第一章 19
双子を伴って部屋に戻ったメリアーヌは、彼らにも当時西の備品倉庫周辺にいた人物を思い出して貰いながら、目撃情報の精査を進めた。
ルシェルとクルールが縄を両手いっぱいに持って西に向かう姿に関しては、そこそこの目撃証言がある。新人は、目立つものだ。
しかしながら中々思うような成果は出ず、目撃情報の殆どがただの紙屑へとなっていく中、ようやく直接話を聞いてみたいと思える証言にあたり、メリアーヌは記録官サリーの到着を待って早朝からその者を呼び出した。
メリアーヌの呼び出しに応じたのは、サフィン・グレイ。なんとか体裁は整えてきたようだが、寝癖が酷い。早朝に呼び出した手前、直して来いなどと言うつもりはない。
西の備品倉庫に縄を返却しに向かっていたとき、同倉庫の方から短剣を片手にしたヨシュアと擦れ違ったという証言である。
「誰かと二人で談笑していたのですが、ヨシュアの方に意識がいっていたので、もう一人が誰かは記憶にありません」
「何故ヨシュアに意識が?」
サフィンはメリアーヌともコーローとも何ら関係のない部隊の兵士だが、四十を超える勤めの長い男で、おっとりと穏やかな人格者であった。
「短剣を所持していたので。西の備品倉庫と兵装庫はほぼ並んでいるに近しい位置関係ですのでどちらから出てきたのかは見ていませんが、片付けに向かうならともかく、西から短剣を持ったまま東に向かう姿に引っかかって」
「尋ねてみなかった?」
「おやと思ったのは確かですが、その時は声をかける程ではないかと」
同席させた双子にちらりと目を遣ると、共にじっと黙ってサフィンの様子を窺っている。
「時間は分かるか」
「分かります。十八時半」
双子が備品倉庫に到着したのが十八時十分頃、揉めた時間を思えば違和感はない。
「何と言っていたんだたか、“ちょっとやり過ぎたかな”だの、“やっと報告が出来る”だの、」
「ちょ、ちょっと待て。なんだって? もう一度、正確に頼む」
非常に聞き捨てならない事を言われたメリアーヌは、サフィンの言葉を慌てて遮り、復唱を求める。きちんとサリーに記録しておいてもらわねばならない。
メリアーヌの鋭い声に、サフィンは少し驚いたように瞬きをしてから、ゆっくりと口を開いた。
「“ちょっとやり過ぎたかな”――これは、確かにそう言っていました。その後に、“やっと報告が出来る”と」
「誰に」
「それは、言っていませんでした。ただ、渋々というか、やっと任務が終わったといった感じで、溜息など吐いて」
その瞬間、メリアーヌはサリーに視線を走らせる。記録官はすでに素早く筆を動かしており、こくりと頷いて見せた。
「会話の相手は、ヨシュアともう一人。容貌は思い出せないか?」
「申し訳ありません、ヨシュアにすっかり意識が向いてしまって。ただ、すらりとした体格の兵士だったように記憶しています」
五万といるあてにならぬ証言だが、一応レオの特徴に一致はする。他の証言と照らせば、ほぼ確定で問題はなかろう。
(“やっと報告が出来る”か。誰に、何のために)
明らかに、ヨシュアは“誰か”への報告義務があった。指示を出した人間がいたとしたら、それは。
「ありがとう、サフィン。非常に助かった。引き続き何か思い出したら報せてくれ」
一礼を残してサフィンが部屋を辞すと同時に、メリアーヌは机に拳を落とした。
「ルシェルはハジム、ハギーギ両六曹の招集を」
はい、と頷くルシェルが腰を浮かすのを横目に見ながら、メリアーヌは低く言う。
「クルールはヨシュア、レオ両名をそれぞれここへ。両名への尋問を行う」
サフィンの証言は、ヨシュアたちの行動が計画的であり、かつ第三者の影があることを物語っている。二人に指示をした人間が誰であるのか、それは二人に問うが最も早く、確実である。
双子が退席していくのを見送り、メリアーヌは思案に耽る。
(この尋問でコーローの名が出なければ、監督不行届にて裁く他の道はないな)
なんとか口を割ってくれると良いが、具体的な名前が出るかと問われると、望みは薄かろうと思う。
どうすればコーローを尋問するだけの証言が出るだろうかと、一人唸るメリアーヌが悶々と考え込んでいる間に二人の六曹が到着する。
二人とも目撃情報を収集するための指揮を夜通しとっていたのだろう、ハジムは隠す様子なく大欠伸をした。
「すまないな、二人共。世話をかける」
「交代で仮眠を取りましたから、寝ていないということはありませんよ」
ハギーギはおっとりと言いながら、一礼をして席につく。
「二日位眠らないという訓練も導入しませんか、五曹。戦時中に悠長になんて寝てられませんよ? 眠らさない拷問があるくらいですから、短睡眠に体を慣らしておく事も必要ですよ」
「然り。検討しよう」
提案しておきながらまた大欠伸をしたハジムは、それで、とどっかりと椅子に座り込んで前のめる。
「二人を尋問するんですって? 我々は何を?」
メリアーヌは手短にサフィンの証言を二人に伝え、頬杖をつく。
「圧をかけようかと。二人が後ろに控えてくれていたほうが恐ろしげだろう?」
「強面貼り付けるのは任せておいてもらえればいいですが、流石にコーローの名前が出るとは思えませんがね」
そうなんだ、と嘆息するメリアーヌに、ハギーギは言う。
「証言を翻させる事は、記録官がきちんとついている時点で不利になります。二人にはどんどん証言を翻させてその一つ一つに虚言の罪を言い渡し、プレッシャーをかけましょう」
メリアーヌが目を向けると、ハギーギは続ける。
「レオ、ヨシュア両名はコーロー六曹配下ですが、二人共確か、グレン七曹の配下です」
メリアーヌの部隊がハギーギ六曹、ハジム六曹二人の組織に分かれ、その指揮下にあるように、兵士にはそれぞれ直属の上官というものがいる。
レオとヨシュアは大元を辿ればコーロー六曹配下だが、その下に、直属の七曹、もっと言えば直属の八曹がいる。
調べてみたのですが、とハギーギは自らが記しているメモに目を落とす。
「二人共グレン七曹下、ファー八曹配下です。レオとヨシュアがコーローの名を出す事なく上官の示唆を仄めかした場合、必然的にこの二人に害が及びます。二人にとって上官とは、コーロー含め三人しかいないからです」
「ほう。とばっちり候補か」
ハジムが腕を組み、そういう事です、とハギーギが頷く。
「二人になんら非がない場合、こちらに取り込める可能性があります。特に、グレン七曹」
「根拠は?」
「どうやら、メリアーヌ五曹の下に入りたがっていたらしく」
目を丸くするメリアーヌに、ハギーギは笑む。
「あなたを疎む者があるのも確かではありますが、下に入りたいと願う者とてあるのです。それがたとえ出世の為であったとしても、五曹の元にと願い叶わなかった者が」
「五曹が部下を募られた際、名乗りをあげることが出来たのは六曹だけでしたからね。コーローが名乗り出なかった時点で、その下に置かれるグレン七曹にはチャンスがない」
ええ、とハギーギは身を乗り出し、わずかに声を潜めた。
「コーロー六曹失脚の暁には、メリアーヌ五曹が身柄を引取って下さると仰せだと言えば、寝返る可能性が」
「……グレン七曹の人となりを知らないので何とも言えないが、もう少しこう、隊とは一枚岩かと」
メリアーヌが苦く言うと、あははとハジムは笑った。
「五曹が我々を選んでくださったように、七曹を選ぶのは我々で、八曹を選ぶのは七曹です。下の人間に選択権はなく、所属を言い渡されたならば従うのがそれこそ軍規です。不服に思う者とてありますとも。しかしてそれをまとめるが上に立つ者の手腕。選んだ者には、自らに仕えさせる魅力や縁の下の努力が必要です。コーローはそれを怠った、ただ、それだけのことです」




