34ー② ギディオンとアミーリア
「……と言う訳で、母から、脇差はあなたの旦那様になる方に渡しなさいと言われていて、」
ここで、堪らずギディオンが口を挟んだ。
「待ってくれ! アミーリア、今となっては確かに君の夫になったが、贈られた当時俺は……」
狼狽えるギディオンに、おとなしく聞きなさい、と視線で制して黙らせる。
「母が父に渡さなかった話を聞いていたせいかしら。私もなんとなくだけど、単純に“夫となる人”というだけではなく、自分が納得できる人じゃないとこの脇差は譲れないって気持ちがどこかにあったの。きっと母は、おじい様が鍛えた大事な刀を託せるにたる人物——心から愛し尊敬できる人に、贈りたかったのだろうな……と思ったから」
アミーリアはギディオンを静かにみつめた。
「————だから、あなたに贈ったの。ギディオン。何の縁もゆかりもないファーニヴァルと西方諸国の為に戦い、守り続けてくれた、西方将軍のあなたに。心からの尊敬と感謝を込めて……」
「アミーリア……」
かなりいい雰囲気になっているのは分かっていたが、ここで止めたらギディオンは『お礼だったのか』とか斜め上に考えるかもしれない。
それに、アミーリアの本音はこんな風に格好つけた言葉ではなかった。
(ここまできたら、雰囲気ぶち壊し覚悟のうえで、全部言い切ってやるわ!)
「って云うのも、ホントの本気で思ってるけど! 実際の、本当のところは……その……、あなたが時々報告の為に王宮にくることがあったでしょ? それを遠目に見ることがよくあって……すごーく、かっこいい人だなぁって秘かに憧れてて! しかもそれが、西方を守ってくれているあの将軍なんだって知ったら、何かお礼をしたくて堪らなくなったの。それで、武功に優れたクルサード将軍なら、この刀喜んでくれるかなー、なんて思って……」
「は?」
覚悟を決めた割には、なんだか自分の言っていることがひどく馬鹿っぽい気がしてきて、だんだんと腰砕けに声も小さくなってくる。
「だ、だって、あのままシルヴェスター王子と結婚しても、きっと母と一緒で渡せずじまいになっていたと思うのよ。たぶん、あの頃の私も無意識にそう考えていて、だったら憧れのあなたにあげちゃえ! ってなカンジで……」
ここで、急にギディオンは真剣な顔になり、アミーリアの両肩をがっしりと掴むと、顔を覗き込んだ。
「それは……。それは、つまり、以前から殿下よりも、俺のことを……?」
アミーリアがかぁっと一瞬で顔を真っ赤に染めたことで、答えなど出たも同然だったが、ギディオンはアミーリアの言葉を待った。
その答えは、ギディオンがずっとずっと焦がれて、待ち望んでいた言葉のはずだから。
「そう、思っていいのだろうか……?」
切なげに揺れるギディオンの瞳に、アミーリアは胸ぐらを鷲掴みにされた。
いつもは怖いぐらいに厳しいまなざしが和らぎ、アミーリアの答えを期待して甘く煌めいていた。
目元が緩んでいるせいか眉間の皴がほとんどなくなっていて、ギディオン生来の顔面——とてつもなく整った精悍な美貌が顕現していた。
「ぐぁ……」
攻撃力がハンパなくすごい。思わずヘンな声が出てしまった。
だが、まだまだ負けるわけにはいかないのだ。(何にかはアミーリアもわからない)
ここで挫けて中途半端な対応をすれば、元の木阿弥。またギディオンはヘンな勘違いと妙な誤解をするに決まっているのだ!
——と、レンアイレベルが1上がったアミーリアには、そこまで考えることができるようになっていた。
「アミーリア……?」
ぐっと腹に思い切り力を入れて、アミーリアは告白に備える。
「ええ、その通りよ! 先に言っておきますが、私はシルヴェスター王子のことなんて、好きになった覚えは一度もないからッ! 父と兄にファーニヴァルの為だとしつこく言われていて、そう思い込もうとした時もあったけれど、本当は……、本当はずっと、ギディオンが気になっていた。だから、“紛争の終結を祝う宴”で顔を会わせた時、結婚相手があなただと知って……、嬉しすぎて倒れたのよ!」
ギディオンの目元がどんどん緩んでさらに甘さが増し、熱を帯び始める。
「まぁ、お互い誤解があったから、全然伝わってなかったみたいだけど……」
「……アミーリア……」
頭がぐらぐらするほどの甘い声音だった。
たった一言で、全てを持っていかれるほどの。
「…………そうよッ! 私だって、昔からあなたが大好きなのよ。ずっと、あなたが好きだった」
「大好き」
「大好き!」
「大好き‼」
これでもかと叫んだあと、アミーリアはギディオンの広い胸に額を押し付けて真っ赤に染まった顔を隠した。
ついでとばかりに、そのまま背中に腕を回して抱き着いた。
だが胸板が厚すぎてアミーリアの腕が回りきらず、うっかりまさぐるような動きをした手の平に、背中の逞しい筋肉の感触が伝わる。
あまりの神懸かった素晴らしい筋肉に、アミーリアはしがみついたまま陶然とした。
「……アミーリア、顔を上げてくれないか?」
「嫌ッ。恥ずかしくて、ヘンな顔になっているから」
この理由も嘘ではない。決して素敵な筋肉をまだ触っていたいからではない。
だからアミーリアは、さらにぎゅっとギディオンにしがみついた。
「もう、すっかり日は落ちて真っ暗だから、見たくても見えない」
「…………」
「…………アミーリア」
「…………」
「…………くちづけしたいのだが、いいだろうか?」
「もうっ、そういうとこよッ!」
思わずアミーリアは顔を上げて、ギディオンに物申した。
「そんなことは、いちいち許可なんかしなくていいのッ!」
言うやいなや、アミーリアは飛びつくようにギディオンの首に両腕を掛けて顔を引き寄せ、その唇を奪った。
一瞬驚いたように体を固くしたギディオンだったが、すぐにアミーリアの背中に手を回し、囲い込むように抱きしめた。
アミーリアもギディオンの腰に腕を沿わせて、ぴたりと体を密着させて寄り掛かる。
そして、ギディオンの顔を覗き込むように見上げて、思わず驚きで声を上げた。
「やだ……ギディオン……あなた、なんて表情してるの……」
それは、いままで誰にも見せたことのない表情だった。その表情に、アミーリアはときめき過ぎて、胸が苦しいほどに締め付けられる。
「……すまない。あまりにも、しあわせ過ぎて……」
ギディオンは隠すようにアミーリアの首筋に顔を埋め、やわやわと頬をすり寄せる。
あまりの心地よさにアミーリアが甘い吐息を漏らすと、それを飲み込むようにギディオンはアミーリアの柔らかな唇を自らの口で塞いだ。
二人は、まるでいままでの分を取り返すかのように、長い長いくちづけを交わし合った。
何度も、何度も……。
アミーリアはギディオンの胸の中に包まれながら、ギディオンの香りとむせ返るような薔薇の香りに酔い痴れる。
以前ここに来た時は、薔薇の香りなんてちっとも感じなかったのに不思議だ————そんなことを思う。
だが、きっとこの香りは幸せな記憶となって、いつまでもアミーリアの中に残るのだろう。
そんな、予感がした。
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