第26話 王城を出て冒険者になる日、レオンさんから俺たち三人に武器が渡された件
その日の朝は、いつもより少し静かだった。
宿舎の廊下を歩く足音が、やけに響く。窓の外には薄い朝霧が残っていて、王城の白い壁がぼんやりと霞んで見えた。
黒崎ユウトは荷物を背負い、部屋の扉を閉めた。
荷物といっても大したものではない。替えの服、布、少しの食料。あとは槍と、革袋に入れた小さな道具類。
それだけだ。
王城での生活は、思っていたよりも短かった。
廊下の向こうから声がする。
「黒崎くん」
橘真里奈だった。
その隣には、当然のように桐谷玲奈もいる。
「準備できた?」
「はい」
ユウトが頷くと、玲奈がにやっと笑う。
「ついにですね」
「ついに、か」
「はい」
玲奈は腕を組んでうなずいた。
「冒険者デビューですよ」
「だからその言い方」
真里奈がため息をつく。
「少しは緊張感持ちなさい」
「ありますよ」
玲奈は笑う。
「ちょっとだけ」
真里奈は呆れた顔をしたが、すぐに表情を戻した。
「……でも」
小さく言う。
「本当に出るのね」
「はい」
ユウトは頷いた。
もう決めたことだ。
ここに残る道もあった。騎士団に入る道もあるかもしれない。
だが。
自分たちの道は、きっとそっちじゃない。
「行きましょう」
三人はそのまま廊下を歩き出した。
◇
食堂には、すでに何人かの生徒が集まっていた。
パンをかじりながら話している者、荷物をまとめている者、まだ眠そうな顔の者。
その中で、相沢翔太が手を振った。
「お」
「黒崎」
「おはよう」
「おはよう」
ユウトたちが席に座る。
相沢は少し真面目な顔をした。
「今日出るんだろ」
「ああ」
「そっか」
少し沈黙。
それから相沢が笑う。
「まあ、黒崎ならそうすると思ってた」
「そうか?」
「うん」
相沢は肩をすくめた。
「俺はもう少しここで修行する」
「商業スキルもあるしな」
「自信ついたら旅に出る」
「いいと思う」
ユウトは頷いた。
周囲のクラスメイトたちも同じようなことを言っていた。
「俺ももう少し訓練する」
「いきなり冒険者は怖いし」
「騎士団も考えてる」
料理スキルの女子が言う。
「私は酒場かな」
「料理人って結構需要あるらしい」
「農業スキルって開拓村だと歓迎されるみたい」
そんな会話があちこちで続く。
同じクラスだったはずなのに。
少しずつ、それぞれの道が見えてきている。
玲奈がパンをかじりながら言った。
「なんか」
「本当に分かれていきますね」
「そうね」
真里奈も頷く。
「でも」
相沢が言う。
「また会えるだろ」
「この世界そんな広くない気がする」
誰かが笑った。
「魔物だらけだけどな」
少しだけ食堂の空気が軽くなる。
その時だった。
扉が開いた。
レオンが入ってくる。
一瞬で食堂が静かになる。
レオンはいつも通りだった。
「ユウト」
「はい」
「出るんだろ」
「はい」
ユウトが立ち上がる。
真里奈と玲奈も一緒に立った。
「行ってきます」
レオンは少しだけ三人を見た。
「食い終わったら」
「城門まで来い」
それだけ言って、食堂を出ていった。
◇
王城の城門は朝の光に包まれていた。
石造りの巨大な門。
外には城下町が広がっている。
そこにレオンは立っていた。
三人が近づくと、レオンは腕を組んだ。
「荷物はそれだけか」
「はい」
「軽いな」
「無限収納がありますから」
ユウトが言うと、レオンは小さく頷いた。
「そうだったな」
そこでレオンは後ろを振り返る。
騎士が一人、箱を持ってきた。
「これを持っていけ」
箱が開く。
中には三つの武器が入っていた。
ユウトの目が少し大きくなる。
「これは……」
短槍だった。
今使っているものより、少し長く、穂先もしっかりしている。
「短槍だ」
レオンが言う。
「訓練用より少しまともなやつだ」
「ありがとうございます」
ユウトはそれを受け取った。
手に馴染む。
バランスもいい。
レオンは次に、細い剣を取り出した。
「タチバナ」
「はい」
「片手剣だ」
真里奈が少し驚く。
「私に?」
「戦うなら武器はいる」
レオンは淡々と言った。
「戦術スキル持ちでもな」
真里奈はゆっくり受け取る。
「……ありがとうございます」
最後にレオンは短い杖を取り出した。
「レイナ」
「はい」
「魔法杖だ」
玲奈の目が輝く。
「おお」
「本物」
「ただの杖だ」
レオンは言う。
「魔法補助用」
玲奈は笑った。
「十分です」
三人が武器を持つ。
レオンは少しだけ頷いた。
「まあ」
「最初は死なない程度にやれ」
玲奈が笑う。
「なかなかハードル高いですね」
「冒険者だからな」
レオンは言う。
少し沈黙。
ユウトは頭を下げた。
「今までありがとうございました」
真里奈も言う。
「本当にお世話になりました」
玲奈も続く。
「また会いに来ます」
レオンは少しだけ目を細めた。
「礼はいらん」
そして言う。
「生き残れ」
三人は頷いた。
◇
王城の門を出る。
石畳の道。
城下町の音。
朝の空気。
すべてが少し違って感じた。
玲奈が空を見上げる。
「なんか」
「始まりますね」
「そうね」
真里奈が言う。
ユウトは槍を肩に担いだ。
王城の門が背後でゆっくり閉まる。
その音が、やけに大きく聞こえた。
もう戻ることはないかもしれない。
だが、不思議と後悔はなかった。
「行こう」
ユウトが言う。
「冒険者ギルド」
玲奈が笑う。
「はい」
真里奈も頷く。
「ええ」
三人は歩き出した。
王城を背に。
冒険者としての道へ。




