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クラスごと異世界転移したモブの俺、ハズレスキル【無限収納】が覚醒したので異世界で無双します  作者: よるねこ
第一章

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第15話 初めての野営で夜の見張りをしたら魔物が出たので先生を守ることになった


 森の夜は、思っていた以上に暗かった。


 焚き火の火がぱちぱちと小さく爆ぜるたび、その周囲だけがぼんやりと明るくなる。少し離れれば、そこから先はもう闇だ。昼間に見た木々も、夜になると別の何かのように見える。


 黒崎ユウトは焚き火の前に腰を下ろしながら、小さく息を吐いた。


 初めての野営。


 昼のうちにテントを張り、焚き火の場所を決め、水場と周囲の地形を確認し、ようやく一息ついたところだ。だが騎士たちは気を抜いていない。


「ここからが本番だ」


 焚き火の向こうで、騎士の一人が言った。


「野営では夜が一番危険だ」


 生徒たちの表情が少し引き締まる。


 昼間の訓練なら、まだ「授業」の延長でいられた。だが夜の森は違う。焚き火の明かりの向こうに広がる闇が、ここが安全な場所ではないと無言で教えてくる。


 騎士は周囲を見回しながら続けた。


「見張りは交代制で行う」


「二人、三人の組を作って順番に回す。絶対に一人にはなるな。異変を感じたらすぐ知らせろ」


「異変って、魔物ですか?」


 誰かが聞く。


「魔物だけじゃない」


 騎士は短く答えた。


「獣、盗賊、火の不始末、仲間の体調不良。野営では何が起きてもおかしくない」


 その声に冗談はなかった。


 ユウトは焚き火の向こうに座る橘真里奈を見る。


 真里奈も真剣な顔で話を聞いていた。昼間は女子たちにからかわれて真っ赤になっていたが、こういう時は教師の顔に戻る。


 もっとも、その教師も少しだけ肩に力が入っているように見えた。


 夜の森は、大人でも怖いのだろう。


 見張りの組み分けが始まる。


「最初は俺とサカモト、あとアイザワ」


「次は女子組で、騎士を一人つける」


「三番目は……クロサキ、先生、俺だな」


 騎士がそう告げた瞬間、焚き火の周りの女子たちが一斉に反応した。


「おっ」


「先生と黒崎くん一緒だ」


「夜の見張りデートですね」


「違うわよ!」


 真里奈が即座に否定する。


 だが女子たちはにやにやしている。


「先生ダメですよ」


「黒崎くんと二人きりになったからって変なこと考えちゃ」


「そんなこと考えてないわよ!」


 声が少し大きくなり、男子たちが何事かと振り向いた。


「何の話だ?」


「内緒ー」


 女子たちが笑う。


 ユウトは焚き火に視線を落とした。


(なんか……また背中が寒くなってきたな)


 結局、そのまま一回目の見張りが始まり、二回目も特に問題なく終わった。


 夜は静かだった。


 虫の声と、時おり風に揺れる枝葉の音。それだけなら、少し不気味なだけで済む。だがここが異世界の森だと思うと、聞こえる音一つ一つが気になってしまう。


 そして、ユウトたちの順番が来た。


「起きろ、クロサキ、先生」


 騎士に起こされ、ユウトは体を起こす。隣の女子テントからも、真里奈が少し眠そうな顔で出てきた。


「……眠い」


「先生、目が死んでますよ」


「誰のせいだと思ってるのよ」


 真里奈は小さくため息をつく。


 たぶん女子たちに夜遅くまでいじられていたのだろう。


 見張り担当の騎士は三十代くらいの、口数の少ない男だった。昼間も最低限のことしか話していなかったが、動きは無駄がなく、いかにも実戦慣れしている。


「行くぞ」


 短く言って、焚き火から少し離れた位置まで歩く。


 見張りはキャンプ地の外周を、数箇所に分けて確認する形らしい。焚き火の明かりが届くギリギリのあたりに立つと、闇が一気に近くなった。


 ユウトは思わず息を呑んだ。


 暗い。


 昼間見た森と同じ場所とは思えないほど暗い。


「……夜の森って怖いわね」


 隣で真里奈がぽつりと呟く。


「昼と全然違いますね」


「ええ。さっきまで同じ場所にいたのに、別の世界みたい」


 声は小さいが、少しだけ本音が混じっていた。


 ユウトは小さく頷く。


 実際、別の世界みたいだった。


 焚き火の明かりが背中にあるからまだいい。もし明かりもなく、一人でこの森にいたらと思うとぞっとする。


 騎士が低い声で言った。


「夜は目より耳と気配だ」


「暗闇では視界は当てにならん。音と魔力感知を意識しろ」


「魔力感知……」


 ユウトが呟くと、騎士は短く説明した。


「魔物は魔力を持つ」


「人間もそうだが、魔物の方が分かりやすいことが多い。慣れるまでは難しいが、夜はこれが重要になる」


 真里奈が真剣な顔で聞いている。


 ユウトも周囲に意識を向けてみた。


 風の流れ。


 木々のざわめき。


 焚き火の音。


 そして、その向こう側にある静けさ。


 静けさの中に、何か違うものが混じっていないか探る。


 難しい。


 だが、昼間の訓練で少しだけ似たことをやった覚えがある。目に見えるものばかりではなく、周囲全体を意識する感覚。


 真里奈が小さく息を吐いた。


「……全然分からないわ」


「俺もまだです」


「まあ最初はそんなもんだ」


 騎士は腕を組んだまま周囲を見ている。


「だが戦場では、気付いた者から生き残る」


 その言葉は重かった。


 ユウトはもう一度、意識を外へ向ける。


 耳で聞く。


 肌で感じる。


 暗闇をただ「見る」のではなく、その中にある何かを探すように。


 その時だった。


 ふと、妙な違和感を覚えた。


 風の音でもない。


 虫の声でもない。


 何かが、いる。


 遠くではない。


 だが近すぎもしない。


 闇の向こう側に、小さな気配がいくつか動いている。


 ユウトは無意識に口を開いた。


「……何か来ます」


 真里奈がはっと息を呑む。


 騎士の目が鋭くなった。


「どっちだ」


 ユウトは森の奥を指差す。


「あっち」


 騎士はすぐに視線を向け、数秒だけ黙ったあと低く言った。


「……いい感覚してるな」


 そして剣に手をかける。


「下がれ。だが焚き火の方へは走るな。騒ぐと群れが動く」


 真里奈とユウトは頷き、少し後ろへ下がる。


 闇の中で、小さな影が動いた。


 一体。


 二体。


 三体。


 背が低く、ぎょろりとした目が焚き火の明かりを反射する。


「ゴブリンだ」


 騎士が短く告げる。


 ユウトは棒を握り直した。


 訓練で何度か見た相手だ。だが昼間と違って、夜の森では印象がまるで違う。小さくても十分に怖い。


 騎士が一歩前に出た。


「俺が前を受ける。二人は不用意に出るな」


 ゴブリンが低い唸り声を上げる。


 次の瞬間、一体が地面を蹴った。


 速い。


 騎士が剣で受け、そのまま斬り払う。別の一体も横から飛び込んでくるが、足さばき一つで位置をずらし、即座に切り返した。


 やはり強い。


 ユウトは改めてそう思った。


 だがその時、もう一体が大きく回り込んだ。


 焚き火の方ではない。


 真里奈のいる方向。


「先生!」


 ユウトは反射的に前へ出た。


 真里奈も短剣を構えたが、距離が近すぎる。踏み込みの速さでいえばゴブリンの方が上だ。


 ユウトは無理に倒しに行かなかった。


 棒を横に構え、ゴブリンとの間に差し込む。


 打つのではなく、止める。


 踏み込みをずらし、距離を作る。


 ゴブリンの爪が棒を掠める。嫌な音がした。


 だが一瞬で十分だった。


 騎士が割り込み、斜め下から剣を振り抜く。


 ゴブリンの体が倒れた。


 静けさが戻る。


 数秒遅れて、ユウトは自分の呼吸が荒くなっていることに気づいた。


「……終わったか」


 騎士が周囲を確認する。


 他に気配はない。


 真里奈が小さく息を吐いた。


「黒崎くん」


「はい」


「今……」


「とっさに」


 言葉を探しているのか、そこで止まる。


 ユウトは頭をかいた。


「先生の方に行ったんで」


「……ありがとう」


 真里奈は少しだけ視線を逸らしながら言った。


 暗いのでよく見えないが、たぶん少し赤い。


 騎士が剣の血を払ってから、ユウトを見る。


「いい判断だ」


「え?」


「無理に倒そうとしなかった」


 騎士は短く言った。


「自分より強い相手かもしれない時、守るべき相手がいる時、まず必要なのは時間を稼ぐことだ」


 ユウトは小さく頷く。


「正面から倒せる気がしなかったので」


「それでいい」


 騎士ははっきりと言う。


「無理をして死ぬより、生き残る方が大事だ」


 その言葉はレオンの言い方に少し似ていた。


「お前、派手さはないが悪くない」


「夜の森で慌てなかったのもいい」


「……ありがとうございます」


 真里奈も隣でこくりと頷いた。


「本当に助かったわ」


「いえ」


 ユウトは少し照れた。


 自分が倒したわけではない。


 だが、守れたと言っていいのなら、少しだけ嬉しかった。


 騎士が口元を緩める。


「先生」


「はい?」


「今のはクロサキがいなければ、少し危なかったかもしれませんな」


「ちょっ……!」


 真里奈の声が裏返る。


 騎士はそれ以上何も言わず、キャンプへ戻るよう促した。


 焚き火の前に戻ると、起きていた生徒たちが一斉にこちらを見た。


「何かあったの?」


「ゴブリンが三体だ」


 騎士が短く答えると、周囲がざわつく。


「マジで出るんだ……」


「夜の森こわ……」


 玲奈が真っ先に真里奈へ駆け寄った。


「先生大丈夫ですか!?」


「え、ええ」


「黒崎くんが守ってくれたんですか?」


「……っ」


 真里奈が固まる。


 女子たちの目が一斉に輝いた。


「きゃー!」


「やっぱり!」


「夜の森で先生を守るとか何それ!」


「違うのよ!」


 真里奈が慌てる。


「たまたま近くにいただけで!」


「でも前に出たんですよね?」


「それは……そうだけど……」


「ほらー!」


 女子たちが盛り上がる。


 男子たちは少し遅れて状況を理解し始めた。


「黒崎、やるじゃん」


「先生守ったのか」


「いや、違うって」


 ユウトは小さくため息をつく。


(またこれか……)


 玲奈がにこにこしながら言った。


「先生、ダメですよ」


「夜の見張りで黒崎くんに守られて赤くなってたら」


「赤くなんてなってないわよ!」


「なってました」


「なってない!」


 女子たちは大笑いする。


 騎士が小さく咳払いした。


「騒ぐな」


 その一言で場が静まる。


「夜の森では本当に死ぬ」


 さっきまでの冗談めいた空気が、一瞬で消えた。


 誰も何も言えなくなる。


 騎士は焚き火の向こうの闇を見る。


「今日は小型が三体で済んだ」


「だが野営とは、こういうものだ」


「油断すれば死ぬ」


 その言葉は静かだったが、十分に重かった。


 生徒たちはそれぞれ、焚き火の向こうの暗闇を見る。


 昼間とは違う。


 訓練場とも違う。


 異世界は、やはり危険な場所なのだ。


 ユウトは棒をそっと握り直した。


 焚き火の火が揺れる。


 テント、食料、見張り、魔物。


 全部が現実だ。


(これ……)


(本当に冒険者生活みたいだな)


 そんなことを思った時、不意に玲奈がまた小声で言った。


「先生」


「今夜は黒崎くんの近くにいた方が安全かもしれませんよ?」


「やめなさい!」


 真里奈が小さく叫ぶ。


 だがその声にも、さっきまでほどの余裕はなかった。


 それを見て、女子たちがまたくすくす笑う。


 ユウトは火の向こうを見つめたまま、こっそり息を吐いた。


(……なんで俺がこうなるんだろう)


 けれど、少しだけ分かってきたこともある。


 異世界は危険だ。


 でも、危険だからこそ、冷静でいることには意味がある。


 派手に勝つことだけが強さじゃない。


 生き残ること。


 守ること。


 そういう強さもあるのかもしれない。


 焚き火の火は、夜の森の中で小さく揺れ続ける。


 その明かりを囲みながら、生徒たちは初めての野営の夜を少しずつ覚えていくのだった。

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