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ティアラは、捨てられた(第一章完結)  作者: みこここ


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33/33

閑話

 コーローの姿は、即座に収監されたので誰も見ていない。

 メリアーヌは主塔に出入りできる人間として、会おうと思えば面会が叶う立場にはあるものの、会ったところで何を話すべきかが分からない。コーローを牢に叩きこんだメリアーヌを恨んでいるであろう事は間違いなかろうし、嫌味を言われに行くだけ馬鹿馬鹿しい。

 レオとヨシュアもまた、正確な沙汰が下りるまで収監となる。

 コーローが率いた小隊は現在、グレン七曹とラドリック七曹の元で一応日常と変わらない訓練が行われる手筈にはなっているものの、空気は当然と言えば当然ながら、微妙だ。グレン七曹はメリアーヌの隊への移籍が内々に確定しているが、「少しラドリック七曹の様子を内から見ていたい」と言ったグレンの提案を受け、今はまだ正式な手続きには移行していない。コーローと共にメリアーヌに危害を与える計画を立てていたと思われるだけに、様子を窺って貰えるとなると、メリアーヌとしては有難い申し出だ。

 コーローの穴を誰が埋めるかの人事は一旦さておき、メリアーヌは沙汰が下りた翌日の夕訓練の後、部下達を海へと誘った。

 メリアーヌを始めとしたメリアーヌの隊の者達に向けられる視線はやはりどこか異質で、興味関心に始まり、恐れや緊張、同情もあれば不快を露わにする者もいて実に様々、しかし僅かに敬意や安心を示す者があり、メリアーヌの心に強く印象に残った。軍規というものを作っておきながら「何故裁いてくれないのか」という不満を持つ者はやはり一定数いて、軍規を作ったシャーリ側の人間としては改めて作った後の責任を考えさせられた。

「海辺で飲もう」

 メリアーヌがそう部下達を誘った事にも当然、理由はあった。

 メリアーヌの預かり知らぬ所で走り回ってくれた部下達への労いを形にしたかったのが一つ。達成した喜びを分かち合いたいと思ったのが一つ、はたまたひとまず張りつめていた糸が切れた事もあり、含む視線のない内輪の空間で息抜きをしたいとも思った。

「驕りですか、五曹」

 ハジムがにやにやと言うので、メリアーヌとしては苦く笑う他ない。二百の兵士の酒代となるとメリアーヌの懐では厳しいどころか到底足りる見込みなどなかったが、ここは乗る他ない。それだけの迷惑はかけた。メリアーヌの感じている視線を彼らもまた受けているはずだと思うだに、到底断れたものでもなかった。

(父に頼もう)

 ここはシャーリの御令嬢特権の使いどころだと、メリアーヌは開き直る。もし仮に断られたとしても、普段メリアーヌは全く給金を使わない。他の兵士のように養う家族があったり仕送りをしたりと、必要な使い道がなく、偶に酒場に落とす程度、前借りをしても大した痛手ではないかとも思った。

 暑い季節には汗を流す為に飛び込む海は、暗く陽が欠け、殊更に冷たく見える。

 灯りが既に入った海岸沿いの酒場は、メリアーヌの隊でほぼ貸し切りに近い状態になる。まずは各々腹を満たしにかかったが、二百人が一斉に押し掛けたのでは酒場とて手が回らない。五曹の特権でもって席を勝ち取ったメリアーヌの側にはハギーギが、ハジムはと言えば海辺の方へと子供のように走って行った。

「あれは、何をしていると思う。ハギーギ六曹?」

「靴を脱いでるように見えますね」

 うん、とメリアーヌは少し高さのある椅子で足を組み、ジョッキを片手に頬杖をついて海辺を眺める。

「入ったぞ」

「入りましたね」

 ぐび、とハギーギもまた同じ方を見遣りながらジョッキを傾けた。

 既に暗い海は、地平線の彼方は完全に闇に沈み空と同化していたが、酒場が煌々と放つ灯りのお陰で、波打ち際付近は明るい。メリアーヌ達の位置からでも誰が何をしているのか、よく見えた。

「あ。一人突き飛ばされた」

 裾を膝元まで捲りあげて足を海水につけて遊んでいた何人かの部下の一人が、頭までどっぷりと海水に沈んだのが見えた。突き飛ばしたのはハジムだ。野太い笑い声が響き渡っており、数人であったハジムを筆頭とした集団に、わらわらと酒の入った部下達がつられるように集まっていく。

「まだ海水は冷たいだろうに」

「誰が一番長く入っていられるか、という競争が始まったようですよ」

 見遣った先では、何人かが一斉に海の中に入り、楽しそうな笑い声と喝采が起こる。

「子供だな」

「幾つになっても男などそんなもんです」

 見る間に海に突撃していく人影が増えて、メリアーヌは呆れながらも苦く笑う。馬鹿馬鹿しいが、楽しそうで微笑ましくはある。

「ハギーギは交ざらないのか」

「老体に海水は堪えます」

「まだ四十で何を言う」

 あははとメリアーヌが笑い、ハギーギは子供を眺めるようにおっとりと、目に笑みを浮かべながら海辺を眺める。

 先日までの大騒ぎが嘘のような、穏やかで平和な光景だ。先陣を切って頭の先まで浸かるハジムに、負けじとまた何人かが続く。沈め合っているように見えるが、加減が分からぬ子供はいないだろうと、窘めるでもなくメリアーヌは落ち着き払って足を組みなおした。

「皆、よく付いて来てくれたもんだ」

 ぼそりと言ったメリアーヌに、ハギーギは酒の追加を頼みながら、あははと笑った。

「今更。配属された時に覚悟はしています」

「ハギーギとハジムはそうかもしれないけど、その下にいる者達には選択権がないんだから」

「選択しましたよ、彼らも」

 メリアーヌは空になったジョッキを返し、新しいものを手元に手繰り寄せながら視線を海浜からハギーギへと向ける。

「ちゃんと選択して、残った者達です」

「? というと?」

「私もハジムも、五曹の下につく事を自らの意思で選びましたが、その際部下に問いました。五曹の下につくので、嫌な者は異動願いを出せ、と。受理するからと」

「……そうだったんだ?」

 ええ、とハギーギは海浜に顔を向けたまま、ちらりと目だけをこちらに向け優しく微笑んだ。

「だから、あそこで馬鹿騒ぎをしている者は皆、ちゃんと自分で選択して残った馬鹿達です」

 そうなんだ、とメリアーヌは頭まで海に沈んでくしゃみをし、「寒いー!」と吠える馬鹿達を愛おしく眺める。

「馬鹿だな」

「馬鹿です」

 ふふと笑いながら、でも愛おしいな、とメリアーヌは目を細める。彼らがメリアーヌではなくハジムとハギーギを慕って残ったのだとしても、出世できるかもしれないという打算があったとしても、それでも「ごますり」と罵られ白い目で見られるやもという覚悟の元、それを受け入れる覚悟をしてここにいるのだと思うだに、じんわりと目頭が熱くなる。

「あ、双子が巻き込まれましたよ」

 ハギーギの視線を目で追うと、ずぶ濡れのハジムに、海に放り投げられる双子が見えた。今では酒場で酒を煽る数より、海に入っている数の方が恐らく多い。

 海の中から顔を出したルシェルとクルールが、髪を掻き上げながら笑っている。皆が、笑っている。

「……偶にはいいもんだ」

「ですねぇ」

 つまみを口に運ぶハギーギと耐久レースを眺める事暫し、円陣を組むようにして何やらぼそぼそやっていると思ったら、一斉に海辺で何かを始めた。潜ったり、土を掻きまわしてみたりと、動きに統一性がなくなる。

「何を始めたんだと思う?」

「さあ……賭けますか、五曹?」

 いいね、とメリアーヌは椅子に腰はおろしたまま前のめる。ざっと百人近かろうと思われる部下達の動きを観察し、メリアーヌは小さく首を傾げる。

「何かを探してるんだろ、多分。全員で探しているところから想像するに、ハジムの落とし物では?」

 たとえば指輪のような、小さなもので。全員で必死で探さねばならないとなると、上官であるハジムの所持品ではと推測した。

「成程。私は貝や、珊瑚、あるいは鉱石類の欠片のような綺麗なものかと」

「はっ、何の為に」

 やけに乙女じみた事を言うなと笑ったメリアーヌに、ほら、とハギーギは海浜を顎でしゃくるように言う。

「来ましたよ、馬鹿達」

 視線を向けると、幾人かがこちらに向かって素足のまま走って来る。彼らを先頭に群れは段々と大きくなって、全員がこちらを目指して来ている事にぎょっとした。

「な、なんだなんだ?」

「五曹ー! 出番ですよ!」

「何が!?」

 ハジムはメリアーヌとハギーギが飲んでいた円卓の上の皿を雑に避け、手に持っていたものを置く。覗き込もうとするメリアーヌを遮るようにわらわらと、集まってきた部下達が次々に机の上に何かを置いていく。

 無数の腕の隙間から机の上を見遣ると、ハギーギの言った通り、貝殻を中心としてきらりと光る鉱石の欠片や形の良い珊瑚の破片が並ぶ。

「ごみを掻き集めて来たのか!?」

 人垣が捌けるなり机の上に積まれたものを見下ろし、メリアーヌが呆れた声を上げると、ハジムが憐れむように言った。

「これだから五曹は。わあ綺麗! とか言えないんですか!?」

「ごみにしか見えんが!?」

「我々からの贈り物なんですけどー金がかからない」

 え、とメリアーヌは慌てて机の上に積み上がったものに手を伸ばし、山を崩して一つ一つを机に並べる。

「……あー、これはその、すごく、綺麗なものばかり」

「今更感は否めませんが、ほれ、選んでください。一番はさあ、誰の贈り物です!?」

 ハジムが豪快に笑うと、水滴がばたばたと机に散る。誰もかれも濡れ鼠で、そこそこに酒が回っているらしい。へらへら笑って「俺のが一番でしょう」などと口々に言っているが、本当に結果が気になるようには見えない。お前のはごみだろ、とじゃれ合い始める部下達を眺めていると、彼らが海の中で探し物をしていた姿がありありと思い起こされた。本気だか冗談だか、それでもあの瞬間、メリアーヌの為の贈り物を探していたのかと考えると感慨深く、じんと胸を突くものがある。

「……どれも、綺麗だけど」

「そんな社交辞令は今更いりませんよ。五曹が一番に選んだ贈り物をした奴が、当番を一ヶ月さぼれる事になってるんですから! ちゃっちゃと決めて下さいよ!」

 あちらはあちらで賭けをしているらしく、メリアーヌは机の上の「品々」を真剣に改める。想いが乗っかると、先程までは確かにごみに見えていたものの一つ一つが愛おしく映るのだから不思議である。とはいえ造形は五十歩百歩、選べと言われても基準が分からない。

「えーっと」

 メリアーヌは一つ一つを指差すように改め、ふと、一際小さな貝殻を手に取る。持ち上げて灯りに翳してみると、角度によって見え方が変わった。

「これ、かな」

「誰のだ!?」

 メリアーヌが指に摘まんだ貝殻を、ずらりと居並ぶ部下達の方へと向けると、「あ」と人垣の中から声がした。

「私、です」

 おずおずと挙手したのは、ルシェルだった。あああああ、と悲痛に満ちた咆哮が各所から上がる。

「最悪だーっ! 見張り当番だっ」

「げぇーっ!」

「向こう一ヶ月だぞ、半分はクルールだから、えーっと、何人生贄だ!?」

 阿鼻叫喚が巻き起こる中、然程飲んでいないと思われるルシェルが気まずそうに頭を低く謝るような素振りを見せる。大騒ぎをしながらまた海辺に戻っていく部下達を見送りながら、メリアーヌは机の上に残された贈り物の残骸を見下ろし、動じる事なく座ったままのハギーギに言う。

「なんで、分かった?」

「考えそうなことだなと」

「すごいな」

 素直に感心しながら、メリアーヌは両手を挙げる。

「負けを認める。賭けの代償は、どうする?」

「私にも手伝わせて下さい」

 なにを、とメリアーヌは机の上のものを丁寧に集めながら言う。

「双子としようとしている事を」

「双子としようとしている? ……何を知ってる?」

 メリアーヌははっとして、視線をハギーギへと向ける。コーローの件が片付いたら、メリアーヌは双子に相談しようと決めている事がある。双子の父親が誰であるのかを調査すること、そのために望んでいないと思しき双子を説得し、協力を仰ぎたい旨、話をつけねばと思っているところだ。

「何も。だから、私も交ぜて下さい」

「双子から聞いたわけではない?」

 何も、とハギーギは繰り返し、笑う。

「でもあの双子には何かある。でしょう、メリアーヌ五曹」

「……敵わんな」

 苦く笑ったメリアーヌが貝殻などを集めるのを見下ろし、ハギーギは上着を脱ぐ。

「こちらにまとめます? 持って帰られるのでしょ?」

「全く、敵わないな!」

 何もかも見透かされているようで、恐ろしくさえあるなと呆れるメリアーヌに、ハギーギはただ、邪気なく微笑んだ。

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