第31話 指名依頼の帰り道で新人狩りに襲われたので返り討ちにしたら隣国行きが決まった件
王都の城下町は、朝から活気に満ちていた。
石畳の通りを行き交う人々。荷車を押す商人、屋台の仕込みをする店主、昨夜の酒がまだ残っているのか、ふらつきながら歩く冒険者。
そんな人の流れの中を、俺たち三人は歩いていた。
目的地はいつもの場所――冒険者ギルドだ。
玲奈が軽く背伸びをしながら言った。
「最近ほんと毎日ここ来てますね」
「まあ、仕事だからな」
俺が答えると、玲奈はくすっと笑った。
「最初は入るだけで緊張してたのに」
「慣れるものですね」
確かにそうだった。
この世界に来て初めてこの建物に入った時は、妙に肩に力が入っていた。
今では、少なくとも入口で立ち止まることはなくなっている。
真里奈先生が言った。
「慣れるのはいいことだけど、油断はだめよ」
「はいはい」
玲奈が軽く返事をする。
俺たちはギルドの扉を押し開けた。
中はいつも通りの騒がしさだった。
酒の匂い。革の匂い。武器の金属音。
壁一面の依頼掲示板の前には、何人もの冒険者が集まっている。
俺たちは受付へ向かった。
顔なじみになった受付嬢がこちらを見る。
「おはようございます」
「おはようございます」
先生が答える。
受付嬢は帳簿をめくりながら言った。
「今日は採取依頼ですか?」
俺は頷いた。
「そのつもりです」
すると受付嬢は少し考えてから、別の依頼票を取り出した。
「実は、ちょうどいい依頼があります」
玲奈が首を傾げる。
「ちょうどいい?」
受付嬢は依頼票を差し出した。
「個人薬師からの依頼です」
俺は紙を受け取る。
「薬師ギルドじゃないんですか?」
「はい」
受付嬢は頷いた。
「採取依頼の実績を見て、興味を持ったようです」
玲奈が言った。
「見極めって感じですか?」
「そうですね」
受付嬢は答えた。
「採取の腕を見たいようです」
俺は依頼票に目を通す。
書かれているのは植物の名前。
月光苔
赤峰花
岩白草
そして採取場所の地名。
……だが。
正直、その場所がどこなのか俺には分からない。
玲奈も同じらしい。
「どうです?」
俺は受付嬢に聞いた。
「この場所って遠いんですか?」
受付嬢は依頼票を確認して答えた。
「王都の北東にある山地です」
「日帰りは少し厳しいと思います」
先生が言った。
「野営になるわね」
玲奈は少し楽しそうだった。
「遠征ですね」
俺は言った。
「騎士団で野営訓練やってるし問題ないかな」
先生も頷く。
「ええ」
玲奈が言う。
「収納もありますし」
確かに。
普通の冒険者なら荷物が増える遠征でも、俺の場合はほとんど負担がない。
俺は受付嬢に言った。
「この依頼受けます」
「承知しました」
受付嬢は書類を処理した。
「お気をつけて」
⸻
ギルドを出ると、通りの屋台からいい匂いが漂ってきた。
焼いた肉の匂いだ。
玲奈が立ち止まる。
「準備しておきません?」
「山ですし」
先生も頷いた。
「そうね」
「食料は少し多めに用意しておいた方が安心ね」
俺は言った。
「水袋と毛布はあるから」
「あとは食料だけですね」
玲奈が屋台を指さす。
「せっかくだから、あれ買っていきましょう」
俺たちは屋台へ向かった。
鉄板の上で肉が焼かれている。
油が弾ける音。香ばしい匂い。
玲奈が嬉しそうに言う。
「美味しそう……」
先生が言った。
「野営の食事にはちょうどいいわね」
俺は店主に言った。
「三人分ください」
店主は肉とパンを手際よく包んだ。
「ほらよ」
受け取ると、まだ湯気が立っている。
玲奈が言った。
「野営の時に食べましょう」
俺は言う。
「収納に入れとくか」
玲奈が頷いた。
「出来立てのまま食べられますし」
俺は包みを収納した。
⸻
城門を出ると、景色はすぐに変わる。
石畳の道はやがて土の街道になり、さらに進むと森に入った。
目的地はそのさらに先。
山地だ。
昼を少し過ぎた頃、目的地に着いた。
岩が多い土地だった。
木は少なく、草と低木が目立つ。
俺は鑑定を使った。
【赤峰花】
依頼対象の植物だ。
「見つけた」
玲奈が驚く。
「もうですか?」
「鑑定だからな」
俺は花を採取し、収納した。
先生は周囲を警戒している。
玲奈は魔力感知。
この役割分担はもう自然に出来ていた。
採取は順調だった。
月光苔。
赤峰花。
岩白草。
依頼分は問題なく集まった。
玲奈が言う。
「普通の冒険者なら袋いっぱいですね」
先生が頷く。
「そうね」
俺は笑った。
「収納は便利だな」
⸻
やがて日が傾き始めた。
玲奈が空を見上げる。
「暗くなってきましたね」
先生が言った。
「今日はここで野営ね」
俺も頷く。
「場所探すか」
少し歩き、開けた場所を見つけた。
周囲も見渡せる。
野営にはちょうどいい場所だ。
俺は収納から毛布と水袋を出した。
玲奈が笑う。
「ほんと便利ですね」
先生も言う。
「荷物が軽いのは助かるわ」
焚き火を起こす。
火が揺れ始めた。
玲奈が言った。
「じゃあ食べましょう」
屋台で買った包みを取り出す。
収納から出したばかりだから、まだ湯気が立っている。
肉の匂いが広がる。
玲奈が一口食べる。
「おいしい!」
先生も頷いた。
「ほんとね」
山の夜は静かだった。
風が草を揺らす音だけが聞こえる。
玲奈が言った。
「なんか遠征って感じしますね」
先生が小さく笑った。
「少し楽しいわね」
俺たちはしばらく火を囲んで食事を続けた。
そしてそのまま、順番に休むことにした。
翌朝。
玲奈の声で目を覚ました。
「起きてくださいー」
「朝ですよ」
俺は体を起こした。
先生も目を覚ます。
簡単に朝食をとり、装備を確認する。
そして俺たちは山を下り始めた。
ほぼ山を下り傾斜がゆるやかになった。
その時だった。
山道の先に――
人影が現れた。
山道の先に、男たちが立っていた。
四人。
武器を持っている。
玲奈が小さく言った。
「……人ですね」
「ああ」
俺は頷いた。
だが、どうにも空気が良くない。
道を塞ぐように立っている。
ただの通行人には見えなかった。
男の一人が口を開いた。
「おい」
声が低い。
俺たちは立ち止まった。
男たちの視線がこちらを舐めるように動く。
まず、装備を見る。
次に――
荷物。
だが。
俺たちには、目に見える荷物がほとんどない。
男が眉をひそめた。
「荷物は?」
男は首を傾げた。
「?」
男は少し舌打ちをする。
「まあいい」
そして言った。
「金、置いていけ」
玲奈の表情が固まる。
男の視線が玲奈と先生に向いた。
「それと」
にやりと笑う。
「女たちも置いていけ」
空気が一瞬止まった。
俺は一歩前に出た。
「先生は渡さない」
玲奈が言う。
「いや、わたしは?」
俺は言い直した。
「……先生と玲奈は渡さない」
先生が呆れた顔をする。
「最初からそう言いなさい」
男たちは笑った。
「ははは」
「ガキが」
一人が剣を抜いた。
「分かってねえな」
「ここは街道じゃねえ」
「山だ」
別の男が言う。
「多少騒いでも誰も来ねえ」
なるほど。
一応街道ではあるがあまり人が歩くようには思えない。
つまり。
自分たちの身は自分たちで守らなくてはいけないってことだ。
俺は短槍を握った。
玲奈が小さく言う。
「どうします?」
「やるしかないだろ」
先生が言う。
「玲奈、後ろ」
「ユウトくん、正面」
「分かりました」
男たちが動いた。
一人が突っ込んでくる。
俺は短槍を構えた。
間合いに入る瞬間。
踏み込む。
槍の穂先が男の腹に入った。
「がっ」
男が崩れる。
玲奈の魔法が飛ぶ。
水弾。
もう一人の顔面に当たる。
男が怯む。
先生の声が飛ぶ。
「右!」
俺は体を捻る。
背後から来ていた男の攻撃をかわす。
短槍で突く。
男が倒れる。
残り二人。
その時だった。
横から、巨大な影が飛び込んできた。
盾。
重い音。
男の体が吹き飛んだ。
「ぐあっ!」
低い声が言った。
「こんなとこで新人狩りか」
振り向く。
ダインだった。
俺は少し驚く。
「ダインさん」
ダインは短く言う。
「あと一人だ」
残った男が焦っている。
「ちっ……!」
逃げようとする。
だが玲奈の魔法が飛んだ。
水弾。
男の後頭部に当たる。
男がふらつく。
俺が近づく。
その瞬間。
男が突然、先生の方へ飛び込んだ。
「女は――」
先生の腕を掴もうとする。
その瞬間。
頭の中で、何かが弾けた。
――先生に触るな。
俺は反射的にスキルを使った。
触れている。
収納。
次の瞬間。
男の腕が消えた。
「……え?」
男が自分の肩を見る。
そこには、何もなかった。
一拍遅れて。
「ぎゃあああああ!!」
絶叫。
男が地面に転げ回る。
玲奈が目を丸くした。
「え……?」
先生も固まる。
ダインが男を押さえつけた。
「暴れるな」
男は痛みで動けない。
ダインが俺を見る。
その目が少しだけ細くなる。
「……今のは」
だが、それ以上は何も言わなかった。
やがて静かになった。
残りの男たちは地面に倒れている。
腕を失った男はすでにぐったりとしている。
盾で吹き飛ばされた男は地面に這いつくばっている。
もう一人は腹を押さえて呻いている。
だが、最後の一人の姿が見えない。
どうやら勝てないと見て逃げ出したらしい。
ダインが言った。
「一人だけ連れて行く」
這いつくばっている男を指さす。
俺は聞いた。
「他の奴らは?」
ダインは男たちを見下ろした。
「街まで距離がある」
「全員は運べない」
先生が言う。
「……」
ダインは肩をすくめた。
「一人で十分だ」
「証言も取れる」
玲奈が小さく言う。
「残りの人たちは……?」
ダインはあっさり言った。
「運が良ければ生きる」
「悪ければ死ぬ」
「それだけだ」
少し間を置いてから続ける。
「言っただろ」
「冒険者は危ない仕事だと」
その言葉は、妙に重かった。
ダインは倒れている男たちの腰袋を探った。
そして取り出す。
木の板。
冒険者証だ。
三枚。
俺は聞いた。
「それ?」
ダインは答えた。
「迷惑料」
玲奈が言う。
「迷惑料?」
ダインは肩をすくめた。
「どうせ死ぬか登録抹消だ」
「金は残るだけだろ」
玲奈は黙る。
ダインが言う。
「奪われる方が悪い」
ダインは呻いている一人に手早く縄を掛け歩かせる。
ーーーーー
「ダインさんはどうしてあそこへ?」
「依頼からの帰り道だ」
「近道をしようと歩いていたら騒ぎが聞こえてな」
騒ぎを聞きつけたダインさんは襲われているのが俺たちと気付いて助けてくれたのだ。
「一人逃した」
「少し面倒になったな」
俺たちは街へ戻った。
ギルドに入ると、少し騒ぎになった。
新人狩りを引き渡す。
受付が処理をする。
ダインはカウンターに冒険者証を置いた。
「こいつらの預金、全部出す」
受付が証を確認する。
少し眉をひそめた。
「本人は?」
ダインは答える。
「新人狩りだ」
「仲間の一人は逃げた」
受付は小さく息を吐いた。
「……そうですか」
書類を確認する。
「預金は銀貨三十二枚です」
ダインが受け取る。
「迷惑料だな」
ギルドを出る。
外はもうほとんど夜になっている。
ダインが言った。
「さて」
少し考える。
「新人狩りの仲間が一人逃げた」
「顔見られた」
俺は言う。
「そうですね」
ダインは続ける。
「この街は少し面倒になりそうだ」
そして言った。
「隣国でも行くか」
玲奈が驚く。
「隣国?」
ダインは頷く。
「知り合いもいるしな」
そして俺たちを見る。
「良かったらお前らも来るか?」
先生が言う。
「隣国……」
玲奈は少し楽しそうだ。
「面白そうですね」
俺は茜色に染まった王都の街を見る。
少し考えた。
そして言った。
「……行くか」
こうして。
俺たちの冒険は――
次の国へ向かうことになった。
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