第一章 14
はっと顔を上げると、こっちに、と二人は快活に笑ってメリアーヌを先導する。
近くの階段を駆け上がって、感情的になっているメリアーヌは直ぐに息を切らす。
「ど、どこに?」
「行けば分かりますから」
双子は示し合わせたかのように六階まで駆け上がると、ルシェルの先導にクルールが、そして腕を掴まれたままのメリアーヌが続く。
「私は五曹が五曹に相応しくないなどと、微塵も思った事はありませんよ」
ルシェルは背中で言いながら、メリアーヌの部屋の前を通り過ぎて屋外に出る階段を更に上っていく。
「ハジム六曹とハギーギ六曹の尊敬する眼差しに、我々は二人の六曹にあっさりと負けたあの日から、メリアーヌ五曹が五曹に相応しくないなどと、一度たりとも思った事はありません」
双子が初めてシャーリに来たあの日の事を言っているのだと、直ぐに分かった。
「ちゃんと部下に向き合うとする上官だと、思いました。我々の粗相を笑って許し、共に並走するを許し、語るを許してくれるあなたが、相応しくないなどと思う事があるでしょうか。我々がその腕を認めるハジム六曹とハギーギ六曹が、あなた様がシャーリの姫君だからではなく、軍人として尊敬しているのが分かりませんか。あの二人は出世の為にあなたの下にいるのではないと、分かるはずです」
さあ、と突如陽の光が差し、メリアーヌは目を細める。屋外から螺旋階段へ、二人が見張り台へと向かっているのだとようやく分かる。
「シャーリの御令嬢に生まれた事を、悲観される事など何もない。使えるものは使えば良いではないですか。何がいけないんです」
じわりと目頭に滲む熱いもののせいで、二人が霞む。二人は決して振り返らず、クルールはメリアーヌを導くように強く、掴んだままの腕を引き続ける。
螺旋階段を上った先にいた見張り番を、ルシェルが追い出すのが分かった。苦い声を上げた見張りを担当していた兵士は、俯くメリアーヌの姿を認めてぎょっとしたように、十分だけ外す、と言いおいてそそくさと螺旋階段を駆け下りて行った。
「こっち」
クルールに導かれ、メリアーヌは見張り台に立つ。二人はやはり振り返る事なく海の方を眺めるようにして言った。
「本当ですね。なんて美しい」
「星はありませんが、代わりに人が沢山見えますよ五曹。あなたの守ろうとする、数多の兵士が見えますよ」
ほう、と潮風に髪をたなびかせながら感嘆の声を上げる双子に促されるようにして、メリアーヌは二人の間からシャーリを見下ろした。訓練場に何も知らず未だ訓練を続ける数多の兵士、外塀の外には家畜や作物の世話に精を出す兵士、海へと広きシャーリの土地にはシャーリに属する数多の人間が、それこそ星の数程生き生きと見えた。
燦燦と輝く陽に、水面がきらきらと輝きながらさざなむ。
今日を生きる人々が快活に、餌を求める家畜が自由に鳴き、世界は眩しい程に美しい。
「叫びましょう、五曹」
「……何を」
「何でもいいではないですか」
ルシェルが「あーー!」と塀から身を乗り出すようにして叫ぶと、クルールもまた同じように叫ぶ。両側から何度も何度も叫ぶ彼らに触発されたのか、メリアーヌの心にうずうずと込み上げてくるものがある。
二人が揃って息を吸い込んだので、メリアーヌは意を決して同じように息を吸い込んだ。
「「「あーーーー!!!」」」
三人の声が揃う。誰かが振り返りやしないかと一瞬ひやっとしたが、そんな事よりもすっきりと頭が冴えてくる感覚にメリアーヌは目を丸くする。
思わず二人を見回すと、もう一度、と二人は揃って息を吸い込んだ。つられるようにまた叫ぶと、頭が真っ白になって、何もかもが段々とどうでも良くなって来る。黒い塊が、ぼろんと口から零れ落ちたように思えた。
息を切らし、肩で呼吸をするメリアーヌに、二人は殊更軽く言う。
「すっきりするでしょう」
「苛々したら二人で偶にやったよな、ルシェル」
「やったなぁ」
あははと笑う二人は、またいつでもやりましょう、と言った。
それから何度か叫んですっかり声が枯れたメリアーヌの目には、もう涙はなかった。