ。
ダインは街道を見ながら続けた。
「日が落ちる前に止まるのが基本だ」
「了解です」
こういうところは、やっぱり経験の差を感じる。
⸻
昼過ぎ。
街道脇の木陰で休憩することになった。
俺は収納から水袋と保存食を取り出す。
ついでに果物もいくつか出した。
玲奈が感心したように言う。
「収納あると楽ですね」
「そうですね」
荷物を背負わなくていいのは本当に助かる。
ダインも頷いた。
「冒険者向きだ」
それだけ言って、果物を一つ手に取る。
寡黙だが、こういうところでちゃんと評価してくれるのがダインらしい。
しばらく休憩してから、また歩き出す。
玲奈が歩きながら聞いた。
「隣国ってどんな国なんですか?」
ダインは少し考えてから答えた。
「王国とは違う」
「都市国家の集まりだ」
「都市国家?」
俺は聞き返した。
ダインは頷く。
「王や貴族はいない」
「街ごとに自治してる」
玲奈が目を丸くする。
「へえ」
「じゃあ国王とかいないんですね」
俺が言うと、ダインは短く答えた。
「ああ」
「その代わり街ごとの権力者はいる」
玲奈は少し考えてから言った。
「なんか自由そうですね」
ダインは前を見たまま言う。
「自由だ」
「その分、全部自己責任だがな」
なるほど。
確かに、俺たちには向いている国かもしれない。
⸻
夕方。
太陽が山の向こうに傾き始めた頃、ダインが足を止めた。
「今日はここまで」
街道から少し外れた場所だ。
視界が開けていて、周囲も見渡しやすい。
野営地としては悪くない。
俺は頷いた。
「了解です」
野営の準備が始まる。
役割は自然と決まった。
俺は焚き火。
先生は料理。
玲奈は警戒。
ダインは周囲確認。
俺は収納から食材を取り出す。
肉、野菜、香草。
先生がそれを受け取って鍋の準備を始めた。
玲奈は周囲を見ながら、時々鍋の様子も見ている。
そして言った。
「先生、それ入れ過ぎると辛くなりますよ」
先生は手を止めた。
「え、そう?」
玲奈は即答する。
「それ多いです」
先生は少し悩んでから言った。
「大丈夫よ、多分」
……いや、多分って。
俺は焚き火を調整しながら苦笑する。
そこへ、周囲の確認を終えたダインが戻ってきた。
鍋を見た。
少し沈黙。
先生が言う。
「えっと……」
ダインは静かに言った。
「先生」
「警戒を頼む」
先生は一瞬驚いたが、すぐ頷いた。
「……わかったわ」
腰の剣に手を添える。
最近ようやく手に馴染んできたそれを軽く確かめてから、周囲の警戒へ向かった。
ダインは鍋の前に座る。
中を覗き込む。
香りを確かめる。
水を少し足す。
火を弱める。
そして別の香草を少量加え、ゆっくり混ぜた。
玲奈が覗き込む。
「え、何したんですか?」
ダインは短く答える。
「少し整えただけだ」
しばらくして料理が完成した。
玲奈が一口食べる。
「美味しい!」
俺も続く。
「美味しいですね」
先生も食べて、驚いた顔をした。
「ほんとだ」
俺は素直に言った。
「ダインさん料理上手ですね」
ダインは少し黙る。
表情は変わらない。
だが、ほんの少しだけ嬉しそうに見えた。
玲奈が聞く。
「料理得意なんですか?」
ダインは焚き火を見ながら言った。
「……慣れてるだけだ」
⸻
夕食が終わる。
焚き火の火が落ち着いてきた。
ダインが口を開く。
「夜の見張りだが」
「二人でやった方が安全だ」
俺は頷く。
「そうですね」
先生も同意した。
ダインは続ける。
「見張りは二人ずつだ」
玲奈が言う。
「それじゃ――」
少し楽しそうに笑う。
「先生と黒崎くん」
「え」
俺と先生の声が重なった。
玲奈は続ける。
「次が私とダインさんですね」
ダインは少し考えた。
そして頷く。
「……わかった」
玲奈は満足そうに笑った。
⸻
夜。
俺と先生が見張りに立つ。
静かな夜だった。
遠くで虫の声がする。
焚き火の明かりがゆらゆら揺れている。
先生が言った。
「王国、出ちゃったわね」
「ですね」
俺は空を見上げた。
星がよく見える。
「でも」
先生は少し笑う。
「なんだか楽しみでもあるわ」
俺も同意した。
「そうですね」
しばらく静かな時間が流れる。
やがて見張りを交代した。
⸻
玲奈とダインの番。
玲奈が小声で言った。
「ダインさん、気づいてます?」
「何をだ」
玲奈は笑う。
「あの二人ですよ」
ダインは首を傾げる。
玲奈は続ける。
「先生の恋愛初心者っぷりと、黒崎くんの鈍さ」
「……」
玲奈は真剣な顔で言った。
「あの二人の恋愛を成就させるには周囲の協力が必要なんです!」
ダインは少し考えた。
「……そうなのか?」
「そうなんです」
ダインは焚き火を見ながら黙った。
⸻
翌朝。
目を覚ますと、ダインが焚き火の始末をしていた。
「おはようございます」
「おう」
少し間が空く。
ダインが俺を見る。
そして真顔で言った。
「……大変だな、お前」
「え?」
意味がわからない。
玲奈が後ろで笑いをこらえている。
⸻
朝の準備を終え、俺たちは再び街道を進む。
ダインが言う。
「隣国まであと二日」
「思ったより近いですね」
「街道ならな」
玲奈が笑う。
「じゃあ今日も頑張りましょう」
先生も頷いた。
「ええ」
俺たちは再び歩き出す。
隣国へ続く街道を。




