第一章 23
今日の訓練の指揮を全てハジムに任せ、メリアーヌはハギーギを訪ねる事にした。
場所は、グレン七曹の自室。
双子を医務室へ戻そうとすると、甘やかしすぎですとハジムに怒られ、双子は訓練場へと引っ張られて行った。当人達も動けると言うのでハジムの判断に任せ、メリアーヌは記録官、サリーだけを伴って宿舎を歩く。
ぽてぽてと付いて来るサリーは、歩き姿まで愛らしい。
ちらりと首だけで振り返ると、メリアーヌを見上げてほわりと笑う。
「……すまないな、サリー。君が一番、大変かもしれない」
昨日から、殆どずっと部屋に詰めっ放しだ。軍議では彼女の記録のみがものをいうので仕方がないとはいえ、食事も碌にとれていない事は分かっている。
「とんでもございませんわ、五曹。これがわたくしの、仕事ですもの」
むしろ、とサリーは微笑む。
「最近では軍議にかけられるような事案は殆どなく、記録官とは名ばかり、お役に立てる機会がなくてうずうずしておりましたもの。此度の件に呼んでいただけて、嬉しいですわ」
「君、いくつなの」
「二十五になります。婚期を逃しておりますわ」
ふふと笑うサリーはメリアーヌと違って、妻にと望む声がないとは到底思えない。実際、宿舎を歩いているだけで擦れ違う兵士達が振り返る。殆どが朝の訓練に出ている時間帯ではあるが、全員が全員訓練に出ているわけではない。メリアーヌに道を譲って一礼し、後ろに続くサリーを見て「お」と目を見開くのだ。どいつもこいつも、可愛い、と顔に書いてある。
「君さえ嫌じゃなければ、相手など喜んで見繕う。うちの隊にも独身者は多い」
「わたくし、我儘ですの。ですから相手が見つからぬのですわ」
「へえ?」
そうは見えないけど、と苦く笑うメリアーヌに、サリーは続ける。
「軍に所属する方は、嫌ですの」
「……あー、それは、一気に幅が狭まった」
でしょう、とサリーはきゃらきゃらと笑う。
「弱いのですわ。戦火に飛び込む夫を見送る覚悟がないのです」
そういうものかな、とメリアーヌは少し歩速を落とす。もう少しサリーと二人、話をしていたいと思った。
「シャーリは国に大事ありし時、先陣を切って飛び込む戦の要。死地へ赴く夫を見送るなど、……わたくしには出来ませんわ」
「好いた相手がいるように聞こえるな?」
ふふとメリアーヌが笑うと、サリーはぎょっとしたように目を見開き、仄かに頬を染めた。
「お。聞きたいな、是非」
「まあ、五曹」
サリーは胸に抱える報告書の束に目を落とし、誰を想ってかどこか幸せそうに口元を緩める。
「お慕いしている方は、おります。確かに。でも、叶わぬのです」
「既婚者か?」
「いえ、わたくしの勇気がないから」
「死なれる事を恐れてか? 戦争などなくとも人は死ぬよ、サリー」
メリアーヌは足を止める。目の前にはグレン七曹の自室、部屋に入ればハギーギもいるはずである。
「戦争などなかったのに、兄はあっさり死んだよ。サリー」
メリアーヌはサリーを振り返る。シャーリを継ぐ後継者であった兄が亡くなったのは、このシャーリにいる全ての者が周知するところであるが、メリアーヌは淡々と言う。
「死んだよ、あっさりと。今死なれて後悔しない? サリー」
黙ってしまったサリーの気持ちは、分からないではない。
死地へと送り出す者の気持ちは今のメリアーヌには想像も出来ないが、それを恐れ尻込みしてしまう気持ちは分からないではない。だがシャーリに生きる軍人の妻の全ては、今だけを見て生きている。
「後悔のないようにね、サリー」
こんこん、とメリアーヌはグレン七曹の部屋をノックする。
ねえサリー、とメリアーヌは中からハギーギの声が応じるを確認し、扉を開く前に彼女を振り返った。
「また話そう。私は恋の話というものを、したことがないんだ。楽しそうだ」
「……喜んで、メリアーヌ五曹」
眉根を下げて小さく微笑んだサリーを伴い、メリアーヌは扉を開く。
訓練の声が遥か遠くに聞こえる静かな廊下の奥、グレン七曹の部屋の中には濃く張り詰めた空気が漂っていた。




