第一章 27
軍議が開かれるのは、二日後に決まった。
構成員の選出に始まり、サリーによって記録された書類の全てを確認、共有されるその間、コーローの身柄は完全に拘束される。
軍務聴聞議会が開かれる旨が正式に掲示された事もあって、メリアーヌの周囲は少しばかり穏やかではなかった。聴聞にかけられる人間も、聴聞にかけた人間も、すっかりばれている現状、メリアーヌを見る者達の目が露骨に変わった。
冷ややか、あるいは敬遠、時に敵意が滲む事すらある。
面と向かって何かを言われるわけではないながら、廊下ですれ違えば声が落ち、背を向けたところでひそひそと何かが交わされる。
噂好きの舌の上に、シャーリの名はとても乗せやすかった。
(面倒なことを始めた、と思っているんだろうな)
メリアーヌはその視線を、額に当たる髪を払う仕草でかわす。
些細な事で訴え出た方が悪いという考え方が根強いようだが、軍規がある以上、泣き寝入る事も違反の跋扈に見て見ぬふりをする事も、それを耐え忍ぶべきという風潮を許すべきではない。これを機に何かが変わればと期待するが、目下周囲の目は厳しい。
いつものように前を向いて、声を張り、決して背を丸めない。五曹を賜った時と全く同じ、シャーリだから、女だから、特別扱いだと忌々し気な視線には慣れているが、刺すような視線のひとつひとつが、心にひびのように残るのも事実だった。
だからこそ、そっと寄り添ってくれる部下の存在が何よりも力になった。
「軍議で五曹が勝った場合にまた五曹の株が上がるんで、やっかんでるだけですよ」
束の間の日常に戻ったメリアーヌは、もはやなせる事はないので訓練に参加する。ハジムとハギーギが指揮をとる訓練を眺めるメリアーヌに、額を逞しい二の腕で拭いながら近づいてきたハジムが言った。
「煮え湯を飲まされた奴らが自分達は我慢してきたのにと、やっかんでるんですよ。自分が訴え出る勇気がなかっただけのくせして」
「……テリーア兄弟も、さぞ視線が痛かろうな」
メリアーヌが庇った形になる兄弟は、女に守られて、などと白い目で見られてやいないだろうか。ちろりと視線を遣った先ではいつも通り訓練をこなすルシェルがいたが、クルールは昨日見張り台に立った為午前の訓練が免除されているのだろう、姿がないが、彼らも裏で何を言われているやら分かったものではない。
「これだけ人がいれば、考え方はまちまちですよ。思いたいやつには思わせておけば宜しいではないですか」
あははと笑いながら訓練に戻っていくハジムと入れ替わるようにして、今度はハギーギがやって来る。手には訓練用の槍を携え、汗を額に浮かべながらも、顔にはいつも通りの落ち着いた表情があった。
「五曹。念のため、演習に使う弓は全て私とグレン七曹で精査しましたが、現段階では問題なし」
「そうか、ありがとう。……まぁ、これから動かんとも限らないが」
グレン七曹の手に入れた手紙から弓への細工を疑うも、今のところ問題なしとの報告にとりあえず安堵する。全体演習まではまだ間があるので、ぎりぎりに動く事も想定しておかなければならないが、三日後の議会でコーローに沙汰があった場合、ラドリック一人で計画の遂行を目指すかどうかは疑わしい。
「軍議まで三日。静かにしているつもりなのだが、どうにも視線が騒がしい」
「いずれ風向きは変わります。……今はただ、五曹の背中が曲がらないこと。それだけで、私たちは十分です」
その一言に、メリアーヌは思わず視線を上げる。
「曲がるな、か」
「五曹が折れたなら、五曹を信じる我々もまた、折れる事になりますゆえ。五曹が折れねば、我々も折れずにいられるのです」
真っすぐな眼差しに、じわりと泣けてくる。
「……頼もしいな。テリーア兄弟の様子も、気にかけておいてやってくれ」
「かしこまりました」
背を向けてやはり訓練に戻っていくハギーギの後ろ姿を見送りながら、メリアーヌは少しだけ深く息をつく。軍議に向けた緊張が胸の奥に冷たく残るも、凍てつく視線を共に受け、交わしてくれる者の存在の大きさにメリアーヌは深く感謝する。五曹として赴任してきた頃には誰もいなかった事を思い出し、あの頃の孤独は今の比ではなかったろう、と自分を鼓舞する。
メリアーヌは訓練中の部下達を見回す。
皆変わりのない様子で淡々と訓練に励んでいるように見えるが、一人一人、少なからずメリアーヌの為に害を被り、思うところがあるだろう。
(ハジムやハギーギのお陰なんだろうな、誰も何も言わないのは)
また胸の奥が少し熱くなる。
少なくともせめて、努めて、どんな時でも背筋を伸ばしていようと決意新たに、メリアーヌは久しぶりに自らの鍛錬の為、訓練場の中央へと足を向けた。




