第30話 採取依頼の帰りに屋台で食事してたら先生が間違えてお酒を買ってきて一口で酔った俺が完全鑑定スキルを使ってしまいパーティが崩壊しかけた件
冒険者になってから、数日が経った。
俺たちはほぼ毎日ギルドへ通い、地道に依頼をこなしている。受けているのは主に採取依頼だ。討伐依頼もFランクで受けられないわけではないらしい。
ただ、魔物は動き回る。
森に入っても、都合よくすぐ見つかるとは限らない。探している時間の方が長くなることもあるらしい。それなら、最初から場所や特徴がある程度分かっている採取依頼の方が、今の俺たちには効率がよかった。
護衛依頼も一度気になって受付嬢に聞いたことがある。
だが返ってきたのは、少し困ったような笑みだった。
『新人に任せる依頼人は、あまりいませんね。信用の問題です』
まあ、そうだろうと思う。
護衛するのが荷物にしろ人にしろ、実績のない新人より、慣れた冒険者に頼みたいのが普通だ。
そういうわけで、今日も俺たちは掲示板の前に立っていた。
「今日は何にします?」
玲奈が依頼票を見上げながら聞く。
「採取が安定かな」
俺がそう答えると、真里奈先生も頷いた。
「ええ。今はそれでいいと思うわ」
視線を動かしていくと、薬師ギルドの依頼が三枚並んでいた。
【星露草採取】
【月影草採取】
【赤根草採取】
玲奈が依頼票を見比べる。
「また薬師ギルドですね」
「こういう依頼、多いのね」
先生が言う。
「薬は常に必要なんでしょうね」
「たぶん」
俺は三枚とも外した。
「場所もそこまで離れてないし、まとめていけそうだ」
そのまま受付へ向かう。
昨日と同じ受付嬢が依頼票を受け取り、目を通した。
「星露草、月影草、赤根草ですね」
玲奈が少し身を乗り出す。
「これって、どんな草なんですか?」
受付嬢は慣れた調子で説明した。
「星露草は疲労回復薬の材料です。朝露を含んだものの方が質が良いですね」
「月影草は軽い解熱薬の材料です。日陰に生えやすい草です」
「赤根草は止血薬の材料ですね。根が赤いのが特徴で、薬に使うのは根の部分です」
「根なんですね」
玲奈が感心したように言う。
「はい。少し掘る必要があります」
俺は頷いた。
「分かりました」
「では、気をつけて」
依頼票を受け取ってギルドを出る。
朝の空気はまだ少しひんやりしていた。
◇
北側の林は、すっかり通い慣れた場所になっていた。
とはいえ、慣れたから安全になるわけじゃない。森に近い場所に入る以上、魔物に遭遇する可能性は常にある。
木々の間に入ったところで、俺は二人を振り返った。
「じゃあ、俺が採取するね」
「二人は警戒お願いしていい?」
「了解です」
玲奈がすぐに答える。
「前を見ます」
「じゃあ私は後ろと横を見るわ」
先生が落ち着いた声で言った。
それでいいと思う。
俺がしゃがんで草を探している間は視野が狭くなる。周囲の警戒は、玲奈と先生の二人で分担した方が自然だ。
足元の草へ意識を向ける。
《完全鑑定》
【雑草】
少し視線をずらす。
【星露草】
疲労回復薬の材料。朝露を含んだ良品。
「……あった」
俺はしゃがみ込んで星露草を摘み、そのまま収納する。
収納スキルはもう普通に使っている。外から見れば、俺は収納持ちの新人冒険者だ。それで通っている。
玲奈が前方を警戒したまま言う。
「見つかりました?」
「うん。星露草」
「早いですね」
「朝露残ってると分かりやすいな」
少し進んで、今度は木の影へ目を向ける。
《完全鑑定》
【月影草】
軽い解熱薬の材料。
「こっちだ」
月影草も収納する。
そして少し奥で、地味な葉が群れている場所を見つけた。
《完全鑑定》
【赤根草】
止血薬の材料。根部が有効。
「これは根っこが必要っと」
ナイフで土を崩し、根ごと引き抜く。確かに、根は薄く赤い。
先生が周囲を見ながら言った。
「この依頼、赤根草が一番面倒そうね」
「そうですね。掘るのにちょっと時間かかるし」
「でも見つけるのは早いです」
玲奈が言う。
「ユウトくん、ほんと採取向いてますね」
「まあ、相性はいいと思う」
そのまま素材を集めていったが、やはり森は採取だけで終わらせてくれなかった。
がさ、と右手の茂みが揺れる。
「来る!」
俺が短槍を構えた瞬間、小型のウルフが飛び出してきた。
さらにもう一体。
「玲奈、左!」
「はい!」
玲奈の水弾が飛び、左の一体の顔面に当たる。怯んだ隙に俺が踏み込み、正面の一体を突いた。
先生の声が飛ぶ。
「もう一体、右から回るわ!」
「分かった!」
体を捻って向きを変える。玲奈の二発目が肩に入り、ウルフの動きが鈍る。そこへ短槍を突き込んだ。
静かになる。
玲奈がほっと息をついた。
「終わりましたね」
「たぶん」
先生も周囲を見回す。
「追ってくる気配はないわ」
俺は短槍を下ろした。
「じゃあ採取続けよう」
ウルフの死体はそのままにして、その場を離れる。
この時の俺たちは、まだ常設依頼のことを知らなかった。
◇
ギルドに戻ったのは、日が傾き始めた頃だった。
受付に依頼票を出し、収納から素材を順に取り出していく。
「星露草、月影草、赤根草……はい、問題ありません」
受付嬢が木箱を閉じる。
「依頼達成です」
報酬袋が置かれる。
「ありがとうございます」
玲奈が受け取ろうとしたところで、受付嬢がふと思い出したように顔を上げた。
「そういえば」
「はい?」
「これだけ採取依頼を受けているのに、魔物には遭遇しませんでしたか?」
俺は答えた。
「いや、たまにゴブリンとかウルフには遭遇するので倒してます」
受付嬢の手が止まる。
「討伐部位はどうしました?」
俺は首を傾げた。
「討伐部位ってなんですか?」
受付嬢は一瞬驚いた顔をして、それから小さく頷いた。
「ああ、新人の方でしたね」
「ゴブリンやウルフは常設依頼なんです」
「常設依頼?」
玲奈が聞き返す。
「はい。ゴブリンなら耳、ウルフなら牙を持ち込めば、討伐証明として買い取ります」
「素材じゃないんですか?」
「ほとんど素材価値はありません」
受付嬢は淡々と続ける。
「ただ、ゴブリンやウルフは数が増えやすいので、街の周辺では常時駆除しているんです」
「ですから、耳や牙は討伐証明ですね」
「ちなみにどのくらいなんですか?」
玲奈が聞くと、受付嬢は少しだけ申し訳なさそうに言った。
「高くはありませんよ。ゴブリン耳なら銅貨一枚、ウルフ牙なら銅貨二枚程度です」
「安っ」
玲奈が素直に言った。
「駆除報酬ですから」
受付嬢は肩をすくめる。
俺は頭をかいた。
「あちゃー……」
玲奈が苦笑する。
「結構捨ててたね」
「新人だから仕方ないわ」
先生が小さく笑った。
受付嬢も頷く。
「よくあることですよ。次から持ってきていただければ大丈夫です」
「分かりました」
こうしてまた一つ、この世界の常識を知った。
◇
ギルドを出ると、夕方の街には屋台の匂いが満ち始めていた。
安宿には食事がない。だから最近の夕食は、ほとんど屋台通りだ。
肉を焼く香り。揚げた生地の甘い匂い。香辛料の利いたスープ。
こういうのは、できるだけ鑑定を使わないようにしている。使えば便利だ。何の肉か、何が入っているか、全部分かる。でも、最初から全部答えを知ってしまうと、なんだか味気ない。
驚いたり、当たりを引いたり、たまに外れたり。
そういうのも含めて楽しみたい。
「今日は私が飲み物買ってくるわ」
先生がそう言って屋台へ向かった。
少しして、木のカップを三つ持って戻ってくる。
「はい」
玲奈が一口飲んだ。
「あっ、これ美味しい」
先生も口をつける。
「あら、本当」
俺も飲んだ。
一口。
次の瞬間、喉に熱が走った。
「……っ」
頭がふわっと軽くなる。
嫌な予感がして、思わず意識を向けてしまう。
《完全鑑定》
【薄果実酒】
果実を軽く発酵させた酒。
度数:超低め(子どもでも飲める程度)
「これお酒だ」
俺が言うと、玲奈が先生を見る。
「先生」
「最近全然進展しないからってお酒はダメですよ」
「違うわよ!」
先生が即座に否定する。
「ジュースだと思ったの!」
その横で、俺はもうだいぶ危なかった。
「え、黒崎くん?」
玲奈が覗き込む。
「もしかして……酔ってます?」
屋台の灯りのせいか、酔っているせいか、先生がいつもより少し輝いて見える。
「先生」
「な、なに?」
「先生はいつもお綺麗ですね」
先生が固まる。
玲奈が目を丸くする。
「えっ」
俺はそのまま続けた。
「でも」
先生が身構える。
「でも?」
「先生最近少し太りましたね」
沈黙。
玲奈が吹き出した。
「ぶっ!」
先生が真っ赤になる。
「太ってないわよ!」
俺は首を傾げて、今度は玲奈を見る。
「玲奈は少し痩せました?」
「え?」
「スキルは嘘をつきません」
玲奈の表情が引きつる。
先生が恐る恐る聞いた。
「……使ってるの?」
「完全鑑定です」
その瞬間、玲奈がそっと後ろへ一歩下がった。
本当にそっとだ。
先生が気づく。
「玲奈?」
玲奈はにこっと笑う。
「私はお邪魔みたいなので、こっそり逃げようかなって」
「待ちなさい!」
先生の声が屋台通りに響いた。
周囲の客がちらっとこちらを見る。
「違うのよ、本当に間違えたの!」
「それは分かってます。でも先生、最近全然進展しないからって——」
「その話を続けない!」
玲奈が真顔になる。
「このスキル危険すぎます」
先生も大きく頷く。
「ええ。特に女性にとっては危険ね」
玲奈が指を立てる。
「黒崎くん」
「………はい」
「女性に対して完全鑑定は禁止です」
先生も続ける。
「絶対よ」
「………はい……」
◇
安宿に戻る頃には、酔いはようやく少し落ち着いていた。
宿の主人は、俺たちを見るなり鍵を二つ出した。
「いつものだな」
「ええ」
玲奈が受け取る。
「ありがとうございます」
もう何日か使っているので、説明もいらない。
男部屋と女部屋に分かれる前に、玲奈が俺を見て笑う。
「黒崎くん弱すぎです」
「…自分でもそう思う」
俺が答えると、先生がため息をついた。
「明日は普通に起きてちょうだいね」
「…はい」
その夜は、早めに寝た。
◇
翌朝。
扉を叩く音で目が覚めた。
「黒崎くーん」
玲奈の声だ。
頭が少し重い。
「起きてますかー?」
俺はなんとか体を起こし、扉を開けた。
玲奈と先生が立っている。
「やっと起きた」
玲奈が腕を組む。
「黒崎くん弱すぎです」
「……自覚した」
先生が少し申し訳なさそうに言った。
「ごめんなさいね」
「いや、先生のせいじゃないです」
俺は首を振る。
「で、昨日のこと覚えてます?」
玲奈がにやっと笑う。
「……宿屋に戻ったぐらいからなら」
「私は全部覚えてます」
先生が軽く咳払いをした。
「スキルのルール、もう一度確認しておきましょう」
「はい」
玲奈が指を立てる。
「女性に対して完全鑑定は禁止」
先生も言う。
「絶対」
「はい……」
これに関しては、完全に俺が悪い。
◇
朝のギルドに入ると、昨日より少しだけ人が多かった。
掲示板へ向かう前に、横から低い声がかかる。
「順調そうだな」
ダインだった。
「まあ、なんとか」
俺が答えると、ダインは小さく頷く。
「無理してないのはいい」
「だが気をつけろ」
「冒険者は金の匂いに敏感だ」
その言い方は軽い。だが、言葉の中身は軽くない。
「目立ちすぎるな」
「分かりました」
俺がそう答えた瞬間だった。
背中に、またあの違和感が走る。
視線。
誰かがこちらを見ている。
振り向く。
酒場スペースの方に何人か冒険者がいるだけで、特別おかしな様子はない。
「どうしました?」
玲奈が聞く。
「いや」
俺は首を振った。
「なんでもない」
でも、違和感は消えなかった。
誰かが見ている。
そんな気がしてならない。
もちろん、この時の俺たちはまだ知らない。
その視線が、少しずつこちらへ近づいてきていることを。




