第18話 短槍での訓練に参加してみたら、騎士たちにやっぱり槍向きだと言われた
野営訓練の翌日。
宿舎の食堂には、いつもより少し静かな空気が流れていた。
理由は単純だ。
全員、疲れている。
「……体が重い」
「筋肉痛がひどい……」
「野営ってこんなきついのかよ……」
あちこちでそんな声が聞こえる。
昨日は森で一晩過ごし、そのまま撤収して城へ戻った。普段の生活とは違う環境での訓練は、思っていた以上に体力を削るらしい。
ユウトもパンをちぎりながら、小さく肩を回した。
まだ体が少しだるい。
だが、気分は悪くなかった。
理由ははっきりしている。
腰の横に立てかけてある武器。
短槍。
昨日、武器庫で借りたばかりの新しい武器だった。
「黒崎くん」
すると向かいに座っていた桐谷玲奈が、にやっと笑った。
「黒崎くん」
「はい?」
「ついに武器変えましたね」
ユウトは頷く。
「短槍」
「棒は使いやすかったんだけど、トドメ刺しにくいかなって思って」
「なるほど」
玲奈は感心したように頷いた。
そして横にいる橘真里奈をちらっと見る。
「先生守る気満々ですね」
「違うわよ!」
真里奈が即座に否定する。
「そういう理由じゃないって言ってるでしょ!」
玲奈はくすくす笑った。
「でも昨日守られてましたよね」
「それはたまたまよ!」
真里奈の顔が赤くなる。
玲奈はさらに追撃した。
「でも先生」
「昨夜メロメロになってたような?」
「なってない!」
真里奈が即答する。
周囲の女子たちが吹き出した。
「先生完全に照れてましたよ」
「真っ赤でしたよねー」
「違うってば!」
真里奈は慌てて手を振る。
「夜の森でびっくりしただけよ!」
玲奈はにやにやしている。
「へえー」
「黒崎くんに守られても?」
「それは……!」
真里奈が言葉に詰まる。
女子たちが一斉に笑った。
「ほらー!」
「やっぱり!」
「やめなさい!」
真里奈が真っ赤な顔で叫ぶ。
ユウトは静かにパンを食べながら言った。
「先生って大変ですね」
その瞬間。
真里奈がぴたりと動きを止めた。
ゆっくりとユウトを見る。
「……誰のせいだと思ってるの?」
にこっと笑っているが、目は笑っていない。
ユウトは一瞬考えた。
「……俺じゃないですよね?」
周囲の女子たちが一斉に笑った。
「黒崎くんですよ」
「間違いなく」
「原因本人!」
「違うわよ!」
真里奈が慌てて否定する。
だが顔はまた赤くなっていた。
ユウトは静かにパンを食べながら思った。
(……やっぱり俺のせいなのか?)
そんなことを思っていると、食堂の扉が開いた。
レオンだった。
騎士団の中でも訓練を担当している人物だ。
生徒たちの視線が一斉に集まる。
「今日は森での討伐訓練を行う」
短く告げる。
「昨日の野営で、森の空気は分かっただろう」
「今日は実戦形式だ」
食堂が少しざわついた。
魔物討伐。
これまでもやってきたが、「実戦形式」と言われると緊張感が違う。
レオンは続ける。
「騎士は基本的に見ている」
「危険な時だけ介入する」
「自分たちで考えて戦え」
それだけ言うと、くるりと背を向けて出ていった。
生徒たちは顔を見合わせる。
「……マジか」
「見てるだけって」
「結構怖いんだけど」
ユウトは短槍を手に取った。
少しだけ重い。
だが、昨日よりしっくりくる。
――――――
森に入ると、空気が変わる。
王城の外とはいえ、城壁の近くと森の奥では雰囲気がまるで違う。
木々が密集し、地面は柔らかい土と落ち葉で覆われている。
騎士が言った。
「魔力感知を意識しろ」
「夜じゃなくても役に立つ」
生徒たちは周囲を警戒しながら進む。
しばらく歩いたところで、前を歩いていた騎士が手を上げた。
「止まれ」
全員が足を止める。
騎士が低く言う。
「前方に魔物」
緊張が走る。
木々の間から現れたのは――
ゴブリン。
三体。
訓練で何度か戦った相手だ。
だが油断はできない。
「行け」
騎士が短く言った。
戦闘が始まる。
ユウトは短槍を構えた。
距離を取る。
焦らない。
ゴブリンの一体がこちらに突っ込んでくる。
ユウトは踏み込まない。
代わりに、間合いを維持する。
届く距離。
そこに入った瞬間。
突く。
短槍の穂先がゴブリンの肩に刺さる。
浅い。
だが止まる。
ゴブリンがよろめいた瞬間、もう一度突く。
今度は深い。
ゴブリンが倒れた。
「……」
ユウトは少しだけ驚いた。
棒の時より、はっきりした手応えがある。
隣では別の生徒が苦戦していた。
ゴブリンと距離が近すぎる。
ユウトは横から短槍を突き出す。
ゴブリンが反応して後ろへ下がる。
距離が開く。
「助かった!」
生徒が言う。
残りのゴブリンも、別の生徒たちが倒した。
戦闘終了。
騎士がゆっくり歩いてくる。
「……悪くない」
そう言った。
そしてユウトを見る。
「…クロサキ」
「はい」
「やっぱり槍だな」
騎士は腕を組む。
「無理に詰めない」
「距離の管理がいい」
「剣より向いてる」
ユウトは少し照れた。
「そうですか」
「剣は突っ込む武器だ」
騎士は言う。
「槍は生き残る武器だ」
その言葉は、昨日聞いたものと同じだった。
だが今日は、少しだけ意味が分かる気がする。
その時、真里奈の声が飛んだ。
「左!」
生徒の一人が慌てて振り向く。
別のゴブリンが回り込んでいた。
「二人で挟んで!」
真里奈が続ける。
「距離を取って!」
生徒たちがその指示通りに動く。
すぐにゴブリンは倒された。
戦闘が終わる。
玲奈が笑った。
「先生、今の指揮官っぽかったですね」
真里奈は少し照れながら言う。
「戦術の基本よ」
騎士が頷いた。
「悪くない」
「戦場ではそういう声が重要になる」
真里奈は少し嬉しそうだった。
――――――
帰り道。
騎士たちの会話が聞こえてきた。
「勇者たちはどうだった?」
「また派手だったらしい」
「柵を三つ吹き飛ばしたとか」
「……またか」
もう一人の騎士がため息をつく。
「魔物は倒した」
「だが兵士二人が怪我だ」
空気が少し重くなる。
ユウトはその会話を聞きながら、短槍を見た。
勇者パーティ。
自分たちと同じクラスだった連中。
だが今は別の場所で戦っている。
騎士がユウトを見る。
「…クロサキ」
「はい」
「お前は今のままでいい」
「焦るな」
短い言葉だった。
だが十分だった。
ユウトは短槍を軽く振る。
棒より重い。
だが確実に届く。
そして――
守れる。
「……悪くない」
小さく呟く。
新しい武器。
新しい距離。
その感覚は、少しだけ心地よかった。




