31ー① キアラ
またママとパパがなんか拗らせた————
キアラは「はぁ……」と深いため息をこぼしながら、朝食の席に着いた。
窓の外は燦々と朝日が輝く快晴。
明るい空の下、鳥は飛び交いながら一日の始まりの讃歌を囀る。実に爽やかな朝だ。
反して、部屋の中はどんよりと暗く湿った空気があたりを包んでいた。
ギディオンとアミーリアは共に目の下に隈をつくって、お互い何か言いたげにしながらも口を噤む。実に重苦しい朝の食卓。
(なんというか……。毎度毎度懲りない二人だよね)
キアラはそんなことを思いながら、じとりと恨めし気に視線を交わし合う二人を横目に、さっきから香ばしい匂いを立てている焼きたてのパンに手を伸ばし、ばくりと頬張った。
一週間ほど前から、ギディオンの様子が目に見えておかしくなった。
ひどく落ち込んだ様子で始終ため息をついているかと思えば、ふと気付くとアミーリアを鬼のような恐ろしい形相でじっと睨みつけていたりする。
今までの経験則から、あの顔は怒っている訳ではないと分かっているが、単純に怖い。
そしてやっと一昨日になって、ひどく思い詰めた表情で、王家から宴の招待状がきている、ということを打ち明けた。
「あら、ちょうどいいわ。そろそろ王都に行きたいと思っていたのよ」
ここ最近、西方諸国と取引をしたいと希望する貴族が多く、その窓口となっている商人ギルドのアルダ会長が王都に行く回数が格段に増えた。
先日アルダから「いっそのこと王都に常駐して営業拠点となる事務所を設けたいのですが」と、アミーリアは相談を受けていたのだ。
この際だから近いうちに王都へ行って、他の西方諸国出身の側妃たちにも顔を繋ぎ、ついでに王都内に営業所となるいい物件がないか下見でもしたいと考えていたところだった。
そういうことがあってのアミーリアの他意のないひとことだったのに、ギディオンはこの世の終わりのような形相をした。
「アミーリア……君は、やはり……」
「???」
ガクリと肩を落としてダンマリするギディオンに、アミーリアもキアラも首を捻るばかりだった。
性懲りもなく、またギディオンはアミーリアに隠し事をしているようである。
「私が王都に行くと、何か問題でもあるの?」
何度問い質しても、眉間の皺を深めるだけで何も言わないギディオンにアミーリアはぶちぎれた。
ギディオンに何の相談も説明もなく「この機会に陛下へ要望書を提出するから!」といきなり宣言すると、その作成を口実に部屋へと引き籠ってしまった。
それから三日間、この状態が続いている。
依って、三人揃って顔を合わせるのは朝食の時だけ。
その朝食もこの有様なのである。
いったい何を悩んでギディオンが鬱状態になっているのか、いったいアミーリアは何の要望書を出すつもりなのか、キアラには全く不明のままだ。
(まぁ、いいや。パパの悩みは凡そ見当ついてるし、ママはちゃんと考えがあってやっているみたいだし……)
という訳でキアラが傍観の体勢を貫いた結果、二人の仲は険悪なまま、この三日後に王都へ向けて出発することになったのだった。
ファーニヴァルの領都ネイピアからアーカート王国の王都スレイトスまで、最短のルートを使うと馬車で片道五日ほどかかる。
だがどうせ行くならと、これから使用頻度の高くなるであろう街道の状態をしっかり確認しながら行こうと、往路は余裕をもって八日の日程を取った。
宴の開催は一月後の日程になっていたが、書状が届いてから出発するまでになんだかんだで十日近く掛かったので、王都の滞在期間はおそらく十日ほどになるだろう。
「なんにせよ、楽しみー!」
「キラちゃんは遠出するの、初めてだものね」
「うん」
そう言うと、キアラは馬車の窓にへばりついて、再び外の景色を眺めはじめた。
「あ、パパだー」
窓越しに手を振った。すぐそばをギディオンが愛馬サウロに乗って並走していた。キアラが覗いているのに気付き、手を振り返してくれた。
いま馬車にはアミーリアとキアラしか乗っていない。ギディオンが一緒に乗っていないのは、サウロを連れて行きたいからだ……と信じたい。
決してアミーリアと同乗したくないからではないはずだ。うん。きっと。
さて、キアラはこの世界に生まれ直して、ファーニヴァル以外に出掛けるのも、旅行するのも初めてである。
電車や車より速度が出ない馬車の旅は、車窓からの景色をゆったりと見られてとても楽しい。いつまで眺めていても飽きることはないし、興味が尽きなかった。
なんてことない景色や街並みなのだろうが、キアラの目にこの世界はまるでレトロなテーマパークのように映る。街道沿いの小さな村や町でそう思うのだから、王都はもっとスゴイに決まっている、と期待で胸は膨らむ。
そう、きっと、前世では行くことのなかった本家本元の二足歩行するネズミのファンタジーな国のように!
両親のイザコザはひとまず脇において、キアラは非常にうきうきと心躍らせていた。
(でも、王宮に行ったら絶対に王子たちには近寄らないようにしなくちゃ……)
これだけは注意しなければ、と心に刻む。
小説の本編で、間接的ではあるがキアラが死ぬ原因となるのは“第一王子”だし、“第三王子”には滅茶苦茶虐められていた。
ギディオンとアミーリアが前日譚の範囲終了後も生き残っていることで、キアラは王家に引き取られることもなくなり、ファーニヴァルは王国に併合されたとはいえ名前は残っている。
今後は本編のストーリー通りに進むとは考えにくい。むしろ、どうなるかは未知数となった。
とはいえ、できれば王子たちとはお近付きにはなりたくないし、ならない方がいいだろう。
なにより、王族に関わるなんて、絶対に面倒そうだ。
————と、行きの馬車の中で思っていた。
なのに……
「どうして、こんなことに……」
キアラはいま、呆然と立ち尽くしていた。
※※※
王都に無事入り、クルサード侯爵家のタウンハウスに到着すると、アミーリアが予定を連絡していたのかラミア側妃からお茶会の招待状が届いていた。
「あらまぁ。キラちゃんにも来て欲しいんですって」
「え……」
「そんな嫌そうな顔しないの。社交も仕事のうちなんだから」
子供のうちからそんなストレス過多な仕事なんてしたくないんだけど、と真剣に思う。
「いつ行くの?」
「ん~。ちょっと忙しないけど明日」
「えぇー……」
という感じで、せっかく王都に来たというのに観光も見学もしないまま、翌日は王宮へ行き、ラミア側妃のお茶会に参加することになったのだ。
そして、そこで王子王女勢揃い(第一王子のみ除く)という中にキアラは放り込まれ、呆然と立ち尽くすことになったのである。
「なんかね、他の側妃様にアミーリア様とお会いするって話したら、我も我もと……ごめんなさいね」
謝ってはいるが、少しも悪びれない様子でラミア側妃は言った。
アミーリアは元々他の側妃たちとも面会するつもりだったので、手間が省けたとむしろご機嫌だ。
ここは、王宮にいくつもある中庭のひとつらしい。
王宮はファーニヴァルのレティス城とは趣がまるで違い、大きくて広い壮麗な宮殿だった。
レティス城は元々城砦なので、質実剛健といった雰囲気だが、王宮はメインの王宮殿の周りにいくつもの離宮がたち並び、その間を繋ぐように大小の中庭が其処此処にある。
いずれの中庭も、煌びやかで華麗な宮殿を引き立てるように様々な趣向を凝らして設えてあり、人々の目を楽しませている。
今日は思ったよりも大人数になってしまったので、室内ではなく、その中庭のひとつ——後宮内にある——でのガーデンパーティ的なお茶会に急遽変更したらしい。
アミーリアの周囲には、主催のラミア側妃と、以前ファーニヴァルを訪れたカリスタ側妃・エルマ側妃以外に、ダフニー側妃とジェマ側妃とジリアン側妃の三人、それに王宮にいた頃アミーリアと仲の良かった高位貴族夫人四人が集まり、楽し気に挨拶を交わしている。
そしてキアラの周囲には、ラミア側妃の生んだ第三王子、カリスタ側妃の生んだ第一王女、エルマ側妃の生んだ第二王女、ダフニー側妃の生んだ第四王子、ジェマ側妃の生んだ第三王女、ジリアン側妃の生んだ第四王女の六人が、興味津々という目をして群がっていた。
(ううっ……。いったいどうしたら……。しかも第三王子がいるしー!)
ここにいる王子王女は、皆キアラよりも一つから三つ年下のはずである。キアラは実年齢五歳(精神年齢は+十●歳)だが、二~四歳の幼児を前に、どうしていいか分からず狼狽していた。
「だぁれ?」
「ねぇ、だれ?」
「え……っと。んんっ」
ここで、この幼児の集団がちんまくても王族だと云うことを思い出した。
キアラは姿勢を正し「クルサード侯爵が第一子、キアラと申します」と深く頭を下げて礼を取った。
「クル……?」
「もーし?」
全く理解されなかった。全員きょとんとした顔でキアラをみつめている。
この年齢って、幼稚園児くらいだよね? いったい、なにをどう話せばいいの⁉ とキアラは困り果てた。
そこに「キアラお姉様よ」と、くすくす笑いながらラミア側妃が入ってきて「仲良くしてもらいなさい」と第三王子に声を掛ける。
現在の第三王子はまだまだ愛くるしい幼児で、小説の意地悪で横暴な王子の片鱗は全く見られずホッとする。
第四王子の母であるダフニー側妃も第四王子をわざわざキアラの前に移動させて「キアラ嬢、宜しくお願いしますわね。さすがアミーリア様のお子様ですこと。言葉遣いもマナーもしっかりなさっているわ」と意味ありげな視線を投げかけてくる。
「あちらのテーブルにお菓子をたくさん用意してありますよ」
ラミア側妃が少し離れたテーブルを指さしたので、キアラは側妃二人の言い方に何か妙な含みを感じつつも、王子王女全員を引き連れてそちらに移動し、大人たちが歓談している間、慣れないながらも面倒を見続けた。
途中、少し離れた場所からキアラと同い年くらいの金髪の男の子が羨ましそうに覗いているのに気が付いたが、しばらくするといなくなっていて、キアラの記憶からそれはすぐに消えてしまった。
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