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ティアラは、捨てられた(第一章完結)  作者: みこここ


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第一章 25

 主塔を訪ねると、二曹は留守にしていた。

 夕方に再訪の約束をとりつけたメリアーヌは、昼食をとる為に食堂に顔を出した。

 昼の訓練が間近に迫っているだけあっていつも程の喧騒はなく、腹は減っているはずなのだが、疲労のせいかあまり食欲がない。

 軍の食堂は、質実剛健を絵に描いたような造りで、厚い木の梁が天井を走り、窓は少なく、灯りは壁に設えられた油燈に頼っている。床には泥の靴跡が不規則に散っており、厨房から立ちのぼる煮炊きの湯気がぼんやりと天井近くに溜まっていた。

 湯気の立つ大鍋が並ぶ給仕台には、炊かれた麦と根菜のスープ、干し肉の煮込み、塩気の強い黒パンなどが並んでいる。兵の列はもうすっかり引けており、最後の何人かがパンを掴んでトレイに載せていた。

 のろりと列の後ろに付いたメリアーヌに、「五曹!」と背後から声がかかる。自分が呼ばれたのか分からないながらに振り返って視線を巡らせると、こちらに向かって手を振る二つの影がある。――テリーア兄弟である。

 適当にトレイ上の皿を埋めると、メリアーヌは兄弟の元に歩み寄っていく。

「遅い食事だな?」

「五曹ほどでは。我々はもう終わりましたので」

 実際二人のトレイの上は空で、これから片付けに入るところであるようだった。

「ここ、いいか?」

 メリアーヌが二人の前の席を顎で示すと、もちろん、とルシェルは机を回り込んで来て椅子を引いてくれた。

「成果はありましたか」

「ハギーギが頑張ってくれた」

 無骨な木製の机と長椅子が整然と並ぶが、人影は疎ら。テリーア兄弟と向かい合って食事をとる姿を見られるとまずいだろうかと一瞬考えたが、部下と食事をとるだけだと開き直る。実際、疚しい気持ちなどない。

 食堂全体にどこか忙しない空気が漂う中、メリアーヌはのそりとパンを食む。

「訓練は出来たか?」

「怪我をしている時こそ訓練し時だと、ハジム六曹の激励を頂きました」

「まあ、ハジム六曹は戦時下ならと常に考え、訓練をしてくれるからな」

 無理は禁物だが、敵は怪我の心配などしてくれないのもまた事実である。

 クルールは無言でぺこりと軽い一礼を残して、トレイを持って席を外した。ルシェルのトレイも一緒に持っていたので、おそらくは片付けに行ったのだろう。

「お尋ねしても宜しいですか?」

「んー?」

「軍議に諮った場合、コーロー六曹は、最悪どのような形に?」

 あー、とメリアーヌは両手でパンを一口サイズにちぎりながら言う。

「軍議は基本的に、記録官、今回で言えばサリーだけど、サリーが記録したものを元にお上の方々が行い審判を下すもの。より我々に有利になるような記録を残すべく躍起になっているわけだが、容疑者は当然、諮問の為に軍議場に呼ばれる。今回ならコーローだな」

 ええ、と頷くルシェルに、メリアーヌは続ける。

「本人が語るも審判にあたり考慮されるので現段階ではなんとも言えないが、最悪どうなるかと問われれば、罷免かな」

「そうなのですね。軍議というものが、いまいち判然としなくて」

「それは私もだ。軍人を裁く為の議会だが、幸いその場に呼ばれた事はないから。どのような雰囲気で、どうのように裁かれるのかは、実際のところはよく分からん」

「……罷免」

 ルシェルがぽつりと呟いた。感情を交えぬ静かな声音だったが、どこか胸の奥を探るような響きがあった。

「なんだ、複雑か?」

「いえ、複雑というより……想像がつかないのです。六曹まで上った方が引きずりおろされるかもしれない事が」

 メリアーヌはちぎったパンを口に運び、言葉を噛みしめるように応じる。

「どんなに大きく見えても、人の座というのは案外脆い。支えてるのは実力でも威厳でもなく、他者からの信頼と評価だ。それが崩れた時、どれほど高い地位でも、一瞬で失われるものだと、人の振り見て我が振りを見直さねばならないな」

 ふふ、とメリアーヌは笑う。

「これでコーローに何の沙汰もなかったら、お笑いだな?」

 確かに、とルシェルも相好を崩したところで、クルールが戻ってきた。トレイは置いてきたようだったが、その手には小さな椀を一つ携えている。

「甘いの、お好きですか」

 ことんとメリアーヌのトレイの直ぐ横に置かれた椀には、干し果物が入っている。

「……私に?」

「女性は甘いものが好きと、よく聞くので。五曹はお嫌いでしたか」

 女性、とメリアーヌは喉の奥の方で低く、小さく呟く。ほわりと、胸が熱い。

「いや、好きだ。有難くいただく」

 良かった、と小さく言ったクルールが、直ぐ背後にいるのが気配で分かる。意識したら吐息が聞こえそうでひやりと肩を強張らせたメリアーヌの側からすっと気配が離れ、クルールが机を回り込んでいく。

(なんだか、緊張するな)

 メリアーヌが意味もなく自分の肩先を摩る前で、戻ってきたクルールに合流するようにルシェルが立ち上がる。

「訓練が始まりますので、我々はこれで失礼いたします」

「あ、ああ。引き続き励んでくれ」

 ひらりと手を振ると、ぺこりと揃って一礼してメリアーヌに背を向ける。

 遠ざかっていく二人の背中を交互に見遣り、メリアーヌはクルールの腰元で目を留める。透視が出来るわけではないので眺めたところで何が見えるわけでもなかったが、腰元にあった痣に関しては、いずれきちんと見せて貰う必要がある。ルシェルにはないという事だが、遺伝的な痣であれば少なくとも、クルールの出自の手掛かりにはなる。

(私と姉弟かも知れないと知ったら、どう思うだろう)

 嫌悪を示されたら立ち直れないな、と密かに思いながら、メリアーヌは食堂を抜けざまに一度振り返った双子に、再び手を振る。

 頭を下げながら微笑んだ双子に拒絶される事が、少し恐ろしい。

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