第一章 20
ノック音がする。
テリーア兄弟が部屋の外に到着したようだが、暫し待て、とメリアーヌは声を張り上げて制し、ハギーギに向き直る。
「ハギーギ六曹に託す。グレン七曹を説得し、コーローを落とす為の証言を得よ」
「心得ました。処遇に関しては」
「喜んで預かってやるとも。面倒を見ることになるのは、ハギーギかハジムだが」
ふふ、とハギーギは小さく笑んで立ち上がる。
「二人に誰かが命じたのは明らかなようだ、と軍議にて印象付けられるだけの証言、お任せしますよ?」
「やれるだけやってみよう。先にヨシュアを呼んでくれ」
ええ、とハギーギは一礼し、退出していく。扉口で待機していたテリーア兄弟はハギーギと一言二言話し、ヨシュアだけを伴って部屋に入って来る。
重々しい音を立てて背後の扉が閉まると、びくん、とヨシュアが肩を揺らした。
丸一日以上拘束された心労からか、すっかり窶れて十も老け込んで見える。
ヨシュアは前方にメリアーヌとハジム、後ろをテリーア兄弟に囲まれる形で力なく佇んでおり、目が忙しなく右往左往している。ぶるぶると震える足をちらりと見遣ったが、座る事をメリアーヌは許さなかった。
メリアーヌは机越しに彼を見据え、記録官サリーが筆を取るのを確認してから、静かに尋ねた。
「これから行われるのは最終審問である。全てが記録され、軍議では貴殿の証言としてその全てが採用される事になるゆえ、そのつもりで。――さて、ヨシュア。貴官はおとといの十八時過ぎ、東の兵装庫で一人で作業していたのだったな?」
「あ、いえ。いいえ。思い出したのですが、レオと一緒でした。レオと、東の兵装庫で片付けを。管理担当でしたので!」
「ほう。何時から一緒に?」
「く、訓練が、終わってから、ですから、十八時から」
先の尋問では一人でと言っていたが、丸一日一人で拘束され、誰とも話す事が出来ず、ヨシュアなりに考えに考えたのだろう。レオと二人で東兵装庫の管理担当であった事実は調べればすぐにばれる。レオと共にいたと証言を翻すべきと勘付いたらしい。
「レオは一人だったと証言していたが、本当に?」
え、とヨシュアが青くなる。
レオは当初、ヨシュアと一緒に東の兵装庫で作業をしていたと言っていたが、ヨシュアとの矛盾を指摘すると一人だったと証言を既に翻している。
ヨシュアは混乱のせいか爪を噛むような素振りを見せ、メリアーヌを窺うように睨みながら、いいえ、と低く呟いた。
「レオの、勘違いです。我々は管理担当、二人で当番でしたから。きちんと職務を全うしました」
「成程、結構。訓練終了が十八時だが、直ぐに東の兵装庫へ?」
「……そうです」
ヨシュアは記録官が気になるのか、サリーが筆を動かす度に目がそちらに向く。
「何時頃までかかった? 貴官が当番をしている間に備品の片付けに来た者の名前を挙げよ」
ちらちらとサリーを見ながら、書き記される恐怖からかヨシュアの膝が面白い程に震えている。かちかちと鳴る歯の間から、たっぷり間を置いてなんとか声を絞り出した。
「じゅ、う、八時、半は過ぎていたかと。誰が来たかなど、覚えてませんよ」
「誰も全員の名前を言えとは言っていない。長く所属しているんだ、別の隊の人間とて一人や二人、名前が分かるだろう?」
「覚えてません!」
ヨシュアは悲鳴に近い叫び声をあげ、ごほん、と低い咳ばらいをしたハジムに竦み上がっている。
「西の備品倉庫付近にて、貴官の姿が確認されているが足を向けた記憶は?」
「人違いですっ!」
行ってませんと叫ぶヨシュアに、ヨシュアの短剣の柄が見つかった事、クルールの傷と一致する事、柄を失った時間を割り出し済である事、さらには名を伏せつつも目撃者の存在を示す。
「被害を受けたテリーア兄弟からの証言に矛盾なし。一方、貴官の証言には矛盾だらけだが、本当にこのまま、この証言を軍議にあげて良いのだろうか、ヨシュア? テリーア兄弟の言葉に信憑性がある以上、貴官の暴行罪に関しては最早有罪は確定しているに等しいが、軍議に虚言を持ちこんだ罪も甘んじて加えるつもりか?」
ぶるぶると震えるばかりで言葉のないヨシュアに、メリアーヌは低く言う。
「テリーア兄弟を痛めつけた事、あるいは嘲り、尊厳を損なおうとした事、誰に報告するつもりだったのかな? やっと報告が出来ると宣ったそうだが?」
「言ってません」
「聞いた者がある。証言を採用済である」
ヨシュア、とメリアーヌは一転、諭すように言う。
「既に貴官の罪は確定している。軍医の治療報告書もここに。目撃情報もここに。そして暴行を受けた当人が、そこに」
ヨシュアは、メリアーヌが目線で示したクルールを振り返る事すら出来ない。俯いたまま、面白いほどに震えている。
「貴官に今できる事は、正確な証言をすることである。軍議において、他を謀る嘘の証言における心証は最悪、まさか減俸で済もうなどと思ってはいないだろうな? 計画的にテリーア兄弟をつけ狙っていたようだが、その理由を私は何日かかろうとも徹底的に問い質す。知っているか、シャーリ主塔の地下には軍規に背いた兵士を監禁しておくための土牢があり、陽の一切入らぬ狭き牢に入れられた者の精神は、余程の者でも一週間ともたないとか。貴官は何日もつだろうな。自信が?」
「どうして俺が!?」
ヨシュアは蒼白を通り越して白くなった顔をメリアーヌに向け、ばっと頭を抱えるようにして髪を掻きむしる。すぐさま警戒の姿勢を見せたハジムを制するメリアーヌだけを見つめながら、ヨシュアは叫ぶ。
「なんで俺ばかりが!? なんで!」
ひゅ、と息を吸い損ねたのか、ヨシュアの喉が鳴る。咳き込み餌付きながら、顔がぐしゃりと歪む。
よろりと一歩を踏み出したヨシュアが、更に一歩、メリアーヌに近付いて来る。テリーア兄弟とハジムが身構えたのが気配で分かったが、メリアーヌは右手をあげ、それを制する。
ぐらりとヨシュアの体が傾いで、どっと机に倒れ込むようにして掴まる。乞うように震える手をメリアーヌに向けて伸ばすが、それを掴んでやることはない。
「……っ、俺は……」
ヨシュアの声が震え、切れた唇に血が滲んだ。その目には恐怖に混ざって憤怒が過り、何故自分がこんな目に遭うのかと、無念と憎悪に染まったのをメリアーヌは確かに見た。
「――命令されたからっ、やっただけだ! 俺一人が馬鹿をみるなんて、そんなこと、あってたまるか!」
しん、と静寂が落ちる中、ヨシュアは机に額を打ち付ける。両の拳を机に打ち付けながら震えるその肩には、深い後悔が滲んでいた。
床に膝をつき、メリアーヌが肘を載せる机を叩き続けたヨシュアは、たっぷりと間を与えてやると、「もう終わりだ」と、ぼそりと言った。
「自棄になるなら、誰に命令されたのか吐いてもいいぞ?」
いや、とヨシュアはだらりと拳を垂らし、床にへたりこんだ。前に垂れた頭には力がなく、目が見る間に虚ろになっていく。
「好きにするといい。もう、どうでもいい。好きにしてくれ」
それきり何を言っても無言を貫いたヨシュアの落とした肩は、全てを諦めたのか、もう震えてはいなかった。




