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30ー② シルヴェスター

 

 シルヴェスターが十三歳の誕生日を迎える頃、アーカート王はシルヴェスターの妃候補を国内外問わずに公募すると発表した。

 というのも、ここ三十年程前から北方の国々を次々と平らげて大国となったゲートスケル皇国の魔の手が、アーカート王国近隣の国々——西方諸国にまで迫ってきていたからだ。

 隣国のラティマ王国などはすでに十数年前から危機感を持っていたのか、ラティマ王家はゲートスケル貴族と婚姻を結び、友好関係を築こうと早々に動き始めていた。

 これから、侵略の危機を感じた近隣の小国が、大国であるアーカートに庇護を求めてくるのは必定である。

 そんな状況を鑑みて、アーカート王は王太子妃公募を()()に、王国と皇国どちらにつくのかと、先んじて近隣の国々へ暗に問い掛けたのだ。

 こうして集まったのが、アミーリアの故国ファーニヴァル公国をはじめとした大陸西方に位置する小国の王女や高位貴族の令嬢九人だった。

 とは云え、アーカート王家がファーニヴァルを何代も前から虎視眈々と我が物にしようと狙っているのを、シルヴェスターは勿論知っていた。

 現在は西方の辺境守護を担うクルサード侯爵領とて、本来ファーニヴァルを監視する為に置かれたものだ。そして、代々の当主はその役割をいまでも隠密裏に遂行している。

 先代侯爵(ギディオンの祖父)など、先代ファーニヴァル大公と親友と呼び合う程親しかったそうだが、その実、友好関係を利用してレティス城内部の隠し通路の情報をいくつか入手する等、かなりの諜報活動を成功させていた。

 故に、ファーニヴァル公女がこの選定に立候補してくれば、飛んで火にいるなんとやら、十中八九自分の妃に決まることは間違いない、とシルヴェスターは公募が発表された時から思っていた。

(ならば、早速顔を見に行こうではないか。未来の我が妃の)

 王家の者として、王国の利になる者を妃に迎えることは以前から覚悟していた。

 誰が妃になろうとも、取り敢えず我慢できる程度の御面相と性格であればいいと思っていた。思ってはいたが、多少の期待と不安が胸に湧き上がるのは、致し方ないだろう。

 そんな逸る気持ちで、一番乗りで王宮入りしたと報告のあったファーニヴァル大公一家が滞在するアラーナ離宮へと、シルヴェスターは足を向けた。


 アラーナ離宮に到着すると、離宮を管理している執事に一家は中庭に居ると教えられ、シルヴェスターは中庭へと廻る。

 すると、何やら男性の怒鳴り声が聞こえてくる。

 不穏な雰囲気に、咄嗟に植栽の影へと身を隠して様子を伺った。

 耳を澄ませて聞いていると、どうやらその怒鳴り声はファーニヴァル大公と公子が、公女へ自分(シルヴェスター)を篭絡するようにと恫喝しているものだった。

 誰もいないと思って、そんなことを声高に言っているのだろうが、王宮・離宮には姿は見えずとも人の目と耳が何処かに存在しているものだ。父王に聞いていたよりも、ファーニヴァル大公は浅はかで愚かな人物だとシルヴェスターは判断し、呆れた。

 公女はといえば、その命令に逆らうことなく震えるような小さな声で「はい」と首肯し、大公と公子はその様子に満足したように御機嫌で離宮へと戻っていく。

 どうやら公女は、おとなしく従順な女性——シルヴェスターにとっては楽だが退屈な女性——らしいと、(いささ)かがっかりした。

 まぁ取り急ぎ、目的の御尊顔だけ拝んでいこうと目を凝らして、シルヴェスターはぎょっとした。

 公女は大粒の涙を流しながらも、鋭い目つきで大公たちの去って行った方向を睨みつけていたのだ。

 その儚げで可憐な容姿には似つかわしくない、なにものにも屈しないとでも言いたげな、強い意志を感じさせる燃えるような目に、シルヴェスターは背筋がぞくぞくするような情動を覚えた。

 あの強情な目を持つ少女を屈服させ、自分に縋りつかせたらどんなに気持ちがよいことだろう————そんな衝動が溢れるように湧いて出て、今までになく心が(たかぶ)った。

(面白い……)

 妃など誰がなろうと大差ないと思っていたが、存外愉快なことになりそうだと口元を歪め、そっとその場をあとにした。


 しかし、シルヴェスターのその期待は少々裏切られた。

 二年後の十五歳となった年に、予想通りアミーリアはシルヴェスターの婚約者となったが、あの最初に見た強い意志を伺わせる目を、アミーリアはあれから一度も見せることはなかった。

 とは云え、アミーリアは好意を示すようにいつでもシルヴェスターだけをみつめていた。

 一挙手一投足に注視してその真意を量り、シルヴェスターの希望通りに動こうとする。それでいて常に控え目で一歩下がり、出しゃばって前に出てくるようなことは無い。

 公務の際など、シルヴェスターよりも下調べを完璧にしておきながら、あくまでサポートに徹している。そんな姿勢が、婚姻前にも関わらず献身的な鶏鳴(けいめい)(たすけ)ぶりだと評判になるほどだった。

 アミーリアのそういった態度に好意は感じられるが、それだけではシルヴェスターは満足できない。

 だからいつもの様に、わざと冷たくつれなくしてみせたのだが、アミーリアは他の者とは反応が違い、取り縋ってくるようなことは一切してこない。こうなるとシルヴェスターの方が物足りなくて、内心イライラさせられる羽目になる。

 ならばと、同じ妃候補だったラティマ王国のロザリンド王女のことをアミーリアの目の前でことさら褒めてみたりしたが、やはりシルヴェスターが望むような事にはならない。

 段々意地になって、わざとロザリンドに気があるそぶりをして煽ってみたが、アミーリアは少し困ったように眉を下げただけで、一向に淑女の態度を崩さなかった。

 逆にロザリンドの方が誤解して、シルヴェスターに時折りねっとりとした欲望と執着のこもった目を向けるようになり、面倒なことになったと少し後悔した。

 こんなことを繰り返すうちに、ある時、アミーリアは嫉妬で取り縋ることはないが、公務や社交でのことでダメ出しをされると、簡単に悔し気な表情を見せることに気が付いた。

 それに気づいてからは、人前ではアミーリアを甘やかして仲睦まじい態度をとりながら、二人きりのときにはアミーリアの公務でのどうでもいい失敗や、振舞いのちょっとした不備を執拗にあげつらった。

 失敗することへの不安を煽ることで、アミーリアは落ち込んだ顔を見せるうえに、間違いを犯していないかと、次第にシルヴェスターの顔色ばかりを窺うようになった。

 これにシルヴェスターはささやかな昏い楽しみを見出し、アミーリアが自分に依存するよう少しずつコントロールしていった。


 二人が婚約してから三年近くが過ぎ、あと半年ほどで婚姻というところで、ゲートスケル皇国はファーニヴァル公国へ突然侵攻を始めた。

 父王が水面下で、ゲートスケル皇国とファーニヴァル公国相手になにやら仕掛けているのは知っていたので、侵攻自体にそれほどの驚きはなかった。

 きっとゲートスケルを利用してファーニヴァルを追い詰め、うまいこと属国にでもして我が物にするつもりなのだろうと推測していた。

 ところが、ファーニヴァル大公親子が殺害され、クルサード侯爵が戦死し、一時ファーニヴァルがゲートスケル皇国に占領されるに至って、一体どうするつもりなのだとシルヴェスターは父王の真意を疑いはじめた。

 だが、父王と宰相たち側近が顔色を変えて対応に追われている所をみると、ここまでの事態は予測していなかったのだと知れた。

 この予想外だった事態は、クルサード侯爵の息子である西方将軍ギディオン・クルサードの参戦によって、すぐさま軌道修正されることになる。

 クルサード将軍は、ファーニヴァルからゲートスケル皇国軍を凄まじい勢いで撃退すると、難航する戦後処理——終戦協定締結まで——を、ラティマ王国の協力のもと、わずか半年余りでやり遂げてしまったのだ。

 この一件が、シルヴェスターとアミーリアの運命を大きく変えることになるとは、シルヴェスター自身思いもよらないことであった。



「アミーリアとの婚約を破棄とは、どういうことですか?」

 “紛争終結を祝う宴”の数日前、シルヴェスターは父王の執務室に呼び出され、婚約破棄することを言い渡された。

「ファーニヴァルはすでに我が国のものとなった。亡国の公女など、お前の妃にするメリットは何もないではないか。代わりに、此度(こたび)の紛争終結に尽力してくれたラティマ王国のロザリンド王女を妃とすることにした」

「は? ロザリンド? 冗談も大概になさってください、父上」

「余はこんなことで冗談は言わぬ。これはもう決まったことだ、シルヴェスター」

 父王の有無は言わせないという強い口調に、シルヴェスターは抗議の言葉を飲み込んだ。

 言っていることは理解できる。終戦したとはいえゲートスケル皇国や周辺諸国の間には緊張状態が続いており、アーカート王国とて微妙な舵取りを求められている。いま、メリットのない婚姻など王族にとって無駄なものでしかない。だが……

「アミーリアは……どうなるのですか」

「ああ。それなんだが、クルサード西方将軍に与えようと思っておる。まぁ、本人が了承すれば、の話だがな」

「…………!」

 頭を殴られたような衝撃が走り、目の前が真っ白になった。

 王から命じられた婚姻を断るはずがないではないか! と叫びたかった。

 アミーリアが自分以外の誰かのものになるなど、いままでシルヴェスターは考えたことも無かった。

 アミーリアは自分だけのものなのに。まだ、完全にアミーリアを手に入れた訳ではなかったのに!

(考えろ……早く考えるんだ……どうすればアミーリアを……)

 考える時間を稼ぐ為に、聞きたくもなかったが、シルヴェスターはこの件の詳細を訊ねた。

「ど、どうして、クルサード将軍に、アミーリアを……?」

「クルサード将軍は此度の紛争の活躍だけではなく、お前も知っているだろうが、先年から皇国と西方諸国の間で勃発していた小競り合いをいくつも平定し、西側国境をずっと守り抜いている。すでに辺境では救国の英雄として有名だ。そのうえ、先代クルサード侯爵は余の密命によって命を落としたも同然であるし、多少の褒賞では到底追い付かん。故に、戦功としてファーニヴァルを下賜することにしたのだ」

「ファーニヴァルを? よいのですか?」

 あれほど執着していた地を簡単に譲ってしまうことに、シルヴェスターは疑問をもった。

「ああ。まぁ、いまはゲートスケルにすっかり荒らされて、復興に金がかかるだけよ。一時だけ()()()()()のはやぶさかではない」

 にやり、と嫌な笑いをアーカート王は浮かべる。

「……元の豊かな地に戻ったところで、取り上げるのですか」

「そんな露骨なことはせぬ。ただ……そうだな。クルサード将軍の第一子にファーニヴァルの名と爵位を与えると約束し、その子の婚約者として王家の者、例えばお前の子をあてがい、輿入れさせるときにたっぷりと家臣団を付けて送り出す……というのはどうだ?」

 それは実質ファーニヴァルを直轄地と同然の扱いにして、将来的に王家が乗っとる、ということだ。

 シルヴェスターが黙っていると、アーカート王はさらに続けた。

「そうする為に、ファーニヴァル公女であったアミーリアをクルサード将軍に与えるのよ。約束の子がファーニヴァルの血を引いておれば、爵位を与える理由に不自然さは無くなるし、一度は王家に嫁ぐはずだったアミーリアの子と王族が婚約するのは、ある意味美談になるではないか?」

「それは……」

 確かにそうだと思った。

 いまのシルヴェスターに反論できる隙はひとつもなかった。

 だが、これではアミーリアはシルヴェスターのモノになることはない。

 こんないままで歯牙にもかけていなかった者にアミーリアを横から掠め取られるなど思いもよらず、シルヴェスターの心の中には嵐が吹き荒れた。

 あんな武骨一辺倒な男に、アミーリアを奪われるなど……

(……そうだ……!)

 ふいに閃いた妙案を、シルヴェスターは早速父王に相談した。



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