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32ー② アミーリア

 

 街道が通る領地の当主三人は、王の御前で街道修繕の提案をされて、「ありがたいことです」などと言いながらも顔色を悪くして、ギディオンにへこへこと頭を下げて阿っている。

 さりげなく街道をきちんと管理していなかったことを暴露されて、アーカート王にもびくびくと伺うような視線を投げかけていた。

(ふん。ざまぁ)

 西方諸国との交易が盛んになれば、街道を使う商人によって少なからず自分達だって利益のおこぼれに(あずか)れるはずだ。

 そんなことも予測できないなんて、目先の利益しか見えない愚かで間抜けな貴族(バカ)たちめ!

 あんなに身を粉にして働き、体を張って戦ったギディオンを妬むなど言語道断。

 せいぜいギディオンの株を上げる為に役立ちなさい、とアミーリアは憤っていた。

 あんな奴らの為にギディオンの褒賞を使うのは業腹だったが、(ま、とりあえず仲直りのきっかけにはなったからね)と、寛大な心で許してやることにした。

 アミーリアの目論見通り、アーカート王はギディオンの提案に相好を崩し「クルサード侯爵ほど王国に尽くそうという無私の人物はおるまい」と褒めちぎった。

 ギディオンの勲章授与が終わって王の前から一歩下がり、アミーリアのすぐ後ろに控える。次はアミーリアの番だ。

「クルサード侯爵夫人————」

 声が掛かり、アミーリアは玉座の前へと進みでた。

 宰相がアミーリアの功績——西方諸国への物資の調達と支援——と、先頃提出したファーニヴァルの国境関税に関する要望書の内容を読み上げると、アーカート王は要望書の内容を全面的に承諾すると宣言した。

(よっしゃ————ッ‼)

 アミーリアは心の中で快哉(かいさい)を叫ぶ。

 王は、特に国境関税をファーニヴァルが負担してまで王国の経済発展に寄与したいというアミーリアの心意気を大いに褒め讃え、支援に対する感謝を述べた後に————それは、起こった。

 アミーリアが礼を取り、玉座の前から下がろうとした時だ。

 おもむろに、玉座の隣の席に座っていたシルヴェスター王子が立ち上がり、前に出てきたのだ。

 まだ何かあるのかとアミーリアはその場に留まり、少し頭を下げて言葉を待つ。

「クルサード侯爵夫人……、いや、アミーリア」

 突然名を呼ばれ、(はぁ⁉)とアミーリアは脳内でシルヴェスターにメンチを切った。

 公衆の面前で、侯爵夫人を敬称なしの名前呼びとは、いったい何を血迷ったのか。

 だが、シルヴェスターはさらに世迷い事ともいえる言葉を言い放った。

「そなたには、褒賞としてアラーナ離宮を与えよう」

 シルヴェスターは美しい微笑みを湛えながら、皆に周知させるように凛々と告げる。

 アラーナ離宮とは、アミーリアが妃候補として初めて王宮に来た時に、父であるファーニヴァル大公と共に滞在した離宮である。

 そこは、賓客を宿泊させることもあったが、王の寵愛深い愛妾や側妃に与える離宮として使われることが多く、“アラーナ離宮を賜る”ことは、即ち愛妾になることと同義として捉えられていた。

 この発言は、“アミーリアを愛妾とする”と公言したに等しい。

 突然の宣言に、大広間は水を打ったように静まり返り、シルヴェスターの隣の席に座っていたロザリンド妃は、何も知らされていなかったのか、目に見えて動揺し、青褪めていた。

「…………‼」

(落ち着け……落ち着け……! ラミア様から聞いていたじゃない! 落ち着け、私!)

 しかし、こんな衆人環視の中で、何の打診もなく言われるとは思ってもいなかった。

 アミーリアは怒りのあまりすぐには声が出ず、体が震えた。

 必死で心を鎮め、荒くなった息を整えた————


※※※


 一昨日、ラミア側妃がアミーリアを突然呼び出したのは、このことを知らせるためだった。

「今日手に入った情報なのですが、殿下がアラーナ離宮に誰かをお迎えする為に周囲には極秘で支度を整えているらしいのです。その()()とは、どうもアミーリア様らしく……」

 まさか、と最初聞いた時、アミーリアは一笑に付した。

 だがラミアは「実は少し前からアミーリア様が愛妾になるのではという噂が再び流れているのです」と言い難そうに続け、最近シルヴェスターがアミーリアのファーニヴァルで興した事業や支援のことを詳細に調べていたということまで掴んでいた。

 そこまで聞いて、婚約者だった時に秘書同然のことをしていたことが頭を過ぎり、シルヴェスターは表向き愛妾として、実質は側近かブレーンとして自分を欲しているのではないか、とアミーリアは考えた。

 それをラミアに話すと「えっ⁉」と何故か心底驚いた顔をした。

 ラミアが困ったように「どうしてそんな斜め上な考えに……?」と小さく呟くのを、アミーリアは建前と言えどもこれ以上のライバルが増えるのを心配しているのかと思い、安心させるように言った。

「大丈夫よ、ラミア様。私は絶対に王宮には戻らないから。教えてくれて、どうもありがとう」

「私はアミーリア様とギディオン様のカプ推しですから、こういった協力は惜しみませんわ。もちろん、これ以上愛妾やら側妃やらが増えて、第三王子のライバルを作って欲しくないという下心もありますけれど……。ですから、礼には及びませんわ」

 カプ推し? と疑問に思いつつも、早々にアミーリアはラミアに暇を告げた。それからタウンハウスに戻り、寝付けなくなるほど考えに考え、愛妾にと望まれた時の対策を練ったのだ。


※※※


 さっきは、いきなり言われて怒りが先に立ったが、タイミングとしては褒賞として離宮を与える可能性が一番高いのではないかと考えていたのを思い出し、だんだんと冷静になってくる。

 アミーリアはふぅと小さくひと息つくと、にっこりと満面の笑みを作った。そして、深く頭を下げて、取り敢えず大袈裟なほどに礼を述べた。

「ありがとうございます。過分な褒美をいただき、大変嬉しゅうございます」

 シルヴェスターは満足そうに頷き、アミーリアの後ろへ勝ち誇ったような視線を投げかけた。

 その様子に、どういうことだ? と、アミーリアは後ろを少し振り返る。

 最初に目に入ったキアラは、驚愕の表情でアミーリアを凝視していた。

 次にギディオンに視線を移すと、この世の終わりを垣間見たような、深い絶望を滲ませる瞳でアミーリアをみつめていた。

 だが、紙のように顔色を真っ白にしてそんな瞳でアミーリアを見ているのに、どこか諦念を感じさせる表情をしている。

 ギディオンのその表情——まるで予測していたことが現実になってしまったとでもいう顔を見て、いままでギディオンが口を(つぐ)み、言えずにいた“理由”を、アミーリアはやっと悟った。

(まさか、ギディオンは、ずっと私がシルヴェスター王子のことを好きだと思っていたの? だから……)

 でも、どうしてそんなことを……? 待てよ……? そうか、控室での『もう待たせることはない』だの『我慢させない』だの王子の謎発言は、こういうことだったのか……! 待て待て。王子のあの得意げな表情からすると、まさかギディオンは知ってた⁉ いや、待て待て。もしかすると、王宮に出仕するたびに何か言われていた可能性も……? いやいや、待て待て。そうなると、もしかして結婚してからのギディオンのおかしな態度も、誤解が解けた後でも寝室を共にしなかったのも————

 最初から、シルヴェスター王子に何か言い含められていたから⁉

 アミーリアの頭はめまぐるしく働き、その『言い含められていた何か』がはっきりとした形になってくると、ギディオンがいつも言葉を濁し、アミーリアに遠慮していた態度の理由——その分からなかった部分に、それがピタリと嵌まった。

 恐らく『アミーリアは自分(シルヴェスター)の元に戻りたいと思っているはずだ』とでも言われていたに違いない。

 だから、ギディオンはずっとアミーリアに一線を引き、いつでも手放せるよう深い関係にならなかったのだ!

(シルヴェスター王子めぇッ! お前に王宮で飼い殺しにされる気なんて、毛頭ないわッ!)

 若干認識がズレているところもあったが、アミーリアはギディオンとシルヴェスターの間にあった、隠された確執をやっと理解した。

(そういうことね。王子、やってくれるじゃない! そこまで先を見越した嫌がらせをするなんてね! いいわ! その喧嘩、言い値で買ってやるッ!)

 アミーリアの怒りは瞬時に最大火力で着火し、闘志は轟々に燃え盛った。





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