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ティアラは、捨てられた(第一章完結)  作者: みこここ


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第一章 24

 メリアーヌの姿を確認し、ハギーギが立ち上がる。ちらと目をやった奥に、質素な私室に相応しく腰かける男の姿が見えた。その男――グレン七曹は、静かに立ち上がってメリアーヌに一礼する。

 サリーを伴って室内に入ったメリアーヌは、サリーが扉を閉めた音を確認してから上座に腰を下ろした。

「状況の説明を、ハギーギ六曹」

 ハギーギとグレン、サリーも座ったのを確認してから口火を切ったメリアーヌに、ハギーギは報告書を差し出しながら言う。

「五曹に協力を申し出ています」

「条件は?」

「メリアーヌ五曹の隊への移動許可です」

「許す」

 まさに想定内、ハギーギが上手くやってくれたのだろう。

 メリアーヌは、ハギーギの報告書にあるプロフィール欄にさっと目を通す。

 グレン・オーファー七曹、三十八。若くして七曹まで上り詰めるも、上官、つまりコーロー六曹の推薦を得られず停滞。ヨシュアとレオ直属の上官であり、軍内評価としては間違いのない仕事をするが、慎重すぎる故に決断が遅いとの評価を受けている。

 数度にわたり別部隊への異動を申し出ていたが、いずれも却下されていた。理由は明示されていない。

 その報告を読み終えたメリアーヌは顔を上げ、静かに切り出す。

「さて、グレン七曹。別部隊への異動希望を出していたようだが、理由は」

「上官と合わない、この一言に尽きます」

「いずれも却下とあるが」

「上官との面談において、面と向かって貴方と合わないからだと言えますでしょうか。私は言えませんでした」

 つまりコーロー六曹との面談時点で落とされている、という事だ。理由を言わなかったのであれば、致し方ない結果ではある。コーローの非とは言い難い。

「ヨシュアとレオは、少し前からコーロー六曹に私信で呼ばれることが増えていました。内容は把握していませんが、なんらかの指示は受けていたものと」

 メリアーヌは静かに頷く。

「何故あの二人だったと思う?」

 そうですね、とグレン七曹は静かに目を伏せ、考える素振りを見せた。非常に落ち着いて見える。

 その沈黙は、迷いではなく思慮の末のものであると分かる。グレン七曹のような人物は、感情で動かない。慎重すぎると評される所以でもあり、だからこそ今、彼がここにいる。

「おそらく――ヨシュアもレオも、人の上に立った事がないせいか、力はありますが判断力が未熟です。上官の意向には極めて素直に従う経験しかしたことがない。特にレオ・ガリヴァンは己を評価してくれる者に盲目的な忠誠を捧げる傾向がある。コーロー六曹のような口の巧い上官にとっては、扱いやすい部下だったはずです」

「なるほど。では、貴官は?」と、メリアーヌは問いながら視線を逸らさない。

 グレンは、メリアーヌの意図を察したようにわずかに目を細めた。

「扱いにくかったでしょうね。私には、どうしても、腑に落ちない命令には従えない性質があります。軍人としては、不適かもしれません」

「まあ確かに」

 メリアーヌは目を通し終えたハギーギの報告書を伏せ、グレンを真っ直ぐに見た。

「上官の命令に逆らうは軍規違反。腑に落ちなくとも従うが規則である。それに関してはいかに考える?」

「いざ戦時下において、上の命令が絶対。その理屈は分かります。足並みを揃える必要性は理解しますし、私一人の判断でカバーできない事態に陥ってしまったらと恐ろしくもあり。右か左かと悩む一瞬の判断を下す上官の命令に、違うと思っても従おうとは思えます。ですが、年端もいかぬ新人を足腰立てぬまで痛めつけよとの命令に、従う必要があるでしょうか。軍規は軍規、されど自身の頭で考える事を止めようとは思いません」

「成程。私の意見を言っても?」

 もちろん、とグレン七曹は穏やかに言う。

「貴官は間違っている。上官の命令に従う、それは果たして戦時下において急に、出来るだろうか。普段から反感を持ち、部隊を異動したいと内心厭い、軽んじ、侮蔑するそんな上官に対し、いざ戦地であるからといって素直に従えるだろうか。右か左と悩んだその時、右と叫ばれて一瞬たりとも逡巡せずに従えるだろうか。一瞬が命取りになると言われる戦場で、それが出来るだろうか」

 メリアーヌは否、と低く言う。

「私は否と考える。そのいざという一瞬の迷いをなくすため、訓練においても上官の命令は絶対。素直に従う経験しかなく判断力が未熟なレオ・ガリヴァンは、実に軍規をよく理解した軍人であると言い換える事が出来ると、私は思う」

 グレンは目を丸くして一瞬言葉を失ったようであったが、ふむ、と低く溜息交じりに言う。

「では、テリーア兄弟を殴れば良かったと?」

「そうだ」

 ぎょっとしたように振り返ったのはハギーギも同じであったが、メリアーヌはグレンから目を逸らさずに続ける。

「コーローがそう命じたというなら、それが正解であると私は言わざるを得ない。軍規第一条、上官の命令は絶対だ」

「失望致しました、メリアーヌ五曹。私には理解できない」

 眉根を寄せてメリアーヌを初めて睨んだグレンは、不愉快を露わにふいと視線を逸らした。もう何も話す事はないとでも言いたげなグレンに、メリアーヌは前のめっていた体を起こし、背凭れを使用する。

「コーローが命じた内容によるが、忠実に従ったなら私はレオ、ヨシュア両名を許す。殴れという命令に対し、二度の蹴りを加え短剣で殴りつけたのであれば、二人を罰する。命令に対し過剰な暴力に私利をみるからだ。軍規を重んじるシャーリの人間として、私は軍規を間違っているとは考えない」

 は、と鼻で笑ったグレンに、メリアーヌもまた鼻で笑い返す。

「私が間違っていると考えるのは、人事である」

「……は?」

「コーローを六曹に据えた奴が悪い。隊をよりよく導く為の命令を下さない者に上に立つ資格はない。上官に従えとの軍規がある以上、命令を下す権限を持つ人間を慎重に選ぶ事が出来なかった、それがシャーリの失策だ」

 メリアーヌはふふふと笑う。

「私はテリーア兄弟を痛めつけた人間を許すとは言ってない」

 ふは、とハギーギが吹き出し、くすくすとサリーが忍び笑う。

 呆気にとられた顔を張りつけたグレンは、丸くした目でメリアーヌを見つめ、眉尻を下げる。

「シャーリの方が、シャーリが悪いと申されるのですか」

「悪いものは悪い。コーローを六曹にしたのは誰だ、胸糞悪い」

 あはは、とグレンは天を仰ぐようにして笑う。

「これは、御見それしました。謹んで前言の撤回を。ふっ、あははは、まこと、失礼!」

 腹を抱えるようにして一頻り笑い、グレンは最後には穏やかな微笑みをたたえて深く頭を垂れた。

「改めて、どうか是非、あなた様の部隊にこのグレンを」

「許すと言った」

 そうでしたね、とグレンは徐に顔を上げ、目線を強く持ち上げた。その視線に、迷いはない。

「コーロー六曹は、あなたに手をかけようとしています。今手を打っておかねば、次はあなたが狙われる」

 サリーが、ぴたりと手を止めたのが分かった。

「それは、推測か?」

 いいえ、とグレンは懐から一通の書簡を取り出すと、メリアーヌの前にそっと置いた。

 メリアーヌは差し出された手紙を無言で受け取り、ざっと目を通してハギーギに回す。同じようにさっと目を通したハギーギは、愚かな、と低く、苦々しく呟いた。

「証言とともに、この書簡も軍議に提出してもらう」

 グレンは静かに頷いた。

「私はこの身、あなたに賭けます。メリアーヌ五曹。どうかこの身の為にも、コーロー六曹の失脚を」

 メリアーヌはふっと息をつき、視線を落とした机の上で、そっと拳を握った。

 

――


先般の件、

特に「牝鷹の弓」については、過不足なく調整されていることが肝要。

牝鷹は何かと気丈な様子だが、しかるべき場所からの退陣検討がなされる必要性を強く説く鍵となる。

全体演習まで残り僅か。ささやかな綻びが大きな結果をもたらすことを、我らが一番よく知っているはずだ。

万事、念には念を。――くれぐれも、油断なきよう。


ーー


 封を返し、濃い赤褐色の封蝋にコーロー六曹の家紋を確認する。軍内でも限られた者しか扱えぬ印――言い逃れは、できまい。

「宛名は、オーフィス七曹? 誰だ」

 メリアーヌが眉を顰めるのと、グレンが応じるのがほぼ同時であった。

「ラドリック・オーフィス七曹です。コーロー六曹の腹心」

「どうやって手に入れた?」

「誤配です」

 目を丸くするメリアーヌに、グレンは苦く笑った。

「私の姓はオーファーなのですが、同じ七曹で宛名も手書きとなると、一瞬見間違うのも無理はない。その手紙が届けられた頃、隊内における軍事編成の変更で丁度手紙のやり取りが多かった事も要因の一つといえば一つでしょうか。紛れて届いたんです」

「……気付いていて開けたのか?」

「開ける前に気が付きましたが、気が付かぬふりを決め込んで開けました。軍規違反ですか?」

 しゃあしゃあと言ってのけたグレンに、いや、とメリアーヌは苦く笑う。そんな軍規はない。

「些か気になっていたので、その手紙を見た時、妙な胸騒ぎが。天啓、と申しますか。これは開かねばと思いました」

 来月、シャーリをあげて全体演習が開かれる。三ヶ月に一度開催されるのだが、演目は毎回異なる。剣技である事もあれば、対抗模擬戦である事もある。来月は、弓の実技演習だ。

「鷹がシャーリの象徴である以上、牝鷹はメリアーヌ五曹。あなた様を示す隠語で間違いない」

「だろうな」

 肩を竦めるメリアーヌに、ハギーギが嘆息しながら言う。

「弓に、おそらく何らかの細工を。御身に怪我をさせる事が目的でしょう」

 重い沈黙が落ち、メリアーヌは誰にも聞こえぬほど静かに詰めていた息を吐き出した。

「ヴァレリー二曹に面会に行く。早急に決着をつけるために」

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