第24話 元騎士ダインに実力を見てもらったので、この国を出ることも含めてこれからの進路を本気で考え始めた件
冒険者ギルドを出たとき、空はすでに夕焼け色に染まり始めていた。
城下町の石畳が橙色の光を反射して、昼間とはまったく違う雰囲気になっている。露店の店主たちは片付けを始め、酒場の前ではすでに酔っぱらった冒険者が笑い声をあげていた。
その通りを、黒崎ユウト、橘真里奈、桐谷玲奈の三人は並んで歩いていた。
「思ったより……現実的だったわね」
真里奈がぽつりと言う。
その声には、少しだけ疲れが混じっていた。
「ええ」
ユウトは頷いた。
冒険者という言葉だけ聞けば、どこか自由で格好いい響きがある。だが実際のギルドはそんな甘い場所ではなかった。
保証なし。
自己責任。
失敗すれば借金、怪我をすれば仕事なし。
死ねばそれまで。
ダインは淡々とそう言った。
けれど、不思議と嫌な印象は残っていない。
「でも」
玲奈が明るい声で言った。
「悪くなかったです」
二人がそちらを見る。
「ダインさん、ちゃんとした人でしたし」
「そうね」
真里奈も頷く。
「少なくとも、嘘は言わない人ね」
ユウトは少し考えてから言った。
「レオンさんの部下だった理由、分かる気がします」
その言葉に玲奈が笑う。
「似てましたよね」
「似てる?」
「はい」
「二人とも無口で、でもちゃんと見てる感じ」
確かにその通りだった。
レオンもダインも、言葉は多くない。だが人を適当に扱うような目ではない。
少なくとも、王城で感じたような“選ばれた者とそれ以外”の線引きはなかった。
少し歩いたところで、玲奈が思い出したように言う。
「そういえば」
「何だ?」
「隣国の話、気になります」
ユウトは少し視線を上げた。
夕焼けの空の向こうに、城壁が見える。
「エルドリア共和国、か」
「はい」
玲奈が頷く。
「ダインさん言ってましたよね」
「王国より自由だって」
真里奈も少し考えるように言った。
「冒険者ギルドが大きい国らしいわね」
「そうみたいですね」
ユウトは思い出す。
ダインが言っていたこと。
騎士団中心の王国。
冒険者文化の隣国。
「王国は騎士団があるから、魔物討伐も基本は騎士がやる」
「でも隣国は違う」
玲奈が続ける。
「冒険者が主力、ですよね」
「たぶん」
ユウトは頷いた。
つまり、冒険者として生きるなら。
この国より、あちらの方が自然なのかもしれない。
そこで玲奈が少しだけ声を潜めた。
「ガルドって人」
「弓使いの」
「ダインさんの元相棒、ですよね」
「ああ」
「その人、もう隣国にいるんですよね」
ユウトはゆっくり息を吐いた。
「たぶんな」
「つまり」
玲奈が言う。
「王国を出る人、けっこういるってことですよね」
真里奈が小さく頷く。
「そうね」
「少なくとも、珍しい話ではないみたい」
三人の間に、少しだけ静かな空気が流れた。
城門が近づいてくる。
王城の高い石壁が、夕焼けを遮るように立っていた。
◇
宿舎の食堂は、いつもより賑やかだった。
訓練が終わったあとだからか、生徒たちがかなり集まっている。パンとスープの匂いに混じって、あちこちで話し声が上がっていた。
「あ、黒崎」
相沢翔太が手を振る。
「おかえり」
「ただいま」
ユウトたちはそのままテーブルへ向かった。
「どこ行ってたんだ?」
相沢が聞く。
玲奈があっさり答えた。
「冒険者ギルドです」
周囲の生徒が一斉に反応する。
「え?」
「マジで?」
「ギルド?」
玲奈は肩をすくめる。
「はい」
「レオンさんの元部下がいるって聞いたので」
「へえ……」
相沢が興味深そうに言う。
「どうだった?」
ユウトは少し考えてから答えた。
「思ったより、現実的だった」
それが一番正確な表現だった。
すると相沢が頷く。
「まあ、そうだろうな」
「俺も少し聞いたけど」
「冒険者って、完全に自己責任らしい」
「みたいだな」
「騎士団みたいに守ってくれない」
その話を聞いていた女子生徒が口を挟む。
「でも自由なんでしょ?」
「たぶん」
「私はちょっと怖いなあ」
そんな会話があちこちで始まる。
しばらくして、話題は自然と進路の話へ変わっていった。
「俺さ」
一人の男子が言う。
「騎士団受けてみようかなと思ってる」
「え、マジ?」
「レオンさんとか見てると、悪くない気がしてきた」
「分かる」
別の男子が頷く。
「騎士って安定してるしな」
すると料理スキルを持っている女子が手を挙げた。
「私は料理屋かな」
「騎士の人も言ってたし」
「料理スキルあるなら酒場とか需要あるって」
「あー確かに」
「私、農業スキルなんだけど」
別の女子が言う。
「開拓村ってあるらしいよ」
「土地もらえるって」
「マジ?」
さらに話は広がる。
「俺、商業スキルあるし」
相沢が言う。
「商人やると思う」
「本格的だな」
「まあな」
相沢は肩をすくめる。
「騎士にも冒険者にも向いてないし」
そんな会話を聞きながら、ユウトは少しだけ不思議な気持ちになった。
召喚されたばかりの頃は。
みんな同じ場所に立っている気がしていた。
だが今は違う。
それぞれが、それぞれの未来を考え始めている。
自然に道が分かれていく。
その空気がはっきりと感じられた。
玲奈がユウトの方を見る。
「ユウトくんは?」
「俺?」
「はい」
周囲の視線も集まる。
ユウトは少し考えた。
そして、はっきり言う。
「たぶん」
「冒険者になると思う」
一瞬、食堂が静かになった。
「マジ?」
「黒崎が?」
「冒険者か」
相沢が頷く。
「まあ、分かる」
「向いてそう」
玲奈がすぐ言う。
「私もです」
「え?」
周囲がまたざわつく。
「玲奈も?」
「はい」
「私も冒険者ルートかな」
そして真里奈が静かに言った。
「私も一緒に行くわ」
今度は食堂が完全に静まり返った。
「先生も!?」
誰かが叫ぶ。
真里奈は少しだけ照れながら言う。
「……恋人を一人で行かせるわけにはいかないもの」
「きゃー!」
女子の歓声が上がる。
玲奈が満足そうに腕を組む。
「はい」
「主人公パーティ確定ですね」
「そういう言い方やめなさい!」
真里奈が真っ赤になる。
その時だった。
別の男子が言う。
「そういえば」
「勇者パーティ、遠征するらしいぞ」
空気がまた変わる。
「遠征?」
「魔物討伐」
「騎士も同行するって」
ユウトは顔を上げた。
「本格的なやつか」
「たぶんな」
男子が頷く。
「騎士の人が言ってた」
「王国もかなり期待してるって」
だが。
ユウトの頭に浮かぶのは、昼間のレオンの言葉だった。
騎士たちは不安がっている。
勇者は強い。
だが――
扱いにくい。
玲奈が小さく呟く。
「……大丈夫なんですかね」
真里奈が静かに言った。
「勇者は勇者の道」
「私たちは私たちの道」
ユウトも頷いた。
「そうだな」
「元クラスメイトだから」
「困ったら助けるかもしれない」
「でも」
そこで言葉を区切る。
「同じ道は歩かない」
玲奈が笑う。
「いいですね」
「主人公っぽい」
「やめろ」
ユウトは苦笑した。
それでも胸の中は、少しだけすっきりしていた。
この国に残るのか。
隣国へ行くのか。
冒険者になるのか。
まだ決まっていないことは多い。
だが、方向だけは見えてきた。
ユウトは小さく息を吐いた。
「……ダインさん」
「もう一回会いに行くか」
玲奈が笑う。
「ですね」
真里奈も頷く。
「ええ」
そしてユウトは、静かに言った。
「この国を出る準備」
「そろそろ始めよう」




