プロローグ
蝶よ花よと育てられ然るべき殿方に嫁いでいく、はずであった。
南東の伯爵領を預かるシャーリは、対岸に他国を臨む防御の要として君臨する。
ヴォ―デウォン国には、権力を持つ七人の伯爵がいるとされる。総じて七大伯爵とされるが、シャーリは軍事力においてその一に名を連ねる。現在戦時下にはない為に大きな仕事はないながら、いつ何時でも出陣できるように軍兵を育て、養い、訓練しておかなければならない。
圧倒的に兵士の数が多いシャーリでは、定期的に国の監査が入る。シャーリが謀反を企みヴォ―デウォンに侵攻する事態を国が憂慮している為であり、そういった意味合いでは七大伯爵領の中で最も国の信頼がないと言えた。
そんなシャーリには、将来シャーリ伯爵の名を継ぐ事を期待され、また、確実視されていた有能な長兄がいた。
幼少の折より恵まれた体躯、類まれなる戦略センスを持っていたというが、天才というものは実に呆気なく夭逝するものらしい。十八になる年に、実にあっさりと逝った。
兄が死んだ時、メリアーヌは僅か十にしかならぬ少女であった。
「次期シャーリ伯爵は、お前の夫になる。メリアーヌ」
嫁いでいくはずが、婿養子宣言を受けた瞬間であった。
野蛮な生家から早々に離れる心積もりをしていたメリアーヌは、当時相当なショックを受けたものであったが、悲劇はそこで終わらない。
――夫が、見つからなかったのである。
いざ戦争が起きた時には先陣を切って勇猛果敢に戦わねばならないシャーリに、その重責を受け入れてまで婿に入ろうという者が見つからない。
そうはいっても七大伯爵を冠するシャーリである。同じような格の男を選ぶ事は出来なかったが、少し妥協すれば、その地位を望む者があるだろうと条件を見直したのがメリアーヌ十八の年の頃、女にとってはまさに盛り、普通晩餐会でもてはやされて奪い合いをされる年頃である。しかも何度でも言うが、メリアーヌは七大伯爵シャーリの御令嬢である。わんさか手が上がるだろうと思われたが、これが面白いくらいに名乗りを上げる者がない。
「なんで!?」
メリアーヌがとうとう焦り始めたのは、二十歳になる頃であったように思う。目ぼしい伯爵やその子息、完全に格下の子爵にまでも声をかけたものだったが誰もかれも、やんわりと苦く笑って丁重に断ってくる。いよいよ近隣で声をかけられる者にはかけ尽くしたと言っても過言ではない状況に至り、メリアーヌの焦りは本物になる。
「お前がそんなにでかくなるから」
父は苦く笑って娘を眺める。メリアーヌはシャーリの血筋故か、憧れた線の細い華奢で可憐な姫君にはなれず、身長はこの前百七十を超えた。鍛えている訳でもないというのに比較的がっしりとした体躯で、胸も申し訳程度にしかない為ドレスが壊滅的に映えない。
「お父様のせいでは!?」
「それは心から申し訳ない」
父は殊勝に謝るが、だとしても、と語気を強めた。
「このシャーリ伯爵なる名の価値は本物である。それを望む男がこれほどまでに少ないのはお前の器量故だぞ、メリアーヌ」
「だから、それはお父様のせいでは!?」
「見目の事ではないっ。努力をせよ、努力を! 世の姫君は社交界で恥をかかぬだけの器量を自らの研鑽で手に入れているのだ。お前には努力が足りない」
ぐぬ、とメリアーヌは閉口する。正直なところ、社交界に出ていく為のダンスがメリアーヌは出来ない。身長がぐんぐんと伸び、ヒールなど履こうものなら下手をすると自分の方が背が高くなる頃から、それがどうにも苦痛になった。相手の男性の目に「でかい」と浮かぶ事が怖くなり、相手の「手をとる力」が強いと笑われて臆病になり、踊れなくなったのである。そもそも踊れないわけでは、ない。
「何もかも元を質せばお父様のせいですけれどね!?」
全ては、この体がでかいせいである。太っている訳では決してないが、骨格が普通よりも大きいものをどうしようもない。華奢な男性よりも肩幅がある自分が恨めしい。
「二十二になるまでに夫なる者が現れなければ、もう良い。次のシャーリ伯爵は、お前だメリアーヌ」
「……は!?」
「女が伯爵になった事例はある。その見事な体つき、それも宿命であったのかもしれん。二十二になったら、ダンスではなく剣を教える。いいな!?」
とんでもない話である。
シャーリを出たいと願っていたメリアーヌが、一生を伯爵としてシャーリに捧げる。まさに、地獄である。
メリアーヌは、必死で婿を探す。子爵でも、もはやこの際男爵でも良い。遠方の伯爵領に至るまで徹底的に文を出し、対面までは持ち込めるというのに対面後に断りの連絡がある。七大伯爵シャーリの名の魅力より、メリアーヌの体躯の退屈が勝るのかと絶望的な気持ちになるばかりで杳として成果を得られぬまま、メリアーヌはとうとう二十二になる。