第11話 先生と二人きりでスキルを検証します
宿屋は、城下町の大通りから少し外れた場所にあった。
石造りではなく木造の、二階建てのこぢんまりとした建物だ。表の看板には簡単な文字で『宿』とだけ書かれている。目立つような店ではないが、その分、人目を避けるにはちょうどいい。
「……ここなら大丈夫そうね」
橘真里奈が周囲を見回しながら、小さく言った。
「人も少ないし」
「はい」
黒崎悠人も頷く。
買い物を終え、荷物はすでに《無限収納》の中だ。問題はここからだった。
黒崎の収納も、完全鑑定も、どう考えても普通ではない。
それを城下町の真ん中で試すのは、さすがに危険だった。
真里奈は一度だけ深呼吸をしてから、宿屋の扉に手をかけた。
「行くわよ」
「はい」
二人は中に入った。
中は静かだった。
昼下がりだからか客の姿はない。木の床はよく磨かれていて、奥のカウンターには年配の男が一人、帳面のようなものを読んでいた。
「いらっしゃい」
店主は顔を上げる。
そして悠人と真里奈を見て、にやりと笑った。
「一部屋だね」
真里奈の心臓が一瞬だけ跳ねた。
(……え)
(恋人って思われた?)
胸の奥が、ほんの少しだけ高鳴る。
だが次の瞬間には、我に返った。
(な、何考えてるのよ私)
(相手は生徒でしょ!?)
悠人の手前、なんとか平静を装う。
「……はい」
できるだけ落ち着いた声で答えると、店主は満足そうに頷いた。
「二階の奥だ」
木札の鍵を差し出される。
真里奈が受け取り、二人で階段を上がった。
通された部屋は、簡素だが清潔だった。
窓際に小さな机と椅子が二脚。旅人が一休みするには十分だ。
そして。
「……」
真里奈が無言になる。
部屋の中央には、やけに大きなベッドが一つ置かれていた。
「……なんでベッドがこんなに大きいのよ」
悠人は視線を逸らした。
答えようがない。
たぶん、そういう宿なのだろう。
そこへ、扉が軽く叩かれた。
「お湯を持ってきましたよ」
店主が桶を抱えて入ってくる。中には湯気の立つお湯と、体を拭くための布が入っていた。
「体を拭くときに使いな」
この世界では風呂が一般的ではない。こうしてお湯で体を拭くのが普通らしい。
店主は桶を机の上に置くと、また意味ありげに笑った。
「ごゆっくり」
そう言い残して、部屋を出ていく。
扉が閉まったあと、真里奈はしばらく無言でその扉を見つめていた。
「……絶対勘違いしてるわね」
「してますね」
悠人が苦笑すると、真里奈は小さく咳払いをした。
「ま、まあいいわ」
「本題に入りましょう」
「はい」
真里奈は椅子に座る。
悠人も向かいに腰を下ろした。
「まずは収納の方から確認したいわ」
「分かりました」
机の上に置かれていた木のコップに、悠人は手を伸ばした。
指先が触れる。
次の瞬間、コップがふっと消えた。
真里奈がじっと見る。
「……今のが無限収納ね」
「はい」
「やっぱり詠唱はいらないのね」
「スキル全般、思うだけで発動みたいです」
「そうだったわね」
真里奈は小さく頷いた。
そして机の端に置かれた一冊の本を見た。
簡素な装丁だが、この世界にも本はあるらしい。
(この世界にも本ってあるんだな)
悠人は少しだけ興味を引かれた。
だが、すぐに意識を戻す。
(……いや)
(今はスキルの検証が先だな)
真里奈がその本を指さした。
「じゃあ次」
「触らなくても収納できるか、試してみて」
悠人は本に意識を向けた。
だが――
何も起きない。
「……無理です」
「やっぱり」
真里奈は腕を組む。
「触れている物しか収納できないのね」
「みたいです」
「そこの机の上に出せる?」
悠人は再びコップを取り出すことを意識した。
「多分」
「できます」
すると、コップが机の上に現れた。
真里奈が今度は部屋の隅を指さす。
「じゃあ、あそこは?」
悠人は試した。
だが、今度は何も起きない。
「……無理みたいです」
「距離に制限があるみたいね」
真里奈は立ち上がり、机の周りを歩きながら位置を変えて何度か試させた。
机の上、椅子の座面、足元。
出せる場所もあれば出せない場所もある。
やがて真里奈が言った。
「だいたい……1メートルぐらいかしら」
悠人も頷く。
「そのくらいですね」
「Lv1だから、ってことかもしれないわね」
「レベルは前から見えてましたけど、ここまでちゃんと意識したことはなかったです」
真里奈は今度は机の上の桶を見る。
「じゃあ次は、時間の確認」
お湯をコップに少し移す。
「これを収納して」
悠人はコップに触れた。
コップが消える。
真里奈はそのまま数分待った。
静かな部屋の中、湯気だけがゆっくり消えていくはずだった。だが、収納したコップの分だけはどうなるか分からない。
「……取り出してみて」
悠人は机の上を意識する。
次の瞬間、コップが現れた。
ふわり、と湯気が立つ。
「……冷めてない」
真里奈が目を見開く。
悠人もコップに触れてみる。
「本当だ」
普通なら、もう少しぬるくなっていていいはずだ。
真里奈は腕を組み、少し考えた。
「収納されると時間」
「止まってるみたいね」
悠人はコップを見つめたまま頷く。
真里奈はさらに少し考える。
「収納っていうより……」
「空間魔法って感じなのかしら?」
そしてすぐに首を傾げた。
「でも」
「時間も止まってる」
さらに少し考える。
「そう考えると……」
「時空間魔法の方が正しいのかしら?」
その言葉に、悠人は思わず苦笑した。
「大げさじゃないですか?」
「大げさじゃないわよ」
真里奈は即答した。
「少なくとも普通の収納じゃない」
そこで真里奈はコップを覗き込もうとして身を乗り出した。
その拍子に、彼女の手が悠人の腕に触れる。
「……あれ?」
「どうしました?」
真里奈が目を丸くする。
「見える」
「え?」
「今、あなた鑑定使ってるでしょ?」
「え、まあ……使ってましたけど」
収納したコップを確認するつもりで、悠人は《完全鑑定》を発動していた。
「それ」
「私にも見えてる」
「……はい?」
悠人も驚いた。
どうやら鑑定中に接触すると、情報が共有されるらしい。
真里奈は興味深そうに悠人を見る。
「面白いわね」
「これ、かなり重要じゃない?」
「そうですね……」
悠人は少し戸惑いながら頷いた。
真里奈はそのまま、ふと思いついたように言う。
「ねえ黒崎くん」
「はい」
「私のスキルにもレベルってあるみたいだけど」
「これって、あなたの完全鑑定で何かわからないかな?」
「やってみます」
悠人は意識を集中させた。
完全鑑定。
情報が流れ込む。
橘真里奈
スキル
指導 Lv1
戦術 Lv1
そして――
身長、体重、スリーサイズ。
「……」
悠人の動きが止まる。
「黒崎くん?」
「どう?」
「スキルレベルは分かりました」
「やっぱり」
そして、じっと悠人を見る。
「それだけ?」
「……」
「黒崎くん?」
「……」
真里奈の目が細くなる。
「まだ他にも何か見えてるわよね?」
悠人は困った顔になる。
「その……」
「いろいろ」
真里奈の眉がぴくっと動いた。
「いろいろって何?」
「……」
「いいから」
真里奈は悠人の手をしっかり握った。
「もう一回鑑定して」
「今、共有状態なんだから」
悠人は覚悟を決める。
完全鑑定。
空中に情報が浮かぶ。
橘真里奈
年齢 27
身長 165
体重
――
スリーサイズ
――
「……」
「……」
真里奈の顔が止まった。
数秒後、ゆっくりと悠人を見る。
「……黒崎くん」
「はい」
「これ」
「私の体の情報よね?」
「……はい」
真里奈の顔が一瞬で真っ赤になった。
「ちょっと!」
「なんでそんなところまで鑑定するのよ!」
「す、すいません!」
「…………………」
「…………………」
そして椅子から立ち上がる。
「えっと……先生」
「今日はもう帰りましょう」
「待ちなさい」
真里奈の声が低くなる。
「その反応」
「前にも見たことあるわよね?」
沈黙。
「……」
「図星ね」
悠人は観念して、小さく息を吐いた。
「……すいません」
「わざとじゃないんです」
「風呂上がりでぼーっとしてたら見えてしまって」
真里奈の顔がさらに赤くなる。
「つまり」
「あなたは前から」
「私のスリーサイズ知ってたってこと?」
悠人は小さく視線を逸らしたまま答えた。
「……ノーコメントです」
「黒崎くん!!」
しばらくして、真里奈は大きくため息をついた。
「……はぁ」
真里奈は再び腕を組む。
「スキルレベルはLv1」
「それは分かっただけでも収穫ね」
真里奈は少し考えてから、真剣な顔で言った。
「黒崎くん」
「はい」
「このスキル」
「普通じゃないどころじゃないわ」
「無限収納も、完全鑑定も」
「たぶん、私たちが思ってる以上に危ない」
悠人は黙って頷いた。
それは、もう十分に分かっていた。
やがて二人は宿屋を出た。
外はすっかり夕方だった。
城下町の通りには赤い光が差し込み、人影も少しずつ減り始めている。
だが、その様子を少し離れた場所から見ている者たちがいた。
「……あれ?」
「先生?」
「黒崎くん?」
城下町に来ていたクラスの女子生徒たちだった。
そして彼女たちは――
宿屋から出てきた二人を、はっきりと見てしまった。
しかし。
二人はその視線に、まったく気付いていなかった。




