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ティアラは、捨てられた(第一章完結)  作者: みこここ


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第一章 18

 その日、見張台に立つのはルシェルの予定であったが、怪我を理由に交代の申請を出し、メリアーヌは双子を医務室に追いやった。

 簡易な治療は済ませてあるが、昨日から殆ど眠っていないというのに無理をさせた。治療を受けながら医務室で静かに休んでもらいたいとのメリアーヌの親心であったが、「双子に甘いですな!」とハジムは笑い飛ばした。しかし反対はしなかったので、なんのかんのと彼も甘い。

 日を跨ぐ前に、メリアーヌはサリーを一度帰らせた。翌日にまたここでと約束をとりつけて、一人きりになる。

 深夜になってもぞくぞくと集められる目撃情報に目を通すメリアーヌは、眼窩の痛みを感じ、さすがに少し仮眠を取ることに決めた。脳の働きが鈍くなってきたのを感じたせいでもある。部屋に戻ることすら億劫で、その場に突っ伏す。

 ……こん、と何かの音がして、メリアーヌは目を覚ました。

 いつの間にか深い眠りに落ちていたようで、ぼやけた視界を手でこすりながらのろりと体を起こすと、凝り固まった体を伸ばす。

 机には見慣れぬ報告書の山が出来ており、皆が気を遣って起こさずに残していってくれたものと窺い知れた。

 顔でも洗うかと部屋を出て階下に降りる。まだ外は暗いながら、完全な夜というわけでもなく、静寂に微かな朝の気配が混じり始めていた。主塔の時計を見上げ、四時になろうとしている事を確認する。

(双子はちゃんと休めたろうか)

 軽く肩を回しながら、少し遠回りにはなるが医務室の前を通って水場へ向かう事にする。

 疎らに見張りの職務を果たす兵士の姿を確認しながら、メリアーヌは首を回したり腕を回したり、体をほぐしながら医務室に向かうと、扉が少しだけ開いていた。

 そっと中を覗いて、メリアーヌはぎょっとする。

 寝台が、空っぽである。

「えっ」

 詰めているはずの医官もいない。慌てて中に飛び込み室内を一周してみたが、どのベッドにも双子の姿はない。

(まさか、コーローの手の者に呼び出されたなんてこと)

 隔離しているコーローから指示が出せるはずはないが、コーロー含めヨシュア、レオは未だに隔離されている現況に加え、メリアーヌが軍規に照らして裁く為の調査を行っている事は一日をかけて周知されきっているはずである。個人の判断でなんらかのアクションを起こす人間がいたとて、考えてみれば不思議ではない。

 どどど、と高鳴る心臓を押さえるメリアーヌは、痛みに眉を顰める。ルシェルとクルールの顔がそれぞれ浮かび、殴る蹴るの暴行を受けているのではと想像しただけで息が詰まった。

(落ち着け、どうする。まずはえっと、どこから、何をどうすれば)

 気が動転して、考えがまとまらない。髪をぐしゃりと掻きまわすようにして、メリアーヌは何も思いつかぬまま居てもたってもいられず医務室を飛び出す。

「わ!?」

 ど、と勢いよく何かにぶつかって、後ろに吹っ飛びかけたメリアーヌの腕を掴む力強い手がある。

「……クルール」

 じんじんと痛む額をそのままに、メリアーヌは目の前に突如現れたクルールの姿に、心の底から安堵の息が漏れた。へなりと足の力が抜けてその場にへたりこんだメリアーヌに、ぎょっとしたようにクルールが、そしてその後ろからひょっこりとルシェルが顔を出した。

「五曹、どうなさったんです」

「……どこに、行っていた」

「顔を洗いに、ですが」

「医官は!?」

 メリアーヌの中で、安堵は徐々に怒りへと変容しつつあった。恥ずかしいやら悔しいやら、ほっとするやら恨めしいやら、自身の感情の波に追いつけず双子を睨んだメリアーヌを見下ろし、ルシェルが医務室の中を覗き込むようにしながら小首を傾げる。

「あれ、先程まではおられましたけど。手洗いでは?」

 少し外しているだけらしい。

 はあ、と重い溜息を吐いたメリアーヌは、立てた自身の膝に突っ伏す。

「……心配した。ゆっくり寝ろと、言っただろう」

「たっぷり、休ませて頂きました」

 二人がメリアーヌの前にしゃがみ込んだのが分かった。むっつりとした顔をそのままに、腕の中から目だけを出すと、双子が微笑んでいる。

「……何」

「心配して下さったんですか」

「悪いか」

 まさか、と穏やかに笑う二人を見ていると段々と怒りがまた安堵に代わり、心が落ち着いて来る。

「よく眠れたか? 怪我の具合はどう」

「問題ありません」

 ルシェルが自身の腿に両腕を載せ、ほわりと笑う。確かに疲れは見えない。

「五曹は、部屋にはお戻りにならなかったんですね」

「うん?」

「額に机の跡が」

 言われて咄嗟に両手で額を隠すも、もう遅い。

 ありがとうございますと笑う双子を見ていると、心が和む。

「見なかったことにしろ」

「はい、もちろん」

 きりりと真面目な顔で即答したルシェルの隣で、クルールが小さく噴き出す。

「なんだ、クルール。何か言いたいことがあるなら言っていいぞ?」

「いえ。心から、ありがたいなと」

 俄かに気恥ずかしくなって頭を抱えたメリアーヌは、戸惑いと面映ゆさから一度口を噤んだが、顔を膝の中に埋めていると、不思議と自然に心の奥から本心が漏れた。

「……こっちこそ。無事でいてくれてありがとう」

 言葉が出てしまってから、心配のしすぎだと揶揄われやしないかと焦り、メリアーヌはやはり、そっと目だけを腕の中から出した。

 そんなメリアーヌを見つめ、黙って頷いた双子の視線はどこか温かい。

 その温度に包まれるように、メリアーヌの胸の中にもやっと灯がともる。

 ――無事でいてくれてありがとう。

 ぽつりと口にした自分の言葉が、思っていた以上に胸の奥に残った。

 ルシェルの陽気さも、クルールの静かな真面目さも、今のメリアーヌにはどちらも心地よい。二人が無事でいてくれた事に、心から安堵している。メリアーヌの下についてくれているものの手がかからないどころか非常に頼りになる六曹二人、彼らに心配をかけられた事はない。双子もだ。偶々立ち聞きをしてメリアーヌが怪我の事を知ったゆえにこのような大騒ぎに発展はしたが、あの時立ち聞きをしなければおそらく、双子は口を噤んだまま訓練に出て、見張りの職務を続けたことだろう。

(心配、させて欲しいんだ)

 隠さないで。

 なんでも相談して、一緒に解決させて欲しい。

 シャーリにいたくないと思わずに、居心地よく暮らし、ずっとここで暮らしたいと思って欲しい。

 年近く、穏やかにメリアーヌを見る、思えば初めての異性だ。シャーリに久しくいない新人だからこそ、幼く令嬢として主塔で暮らしていたメリアーヌを知らないからこそ、振られ続けて軍人にならざるを得なかったメアリーヌのこれまでの過程を実際に見ていないからこそ、彼らはメリアーヌに対し気負うでなく上官として接する。「シャーリ令嬢」である事を意識し過ぎず、令嬢だてらに五曹などと思わず、軍人としてのメリアーヌをきちんと上官として扱ってくれる。でも、――女として扱ってくれる。

(弟なんだろうか)

 心地良いと、感じるのだ。この上もなく。

 側に在る在り方が、メリアーヌにとってとても心地が良い。絶妙だ。

 二人を見ていると怒っていた感情も、焦っていた気持ちも、いつの間にか溶けて消えて。癒される。

 これが波長というものか、血の繋がりというものなのだろうか。弟かもしれないと、思い始めている自分がいる。

「さ、仕事に戻るとするか。起きているなら二人も来い」

「はい」

 先んじて立ち上がった双子はほんの少し屈み、「どうぞ」と揃って手を差し出してくる。メリアーヌは立ち上がろうと自身の膝に両手をついていたが、少し逡巡した後、二人に向けて両手を差し出した。

 顔を洗ってきたからか、二人の手は少し冷たかったが、熱を帯びたメリアーヌには気持ちが良い。

 いつまでもこの手を掴んでいたいと、密かに思った。

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