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ティアラは、捨てられた(第一章完結)  作者: みこここ


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第一章 エピローグ

 軍議の朝は、容赦なく訪れた。

 目は覚めていた。うとうととした時間もあったように思うが、夜が明けるずっと前から目はすっかり冴えていた。布団の中でひたすらに天井を見つめていた時間が、今となっては随分遠いものに思える。

 朝食は喉を通らなかった。白湯だけが辛うじて口にした唯一のものだ。

(何も、できることはもうない)

 自分に言い聞かせるように、メリアーヌは独白を繰り返す。

 調査官は軍議に出席しない。議長も、構成員も、記録官も、容疑者すらも今頃主塔のどこかの部屋に揃っているというのに、自分はここでただ、結果を待つだけだ。

 訓練に参加してみても、心臓がやけにうるさく気もそぞろ、危ないから下がっていて下さいとハジムに怒られた。

 歩くたび、靴音が廊下に響いて落ち着かない。ひとつひとつの足音が、誰かに注目されているような錯覚を呼び起こす。

 何を見ても、何を聞いても、今日に限っては全てがよそよそしく、味気なく思えた。

(私は、間違っていない)

 心の中で何度も繰り返す。

 だが、そんな呪文のような言葉で、この不安が拭えるわけではなかった。

 朝の訓練が終わり、昼の訓練が始まる。腹が空かぬまま、ただ時間の流れが遅く、重く、痛いほどにのしかかってくる。メリアーヌは一人海辺を走り、槍を揮い、何もない海に向かって矢をがむしゃらに射た。

 夕方の訓練が終わろうという頃になって、だったように思う。

 ふいに聞こえた、ざわめきに似た気配に、メリアーヌはふっと顔を上げた。

 ――掲示だ。

 軍議の結果は、記録官によって書き記された「軍議報告」として、主塔玄関脇の掲示板に貼り出される。兵たちが無言のまま、あるいはささやき声を交わしながら集まりつつあるその場所に、メリアーヌもゆっくりと歩み寄っていく。

 誰かが息を呑むのが聞こえた。

 メリアーヌが近寄っていくと、じろじろとメリアーヌを見ながら、皆が掲示板への道を開ける。

 掲示板を見た時の記憶が、メリアーヌにはあまりない。心臓の音を耳で聞きながら、周囲のざわめきが心音に負けて聞こえず、自分の世界に一人取り残されたような感覚に陥りながら見た掲示板には、簡潔な文面で軍議の結果が淡々と記されていた。


 ***軍務聴聞議会 議決書***

 被告:コーロー六曹

 罪状:部下に対する不当な暴行示唆および傷害示唆

 審議結果:罪状を認定し、降格及び懲罰房への収監を命ずる。

 今後、再任用の可否は軍部審理会の判断に委ねるものとする。


「メリアーヌ五曹!!」

 がっと後ろから力一杯に肩を組まれ、前に仰け反ったメリアーヌの世界に突如として音が戻って来る。

 あっという間にその場にざわめきが広がって、わ、と歓声が巻き起こる。

「やりましたね、メリアーヌ五曹!」

 のろりと振り返ると、ばんばんと肩を叩いて来たのはハジムで、歓声を上げながらメリアーヌを取り巻いていたのはハギーギを始めとしたメリアーヌ直属の部下達であった。ひそひそと囁く者達の中には驚愕筆頭に、実に様々、複雑そうな顔をして遠巻きにメリアーヌ達を眺めていたが、一つ、また一つと僅かながら、拍手にて感心を示す者が少なからずいた。

 

 ――認められた。


 そう思うには、あまりにも静かで、苦く、乾いた感情だった。だが、その決定は間違いなく、軍規の下で下された「裁き」だった。

 顔を上げ、メリアーヌは背筋をしゃんと伸ばす。視線の全てを集める今、部下達がメリアーヌを誇れるように、背だけは丸めない。腰だけは折らない。

 やりましたね、と人垣の中に拍手をする双子の姿がある。感極まって涙を浮かべそうになったメリアーヌを、ハジムが抱えた。

「うっ、わ!?」

「やったりましたー! うちの五曹がやったぞー!」

 空に向かって、放り投げられる。ひえ、と内心悲鳴が出かかったが、ほんの少し近付いた空が青く晴れ晴れと、メリアーヌは目に涙が滲む。

 どしっと落ちるメリアーヌを抱える手は一つではなくて、またふわりと体が宙を舞う。落ちるとまた手が増えて、段々とメリアーヌを受け止める手が、抱えてくれる手が、増えていく。

 滲んだ涙が一粒、投げ出された瞬間に空に向かって跳ねるのを、メリアーヌは見た。

 

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