第19話 先生の恋を応援しようと女子たちが作戦会議を始めた結果、なぜか俺の人生が大きく動き始めていた件
今日の訓練は城の訓練場での訓練だった。
各々が自分の武器を構え騎士の号令に合わせ延々と振る。
森での様々な訓練を経験した生徒たちはみな真剣だった。
この世界で生きるには戦う力が必要なことを理解している。
昼休み。
午前の訓練が終わり、王城の中庭にはいつものように生徒たちが集まっていた。
石畳の広場の隅にある木陰は人気で、少し遅れると座る場所が無くなる。黒崎ユウトは水袋を片手に、運よく空いていた石のベンチに腰を下ろした。
短槍を使い始めてから数日。
腕や肩の使い方が少しずつ分かってきたとはいえ、午前中の訓練が終わる頃にはさすがに疲れる。特に今日は突きの反復が多く、肩がじわりと重かった。
水を飲み、短く息を吐く。
その時だった。
「黒崎くん」
聞き慣れた声がして、隣に桐谷玲奈が腰を下ろした。
「ん?」
「ちょっと聞いていいですか?」
いつもの軽い調子に見えるが、どこか狙った感じのある声音だった。
ユウトは少しだけ身構える。
「……何?」
玲奈はにこっと笑った。
「そんな警戒しなくて大丈夫です」
「いや、玲奈がそう言う時って大体ろくでもないだろ」
「ひどいですね」
玲奈は口を尖らせたが、すぐに表情を戻した。
そして、少しだけ真面目な顔で聞く。
「先生のこと、どう思ってます?」
「え?」
あまりにも唐突だった。
ユウトは思わず聞き返す。
「先生って……橘先生のこと?」
「はい」
玲奈はあっさり頷いた。
「どうって言われても……」
「正直にお願いします」
なぜ今そんなことを聞かれるのか分からない。
だが、別に隠すような話でもない。
ユウトは少し考えてから答えた。
「いい先生だと思うよ」
玲奈がじっとこちらを見る。
ユウトは肩をすくめた。
「ほら、きれいだし」
「優しいし」
「ちゃんと生徒のこと考えてくれるし」
「いい人だよな」
玲奈の目がわずかに見開かれる。
そして次の瞬間、明らかにテンションが上がった。
「なるほど」
「はい、なるほどです」
「いや、何が」
ユウトが首を傾げると、玲奈はぐっと顔を近づけた。
「黒崎くん」
「はい?」
「先生のこと好きですか?」
「え」
今度は本気で言葉に詰まる。
好きか嫌いかで言えば――。
そんなの、答えは決まっている。
ユウトは小さく息を吐いた。
「そりゃあ」
「美人でいい人なんだから好きだよ」
玲奈の顔がぱっと明るくなる。
「よっしゃ」
「え?」
だがユウトはそこで肩をすくめた。
「でも先生なら恋人ぐらいいるだろうし」
「大変だよな」
玲奈の笑顔がぴたりと止まった。
「……恋人?」
「いや、普通いるだろ」
ユウトは当然のように言う。
「若いし」
「きれいだし」
「仕事もできるし」
「俺より年上だし」
「そういう人って、普通もう恋人くらい――」
そこまで言って、玲奈の顔が固まっていることに気づいた。
「……玲奈?」
「なるほど」
玲奈は真顔だった。
「どうした?」
「いえ」
玲奈はすっと立ち上がる。
「とても参考になりました」
「何の?」
「いろいろです」
そう言い残して、玲奈は女子たちの方へ戻っていった。
ユウトはしばらくその背中を見送る。
「……何だったんだ?」
意味が分からない。
だがそれ以上深く考える前に、集合の声が飛んだ。
「休憩終わりだ! 訓練場へ戻れ!」
騎士の声に生徒たちが動き出す。
ユウトも立ち上がり、短槍を手に取った。
その途中、ふとさっきの会話を思い出す。
(きれいだし、いい人)
自分で言っておいて何だが、あらためて考えると少し気恥ずかしい。
(……まあ、事実だしな)
そこでふと、先日の宿屋で見えてしまった情報が頭をよぎった。
(………それにスタイルもいいもんな)
慌てて首を振る。
(いや、何考えてるんだ俺)
先生は先生だ。
そう言い聞かせながら、ユウトは訓練場へ向かった。
◇
その夜。
宿舎の女子部屋では、いつものようにガールズトークが始まっていた。
ただし、今日の空気はいつもより明らかに熱い。
中心にいるのは、もちろん桐谷玲奈だ。
「では、報告します」
玲奈が腕を組んで言った。
女子たちが一斉に身を乗り出す。
「どうだった?」
「聞けた?」
「黒崎くん何て言ってたの?」
玲奈は深く、重々しく頷いた。
「……由々しき事態です」
部屋が一瞬しんと静まる。
「え?」
「何それ、怖い」
「どういう意味?」
玲奈は真剣な顔で続けた。
「まず朗報です」
「黒崎くんは先生のことを」
「きれいだし、優しいし、ちゃんと生徒のことを考えてくれる、いい人だと言っていました」
一拍の沈黙。
次の瞬間。
「キャーーーーーー!」
女子部屋が爆発した。
「言ったの!?」
「ほんとに!?」
「先生!」
橘真里奈の顔が一瞬で真っ赤になる。
「なっ……!」
「ちょ、ちょっと待って!」
「なんでそんな話をしてるのよ!」
玲奈は冷静に言った。
「必要な情報収集です」
「収集しなくていいわよ!」
だが女子たちはもう止まらない。
「きれいって!」
「いい人だって!」
「先生ちゃんと見られてるじゃないですか!」
「う、うるさい!」
真里奈は枕を抱きしめ、わたわたと手を振った。
だが玲奈は人差し指を立てる。
「ただし」
女子たちの熱が少し落ち着く。
「ここからが問題です」
「え?」
玲奈は低い声で言った。
「黒崎くん」
「先生には恋人がいると思っています」
部屋が完全に止まった。
「……は?」
「え?」
「なんで?」
玲奈は昼の会話をそのまま説明した。
「先生なら恋人ぐらいいるだろうし」
「大変だよな」
そこまで再現したところで、女子たちが一斉に騒ぎ出す。
「うわー!」
「それはダメだ!」
「勘違いしてる!」
「そりゃ動かないよ!」
玲奈は腕を組んだまま、重々しく頷いた。
「そうです」
「つまり、由々しき事態です」
真里奈は赤い顔のまま固まっていた。
恋人がいると思われている。
だから、あの子は自分から来ない。
その事実は、想像以上に胸に刺さった。
「……そんなの」
小さく漏れた声に、女子たちの視線が集まる。
真里奈は少しだけ唇を噛んだ。
「そんなの……ずるいわよ」
「先生?」
玲奈が首を傾げる。
真里奈は顔を伏せたまま言う。
「きれいだとか、いい人だとか」
「そんなこと言われたら」
「……嬉しいじゃない」
部屋が一瞬静まり返ったあと、女子たちが一斉ににやついた。
「先生」
「それ、もう完全に……」
「言わないで!」
真里奈が真っ赤な顔で叫ぶ。
だがもう遅い。
玲奈は静かに告げた。
「結論です」
「このままでは、黒崎くんから告白は絶対にありません」
女子たちが頷く。
「うん」
「無いね」
「完全に無い」
玲奈はさらに続けた。
「つまり」
「先生から動く必要があります」
「ええええ!?」
真里奈が飛び上がる。
「無理よ!」
「そんなの!」
「先生」
玲奈の声は驚くほど真剣だった。
「黒崎くん、先生のことちゃんと見てます」
「きれいだって」
「いい人だって」
「好きだって」
「でも、恋人がいると思って止まってるんです」
その一言一言が、じわじわと真里奈の胸に落ちていく。
嬉しい。
でも悔しい。
そして――少しだけ、勇気が湧く。
「……私から」
気づけば口から出ていた。
「え?」
玲奈が目を丸くする。
真里奈は深呼吸した。
「チャンスがあるなら」
「……私から言うわ」
その瞬間、部屋がまた爆発した。
「キャーーーーーー!」
「先生ーーー!!」
「ついに決意した!」
「やったーー!」
「ちょ、ちょっと静かにしなさい!」
真里奈が慌てるが、女子たちの興奮は止まらない。
玲奈が拳を握る。
「では作戦会議です」
「待って、何でそうなるの!?」
「必要だからです」
玲奈はベッドの上に正座し、まるで作戦参謀のような顔で言った。
「先生が告白を決意した以上」
「成功率を最大まで上げる必要があります」
「告白に成功率とかあるの!?」
「あります」
玲奈は断言した。
そして指を一本立てる。
「第一段階」
「二人きり作戦」
「黒崎くんと先生を自然に二人きりにします」
女子たちが一斉に頷く。
「大事」
「まずはそこ」
「邪魔者を排除しないと」
「排除って言い方やめなさい!」
真里奈が叫ぶ。
玲奈は続ける。
「第二段階」
「距離を縮める作戦」
「会話を増やします」
「ちょっとした感謝」
「相談」
「さりげないボディタッチも有効です」
女子たちがにやにやする。
「腕組みとか?」
「近くに座るとか?」
「夜道で裾つかむとか?」
「やめなさいってば!」
真里奈は完全に顔を覆った。
玲奈は止まらない。
「第三段階」
「デート作戦」
「城下町に二人で行ってもらいます」
「きゃー!」
「定番!」
「でも強い!」
「だから何で勝手に話が進んでるのよ!」
玲奈は最後に指を立てた。
「最終段階」
「告白作戦」
女子たちが拍手する。
「完璧!」
「流れが綺麗!」
「応援したい!」
真里奈は枕を抱えたまま、弱々しく言う。
「……本当にやるの?」
玲奈はまっすぐ頷いた。
「やります」
「先生の恋愛応援団長として、私は最後まで責任を持ちます」
「誰が団長よ……」
「私です」
即答だった。
女子たちがどっと笑う。
その後もしばらく作戦会議は続いた。
誰がどうやって二人きりの時間を作るか。
どのタイミングで玲奈が自然に離脱するか。
先生がどう声をかければ不自然じゃないか。
話が進むたびに真里奈の顔は赤くなるが、完全に否定することはもうなかった。
それどころか、時々小さく考え込むような顔を見せる。
そのたびに女子たちは「おっ」と目を輝かせた。
やがて話題は少し先の未来へ移る。
「でもさ」
女子の一人が言った。
「先生、もしこの国を離れることになったらどうするんですか?」
その質問に、部屋が少し静かになった。
最近、生徒たちの間では将来の話がよく出るようになっていた。
商人を志ざす者。
農業を考える者。
騎士を目指す者。
同じクラスで異世界に来たとしても、ずっと一緒にいられる保証はない。
玲奈はそこで、当然のように言った。
「私、先生が王国を離れるなら一緒に行きますよ」
「え?」
真里奈が目を丸くする。
「何言ってるの?」
「決まってるじゃないですか」
玲奈は胸を張った。
「先生の恋愛応援団長としては」
「最後まで見届けないといけません」
女子たちが吹き出した。
「それ理由になる?」
「玲奈ならなる」
「ありそう」
真里奈は頭を抱えた。
「お願いだから、もっと他に理由を考えて……」
だが玲奈は真剣そのものだった。
「いえ」
「すごく大事な理由です」
「先生の恋の結末を見ずに離脱なんてできません」
「離脱って言わないで!」
女子たちはまた笑う。
その笑いの中で、真里奈は少しだけ肩の力を抜いた。
――王国を離れる。
その言葉は、以前ならただの想像だった。
でも今は違う。
それぞれが、それぞれの生き方を考え始めている。
ならば、自分も。
教師として。
一人の女として。
考えなければならないのかもしれない。
そう思った時、昼のユウトの声が頭の中で蘇る。
『きれいだし』
『いい人だよな』
胸の奥が、またじんわりと熱くなった。
「……先生?」
玲奈が覗き込む。
真里奈は慌てて顔を上げた。
「な、何よ」
「また思い出してました?」
「思い出してない!」
即答したのに、女子たちは誰も信じていなかった。
「先生、分かりやすい」
「ほんとかわいい」
「うるさい!」
真里奈の抗議が部屋に響く。
だが、もうさっきまでのような本気の拒絶ではなかった。
照れながらも、少しだけ前を向き始めた人間の声だ。
その頃。
男子部屋では、ユウトがベッドに寝転がっていた。
窓の外では夜風が吹いている。
「……なんか寒いな」
理由は分からない。
だが背中に妙な寒気が走る。
その原因は、すぐ上の女子部屋で着々と進行していた。
玲奈を団長とする――
先生恋愛応援作戦。
そしてその作戦は、これから少しずつ、確実にユウトの日常を揺さぶっていくことになるのだった。




