第一章 17
双子の聴取を始める頃には、陽がすっかり沈んでいた。
ハジムとハギーギから、昨日のヨシュアの足取りに関する報告を受けたところ、同室の者から朝食、訓練合間の休憩時間の過ごし方まではっきりと証言する者が何人も現れ、十八時半以降に関しても酒場での姿が目撃されていた。十八時までの間に西の備品倉庫を訪れていないという調書がとれたので、短剣の柄を失くした日時に関してもほぼ裏がとれたに等しい状況となった。
彼らの報告を受けた後、流石に食事をとった。
目撃者を依然として募るすべての部下にあたっても、交代で休憩をとるよう達しを出したものの、隔離しているコーローと二人の容疑者だけは交代で必ず見張るよう言伝る事を忘れない。
双子を呼び出して席についたのは、十九時を回ろうとしていたように思う。ハジムとハギーギも気になるからと同席を申し出た為、少し部屋が狭く感じたが居心地は頗る良い。二人が控えていてくれると安心感がある。
「痛むか」
メリアーヌの前に並んで座る双子に声をかけると、背後で壁に凭れるようにして立っている六曹二人が笑う。
「そりゃあ痛むでしょうけど、そんなに心配せずとも。二人共軍人ですよ?」
「幼子じゃないんですから」
二人が可笑しそうなので、メリアーヌは苦い顔になる。
「別にいいだろう、心配するくらい」
「構いませんけど、二十三の男を子供扱いとは、心配される方の身にもなられた方が。戦場では腕がちょん切れても戦わねばならないんですからね」
子供扱いをしているつもりはないが、ちらりと視線を向けた先で双子が苦く笑っているので、メリアーヌは咳払い一つで話を変える事にした。
「では、聴取に入る。思い出せる限り正確な当時の状況を聞きたい。ヨシュアとレオの発言に関しても、可能な限り思い出して欲しい」
双子はあまり気乗りしない様子であったが、仕方がなさそうにルシェルが口火を切る。少し声がかすれているのは、見張り台で叫び過ぎたせいだろうか。
「昨日十八時に訓練が終わり、私達は二人で西の備品倉庫へ向かいました。演習に使用した縄を片付ける為です。寄り道することなく真っ直ぐ向かったので、おそらく十八時十分頃、備品倉庫に到着した時、別の隊の方と入違いました」
「顔は?」
「分かりますが、御名前までは。我々より先に到着し、備品を片付け終えて出て来られたという感じでした」
二人と擦れ違った誰かを調べれば、双子が西の備品倉庫に十八時過ぎに行った事の証明になる。メリアーヌがちらりと視線を遣ると、記録官とは別に、ハギーギがメモを取る。調べる事をリストアップしてくれる手があり、大いに助かる。
「抱えていた縄を、倉庫前に一度置きました。中に人の気配があったように思ったので、我々が入る事で手狭になるのではと考えたからです。混みあっているようならば外で順番を待とうと思いました」
その時中にいたのは、おそらく管理担当であったキファ・ランデルだ。
「ですが中を覗く前に、背中に衝撃が。私は下ろそうとしていた縄に飛び込むようにして、前に倒れました」
「その時、クルールは?」
「咄嗟に振り返ると、二人の兵士が。何をしていたのかは分かりませんが、備品を返しに来たという様子はなく、レオは手ぶら、ヨシュアは短剣を持っていました」
この辺りの様子はおそらく倉庫の中にいたキファが視認しているはずであるので、クルールの発言の裏はおそらく取れよう。
それで、と目で続きを促すメリアーヌに、再びルシェルが口を開いた。
「何をなさるんですかと問うと、邪魔だ、と一言」
「それはどちらが?」
「レオです」
記録官、サリーの筆が滑る音を聞きながら、メリアーヌはふむ、と頷く。
「“やっとお目見え叶いましたなぁ、女五曹様の腰巾着。お使いかい”と。レオが」
「“女の下でいそいそと。そんなに出世したいか? 恥ずかしくないのか”と、ヨシュアが」
二人は鮮明に覚えているらしく、流れるように言った。
「“宜しいなぁ、テリーア子爵の後ろ盾がある御方は! 我々とは扱いが違う”」
「“おっとおっと、縄などお障りにならずとも! 我々で片付けておきましょうか?”」
阿吽の呼吸でルシェルがレオ、クルールがヨシュアをすらすらと演じつつ、その後も二人を嘲り、こ馬鹿にするような発言が続いた。
「意に介さない我々にむっとしたのか、レオが言ったんです」
「なんと?」
「……」
問うメリアーヌに、すらすらと諳んじていた二人がぴたりと黙る。
しばし沈黙した二人であるが、言え、とメリアーヌ以下六曹二人が睨むので、仕方がなさそうにルシェルが目を泳がせるようにして言った。
「……“女五曹の夜伽はどちらか”と」
「は?」
「“慰めてやっているのはどっちだ、それとも両方か。五曹ともなると、二人いっぺんにお相手を?”と」
「……ほーぅ」
覚悟を決めてはっきりと言い切ったルシェルは、すぅと目を細めるメリアーヌに苦い顔をした。双子があらぬ方に視線を投げる中、メリアーヌの後ろからハジムがどん、と机を叩く。
「二人と言わず三人でも余裕だと言ってやれば良かったのに! ね、五曹!?」
「……で? ルシェルとクルールは何と?」
ハジムを完全に無視したメリアーヌの目が益々据わっていくのを見ていられないのか、ルシェルは机に視線を落としたまま言う。
「無視を決め込んで縄を結んでいたのですが、あまりに聞き捨てならぬ物言い。クルールが、無礼な、とつい反応を」
「間違っていない。大変に無礼である。よく言った」
大きく頷きクルールを肯定するメリアーヌに、ほっとしたのか双子はやっとこちらを見た。
「反応してしまったせいか、怒らせてやろうと調子づかせてしまったらしく、ちょっと口にするのは憚られる言葉を、その、つらつらと。ここはどうか、割愛させてください」
「後でこっそり教えてくれ」
ハジムが豪快に笑いながら言うので、メリアーヌの一睨みが飛ぶ。
「とにかく、つい言葉の押収を。品のない揶揄の後に、ヨシュアが言いました」
「なんて」
「“勘違い女ほど厄介なものはない。男の面目潰してまで女に立たせるから組織が歪むんだ”と。言い方がこう、自分の言葉ではなく、覚えた台詞を諳んじたような違和感がありました」
「コーローの言いそうな台詞だ。はっ、あいつの面目などたかがしれてるというのに愚かしい」
実際、上官の威光を笠に着ようとしたヨシュアがコーローの口癖を真似たのだろうが、それはただ、以前にコーローがそう言った事があるかもしれないというだけで、双子襲撃の示唆にはやはりあたらない。
(レオとヨシュアは、何故双子を。そもそも双子に危害を与えるつもりで待ち構えていたのか、偶々通りかかって人目がなかったために危害を加える事にしたのか)
考え込むメリアーヌは、後者の可能性を否定する。
(奴らは訓練終了の後、東の兵装庫に向かう手筈になっていた。実際、双子を襲撃した後、東の兵装庫に向かっている。わざわざ用のない西の備品倉庫に向かった事がもう、偶々とは言い難い)
訓練終了後の片付けは当番制としているが、基本的には新人、あるいは年若い者が手を貸す事はほぼ確定している。メリアーヌの隊で言えば、若く新人でもあるテリーア兄弟は、毎日のように片付けの手伝いをしていた。しかも、所定の場所に置くだけの武器類とは違い、備品倉庫にしまうものは一手間がいる。縄であれば絡まらないようにきちんと縛り、桶は水を流し、ブラシは汚れを洗い落としてからしまわなければならない。つまり、より片付けが面倒くさい。
(偶々ではなかろう。最初から双子を襲う、いや、揶揄うだけのつもりだったのかもしれないが、標的が双子だった事は間違いない)
「ルシェルとクルールは、専ら備品倉庫の片付けを担当していたな?」
メリアーヌの問いかけに対し、監督する二人の六曹が揃って頷く。双子を待ち伏せるなら備品倉庫をおいて他になく、誰でも容易に想像がつく事だ。
部隊によって、訓練を行う場所は概ね決まっており、必然的に使用する倉庫も決まっている。メリアーヌの隊は、西を使う。いつものことだ。
二人を待ち伏せていたのではとメリアーヌが可能性の一つを示唆すると、有り得ますね、と答えたのはハギーギだった。
「二人があの時間にあの場所に向かうのは、少し観察していれば誰にでも予想が出来る事ですから。しかしながら、西の備品倉庫を使用するのは我々だけではないので、他の部隊の者と鉢合わせになる可能性はあります」
「他の部隊の者がいなかったから、昨日だったんじゃないのか」
唸るように言ったハギーギに、けろりと応じたのはハジムだ。
「というと?」
「もっと前から双子にちょっかいを出すつもりで。昨日偶々ちょっかいを出しに行ったんじゃなくて、もっと前から機会を窺っていたが、偶々他の部隊の奴らがいなかったのが昨日だったから昨日だったんじゃないのかな、と」
ややこしいな、と自分の言葉に眉根を寄せるハジムの言葉に、メリアーヌは確かに、と納得する。
「やっと会えたな、というような事を仰っていましたね」
突如りん、とした鈴のような可愛らしい声がして、全員の視線が記録官サリーに向く。
「記録してございます。ルシェル様が、“やっとお目見え叶いましたなぁ、女五曹の腰巾着。お使いかい”とレオ様に言われたと、先程証言を」
「やっと、か。この時を待ち侘びたととれる発言だ」
よし、とメリアーヌ立ち上がる。
「レオとヨシュアが最初から双子を狙っていたと仮定して、それを裏付ける証言の獲得に向けて動く事とする。それが証明できたなら、何故ルシェルとクルールを執拗に狙っていたのかを問う理由が出来る。テリーア兄弟の行動の裏付け含め、やはり昨日の最終訓練後に西の備品倉庫付近にいた目撃者、いや、通りかかった者でもいい。引き続き目撃者の情報集めを徹底して欲しい」
目撃者の情報収集は早々に開始され、ぞくぞくと集まりはしたものの、事件が発生した時刻とはずれがあって使えないものばかりだ。以後ずっと平行する形で目撃者を探して貰っているが、いかんせん人数が多すぎて遅々として進まない。
「私は最早、外壁内にいたすべての人間の、十八時頃の居所の確認すら辞さないつもりでいる」
目撃者を募ってくれている兵士達が手を抜いているとは思わないが、メリアーヌは決意を示さんがために殊更に強く言い放つ。
「今日中になんとかしましょうや。全員再召集だ」
肩を回すハジムが真っ先に部屋を出て行き、ハギーギは自らのメモを片手にハジムに続く。
「大事にしてしまって、申し訳ありません。五曹」
二人の六曹の背を見送った双子は、伸びをするメリアーヌに向き直り、恐縮しきった様子で俯く。
「前にも言ったろう、感謝している。この機会をくれた事に」
「ですが」
「私もコーロー六曹には鬱憤が溜まってるんだ。四の五の言わず、付き合ってくれ」
メリアーヌは肩を回して立ち上がり、双子を正面から見つめる。
「……この件が片付いたら、話がある」
「話、ですか」
「私の我儘に付き合って欲しいとも言える。二人は実の父親に興味がないと言っていたからな」
目を見開くルシェルとクルールに、ふふとメリアーヌは笑う。
「事情はこの件が片付いたらきちんと説明するが、私はお前達の、本当の父親が知りたい。協力してくれないか」
何故、と二人の目に困惑が浮かぶ。
しかし双子はその疑問を今は投げることなく、承知しました、と揃って頭を下げた。




