第29話 普通の採取依頼を受けただけなのに、冒険者の世界の仕組みを少しずつ知ることになった件
宿を出た頃には、城下町はすっかり朝の空気になっていた。
通りでは商人たちが店を開く準備をしている。荷車の軋む音、桶の水を撒く音、遠くの鍛冶場から聞こえる金属音。夜とは違う、街が動き始める音だった。
玲奈が周囲を見回す。
「朝の街って、なんかいいですね」
「昨日より人も多いし」
「市場が動き始めてるんだと思う」
俺はそう言った。
真里奈先生も頷く。
「ええ」
「この時間だと仕込みの時間かしら」
玲奈が前を指差した。
「あ、見えてきました」
石造りの建物。
剣と盾の紋章。
冒険者ギルドだ。
「今日もここですね」
「まあ、そうなるな」
俺は答える。
「依頼受けないと始まらないし」
玲奈が笑う。
「ですよね」
先生も静かに言った。
「焦らない」
「昨日と同じでいいわ」
俺も同意する。
まずは慣れること。
それが一番大事だと思う。
俺たちはギルドの扉を押した。
◇
中は昨日よりも人が多かった。
掲示板の前には冒険者が数人集まり、依頼票を見ながら話し合っている。奥の酒場スペースでは、朝だというのに酒を飲んでいる連中もいた。
玲奈が小声で言う。
「ほんとに朝から飲んでますね」
「夜通しの依頼帰りかもしれない」
俺は言った。
先生も頷く。
「夜の依頼もあるものね」
俺たちは掲示板へ向かった。
玲奈が一枚を指差す。
「これどうです?」
【銀星草採取】
依頼主:薬師ギルド
報酬:銀貨三枚
その隣にも似た依頼があった。
【三日月草採取】
さらにもう一枚。
【青血茸採取】
玲奈が言う。
「全部薬草ですね」
「しかも同じ依頼主」
俺は依頼票を見る。
「薬師ギルドか」
先生が言った。
「薬を作る人たちの組織でしょうね」
「ギルドっていろいろあるのね」
玲奈は感心したようだった。
俺は依頼票を見比べる。
採取場所は同じ方向だ。
「この三つにする」
「効率いいと思う」
玲奈が頷く。
「ですね」
俺たちは受付へ向かった。
◇
「この三つを受けたいんですけど」
俺が依頼票を出すと、受付嬢は確認した。
「銀星草、三日月草、青血茸ですね」
「はい」
玲奈が少し身を乗り出す。
「すみません」
「この薬草ってどんなものなんですか?」
受付嬢は説明を始めた。
「銀星草は毒からの回復薬の材料です」
「葉の裏が銀色になっているのが特徴ですね」
玲奈がメモするように頷く。
「なるほど」
受付嬢は続ける。
「三日月草は鎮痛薬の材料です」
「葉が三日月のように湾曲しているので、そう呼ばれています」
そして最後に言った。
「青血茸は避妊薬の材料ですね」
一瞬沈黙が落ちる。
玲奈が目を瞬かせた。
「え」
真里奈先生が軽く咳払いをする。
「……そういう薬も必要よ」
「そ、そうですよね」
玲奈は少し困った顔をした。
受付嬢は平然としている。
「薬師ギルドからの依頼です」
「需要は安定しています」
そして依頼票に印を押した。
「採取場所は北側の林です」
「城門から歩いて三十分ほど」
「納品は明日の夜までにお願いします」
「分かりました」
俺たちは依頼票を受け取った。
◇
城門を出ると、街の喧騒はすぐに遠くなった。
石畳は土の道に変わり、畑が広がる。朝露の残る草が光っていた。
玲奈が言う。
「昨日と同じ方向ですね」
「うん」
俺は答える。
「でも少し奥だと思う」
しばらく歩くと林が見えてきた。
木々がまばらに生えた、浅い林だ。
「この辺かな」
俺たちは林へ入った。
風が葉を揺らす音がする。
玲奈がしゃがみ込む。
「うーん」
「それっぽい草いっぱいありますね」
先生が言う。
「慣れないと難しそうね」
俺は足元の草を見る。
《完全鑑定》
【雑草】
さらに隣。
【銀星草】
「……あった」
玲奈が振り向く。
「もうですか?」
「たぶん銀星草」
玲奈が笑う。
「便利ですねそのスキル」
俺は草を抜き、収納した。
その後も林を歩き回る。
玲奈が別の草を見つける。
「これ三日月草じゃないですか?」
俺は確認する。
《完全鑑定》
【三日月草】
「それだ」
「やった」
玲奈が嬉しそうに言った。
しばらくすると青血茸も見つかった。
青黒い色の小さな茸だった。
「これですね」
「たぶん」
採取は順調だった。
魔物の気配もない。
玲奈が息を吐く。
「思ったより平和ですね」
「そうだな」
俺は言う。
「昨日の方が大変だったかも」
先生も頷く。
「今日は運がいいのかもしれないわ」
俺たちは素材を集め終え、街へ戻った。
◇
ギルドに戻ると、昼前になっていた。
中の冒険者はさらに増えている。
俺たちは受付へ向かった。
「依頼達成です」
受付嬢は素材を確認する。
「銀星草」
「三日月草」
「青血茸」
数を数え、箱に入れる。
「問題ありません」
「依頼達成です」
報酬袋がカウンターに置かれた。
玲奈が笑う。
「ありがとうございます」
その時だった。
「お、もう終わったのか」
後ろから声がした。
振り向く。
ダインだった。
「ダインさん」
玲奈が言う。
「新人にしては早いな」
ダインは少し笑った。
「採取依頼です」
俺が言う。
「まあ最初はそれがいい」
ダインは頷く。
「討伐より死ににくい」
玲奈が苦笑する。
「やっぱり危ないんですね」
「冒険者だからな」
ダインは肩をすくめた。
「楽な仕事ばかりじゃない」
それから少し声を落として言う。
「あと覚えておけ」
「冒険者は自由だ」
「その分、色んな奴がいる」
玲奈が聞く。
「色んな?」
「犯罪者だった奴もいる」
ダインはあっさり言った。
「盗賊とか、色々な」
玲奈が驚く。
「登録できるんですか?」
「できる」
ダインは答えた。
「ギルドは前歴なんて調べない」
「分かれば登録は抹消だがな」
先生が言う。
「でも捕まえたりは?」
「しない」
ダインは首を振った。
「それは別の問題だ」
玲奈が小さく頷く。
「なるほど…」
ダインは俺たちを見回す。
「余計なトラブルには近づくな」
「新人はそれが一番だ」
「分かりました」
俺は頷いた。
ダインは軽く手を振る。
「じゃあな」
酒場スペースへ戻っていった。
玲奈が小さく息を吐く。
「なんか」
「思ってたより色んな人がいるんですね」
「そうみたいだな」
俺は答えた。
その時だった。
背中に妙な感覚が走る。
視線。
誰かがこちらを見ている。
俺はさりげなく周囲を見る。
だが特におかしい様子はない。
「どうしたの?」
先生が小声で聞く。
「いや…」
俺は首を振った。
「気のせいかもしれない」
でも違和感は残った。
誰かがこちらを見ている。
そんな気配だけが、ギルドのざわめきの中に紛れて残っていた。
もちろん。
この時の俺たちはまだ気づいていなかった。
その視線が、これから先、少しずつ俺たちに関わってくることになるということを。




