30ー③ シルヴェスター
そして、“紛争終結を祝う宴”の前日。
アーカート王は報告に訪れたギディオンに、褒賞とアミーリアの話を告げた。
褒賞には無表情で頭を下げただけだったのに、アミーリアを引き受けて欲しいとアーカート王が乞うと、ギディオンは一瞬呆けたような目をして、僅かに、本当に極僅かだったが、口元が緩んだ。
それが妙にシルヴェスターの癇に障った。
二人に接点は、まるでなかったはずだ。
だが、先日思い付いた妙案——アミーリアとクルサード将軍を婚姻はさせるが数年で離縁してもらい、その後自分の愛妾とする——を提案すると、ギディオンは一瞬悔し気に顔を歪めた。
それを見て、シルヴェスターはまさか、と疑念を抱いた。そして次いでギディオンが言ったことで、その疑念は確信に変わった。
「もし、公女様が私を……私と共にいることを選び、離縁しないと言ったならば、お許しいただけるのでしょうか」
二人の間に何かあったのかは知らないが、少なくともギディオンはアミーリアを憎からず思っていたらしい。
(まずいな……)
二人がお互い直接会ったことのない可能性が高いとみて、思いついた妙案だった。
クルサード将軍のようにゴツイ男はアーカート王国では女性に怖がられ忌避されている。アミーリアも将軍をひと目見るなり、きっと嫌がるはずだと確信していた。
クルサード将軍にしても、アミーリアとは年齢も離れているし、そもそも王太子の婚約者をそういった対象に見るような人間だとは思ってもみなかった。
この婚姻は二人にとって、王命でなければ承諾しない不本意なものだろうと思っていたのだ。
ならば、ギディオンには少しの間だけアミーリアを預けるつもりで婚姻してもらい、返せと云えばすぐに手放すだろうと、シルヴェスターは高を括っていた。
案自体を変更するつもりはないが(どうしたものか……)と、シルヴェスターは思案した。
アミーリアには、すでに仕込みを済ませてある。
『ファーニヴァルが滅びたのは、大公がゲートスケル皇国と通じアーカート王国を裏切った為で、クルサード侯爵はその犠牲になった』と教えたのだ。
こう言っておけば、アミーリアは罪悪感からクルサード侯爵の息子であるギディオンとは距離を置こうとするだろうし、そうなれば夫婦生活もうまくいかず、お互い離縁することに同意しやすいだろう。
離縁さえすれば、アミーリアはすぐに自分の元に戻ってくるはずだ。長い時間かけて、自分がいなければ何も判断出来ないよう躾けてきたのだから。
しかし、ギディオンがアミーリアに懸想しているとなれば、話は変わってくる。これ幸いと手放さない可能性がある。
さらなる念押しが必要だ。そのためには……
父王はギディオンに話すつもりはないと言っていたが、そうは言っていられなくなった。
シルヴェスターは、それを教えることを即座に決断した。
「侯爵は、父である先代侯爵が何をしたか聞いていないのか?」
シルヴェスターが口火を切ると、アーカート王は余計なことを、と言いたげな視線を向けてきたが、素知らぬふりをした。
妃にすることを諦めた上に一時手放すのだから、数年後手に入れる為の協力をするのは、当然ではないか?
アーカート王はシルヴェスターの考えを察したのか、仕方ないとばかりに渋い顔をして、ギディオンに先代クルサード侯爵が紛争中にしたことを話し始めた。
(これで二人とも罪悪感に縛られて、まともな夫婦となることはないだろう)
シルヴェスターのそんな予想を裏付けるように、次の日に開催された宴で、婚約破棄を告げられたアミーリアは、初めて縋るような目を向けてきて、シルヴェスターを大層満足させた。
そのうえ、新しい婚約者だと紹介したギディオンの顔を見るなり、失神したのだ。
その場で意識を失うほどショックだったのかと、自分からアミーリアを奪うギディオンに対して一矢報いたようで溜飲が下がり、愉快で仕方がなかった。
これならば、少しだけ我慢すればアミーリアは必ず戻ってくるとシルヴェスターは確信し、秘かにほくそ笑んでいたのだった。
うまくいけば、ギディオンはアミーリアと白い結婚で通すのではないか。
シルヴェスターは、そんな淡い期待を抱いていた。
しかし、婚姻から半年も経たずにアミーリアが妊娠したとの報告が入り、やはり将軍はアミーリアを返す気はなかったのだと、シルヴェスターははらわたが煮えくり返る様な怒りを覚え、心は千々に乱れた。
(これではファーニヴァルと爵位を与えるのを、クルサード侯爵の第一子からアミーリアの第一子に変えた意味がないではないか!)
宴での発表の際、ここは敢えて変更したところだった。
おそらくギディオンとアミーリアの間に子は出来ないだろうと踏んでいた。
ならばアミーリアを愛妾とした後、シルヴェスターとの間に生まれたアミーリアの第一子がファーニヴァルを受け継げばよい。それが最善ではないかと、そう言って父王を説得したというのに。
結局、最初に父王が立てた計画通りに進めることになるとは————
おかげでこれから抱きたくもない妃や側妃との間に、世継ぎとアミーリアの子に娶せる子の最低二人は作らなくてはならない。
シルヴェスターはやるせなく、暗澹たる気持ちになった。
こんなにも待ちわびるシルヴェスターを余所に、アミーリアはファーニヴァルから戻ってくる気配が一向になかった。
婚姻後二年過ぎて、ギディオンとの不仲が王都でも公然と噂されているにも関わらず、である。
さすがにそろそろ戻りたいと思っている頃合いだろうと『クルサード侯爵夫妻は離縁し、夫人は王太子の愛妾となるらしい』という噂をわざと流して、帰ってきやすいようにしてやったというのに————
その矢先に、アミーリアは勝手にファーニヴァル商人と事業を立ち上げ、逆にファーニヴァルに腰を据えてしまった。
しかもその事業に関わった側妃ラミアは、ファーニヴァルの祭に招待されて帰ってくると「クルサード侯爵夫妻はとても仲睦まじいご夫婦でした」などと言って回り、腹立たしいことに、せっかく王宮に広まりつつあった“アミーリアが愛妾になる”という噂まで立ち消えてしまった。
その後、ゲートスケル皇国のファーニヴァル再侵攻や西方諸国への侵略再開など、国内外が慌ただしくなり、シルヴェスターも対応に追われてそれどころではなくなった。
西側国境や西方諸国を守護するギディオンが、戦況や近隣諸国の状況報告の為に王宮を訪れる度に「次は夫人も同伴で来るように」と声を掛けたが、何かと理由を付けてははぐらかし、これまで一度も連れてきたことはない。
だから会うたびに、こう言ってやったのだ。
「クルサード侯爵。いくら邪魔をしても私は構わない。だが、アミーリアの真意は如何ばかりであろうな……」
いい加減、身の程を知って早く返せ、と言外に込めた。
誰をどう使って情報操作しようとも、アミーリアが私を好いていることは変わらないと云うのに。
愚かな、そして未練たらしい惨めな男。
有能なだけに残念なことこの上ないと、憐みの目を向けた。
侯爵は何も答えず、ただ眉間の皴を深くするだけだった。
(やはり分かっていて連れてこないのだ。私に会えばアミーリアは王宮に留まりたいと言うに決まっているから……)
シルヴェスターは、アミーリアの心はいまだ自分に向いていると、疑いもしていなかった。
ゲートスケル再侵攻から一年半ほど経った頃、皇国との件や西方諸国の独立がすべて解決し(ほとんどギディオンの活躍というのが業腹だったが)、戦終結を寿ぐ宴が開催される運びとなった。
その宴は終戦を宣言し、西方諸国との強固な絆を内外に知らしめるという意味もあるが、一番の目的は、功績のあったクルサード侯爵に勲章と褒賞を授与し、紛争中に西方諸国へさまざまな支援の手配をしたアミーリアを功労する為である。
この機会を利用して、シルヴェスターはあることを発表しようと計画していた。
アミーリアもきっと喜んでくれるはずだ。
今度は邪魔が入らない様、父王以外には誰にも漏らさず、ずっと密かに手配を進めていた。
それももう、解禁だ。
アミーリアが王宮にやっと戻ってきたのだ。
きょう開催される宴の主役として、王家がクルサード侯爵家用に控室を用意していた。そこにアミーリアが到着したと連絡が入り、シルヴェスターは急いで向かっていた。
今回の宴にさきがけて、アミーリアが父王へ商取引に関する要望書を提出したせいで、急遽その対応を考える会議にシルヴェスターと共に多くの重臣が呼び出されていた。その会議が押して、控室に向かうのがこんな宴の直前になってしまったのだ。
早くアミーリアの顔を見に行きたかったと云うのに!
気が逸って仕方がなかった。
会議でもアミーリアの提出した要望書の内容はほとんど頭に入ってこず、生返事ばかり繰り返した気がする。
重臣たちは『こんな斬新な商いの規程は初めてです』とざわつくばかりで、話がなかなか進まずウンザリしていたのだ。
大体、そんなに慌てて回答を用意しなくても構わないではないか。どうせアミーリアは王宮に留まることになるのだから。
そんな風に思っていたシルヴェスターは、五年以上も会っていないアミーリアがどうなっているか、変わっていないだろうか、そればかりが気になった。
「アミーリア!」
待ちきれず、訪いの返事も待たずに侯爵家の控室に飛び込んだ。
アミーリアがソファから飛び上がるように立ち上がり、驚きで目を丸くしている。
第一印象は「変わってない」と思ったが、よく見れば記憶よりもさらに美しくなっていた。
顕著なのは、その瞳。シルヴェスターを見るその視線が驚くほど変化していた。
昔一度だけ見た、力強い意志を湛えた瞳——ずっと探し求めていたアミーリアが、そこに居た。
「……アミーリア……!」
抱きしめたい衝動が全身を支配し、すぐさま彼女の目の前へと急ぎ駆けた。が、アミーリアは機先を制するようにすっと深く腰を落として頭を下げ、シルヴェスターの足を止めさせた。
この場にクルサード侯爵もいることに気付き、シルヴェスターの頭は少しだけ冷える。
「……久しぶりだな、アミーリア。息災なようで重畳だ。ファーニヴァルでのめざましい働きも耳にしている。さすが、私の妃なるはずだっただけはあるな」
ぴくりと肩を揺らす姿にアミーリアの動揺が見て取れて、シルヴェスターは内心ほくそ笑む。
「卑賎の身に、傍近にて殿下に拝謁の栄を賜りますこと、そしてお褒めの言葉まで頂戴し、臣として恐悦至極に存じます」
頭を下げたまま、アミーリアは硬い声で答える。ひどく遜った他人行儀な態度に、シルヴェスターは苛つきを感じた。
「私たちの間で、そんな堅苦しい挨拶は不要だ。そうだろう? アミーリア、さぁ早く顔を上げてくれ」
ゆっくりと顔を少しだけ上げたものの、アミーリアは腰を落としたままだった。シルヴェスターはすっと右手を差し出して、指先への接吻を許す。
再びアミーリアの肩が揺れ、口元がぎゅっと引き結ばれた。
アミーリアは腰を上げずに両手でシルヴェスターの手を取ると、口元を素通りして上に掲げた。どうやら接吻ではなく、額に押し頂くつもりのようである。その対応に、カチンとする。
ならばと、シルヴェスターは右手を滑らせてアミーリアの手首をむんずと掴み、左手でアミーリアの腰を強引に引き寄せた。
「なっ……!」
シルヴェスターとひどく密着した体勢になったことに、アミーリアは一瞬驚愕したものの、すぐに眉根を寄せて鋭く睨みつける。
そうだ。その瞳をずっと欲していた。
シルヴェスターの全身が歓喜でぞくりと震える。
やっと、あの時のアミーリアとまみえることが出来た。
これは私のものだ——強い光を放つアミーリアの瞳を、シルヴェスターはそんな思いでうっとりと見つめた。
「アミーリア……そんな瞳をして……拗ねているのか」
「……‼」
身動ぎするアミーリアを逃さぬように、自身の腕をアミーリアの腰から背中に回そうとしたとき、
「殿下……‼」
「殿下、そろそろ侯爵夫妻の入場のお時間となります」
ギディオンの怒りを堪えた声と、扉の外に居る侍従の呼出の声が重なった。
仕方なく、シルヴェスターはアミーリアを離した。
「アミーリア。長らく待たせて済まなかった。もう我慢させることはないと誓う。今日の宴を楽しみにしているがいい」
口早にそう言うと、答えも聞かずに踵を返し、シルヴェスターは控室を後にした。
控室を出たシルヴェスターの足取りは軽かった。
確かな手応えを感じて口元は自然と緩んだ。
抱擁されて、睨みつつも緊張で体を強張らせるいじらしいアミーリア。
シルヴェスターの行動に、何の手出しもできない腰抜けのギディオン。
「これなら問題ないな」
いつになく心晴れやかに、宴の開催される広間へと向かうのだった。
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