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3 キアラ

 

「ママ! あたちあちらよ! はなちたーことがいーぱ、ありゅのっ!」

「なになに? キラちゃん。あちらに何かがあるの? お鼻がどうかしたのかな?」


 満を持してママに伝えたハズなのに、まったくと言っていい程言葉が通じなかった。

 ママに全てを話そうと決めてから、あんなに滑舌を良くする練習を重ねたのに!

 キアラ自身が思っているよりも、全くしゃべれていないらしい。

「ちやう! あちらなにょっ! ママ、ちゃんとちいて!」

「うんうん。ちゃんと聞いてるよ~。あちらがどーしたのかなぁ?」

 一部ちゃんと言えていないせいで、別の単語になってしまう時がある。

 アミーリアに通じないのは、別の単語に聞こえるのと、キアラがまともにしゃべっているとは思っていないせいだろう。

(この口が、舌が、思う通りに動いてない! もう、もう~‼)

 悔しくて、もどかしくて、どうにかならないかと顔をぐにぐにとマッサージしてみた。が、全然ならなかった。

 ただ、なぜかアミーリアが異常に喜んでいた。

 そんな(アミーリアだけが)悶えて盛り上がっている中、恐る恐るという感じでメイドのレアが声を掛けてきた。

「あ、あの……、アミーリア様、申し訳ございません。商人が尋ねてきたのですが……」

「商人?」

「はい。宝石商のレヤードです」

「ああ、わかったわ。応接室に待たせておいて」

(レ、レヤード⁉)

 キアラはレアとアミーリアの会話を耳にして、思いっ切り目を剥いて青褪めた。脂汗まで滲んできた。

(なんてこと! まだママに何も伝えられていないのに、最大の危機が先に訪れてしまった‼)

 “宝石商レヤード”は、小説『風は虎に従う』前日譚の中でアミーリアが死ぬ直接の原因になるヤツだ。

 レヤードに誘惑され、駆け落ちを唆されて、アミーリアは家出(城出?)をして、クルサード侯爵の捜索も虚しく遺体で発見された、と書かれているのだ。

(どうしよう! どうしたら……。駆け落ちなんてしちゃダメって、早く伝えないと……!)

 焦れば焦るほど口が強張り、うまく言葉が出てこない。

「キラちゃん、ごめんね。ママ、ちょっと用事があるから、また後で聞いてあげるね」

 そう言ってアミーリアはキアラをきゅっと抱きしめた後、側に居た乳母に渡そうとしたので、キアラは死に物狂いで抵抗した。

(ここで離れてなるものかあぁぁ‼ レヤードがママを誘惑するのを阻止するんだ! こうなったら、私が止めるッ! ぜぇっったいに止めてみせるッ‼)

 キアラはアミーリアの首に腕を巻き付け、渾身の力でしがみついた。

「キラちゃん、どうしたの? 遊び足りない? ほら、あとでいっぱい遊んであげるから、ちょっとだけ離れて?」

 アミーリアと乳母はキアラを何度も引き離そうとするが、キアラはぶんぶん首を振り、一心不乱にアミーリアの服や髪など手当たり次第に掴んで握りしめた。

(なにがなんでも一緒に行くんだから!)

 キアラの必死さが伝わったのか、アミーリアは困ったようにため息をつくとキアラを抱き上げて、応接室へ連れて行った。


 こうして、キアラはとうとう(くだん)の『レヤード』と応接室にて対面した。

 だが————

(え? これがレヤード……?)

 キアラはポカンと口を開けて、目の前にいる“宝石商レヤード”を見つめた。

 細身のどっちかというと中性的な美形。蜂蜜色の柔らかそうな金髪に、南国の海のような澄んだ碧の瞳。優しげで繊細な造りの顔立ち……。どこぞのアイドルのように小綺麗な男だ。

(うん。確かに若い女の子や、貴族のマダムとかにはとっても需要はありそうなんだけど……)

 そういえば、アミーリアの元婚約者であるシルヴェスター王子にどことなく似ているって小説に書いてあったな、と思い出した。

 ちらり、とキアラはアミーリアへ視線を走らせる。

(やっぱり。……まるっきり興味ナシだ)

 だって、このレヤードってヒト、全然ママの好みじゃない。ママの好みは……、うん。アレだし。

 それに、モノスゴク愛想よく話しているようにみえるけど……、これはママのよそ行き顔だ。娘の私には丸わかり。

(ママは好きな人や心を許している人には、恐ろしいほどズケズケ言って遠慮がないからね)

 だとすると、これはどういうことだろう?

 レヤードは頬を赤らめてニヤけているところを見ると、むしろママに惹かれていそう。

 だけど、肝心のママの方は誘惑されているってカンジではない————

 なんとなく小説とは状況が逆転しているようにも見える。

(んん? これは、ママも原作と違って前世の記憶を持っているせいなのかな?)

 杞憂だったのだろうかと、ちょっぴりホッとしたが油断は禁物だ。

 レヤードと関わりがなくなるまで、絶対に目を離さず監視しなくては、とキアラが目と耳を研ぎ澄ませて二人の会話を聞いていると……。

「私のことはどうぞアランとお呼びください」

「ええ。アラン」

 気が付けば、二人の間には妙に甘酸っぱい空気が流れ、いつの間にやらアミーリアはレヤードをファーストネームで呼んでいる。

(これは案件よ! 阻止しなければ!)

「ううぅぅ————」

 うまく喋れないかわりに唸り声を上げ、ついでにアランを威嚇するように睨みつけた。アランが怯んだのを見て、内心ニヤリとした。

「ん? キラちゃん、御機嫌悪いの?」

 何も知らないアミーリアに罪はないが、なんだか能天気な顔を見てキアラはちょっぴり苛ついた。

「ママ、ほーしぇきみるの。きれえねー」

 アランから意識を逸らして欲しくてそう言ったが、苛つきが顔に出て台詞と表情が乖離してしまったのは致し方ない。許して欲しい。だが、さすがママだ。どんな私でも褒めてくれる。

「そうねっ。でもキラちゃん以上に輝かしいものなんてママ想像できないわ~。そんなものこの世に存在するのかしら……?」

「そ、そうですね。キアラ様に敵う宝石はないかも、しれません……」

 アランは口の端をひくひくさせながら、それでも如才なく言った。さすが商人、見上げたものである。しかも、さらに頑張りをみせた。

「ですが、光り輝く様な侯爵夫人をさらに輝かせる……」

 などと営業&篭絡トークを展開させようとしたが、

「ま、いいわ。早速見せて貰うわね」

 バッサリと途中で切られ、アランは唖然としている。キアラは腹の中で笑ってやった。

 アミーリアはアランなど見向きもせずに、持ち込まれた宝飾品を見始めた。

 だが手に取っても身に付けることなく、目を近付けて細工を確かめたり、宝石を透かして見たり、ひっくり返して裏を見たりとまるで鑑定でもしているかのよう。

 その眼差しは真剣かつ厳しいもので、どういうわけか鬼気迫るほど恐ろしいものであった。アランが試着を勧めても、知らぬふりでじっくりと見ているばかりだった。

(なに? どうしたんだろう。ママの様子がヘン……)

 この集中の仕方は、明らかにおかしい。

 前世のママはそこそこの会社の経営をしていた人なので、対人スキルはかなり高い。

 それなのに目の前にいるアラン——商人とはいえ、一応客でもある——をここまで放置するなんて、あまりにもママらしくない態度だ。


 ここは前日譚で云えば、城の中で孤立し寂しい思いをしていたアミーリアが、宝石商レヤードのシルヴェスター王子を思い出させる美しい容姿に心惹かれ、甘く優しい言葉に誘惑される場面、にあたるはず。

 レヤードは、宝石商とは仮の姿で、実はゲートスケル皇国の工作員なのだ。アミーリアを篭絡し、この城から連れ去ることが任務なのである。

 アミーリアを連れ去る目的とは、アミーリアをファーニヴァル公国復興の旗印として利用し、ファーニヴァルの地をアーカート王国からゲートスケル皇国のものとすること。

 その為にレヤードは、商人としてアミーリアに近付いて誘惑し、駆け落ちを唆して自らゲートスケル皇国へ来るように謀り、アミーリアを城から連れ出すことに成功する。

 そしてギディオンがアミーリアの駆け落ちを知り捜索するのだが、惨殺された遺体でみつかる、という顛末だった————


 ママがアラン(レヤード)に興味がないのはともかく、宝飾品をこんな風に舐めるように見ているのは、どういうワケなのだろう?

 前世のママは、ジュエリーを身に付けるのは煩わしくてあまり好きじゃないと言っていたくらい、宝石に全く興味や執着のない人だった。経営していた会社にジュエリー関連もあったから、詳しい知識と見る目は持っていたけれど。

(ママのすることだから何か考えがあるとは思うけど、あまりにも謎行動過ぎる)

 アランも、自分の魅力が通じない相手はきっと初めてだったのだろう。呆然として、さっきから目と口がぱっかりとだらしなく空きっ放しになっていた。


 しばらくしてアランは我に返ったのか、思い立ったように首飾りをひとつ手に取って立ち上がると、アミーリアの背後に立った。その表情は、獲物をおいしくいただけることを疑いもしない、ニヤけたナンパ男のそれだった。

(はっ、はーん。後ろからネックレスを付けてあげて、軽くボディータッチでもかますつもりね! そうはいかないんだから!)

 アミーリアは宝飾品を見るのに集中していてアランの動きに気付いていない。だが代わりにキアラがずっとアランを注視していた。

 アミーリアに何かしそうになったら、即刻キアラは攻撃を開始するつもりだ。臨戦態勢は整っていた。

(いつでもこいや!)

 そして、キアラの予想通り、アランはアミーリアの首へ手を伸ばしてきた。すかさずキアラは思いっ切りその不埒な手を叩き落とした——実際はかわいい猫パンチ程度だったが——。

「ぶれいものッ!」

「へっ?」

 ソファの上で仁王立ちしたキアラは、これでもかという程アランを睨んでやった——実際はアミーリアの肩を支えにぷるぷると生まれたての小鹿のように立っていただけだが——。

 しかしアランにはそこそこ効果的だったようで、恐れるように後退り、キアラはニヤリとほくそ笑んだ。

「ん? どうかした?」

 ここでやっとアミーリアは顔を上げた。

 しかしアランには目もくれず、アランがアミーリアに付けようとしていた首飾りにだけ目を向けた。が、それもやはりじっくり確認しただけで、結局この日に宝飾品を購入することはなかった。

(確か、前日譚ではレヤードが持ってきた宝石のほとんどをアミーリアは購入したうえ、その後何度も呼び付けたことで、さらに城でのアミーリアの評判が悪くなって孤立を深めるのよね)

 小説のアミーリアとは真逆の行動をとるアミーリア(ママ)に、キアラは(これならやっぱり大丈夫そう)とホッと胸を撫で下ろしていた。

「ところで、アラン。ちょっと伺いたいのだけれど」

「はいっ、侯爵夫人。なんでしょうか? なんでもこのアランにお聞きください!」

(なに、コイツ。ワンチャンあるとでも思ってるワケ⁉)

 キアラがギリギリと歯軋りしながら——まだ生え揃ってないが——、再びアランを睨む。

「その……、私は城から全く出ないので詳しくは分からないのだけれど……、最近はゲートスケル皇国の人間がファーニヴァルに簡単に出入りできるようになったでしょう? ……大丈夫なのかしら」

 期待と違っていたのか、アランは拍子抜けしたような間抜け顔をした。

「はい……」

「……困っていることや、問題があるのではなくて?」

 アミーリアのこの質問で、キアラはハッと気が付いた。

(そうか。ママは流入してきたゲートスケルの民とファーニヴァルの民の間で軋轢や衝突が起こっていることを知っているんだ。小説のアミーリアと違って、ちゃんと情報を仕入れているんだ!)


 小説の前日譚に依ると、この時期、終戦協定の条件によりファーニヴァルでの経済活動を許されたゲートスケルの商人が、大量にファーニヴァル領内へ押し掛け、略奪に近い取引や無理難題ともいえる大量発注などで混乱が生じ始めていた。だが、アミーリアは孤立していたが故に、そんな状況を知らなかった————と、書かれている。


 しかし、アランは平然と「特にないと思います」と答えた。

 アミーリアがそのとき「そう、安心したわ」と言いつつ、目を一瞬だけ眇めたのを、キアラは確かに見た。

 すると続けて、ジュエリーなど絶対に興味がないはずのアミーリアがパリュール——ティアラやネックレスなど数点をセットにしたもの——などと云う贅沢品を欲しがるという異常事態が発生し、キアラを驚愕させた。

 そのうえ、アランを持ち上げる発言を繰り返し、アミーリアは気がある素振りともとれる態度をとった。

「次回あなたが持ってくるものを、楽しみにしているわね。お待ちしていますわ」

 アミーリアは笑顔でそう言って、アランを見送った。

 だがその後に、宝石商アランに監視をつけることと、クルサード侯爵に話があることをメイドに言い付けたので、あの態度には何か考えがあったのだと、キアラは再び胸を撫で下ろしたのだった。

 メイドが出て行くと、アミーリアは疲れたようにソファに沈み込んだ。

 そして大きくため息をつくと、キアラを腕の中へ閉じ込めるように抱きしめて、深く考え込むようにぎゅっと目を(つむ)った。


 キアラは、前日譚とは確実に違う流れになってきていることを少なからず感じ取っていた。

 アミーリア(ママ)は、レヤード(アラン)に誑かされてはおらず、恐らく何らかの疑いを持っている。

 もしかしたら、アランがゲートスケル皇国の工作員だと気付いたのだろうか?

 となれば、駆け落ちからの殺害エンドはもう有り得ないのかもしれない。

 そうなったことが喜ばしい半面、なにか別の得体の知れない不安がキアラの胸にわだかまっていた。


(……ママはいったい何に気が付いたというの?)



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