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第一章 1

 シャーリは、崖の上に建つ城である。

 高く積まれた灰色の石壁は、海風にさらされながらも古き威厳を保っており、所々に苔が張り付き時の流れを物語る。

 主塔は無骨で四角く、天空へと高く聳え立つ。主塔の周囲を内壁が、その周囲にぐるりと広々とした訓練場が広がる。訓練場を取り囲むようにして円形に六階建ての宿舎が広がって、宿舎を囲む外壁には、弓兵のための狭間が規則正しく並ぶ。

 二人を引き連れ、メリアーヌは宿舎に入った。

 訓練場から宿舎に入る入り口は東西南北に四つあるにはあるが、どこからでも入れる仕様になっている。一定間隔に並ぶ円柱が建物を支えているが、訓練場からは宿舎が、宿舎からは訓練場がどこからでも見えた。

 一応手近なアーチ状の入り口から宿舎に入ると、廊下に反響する自分の足音がやけに生々しく響いた。ひんやりとした空気が頬を撫で、ろうそくの明かりで壁に旗印がゆらりと揺れる。

「四階までが独身一兵卒の宿舎、五階が妻を持つ兵卒の、そして六階が位持ちの宿舎となる」

 手ずから案内するつもりはなかったのだが、こうでもしなければ中々二人とゆっくり話す機会はない。

 メリアーヌは夕方の訓練が終わり宿舎内が混雑する前にと、少し急ぎ足で二人の前を行く。

「十人部屋まであるが、二人の宿舎は一階北西一角の二人部屋。安心するといい、嫉妬されない程度に狭い」

 大概最初は、同じタイミングで採用した者を同じ宿舎へ入れる。同期採用者同士というのは不思議と気安い関係が築きやすい為、大量採用した場合には十人部屋から埋めていく。

「都度質問しても宜しいですか?」

「良い」

 ありがとうございます、と兄のルシェルが言った。振り返って確かめなければ、今はまだ声の判別がつかない。

「五曹は六階に? それとも、主塔に?」

 ああ、とメリアーヌは北西へと向かいながら背中で答える。

「六階。隊によって概ね宿舎が分けられているので、私も北西一角に宿坊を構える。そこの階段を上がった先」

 通り過ぎざまに階段を顎で示すメリアーヌに、ルシェルは質問を重ねる。

「上官を訪ねて行ってもよいのですか?」

「無論、用があれば構わない。まずは困った事があれば互いの上官の元へ」

 はい、と二人が声を揃える。

「ここが二人の宿坊になる。荷は既に運び込まれているはずだから、確認を」

 二人の部屋には、素朴な木製のベッドが左右に並び、中央奥にはデスクが並ぶ。書物を読むにおいて困るスペースではない。

 ベッドの上には袋が一つずつ、兄弟が持参したと思しきそれぞれの荷物が運び込まれているが、服は支給である為に抱えられる程度の荷物しかない。

 二人はメリアーヌの前で荷袋を開き、問題ありません、と声を揃えた。彼らの私物には大いに興味があったが、覗き込むような事はしない。扉に凭れかかるようにして戸口に佇むメリアーヌは、双子を観察しながら自分に似通っている部分をつい、探す。

(……造形でいくと、まあ、全然似てないかな)

 二人共中々に好青年である。揃って切れ長の目をしているが、強いて言えばルシェルの方が少し丸みあるアーモンドアイ、いずれにせよ丸目のメリアーヌとは違う。

「何か?」

 体型は全く違うし、などと食い入るように観察するメリアーヌに、ルシェルが不思議そうに首を傾げた。

「――あ、いや。同じような髪色だなと思って。失礼」

「瞳の色まで似ていて、私も初めてお会いした時はっとしました」

 にこにこと笑うルシェルは社交的なのか、メリアーヌの目をしっかりと見て話す。

「二人はテリーア子爵の養子だと聞いているが?」

「左様です」

 実の父については何も知らないはずだが、何をどこまで探りを入れてよいものやら、メリアーヌは言葉を選ぶ。

「実のご両親は?」

「母は既に他界を。父が見当もつかぬ仕事をしておりました」

「あてがない、と?」

「ありません。また、探そうとも思っておりません。僭越ながら、テリーア子爵を本当の父と思っておりますゆえ」

 知りたくもない、というわけだ。

 ちらりと、メリアーヌはクルールに目を向ける。先程から口を開くのはルシェルばかりだ。

「クルールに何か質問は?」

 こちらから水を向けると、弟クルールもまた、メリアーヌを真っ直ぐに見た。

「規則や一日のスケジュールについて、ご教示願えれば、と」

「細かな事はおいおい。ざっくりと伝えておくならば、訓練は三度に分けて行う。交代で見張り等の当番があるが、十八時以降は基本的には自由かな。飲みに行く者も多く、近くに歓楽街もある。その辺りは各々の上官や同僚に聞くといい」

 はい、と頷くクルールはそれきり黙り、ルシェルが間を取り持つように質問を繋いだ。

「規則において、これはという独自の戒律などございますか」

「訓練の時間、当番の任には決して遅れてはならない。また、上官の職務上の命令に逆らう事は許されない」

 頷く二人に、メリアーヌは続ける。

「あとは姦淫行為。基本的に宿舎にある女は人妻か清掃・配給に従事するメイドだ。前者に手出しは即座に解雇。後者において恋愛は自由だが、姦淫行為が認められた場合にはこれも解雇。そちら方面の問題は歓楽街へ行くように」

 基本的に、とメリアーヌは肩を竦める。

「シャーリはとりわけ、他よりも血気盛んな男が非常に多く、極めて女が少ない。色関係の問題が起こりやすく、流血沙汰の諍いが耐えぬ為に規律が厳しい」

「見かけた場合には通告の義務が?」

「何を」

「姦淫行為です」

 ああ、とメリアーヌは苦々しく言う。

「義務はない。メイド自身が被害を訴えない限り現状不問、孕んだ段階で問題になるケースが極めて多い。残念ながらメイド自身の訴えがなければ、恋愛上の事であるのか姦淫であるのかの区別が我々にはつかない。明らかに姦淫と思しき現場に遭遇した場合には、義務はないながら通告をしてもらえると有難い」

 承知しましたと答えた双子は、現在のところ妻子はないと聞いている。年齢的には既に身を固めていてもおかしくないが、そのあたりはあまり詳しく聞いていない。

「テリーアを離れてシャーリに来るにあたっては、二人共子爵の推薦を受けているものであるが、納得済みで?」

「もちろんです。義父の顔に泥を塗らぬよう、精一杯務めさせていただく所存です」

 やはり応対をするのはルシェルで、メリアーヌはクルールに目を向けた。

「クルールは話す事が不得手? それとも、シャーリに来さされた不満の表れだろうか?」

「いえ」

 クルールはメリアーヌの質問に対し、すかさず、鋭く言った。

「不満など何も。ご覧の通り兄は笑みを絶やさず人受けが良い為、どちらが答えても良い場合には兄に任せている次第です。自分はこの通り、仏頂面なもので」

「成程」

 兄がいなければいないで応対出来るのであれば、今のところ別段不都合はない。

「夕食は食堂で食べる場合には二十二時までなら対応可。それ以降は食事の提供はなされない。食堂で食べない場合には、北の門から出ると、城下に市井の者が営む店が居並ぶのでそちらへ。これは後程、二人の歓迎会にあたり外出をするのでついでに案内する。城門は二十四時に閉鎖。それまでに戻れなければ宿を自ら用意せよ。必ずしも戻らねばならない規則はない為、歓楽街で一夜を過ごしても問題はないが、朝の訓練に遅れたら懲罰対象であるので気を付けるように」

 メリアーヌは、二人に廊下に出て来るように促す。

 柱の隙間から見える訓練場、その訓練場の中央に聳える四角い造りの主塔には四面に大時計がある。

「このシャーリでは、全てあの大時計を中心に規則が組まれる。時折良家に出自を持つ子息などは自前で時計を持っていたりするが、このシャーリではあの四面大時計が全て。あの時計が二十二時をさせば、他のどの時計が二十二時までまだ五分あろうとも食堂は閉まる。あの時計が八時を指せば、以降は朝の鍛錬に遅刻となる」

 言っている側から、ぼーん、低く重々しい鐘の音が数度、シャーリ城に響き渡った。鐘の音が鳴りやむのを待って、メリアーヌは言う。

「鐘は起床、訓練開始、訓練終了、閉門を知らせる。訓練は朝と昼、そして夕の三回であるので、鐘は一日に計八回鳴る。ここに当番制で仕事が挟まってくるが、それはまたおいおい。今鳴った鐘は夕の訓練終了を告げる鐘、つまり今日は以後自由時間となる」

 何か質問は、と促すメリアーヌは、いつの間にか結局六曹に任せる予定であった規則の大枠を説明している自分に気が付いていた。

 二人を観察し、雑談をと思って臨んだのだが、いざ三人きりになると気まずくて、何を話せば良いやら間が持たなかった。メリアーヌの事を「姉かも知れない」などと夢にも思っていない二人に対し、聞ける事にも限界がある。否、何をどう尋ねたら良いものかさっぱり今のところ打つ手がない。

「規範等に関して気になる事はありますが、それは生活をしてみて都度お伺いします。とりあえず」

 ルシェルは声を潜めるようにして、少し辺りを憚るような様子をみせた。扉に凭れかかったままであったメリアーヌも、自然と身が前に出る。

「まずは非礼がないように、皆々様方を何とお呼びすべきか、ご教示賜りたく」

「……五曹、とでも呼んでくれたら構わないが?」

 そんな事か、とメリアーヌは拍子抜けするが、ルシェルは至って真剣だ。

「役職がおありの方はあるいはそうだろうと。しかし、先に入隊されている一兵卒の方々は何とお呼びすれば? 訓練は受けておりましたが、軍隊に所属した事はないので、こう、特別な呼び方であるとか、決まりであるとか、あるのではと」

「ああ、そうだな」

 メリアーヌはとりあえず北門へ、と凭れていた扉を閉めて廊下を歩き出す。

 そろそろ二人の歓迎会が開催される現場へと向かわねばならない。

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