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32ー③ アミーリア

 

 くるり、と顔をシルヴェスターの方へ再び向けた時、アミーリアは内心の憤りなど微塵も感じさせない、美しく可憐な笑顔を見せていた。

 なんなら、少し頬が上気して恥じらうような、嬉し気な表情にすら見えた。

「殿下……。発言をお許しいただけますでしょうか。少しお聞きしたいことがあるのです」

「なんだ? アミーリア」

 にこっ、とアミーリアは無邪気な笑顔を浮かべる。シルヴェスターもいままでになく上機嫌だ。

「アラーナ離宮は()()……わたくしの西方諸国への貢献と経済の活性化に対する()()、なのですね?」

「ああ。そうだ」

 一応建前は、だが。シルヴェスターはわざわざ念を押すアミーリアを怪訝に思いながらも、頷いた。

 アミーリアは満足そうに微笑んだ。

「そしてその褒賞は、あくまでわたくし個人に与えられた、ということで宜しいのでしょうか?」

 シルヴェスターは、今度は我が意を得たりとばかりに破顔した。

 アミーリアが愛妾となることを快く受け入れたと思ったのだ。

「勿論そうだ。アミーリア個人……一代に限り、あの離宮の主人は君だ。好きに使うがよい」

 誰もが暗黙の了解として認識していることではあるが、愛妾が離宮を賜るというのは囲っている王が存在している間の期間限定。

 アミーリアは自分のモノになったということを周囲に知らしめる、そういった意味を込めてシルヴェスターは答えた。

「まぁ……。離宮を好きなように……!」

 再びアミーリアはにこっ、と嬉し気に花がほころぶように笑んだ。

「わたくしのファーニヴァルに於ける()()をそんな過大に評価していただけるなんて……!」

「ん? あ、ああ……。もうすぐに入れるようになっているから、今日にでも居を移すといい」

 アミーリアの言葉に若干の違和感を覚えつつも、シルヴェスターは言うべきことは言い終えたと、満足して席に戻ろうとした。

 するとアミーリアは感激したように「ああ!」と大きく叫ぶと、突然くるりと回転し、その勢いのまま、背後にいたギディオンの胸に飛び込んだ。

「ギディオン! なんてことでしょう! きっと、陛下と殿下がわたくしたちの窮地を知って、こんなプレゼントを用意してくださったのですわ!」

 いくらか芝居がかった言い方だったが、王と王子、ついでにギディオンを唖然とさせることには成功した。

 貴族たちも、愛妾の話ではないのか? と、ざわめいたが、取り敢えず成り行きを見守った。

「な……? アミーリア……? いったい何を——」

 ここでアミーリアは、王子が口を挟む前に畳みかけるように言葉を続けた。

「殿下! ありがとうございます! ファーニヴァルと西方諸国の交易にそんなにも心を砕いていただいていたなんて、わたくし感動で胸がいっぱいでございます! 王都に滞在してからずっと、営業拠点となる物件を捜し歩いていたことを御存じだったのですね! そして、見つからず困り果てていたことまで……! それを慮って、アラーナ離宮という貴族が立ち寄りやすい場所を提供して下さるなんて! さすが英邁と名高いシルヴェスター殿下! この御恩に報いる為にも、わたくし、これまで以上に()()()()に、この身を捧げる所存ですわ! 必ずや()()()()、王国と西方諸国との懸け橋となることをお誓いします! ねっ、ギディオン!」

 殊更『王国の為』と『夫と共に』を強調し、アミーリアはギディオンにしな垂れかかって上目遣いで同意を求めた。

(ほら、早くそうだと言え!)

 と、ギディオンにだけ見えるように睨みを利かせると、ギディオンは我に返ったように大きく頷き、「()の言う通り、()()()()()()、これからも王国に忠誠と奉仕を捧げることをお誓い致します」と言いながらアミーリアの肩を抱き寄せて微笑み合い、夫婦円満な様子まで演出した。

(さすがよ、ギディオン! ナイスアシストッ!)

 アミーリアの発言と、二人の仲睦まじそうな様子に、貴族たちは腑に落ちないながらも「これは愛妾の話ではなく、西方諸国交易を成功させた褒賞だったのか」と、なんとなく納得する雰囲気が漂い始めていた。

 その雰囲気をアミーリアは敏感に感じ取り、(よしッ!)と心の中でガッツポーズをする。

「この()()に恥じぬ、さらなる()()を立てられるよう、精進いたします!」

 駄目押しのように褒賞と功績をアミーリアは強調し、二人は深く礼をとった。

 アミーリアが王宮にいた時に、アーカート王国の歴史を勉強していた際に知ったことであるが————

 功績のあった商人に男爵位を授けたり、戦功のあった下級貴族の三男坊に一代限りの騎士爵を授けることがあった。と同時に、平民の愛妾に一代限りの男爵位を与えると云うこともあったのだ。

 そんな前例を踏まえて、 “爵位を与えること”に功績のあった家臣と愛妾を同列で考えられるなら、“離宮を与える”ことも同列で考えられるはず! と、発想を転換させる(こじつける)作戦を思い付いたのである。

 “離宮を賜る”のは爵位と同じく、“功績のあった家臣が離宮を賜る”こともあるのだと、アミーリアは(強引に)認識をすり替えた上で、『ありがたく受け取る』と返事をした。

 シルヴェスターもさすがにここまで断言されたら、「違う。愛妾にするつもりだ」とは言い難い。

 しかも窮地をみて助け舟を出したという体にまでされているのだ。

「くっ……、クルサード侯爵夫妻のこれからの活躍を私も楽しみにしている」

 取り繕った笑顔を浮かべ、そう言うしかなくなっていた。

 だが、これで貴族たちの認識は完全に一変した。

 “離宮を賜るイコール愛妾”ではなくなったのだ。

 “功績のあった者が離宮を賜る”と云う新しい認識と前例をアミーリアは作ってしまった。

「ありがとうございます!」

 勝ち誇ったような満面の笑みでアミーリアは答え、さらに間髪入れずに「そう言えば、本日、娘のキアラも連れてくるように申し付かっておりましたが……」と続けると、わざとらしく小首を傾げた。

 宰相がはっとしたように、「あ、そうでした。陛下……」と唖然としたままのアーカート王に声を掛け、証書を手渡した。

 王は証書を手に取ると、苦々しい顔で読み上げた。

「……クルサード侯爵第一子キアラに、成人後ファーニヴァル侯爵の爵位とファーニヴァルを与えることを約す——」

 ギディオンが玉座まで近づいて、キアラの代わりに恭しく証書を受け取った。

 なにやら王とクルサード侯爵の間に微妙な空気が漂っていたせいか、最初はまばらに、だが次第に大きく、クルサード侯爵家を寿ぐ万雷の拍手となる。

 アミーリアは、王と宰相のぎごちない態度をこう考察した。

 きっと、王子が自分(アミーリア)を愛妾として召上げる代わりに、キアラがファーニヴァルを継承するという確約を贈って、取り敢えずギディオンのご機嫌をとろうとでもいう魂胆だったのだろう。

 思惑通りに進まなくてざまぁみろだ、とアミーリアは心の中で思いっきり舌を出した。



 授与式が終了すると、王族は一旦下がり、音楽が流れて大広間は舞踏会のような雰囲気になった。

 さっきまで会場を支配していた緊張感はすっかり無くなり、ダンスや歓談を楽しむ者、アルコール片手に社交を勤しむ者と、皆思い思いに動き始めている。

「ギディオン、用事は済んだことだし、私たちはもう帰りましょうよ」

「そうだな」

 まだ夕方で宴はこれからというところではあったが、いろいろなことが解決したいま、すぐに帰って早く家族水入らずで過ごしたいとアミーリアは思った。

 ギディオンもどうやら同じ気持ちのようだ。

 大広間の出入口へと向かっていると、「アミーリア様!」と声を掛けられ、振り返るとそれはラミア側妃であった。

「ラミア様! 先日はありがとうございます。貴重な情報、大変助かりましたわ」

「うふふ。さすがアミーリア様ですわ。どうなるかと思いきや、難なく回避してしまって。それにしても離宮を営業窓口になさるなんて、素晴らしい妙案ですわ。離宮なら、後宮と違って商人も側妃も出入りできますものね。これで王国中の貴族が西方諸国相手に交易をし易くなりますわね!」

 西方諸国出身の側妃たちがファーニヴァル商人と商談する際、商人は後宮に出入りが出来ないし、側妃は簡単に外出など出来ない為、どこに会合の席を設けるかがネックになっていた。

 だが離宮ならば、そこはまだ王宮内であるので側妃はわざわざ外出許可を取らなくても良いし、商人も許可さえ下りれば出入りができる、という訳である。

 通じ合うように、アミーリアとラミア側妃はにやりと微笑み合った。

 ラミア側妃は、いまでは西方諸国交易の立役者として、王宮内でロザリンド妃を凌ぐほどの発言力を持ち始めている。

 第三王子の立太子を狙うラミア側妃にしてみれば、今後さらなる力をつける為に、離宮の件は是非とも一枚噛んでおきたいと思っているに違いない。

「では、ラミア様。その件の詳細については、また後程じっくりと」

「ええ。打合せいたしましょう。では、ごきげんよう。アミーリア様、侯爵様。キアラ嬢もまた王子と遊んであげてね」

 そういって、ラミア側妃は御機嫌で去って行った。

 その後姿をアミーリアはやりきった思いで満足げに眺めていると、ギディオンが注意を引くようにぐいっと腰を引き寄せた。

 アミーリアの胸は思わずドキリと跳ねる。

「ぎ、ギディオン? どうしたの?」

「……アミーリア。まっすぐ帰らず、アラーナ離宮に寄っていかないか? そこで、話したいことがある」

 ぎゅっと眉間に皺が寄り、いつもよりも数倍怖い顔になっているが、その瞳の奥には何かを決意したような強い光が宿っていた。

 アミーリアはギディオンの態度がどこか変化したことに気付き、怖いような、けれど何かを期待するような胸の高まりを感じて、我知らず少女のようにはにかんで、小さくこくりと頷いた。



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