第一章 22
沈黙の中で崩れ落ちたのは、レオの意地だけではなかった。
コーローの示唆を認めた二人は、長く床にへたりこんでいたが、レオは後に静かに「忠誠などではない」と呟くように言った。
「確かに命令はされたものの、手を挙げたのは自らの意思。鬱憤は、まあ、あったさ。命じられたから言われるがままにやったなどと、頭のない手足のように思われたなら、心外だ」
レオはそう言って項垂れ、
「そりゃ、言われずとも気にいらないさ。上官に恵まれ、可愛がられ、挙句にシャーリ次期当主のお気に入りってか。若いだけで。は、……馬鹿馬鹿しくもなる」
ヨシュアもまた、開き直ったようにそう言った。
各々の動機の一端に触れ、メリアーヌは二人を解放した。今度は二人で一室、沙汰が下りるまで隔離はするものの、見張りは部屋の外に置く。虚しさを滲ませ力ない二人はおそらく、逃げ出しはしないだろう。
「それにしてもハジム六曹。おっぱじめるなら言っておいてくれないと」
「いや、埒が明かんなこれはと思いまして。力技に出た方が早いかなと。分かったでしょ?」
「そりゃあ意図するところは分かったが、あまりにもいきなりで」
なあ、とメリアーヌは、ヨシュアとレオを追い出し身内ばかりになった部屋で、机の残骸を片付ける双子に声をかける。
「計算ずくと頭では分かっていても、恐ろしい迫力でした」
ルシェルが苦く笑いながら、木屑をまとめる。
「小娘、ときたもんだ」
「演出演出」
あはははと笑うハジムに、メリアーヌもまた苦く笑って肩を竦める。
「五曹の懐の深さを分かった上で、このハジム、五曹に兵卒歴では勝る頼もしき右腕としての手腕を見せておこうかと」
「右腕はどちらか決めていないが?」
「今のところ一歩リードでしょう!」
あははと笑うハジムには、正直、助けられた。
「結局、権力にものを言わせてしまったが」
ふふと自嘲するメリアーヌとしては、「シャーリ」の名を使う事なく勝利を勝ち取りたかった。証言で、証拠で、勝ち取りたかった。
しゅんと項垂れたメリアーヌは、とん、と紙が机を打つ音に視線を記録官に向ける。筆を置き、紙の端をまとめて束ねる記録官、サリーはふふと優しく微笑んだ。
何か言いたげなサリーに視線を投げるメリアーヌの前に近付いてくる気配があって、今度は気配に向かって視線を巡らせると、クルールが真っ直ぐにメリアーヌを見下ろしていた。
「五曹のやり方が間違っているとは思いません。正しく使われる名は誇りと信念の象徴であり、家名を汚すものではありません」
目を丸くするメリアーヌに、上着を脱いで木屑を集めるルシェルがくすっと笑う。
「ハジム六曹がけしかけたのですから、責任をとってくださいますよ」
「おっと言ってくれるな、ルシェル・テリーア。しかしま、その通り。家名に慄いてくれるなら、使えば宜しいではないですか。私の家の名を出したとて誰も慄いてくれませんよ? 持ってるものは、使わないと」
豪快に笑うハジムの理屈は勿論分かるのだが、それを使わずにやり遂げたかったのだと、メリアーヌは苦く笑って俯く。
そっと、メリアーヌの肩に触れるものがあって目を上げると、クルールが自身の上着を脱ぎ、メリアーヌに優しくかける。とん、と僅かにその手が肩に触れた。
「脅すのではなくやり遂げようとされたこれまでの姿勢が、五曹の想いが消えるわけではありません。皆、見ていましたから。少なくとも、我々は」
「……そう?」
「された事がなくなるわけではありません。歴戦のハジム六曹がそうすべきと判断されたのですから、あの場はあれが、正しかったのですよ」
ね、とルシェルが微笑み、クルールの手がそっと離れるもメリアーヌの肩に残ったクルールの上着が、ほわりと胸までも温かくしてくれる。
「ありがとうございました、メリアーヌ五曹。すっきりしました」
「ありがとうございました。傷が癒えるようです」
二人の口から重なるように放たれたその言葉に、メリアーヌは思わず噴き出しそうになって、唇を噛んで堪えた。
(慰められるのも、悪くないな)
あははと未だ豪快に笑うハジムの声も、おっとりと微笑むルシェルの穏やかな笑顔も、ふいと視線を逸らしたクルールの照れ隠すような横顔も、シャーリという名を使いたくないと固執するばかりであったメリアーヌの心を溶かす。許されたと、思った。
認めて欲しかったんだな、とメリアーヌは思う。
シャーリ伯爵の七光り、不相応な五曹の地位、後ろ指を指されることなく堂々と軍に所属する事を許されたかった。その為に誰かに、たった一人でもいい。一人だけでもいいから誰か、メリアーヌを認めて欲しかった。
(ふふ。三人もいる)
慰めてくれる人が、メリアーヌを優しく包んでくれる人が、三人もいる。
否、目撃情報を必死になって集めてくれた部下も、不満もあろうにメリアーヌについてきてくれる部下も、今なおグレン七曹と対峙してくれているハギーギも、きっと。
(良かった。私、ここに来て良かった)
嫁には、出られなかったけれど。
婿は、貰えなかったけれど。
シャーリ次期当主という重圧も、手を差し出してくれる人がいたなら、安心して頼れる人がいたならきっとという思いが、もしかしたら出来るかもしれないという希望をメリアーヌに与えた。
感極まるメリアーヌが涙を堪えるように目を伏せると、記録した全てを胸に抱いたままのサリーがそっとメリアーヌの側に来て、鈴のような声で言った。
「証拠と証言を積み上げて導き出した結論です。『シャーリの名』は、その責任を受け止める覚悟の証。あなた様の正しさは、わたくしが責任をもってここに記録致しましたわ、メリアーヌ五曹」
メリアーヌは静かに目を閉じる。
やれる。
メリアーヌなりの、やり方で。これからも死力を尽くして、側にと心から言ってくれる誰かを自らの力で勝ち取って。いずれはこのシャーリに、メリアーヌの居場所を確立する。
姫にもなれず、令嬢にもなれず、軍人としても中途半端であったメリアーヌの前に、きらきらと注がれる希望は、同じ顔をして降って来た。
そっと目を開いたその先に、木屑を抱くルシェルと、端からこぼれ落ちそうな破片を受け止めようとしているクルールの姿が映る。
(ここで生きていける)
メリアーヌの視線に気付いて揃ってこちらを見た双子は、ふっと優しく笑う。
この穏やかな気持ちを齎す何かは、果たして本当に血のなせる縁か、はたまた。
メリアーヌは肩にかけられた上着の端をきゅっと握り締め、とくんと高く胸を打つ何かを認識する。
メリアーヌはハジムの元に近寄るルシェルではなく、無意識に――椅子を並べ直すクルールを目で追った事に気付かなかった。




