第17話 棒に慣れてきたので短槍を試してみたら騎士たちに妙に納得された
野営訓練を終えて王城へ戻った頃には、さすがに全員かなり疲れていた。
宿舎へ向かう途中でも、あちこちから呻き声のようなものが聞こえる。
「足いてえ……」
「背中も痛い……」
「ベッドって偉大だったんだな……」
昨日までなら笑って聞いていられた言葉も、今日ばかりは妙に実感がこもっている。森の地面の上で寝るというのは、それだけで体力を削るらしい。
ユウトも肩を軽く回した。
思っていた以上に疲れている。
夜の見張り、ゴブリンとの戦闘、朝の撤収作業。どれも大きな負担ではないはずなのに、慣れない環境がじわじわと効いていた。
とはいえ、頭の中に残っているのは疲労だけではなかった。
帰り道に騎士から言われた言葉。
『それなら短槍を使ったらどうだ?』
棒は使いやすい。
だがトドメを刺せない不安もある。
あの一言は、ユウトの中に意外なほど残っていた。
宿舎の前で隊列が解散すると、生徒たちはそれぞれふらふらと食堂や部屋へ向かっていく。だがユウトはその場に残った。
近くにいた騎士が振り向く。
「どうした、…クロサキ」
「その……」
ユウトは少し迷ってから口を開いた。
「さっき言ってた短槍、試してみたいんですけど」
騎士は一瞬だけ目を細め、それから小さく笑った。
「やっぱり気になったか」
「はい」
「いいだろう。武器庫へ行くぞ」
そう言って歩き出す。
ユウトはその背中を追った。
王城の武器庫は、訓練場の脇にある石造りの建物だった。中に入ると、鉄と油の匂いがする。壁には剣、槍、盾、弓が整然と並べられ、棚には練習用の木製武器も置かれていた。
何度か見た場所ではあるが、こうしてあらためて入ると少し緊張する。
騎士は棚の一つから武器を取り出した。
「これだ」
差し出されたのは、棒より少し長く、先端に真っ直ぐなナイフのような穂先のついた武器だった。
長槍ほどではない。
だが棒よりは明らかに重く、武器としての威圧感がある。
「短槍……」
「歩兵がよく使う」
騎士は説明した。
「長槍ほどの間合いは取れないが、その分取り回しがいい。歩きながらでも扱いやすいし、狭い場所でも振り回せる」
「棒に似てますね」
「似ている」
騎士は頷いた。
「だが先端に刃がある分、突きがそのまま致命傷になりやすい」
ユウトは両手で短槍を受け取る。
ずしり、とまではいかないが、確かに棒より重い。重心も前寄りだ。だが持ち上げられないほどではない。
「どうだ」
「……思ったより重いです」
「まあな」
騎士は笑う。
「その分、殺せる」
その言葉は妙に現実的だった。
訓練場へ移動すると、騎士は軽く顎をしゃくった。
「振ってみろ」
ユウトは短槍を構える。
棒と同じように持ってみるが、少し感覚が違う。先端の重さがあるため、何も考えずに動かすと手元がぶれる。
一度深呼吸をして、軽く突きを出す。
風を切る音。
次に、引く。
もう一度、突く。
「……なるほど」
口からそんな言葉が漏れた。
使いにくくはない。
むしろ分かりやすい。
棒の時よりも「どこで当てればいいか」がはっきりしている。
騎士がそれを見て言った。
「お前、やっぱり槍向きだな」
「そうですか?」
「距離の感覚が悪くない」
騎士は腕を組む。
「剣は踏み込む武器だ。間合いの内側に入っていく必要がある」
「だが槍は違う」
「相手を近づけない武器だ」
その説明は、妙にしっくりきた。
昨日の夜もそうだった。
ユウトがやったのは、倒すことではない。
近づかせないこと。
時間を稼ぐこと。
守ること。
「もう少しやってみろ」
「はい」
ユウトは何度か突きを繰り返す。
最初はぎこちなかった動きが、少しずつ馴染んでいく。棒と違って「打つ」のではなく「通す」感覚がある。狙いが定まると、思った以上に扱いやすい。
騎士が前に立った。
「今度は俺に向かって来い」
「え?」
「遠慮するな。もちろん当てるなよ」
訓練用の木盾を構える。
ユウトは頷き、短槍を構え直した。
まず一歩。
間合いを測る。
踏み込みすぎない。
届く距離で止める。
突く。
騎士が盾で受ける。
「もう一度」
今度は少し角度を変えて突く。
盾に当たる。
「悪くない」
騎士は一歩下がって言った。
「お前、無理に押し込まないな」
「その方が安全かなって」
「それでいい」
騎士はあっさり言う。
「槍はそういう武器だ。焦って詰めるな。相手が踏み込んでくるなら、その前に突け」
なるほど、とユウトは思う。
たしかに剣より自分に合っているかもしれない。
その時、訓練場の入り口の方から聞き慣れた声がした。
「あれ?」
桐谷玲奈だった。
その後ろには、橘真里奈もいる。
「黒崎くん、何してるの?」
「短槍を試してた」
玲奈の目が輝く。
「へえー」
「ついに武器チェンジですか」
すると真里奈もこちらへ近づいてきた。
「短槍?」
「はい」
ユウトは少し照れながら答える。
「棒は使いやすいんですけど、トドメを刺しにくいなって思って」
真里奈は真面目な顔で頷いた。
「なるほど」
「たしかに、昨日みたいな戦い方なら棒でも十分だけど……実戦だとそれだけじゃ足りない時もあるわね」
「それで騎士さんに相談したら、短槍もいいって」
玲奈がにやにやし始めた。
「先生」
「黒崎くんの武器、気になって見に来たんですか?」
「違うわよ!」
真里奈が即答する。
「たまたま通りかかっただけよ」
「へぇー」
「本当にたまたまですか?」
「本当よ!」
ユウトは短槍を握ったまま、なんとなく空を見た。
(また始まったな……)
騎士はそんなやりとりを見て、口元をわずかに緩めた。
「先生」
「はい?」
「…クロサキは剣よりこっちの方が向いている」
真里奈は短槍を持つユウトを見て、少しだけ目を細めた。
「……そうかも」
「無理に踏み込むより、間合いを管理する方が向いてるものね」
「でしょ?」
玲奈が笑う。
「先生、よく見てますねー」
「玲奈」
「はい黙ります」
即座に引き下がるが、顔はにやにやしたままだ。
騎士が言う。
「剣は格好いい」
「だが格好よく戦って死ぬ奴は多い」
その言葉には妙な重みがあった。
「槍は地味だが、生き残りやすい」
「特にお前みたいに冷静なタイプには合ってる」
ユウトは短槍を見つめた。
たしかに派手さはない。
だが、しっくりくる。
それで十分かもしれない。
「貸与申請しとくか?」
「いいんですか?」
「ああ。訓練用ならすぐ出せる」
ユウトは少し考えてから頷いた。
「お願いします」
「よし」
騎士は満足そうに言った。
その時、武器庫の奥の方から別の騎士たちの会話が聞こえてきた。
「またやったらしいな」
「今度は何だ?」
「訓練用の柵を吹き飛ばしたって」
「……勇者パーティか」
「他に誰がいる」
声は小さい。
だが、訓練場にいる全員の耳に入った。
真里奈が少し眉をひそめる。
玲奈も笑顔を引っ込めた。
ユウトは思わずそちらを見る。
勇者パーティ。
クラスの中心にいた連中。
今は王国の中で特別扱いされている存在。
騎士たちは困ったように肩をすくめた。
「強いのは強いんだがな」
「周りがもたん」
「また後始末だ」
それ以上は聞こえなかった。
だが十分だった。
ユウトは短槍を握る手に少しだけ力を込める。
強いだけでは駄目なのだ。
少なくとも、現場の騎士たちはそう思っている。
だからこそ、自分のような地味な戦い方でも評価されるのかもしれない。
騎士が言った。
「…クロサキ」
「はい」
「お前は今のままでいい」
「無理をするな」
「自分に合う武器を使え」
「……はい」
ユウトは短槍を見ながら頷いた。
棒より少し重い。
だが届く。
守れる。
そして必要なら、ちゃんと倒せる。
それは今の自分にとって、かなり大事な違いだった。
玲奈がまた覗き込む。
「いいですねー短槍」
「先生守る時も便利そう」
「だからそういう話じゃないってば!」
真里奈がまた赤くなる。
騎士が思わず吹き出した。
ユウトは小さくため息をついた。
(……やっぱりまたそれか)
けれど、悪い気分ではなかった。
短槍を軽く振る。
風を切る感触は、棒より少し鋭い。
新しい戦い方。
新しい距離。
そして、少しだけ先へ進んだ気がした。




