第16話 野営二日目、収納スキルが便利すぎて騎士たちに少しだけ評価された
森の朝は、思ったよりも早かった。
まだ太陽は完全に昇りきっていないのに、テントの外から鳥の声が聞こえる。少し湿った空気がテントの布越しに伝わってきて、黒崎ユウトはゆっくりと目を開けた。
野営の夜は、正直あまりよく眠れなかった。
焚き火の音、森の音、そして何より「ここは安全な場所ではない」という意識がずっと頭の片隅にあったからだ。
体を起こしてテントの外へ出る。
朝の森は、夜とはまったく違う顔をしていた。
木々の間から薄い霧が立ち上り、朝日がそれをぼんやりと照らしている。鳥の鳴き声があちこちから聞こえてきて、昨夜の緊張が嘘のようだった。
「おはよう」
焚き火のそばで、すでに起きていた騎士が声をかけてくる。
「おはようございます」
ユウトは軽く頭を下げた。
焚き火の火はまだ残っており、小さな鍋で湯が沸かされている。朝食の準備だろう。
少し離れたところでは、女子たちのテントからも人が出てきていた。
桐谷玲奈が真っ先に気づく。
「あ、おはよう黒崎くん」
「おはよう」
玲奈はにやっと笑った。
「昨日かっこよかったですね」
その一言で、近くにいた女子たちが一斉に反応する。
「先生守ってたやつ?」
「夜の森で!」
「きゃー!」
騒ぎが大きくなる。
その中心にいる橘真里奈は、朝から顔を真っ赤にしていた。
「だから違うって言ってるでしょ!」
「たまたまよ、たまたま!」
「でも前に出てたじゃないですか」
「それは……!」
言葉に詰まる。
女子たちの目が一斉に輝いた。
「ほらー!」
「やっぱり!」
「先生守られて嬉しかったんでしょ!」
「違うってば!」
ユウトは静かに朝の空を見上げた。
(……また始まった)
その時、騎士が手を叩いた。
「いいか」
一言で場が静まる。
「朝食を済ませたら撤収する」
「野営は撤収までが訓練だ」
その声は、昨日と同じく無駄がない。
「野営では準備より撤収の方が大事なことも多い」
「敵が来る前に動けるかどうかだからな」
生徒たちは頷き始めた。
朝食は簡単なものだった。
硬いパンとスープ。
だが、森の中で食べると意外とうまい。
食事が終わると、すぐに撤収作業が始まった。
テントを畳み、焚き火の跡を処理し、周囲を確認する。
荷物は意外と多い。
テント、布、調理道具、水袋、予備の薪。
騎士の一人が言った。
「収納スキル持ちは荷物を預かれ」
ユウトは袋に手を触れる。
(収納)
荷物が一瞬で消える。
それを見ていた生徒が言った。
「やっぱ便利だな収納」
騎士が頷く。
「便利だぞ」
「普通の収納スキルでも、馬車一台分くらいは入る」
生徒たちが驚く。
「そんなに?」
「それだけ運べるとかなり助かる」
騎士はテントの布をまとめながら続けた。
「遠征では荷物が一番問題になる」
「食料、水、装備、予備武器」
「それを一人で持てるなら、それだけで戦力だ」
ユウトは内心で思う。
(馬車一台分か)
(俺のは……)
もちろん口には出さない。
収納はあくまで控えめに使う。
荷物が整理され、キャンプ地はすぐに元の森に戻った。
騎士が周囲を見渡す。
「よし」
「撤収完了だ」
そして歩き出す。
帰路の行軍が始まった。
森の中を歩きながら、ユウトは昨日の夜のことを思い出していた。
あのゴブリン。
もし騎士がいなければどうなっていたか分からない。
そう考えると背筋が少し冷える。
「黒崎くん」
横から声がした。
真里奈だった。
「はい?」
真里奈は少しだけ歩く速度を落とす。
「昨日はありがとう」
「え?」
「助かったわ」
ユウトは少し頭をかいた。
「たまたまです」
「たまたまでもよ」
真里奈は小さく笑う。
「守ってくれたのは事実だもの」
その言い方は教師ではなく、普通の女性の声に近かった。
ユウトは少し照れてしまう。
「棒で止めただけです」
「それでもよ」
真里奈は前を見ながら言った。
「無理に戦わなかったのも良かったと思う」
「私、あのまま突っ込んでたら危なかったかもしれない」
ユウトは少し驚いた。
自分と同じことを考えていたらしい。
その時、前を歩いていた騎士が振り返った。
「…クロサキ」
「はい」
「昨日の動き」
「悪くなかった」
短い言葉だった。
「無理に勝とうとしない奴は生き残る」
「戦場では大事なことだ」
ユウトは軽く頭を下げた。
「ありがとうございます」
騎士はそれ以上何も言わず、また前を向いた。
真里奈が小さく言う。
「評価されてるじゃない」
「……そうですかね」
「ええ」
真里奈は少し楽しそうに笑った。
「冷静なのは黒崎くんのいいところよ」
少し照れくさい。
だが悪い気はしなかった。
森を抜け、王城へ戻る道を歩いているときだった。
隊列の後ろの方で歩いていたユウトは、隣を歩く騎士に声をかけた。
昨日見張りを一緒にした騎士だ。
「あの、すいません」
「ん?」
騎士はちらりと視線だけ向ける。
ユウトは少し迷ったが、正直に聞いてみることにした。
「昨日の戦いなんですけど」
「棒って使いやすいんですけど……」
言葉を探しながら続ける。
「トドメを刺すのが難しいなって思って」
騎士は少しだけ眉を上げた。
「ほう」
昨日の戦闘を思い出しているのだろう。
「確かに棒は扱いやすい」
「距離も取れるし、振り回しやすい」
「だが殺傷力が低い」
騎士はあっさり言った。
「訓練ならそれでいいが、実戦では問題になることもある」
ユウトは頷く。
「やっぱりそうですよね」
「ゴブリン相手でも、倒しきれない気がして」
騎士は少し考えたあと言った。
「それなら短槍を使ったらどうだ?」
「槍?」
「ああ」
騎士は腰の武器を軽く叩く。
「槍は棒の延長みたいなものだ」
「突く動きが増えるが、基本は同じ」
「棒に慣れているなら扱いやすい」
ユウトは少し興味を持った。
「でも重くなりません?」
「少しな」
騎士は頷く。
「少し長くなるし、先端に刃もつく」
「だが……」
ちらりとユウトを見る。
「お前なら使えるだろう」
ユウトは少し驚いた。
「そうですか?」
「昨日見てた」
騎士は淡々と言う。
「距離の取り方がいい」
「焦らない」
「槍向きだ」
その評価は短いが、かなり具体的だった。
ユウトは少し考える。
確かに、棒は扱いやすい。
だが倒しきれないという不安はあった。
「短槍……」
悪くないかもしれない。
騎士が続ける。
「城に戻ったら武器庫で相談してみろ」
「貸与品の中にもあるはずだ」
「分かりました」
「ありがとうございます」
ユウトが礼を言うと騎士は頷いた。少し笑っているようだった。
すると前を歩いていた玲奈が振り返る。
「何の話してるんですか?」
「黒崎くん武器変えるの?」
女子たちの視線が集まる。
ユウトは答える。
「短槍もいいかなって」
玲奈が笑った。
「いいじゃないですか」
「先生守るにはリーチ長い方がいいですし」
「だからそういう話じゃないってば!」
真里奈が慌てて否定する。
女子たちがまた笑う。
ユウトは小さくため息をついた。
(……またそれか)
だが、さっきの騎士の言葉が少しだけ嬉しかった。
棒から槍へ。
それも悪くない。
そんなことを考えながら、ユウトは城へ続く道を歩いた。
森を抜けると、王城の城壁が遠くに見えてきた。
生徒たちの空気が少し緩む。
「やっと帰れる…」
「ベッドで寝たい…」
そんな声があちこちから聞こえる。
ユウトはその光景を見ながら思った。
異世界。
魔物。
野営。
全部が現実だ。
ゲームでも漫画でもない。
でも――
少しずつ、この世界の空気にも慣れてきている気がする。
ユウトは棒を肩に担ぎ、城へ続く道を歩いた。
その背後で、森の木々が静かに揺れていた。




