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序章 1

 二十二の年に始めた剣の稽古において、まるで天啓であったかのようにメリアーヌは才覚を発揮した。

 鍛錬を始めるなりあっという間に筋肉がつき、剣技は日に日に磨きがかかる。一年が経つ頃には、兵士長クラスでなければ相手が務まらぬ程の腕に達し、メリアーヌの心は既に、諦めの境地に達しようとしていた。それが定めであったかのように、メリアーヌはあっという間にシャーリの曹の任を戴く、伯爵候補にのし上っていったのである。

 流石シャーリの血だと娘が褒め称えられ、父であるシャーリ現伯爵は満更でもない。

 メリアーヌは兵士服に袖を通した自分を見つめ、似合うな、とぼんやりと思う。肩をむき出しにしたドレスなどより百倍似合う。

 二十三になるメリアーヌの誕生日、盛大な晩餐会を催してくれると父は言ったが、今更ドレスなど着られたものではない。一年前にもまして立派になった腕を晒す事が苦痛で、メリアーヌは努めて丁重に辞退した。日常的に激しい鍛錬を行うようになったメリアーヌは以前よりもすっかり痩せたが、二の腕だけは筋肉の関係かどうにも隠しようがない程に立派だ。兵士服であれば良いが、ドレスは無理だ。絶対に、無理だ。好んで笑われに行く馬鹿などいない。国中の目ぼしい男に振られた時点でいい笑い者だというのに、これ以上の恥を晒したがる父の気が知れなかった。

 メリア―ヌの二十三の誕生日は、シャーリの城内だけで盛大に行われた。

 見慣れた兵士達がきちんと軍服を着込み、無礼講宜しくホールで騒ぐ。食事を担当する者には可哀想であったが、それ以外の侍従やメイド達にも参加が認められ、場を賑わせた。

 メリアーヌはドレスではなく、軍服を着込んで参加した。煌びやかで細かな刺繍が入った特注で、男の出で立ちとしては最高に見栄えがする。

「シャーリも安泰だ。やれやれ」

 メリアーヌの隣には父が座する。夫でもいようものなら夫も並んだのであろうが、残念ながらいない。母は兄が死んでからこちらショックのあまり寝込んで久しく、メリアーヌでさえとんと顔を見ていなかった。娘の誕生日にくらい顔を出せないものかと思ったが、顔を合したところで話す事もない。

 父は、兄亡き後のシャーリを余程気にかけていたらしく、軍服を着込んだメリアーヌの姿にうっすらと涙した。気持ちが分からないではないが、好きで着ていると思っているならば大まちがいである。否、望んで着ているのは着ているのだが、好んで着ている訳では決してない。メリアーヌは華奢ですらりとした腕に、もうずっと長い事憧れている。

「メリアーヌ。お前に与えられるのものが何か、ずっと考えて来たんだが」

 父は、目の前で繰り広げられる馬鹿騒ぎを愛おしそうに眺めながら、言う。喧騒の中、おそらくはメリアーヌにしか聞こえてはいない事だろう。

「婿は与えてやれなかった。シャーリをやろうと言ってもお前は喜ばぬ事も分かっている」

「一応、分かってたんですか」

 ああ、と父は苦く笑う。

「お前ももう、二十三だ。とっくに子供を生んでいてもおかしくない年頃の娘だ」

「母が兄を生んだのは、二十歳の時だって言ってましたもんね」

 そうだ、と父は懐かしむように目を細める。将来有望であった兄を亡くした時、おそらく最も堪えたのはこの父であったように思う。寝付いて久しい母にこそ目が行きがちだが、シャーリを預かる者としての責務ある父は、顔に出さぬだけでおそらく、最も兄の死を悲しんだはずだ。

「お前の腹違いの弟の話はしたことがあったな?」

「ああ。どこぞの女を孕ませたんでした?」

「言い方というものがあるぞ、メリアーヌ。女の品は女らしい口調から、だ」

「そんなものはとっくに捨てましたので」

 ははと笑うメリアーヌをそれ以上諫めるでなく、父は続ける。

「傘下のテリーア子爵の元に預けて久しいが、引き取ってシャーリを継がせても良いと考えている」

「……腕が立つので?」

「問題はそこではない」

 父は苦く言って、メリアーヌを見た。

「お前が良いというならば、勿論お前に継がせる。どうしても嫌だというなら、あの子達を受け入れても良いと考えている、という話だ」

「……あの子、達」

 聞き捨てならないとばかりに問い返すメリアーヌに、父は嘆息する。

「そもそも、腹が違うくらいで何故預けたと思う。私の子だ、当然シャーリで育つ権利がある」

「不思議には思っていましたけど。余程手を出してはならない女に手を出したのかな、と」

「そもそもは、お前の兄に爵位を継がせると決めていた事が第一であった。跡目争いなど起こされては目も当てられん。それを避ける目的で生まれながらにしてテリーア子爵に預けた。それが最初の理由だ」

「兄が死んだ時が、引き取るベストタイミングでしたよね。男なんでしょ?」

 ああ、と父は一度飲み物で唇を潤す。

「母親は既に他界しているので、引き取るにあたり何ら反対の声は上がらない事は分かっていた。だが」

 じれったいな、とメリアーヌは頭を掻く。ここまで歯切れが悪い父はそう見る事がないので、余程言い難いのかとせっつくでなく間を保つ。

「子供は、双子であった」

「……めでたいですね」

 言い淀むほどの事かと笑ったメリアーヌに、父は首を振る。

「どちらが私の子か、分からないんだ」

「はい?」

「女が私以外にも関係を持っていたので、いや、はっきり言うならば、そういう仕事をしていた女であったので、誰の子か分からない」

「はあ?」

 メリアーヌが頓狂な声を上げると、流石に声が高かったのか、ぎょっとしたように何人かがこちらを見た。何でもないと手を上げる事で応じて、メリアーヌは声を潜める。

「何やってんですか! それ、双子のどっちかがお父様の子であるという保証もありませんよね!? どっちも違うかもしれないじゃないですか!」

「どっちもそうかも知れないし、どっちかがそうかも知れないし、どっちも違うかも知れないんだ!」

「それでよくシャーリを継がせても良いと思っている、なんて恰好付けた事言えましたね!?」

「可能性の話だ! 時期的なものをきちんと母親に聴取して、父親の可能性がある者はちゃんと絞り込んだんだ! 私を含め三人しかいなかった!」

「そんなあてにならない事を偉そうに言われてもですね!?」

 開いた口が塞がらないメリアーヌは、思わず天を仰いだ。言い争っている二人を見てか、ちらちらと、こちらを気遣う視線がそろそろ痛い。

「夜の仕事をしていた女の相手が三人のはずがないでしょ!?」

 ひそひそと父親を詰るメリアーヌに、父は子供のように反駁してくる。

「私とて相手は選ぶわ! 太い顧客を持つ女で、容易に一見に体を許したりはしないと確認が取れている!」

「どうでもいいですが、信用し過ぎでは!? その口振り、お父様こそが一見だったわけでしょ!?」

 よくもそこまで女の話を鵜呑みに出来るものだと、メリアーヌは呆れる。子供を懐妊した場合、相手に複数の心当たりがあるならば最も身分の良い男の子供である事にした方が都合が良いに決まっている。自らと子供の未来の生活に雲泥の差が生まれる事は明らかである。

「分かりました、とりあえずそれは置いておいて。お父様以外の二人、ちゃんと調べたんですよね?」

「ああ」

「子供を見れば分かりません? 髪の色とか目の色とか、親子の造形の似たり寄ったりなんぞで!」

「全員私のような出で立ちなんだ! 女の好みがアッシュブロンドらしく。愛らしかろう!」

「馬鹿なんですか!? 顔とか、体つきとか、なんかあるでしょう」

「これが二人共まぁ顔の造形は母親似で」

 ああ、とメリアーヌは頭を抱える。髪や目の色から判断できないとなると、誰に一番似ているか、で判断する他ない。

 主役がすっかり頭を抱えてしまっているのを見て、おろおろと侍従が寄ってくる。気にするな、と父が追い払ったが、全員の目線が痛い。

「……シャーリとは何の関係がなかったとしても、シャーリを渡すつもりですか」

「お前が嫌だと言うならな」

「それは卑怯でしょう。私とて、こう見えてこのシャーリに少しばかりの愛着はありますよ。誰とも分からぬ者に渡すのが癪な程度にはね。伯爵になれとこんな腕になってまで一年やってきたんですから、嫌だからとそう易々と渡してやることは出来ませんよ」

「では?」

「その二人、シャーリに縁があるかも知れないという自分の生い立ちは知っているんですか?」

 いや、と父は力強く首を横に振る。後継者争いに発展する事を恐れただけあって、そこは隠して預けてはいるらしい。

「ではその二人、兵士として雇い入れて下さい。シャーリを預けて良いものかどうか、私が判断します」

「そうするか!」

「本人達には、あくまでご内密に。期待させても悪い。ただの一兵卒として、雇い入れて下さい」

 それは名案だとばかりに父は嬉々として笑う。我が子かもしれない喜びからなのか、もしかしたらメリアーヌに言い出せなかっただけでもう長い事、引き取りたいと思っていたのかもしれない。本当に父の子であるならば、メリアーヌにとっても弟には違いない。

「弟、で間違いないですね?」

「ああ。今年二十三のはずだ」

「同じ年じゃないですか!!」

 そろそろ堪忍袋の緒が切れそうなメリアーヌに、まだ二十二だ、と父は弟であることを強調してみせる。ぶるぶると震える拳を振り下ろしたい気持ちを必死で堪え、メリアーヌは肉に食らいつく。やってられない。

「誕生日プレゼントに、私の小隊を下さい。そこに、弟達擬きの配置を」

「お前には十分にその腕がある。人選は任せる」

 ええ、とメリアーヌはぐいとよく噛まずして肉を鬱憤と共に飲み物で流し込んだ。

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