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31ー② キアラ

 

 タウンハウスに戻り、恒例の寝る前報告会で、キアラが怪しんだ側妃たちの妙なカンジの意味が判明した。

「ああ、あれね~。ふふふ。うふふふふっ」

「なに? 気持ち悪いな」

「キラちゃんは~、あの王子のどちらかを気に入ったりした?」

「はぁ? なに言ってるの。二、三歳の幼児だよ?」

 キアラだって五歳の幼児なんだけど、とアミーリアは思わないでもなかったが、キアラが臍を曲げては困るので、それは言わず真面目に説明することにした。

「あれはね、キラちゃんのお婿さん狙いなのよ」

「はっ? どーいうこと?」

「ほら、キラちゃんは将来ファーニヴァルの爵位と領地を継ぐことが決まっているでしょ? きっとアーカート王あたりが、ファーニヴァルを実質的に王家のものにする為にキラちゃんの婚約者に王族をあてがうつもりで妃たちに粉かけてるんじゃないかなー、と思うのよ」

「げっ」

「ラミア側妃はそれに乗っかる振りして、王太子の座を逃した時の保険に仲良くしておきたいってトコかしら。ダフニー側妃は完全に狙いにきてたっぽいけど」

「……逃す? 保険って? どういうこと? 第一王子が王太子なんじゃないの?」

 正妃の息子なのだから、順当にそうなるとキアラは思っていたのだが、アミーリアは「あ、そうか。キラちゃんはそのへんのことまだ勉強してないものね」とすぐに教えてくれた。

 アミーリアの説明に依ると——

 現在のアーカート王家は、側妃を公然と置いているにも関わらず、アーカート王国が一夫一婦制をとっているので、法律的にはそれに準じている。

 故に、正妃は婚姻と同時に王族の籍に入るが、側妃は妃と呼ばれていても王族の籍に入っていない。

 準王族——王族と同程度の扱いをされているだけで、実際のところ、立場は愛妾となんら変わらないのだ。

 だがその子供たちは違う。王子王女は母親が正妃側妃に関係なく、全員平等に王の子として王族の籍に入れられる。

 これは少なからず、ファーニヴァル公国を建国したアーカート王国の元第一王子の絡んだ王位継承争いが発端だともいわれているが、真偽のほどは不明だ。

 母の身分に関係なく、子供たち全員が同等な権利を有した王の子となれば、生まれた順はともかく、一番優秀な者が王となるのは必定。

 そして王太子となった者の生母は、側妃であれば国母(こくも)として王族の籍に入れられる————

「じゃあ、現時点で第一王子が王太子とは決まっていないんだ」

 小説の本編では第一王子がすでに立太子していたので、そんな裏事情があったことをキアラは知らなかった。

「そうよ。どうも病弱とも聞いているし、もしかすると第三王子が王太子となる可能性は思ったより高いのかもしれないわね。ダフニー側妃は王位争いよりもファーニヴァルへの婿入りの方がいいと踏んだみたいだけど。王太子の座を逃した後、臣下に下るにしてもより良い条件の方がいいじゃない?」

 スペアとして用が無くなった王子は、王の補佐として爵位だけ貰って王宮の部屋住みとなるか、王族として婿入りするか、という二択になるらしい。

 同じ臣下になるなら、ファーニヴァルのような豊かな領地を持つ跡取り娘と結婚し、高貴な婿として大事にされた方が良いということらしい。

「そういえば、第一王子はお茶会にいなかったね」

「あー、どうもねぇ。側妃全員が参加するから一応妃殿下もお誘いしたそうなんだけど、『王族がいては気をつかわれるかもしれませんから』って辞退されたって」

「うわ。それって……」

側妃(あなたたち)とは身分が違うって言いたいのかもね」

 そして正妃にしてみれば、第一王子が世継ぎとなるのは当然だから、“キアラの婿になる”という保険を掛ける必要もない、故にお茶会に参加する必要もない……というワケか。

 キアラにしても、第一王子とは特に関わり合いたくないので、願ったり叶ったりではあるが。それにしても、王家やら身分やら……、王宮は思っていた以上に面倒で疲れるところだ。

 思わず「はあぁ……」と大きなため息がでた。

 その様子をずっとみていたアミーリアは、さっきの揶揄った口調とは全く違う真剣な口調で、同じようなことを聞いてきた。

「キラちゃんは、王子たちを気に入った訳ではないのね?」

「えっ? ……う、うん」

「ママねぇ、キラちゃんが王子の誰かを気に入ったなら、王家の目論見(もくろみ)に乗っても、私とキラちゃんさえシッカリしていればいいことだし、まぁいいかなってちょっとだけ思ってたのよ。変な軋轢(あつれき)も生まれないしね……。でも、そのキラちゃんの様子だと、どっちかというとイヤなのね」

「そう、だね。できれば王家と関わるのは遠慮したい」

 はっきりそう言うと、アミーリアはしっかと目を合わせて大きく頷いた。

「そう! わかった! ママはキラちゃんが好きになった人をお婿さんにお迎えしたいから……()()()()頑張るわね!」

 そう言って、アミーリアは底知れぬ闇を感じさせる笑顔を浮かべた。

 その笑みに不穏なモノを感じて、ゴクリとキアラは唾を飲み込む。

「マ、ママ……。なんか、企んでる……?」

「えぇ~。やだぁ、ママがなにするって言うのよぅ。ただ、そうねぇ……。王太子が早々に決定しなければ、残った王子をキラちゃんの婿候補だって押し付けられることは無いかな~。なら、強力な対抗馬がいれば決まるの長引くかな~。と、すれば野心満々のラミア側妃の立場が上がればもっと長引いてくれるかな~。……なんてことぉ、考えてる訳ないじゃない~」

 考えてるに決まっているアミーリアの真っ黒な笑みを唖然として眺めながら、そんな駆け引きが日常の王宮ってマジ怖い、とキアラはぶるりと震えた。

 そして、そこで長い間逞しく生き抜いてきたアミーリアを尊敬せずにはいられなかった……



 お茶会の次の日から、アミーリアはアルダ会長と連れ立って、連日どこかへ外出していた。

 どうやら、営業拠点として事務所を王都に作る話はだいぶ本格的になっているらしい。だが、進捗ははかばかしくないようで、毎日のように夕食前ギリギリに帰ってきては、どんより疲れた顔で食事をしていた。

 ギディオンの方も到着した次の日から王宮へ赴き、王への挨拶や近衛騎士団・西方騎士団の詰め所など、王都にくれば寄る所、やることは山積みのようで、二人とも忙し気に、宴の前日まで別々に行動していた。

 ひとり放置状態になったキアラだけは、アナベルと一緒に王都観光を満喫して楽しんでいたが。



 そうして、とうとうやって来た“戦終結を寿ぐ宴”の当日。

 王宮に到着すると、今日の宴の主役(メインゲスト)として控室が用意されていて、そこに三人は案内された。

 おそらく貴賓室なのだろう。とんでもなく手の込んだ生地のソファや、繊細な細工や彫刻のなされた(恐らく)値段の付けられないような高価な家具や置物、きっと国宝級の絵画等々……。

 畏れ多くてやたらに動き回る気がしない部屋だった。

 キアラは汚すのがコワくてソファに座る気がせず、ギディオンに抱っこをせがんだ。

 だが、その煌びやかで豪華な部屋に、ギディオンとアミーリアはちっとも負けてはいなかった。

 二人は、西方諸国から取り寄せた絹や宝飾品を使った特別仕立ての夜会服をビシリと着こなし、信じられないくらい格好良く決まっている。

 どことなくエキゾチックな雰囲気の、いままで王国では見たことのない意匠のドレスは、今回の宴で必ず人目を引くに違いない。というか、アミーリアは自身が広告塔ぐらいのつもりで参加するのだろう。

 自信に満ちたその姿は、まるで自ら光を放っているかのように煌めいて見えた。

「ママ、今日はすっごくきれい……」

「今日()なの? キラちゃんは手厳しいわね」

「だって、いつもは結構手ぇ抜いてるもん」

 キアラがぼそりと言うと、ギディオンがくっと笑いを堪える。

 アミーリアがそれに気付き、じろりと睨んだ。だがその口元は楽し気に少し緩んでいる。

 どうやら、二人はいつの間にか和解していたようで、キアラはホッと胸を撫で下ろした。

 そこにノックする音がして、メイドの来客を告げる声と共に、誰かがいきなり扉を開けて入ってきた。

 驚いて、三人で扉の方へ顔を向けた。

「アミーリア!」

 その闖入者は扉を開けるなり、アミーリアだけを見つめた。

 アミーリアはその人物を見ると仰天して、バネのようにソファから立ち上がる。

 闖入者はもう一度「アミーリア」と感極まったように呟くと、突然アミーリアの元へ駆け寄っていく。

 キアラを抱いていたせいで動きが遅れたギディオンをアミーリアは目で制し、深々と頭を下げて挨拶を口上した。

 二人が交わし合った挨拶を聞き、闖入者が(くだん)の『シルヴェスター王子』だと察したキアラは、改めてその人物をじっくりと見た。

 さっき、アミーリアのことを自ら光を放っているように煌めいていると思ったが、この王子——シルヴェスターはまるで“光の塊”だと思うほど、眩しいくらいにキラキラと光を撒き散らしていた。

 淡く輝く金の髪、南洋の海を思わせる透き通るように明るい碧の瞳、女性と見紛うばかりの繊細で優しげな美貌。それでいて、細身でも均整の取れた筋肉質な体格。王族特有の威風堂々とした態度、しっとりと艶のある耳に心地よい声————完璧だ。この王子、完璧すぎる!

 レヤードがこの王子に似ているなんて、誰が言った⁉ 全く違うではないか。この美しさは次元が違う。

 これを先に知っていたら、あんなまがい物(パチモン)に心を奪われるはずがない。小説のアミーリアは、目が曇っていたんじゃないか⁉

 キアラがそんなことを思う程、シルヴェスターの美貌は圧倒的だった。

 キアラは、ギディオンがどうしてもアミーリアの心を信じきれないその理由を瞬時に理解した。

(この美貌の王子の側にずっといたママが自分を選ぶはずがないって、パパが思い込んじゃうのも無理ないよ。ていうか、コレを『あんなの好みじゃない』と言い切れるママって、かなりの大物じゃない⁉)

 きっと誰もが、視線をちょっと向けられただけで、優しく声を掛けられただけで、この王子に心を奪われるに違いない。実際にギディオンはそういった状況を何度も目の当たりにしていたのかもしれない。

 だからなのか、シルヴェスターの態度はアミーリアが自分に気があると信じて疑わない、といったものだった。

 ギディオンという夫がいる目の前で、あろうことかアミーリアの手首と腰を掴み、いましも抱しめようとしたのだ。

 アミーリアに視線で止められていたギディオンも、さすがに抑えきれなくなり「殿下!」と声を荒らげた。

 だが、それと同時に会場への入場を促す声も掛かり、渋々といったようにシルヴェスターはアミーリアから手を離した。

 そして、「アミーリア。長らく待たせて済まなかった。もう我慢させることはないと誓う。今日の宴を楽しみにしているがいい」などと勘違い野郎な発言を残し、ついでにギディオンへ見下したような視線を投げて、部屋から出て行った。

(そうだ。あの王子、性格が最低最悪だったんだ……!)

 あの歪んだ性格ではせっかくの美貌も台無しである。

 分かっていながら、あの美しさにうっかり騙されそうになった自分に無性に腹が立ち、キアラはギリギリと歯を軋ませた。

 シルヴェスターが出て行った後には、なんともいえない気まずい雰囲気が漂い、それを引きずったまま三人は宴の会場へと向かうことになった。

 特にギディオンは、血の気を失ったように青白い顔色になっており、眉間の皴は今までになく増えて深くなっているのに表情は抜け落ちていた。それはさながら亡者といった顔つきだった。

 宴は、波乱の幕開けを迎えた。


 そして————

「アミーリア、そなたには褒賞としてアラーナ離宮を与えよう」

 シルヴェスターは美しい微笑みを湛えながら、皆に周知させるように言い放った。

 これが、『もう我慢させることはない』ことだったのかと、キアラは愕然とした。

 『アミーリアを愛妾としてアラーナ離宮に住まわせる』と言外に言っているも同然のことを、突然、宴の最中にシルヴェスターは発表したのだ。

 周囲は水を打ったようにシンと静まり、アミーリアの(いら)えを待っていた。

 キアラの喉が緊張でゴクリと鳴った。

(マ、ママ……! まさか、了承したりしないよね……⁉)

 だが、アミーリアはにっこりと満面の笑みを浮かべた後、深く頭を下げて、

「ありがとうございます。過分な褒美をいただき、大変嬉しゅうございます」

 ————そう、答えたのだった。



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