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29ー① アミーリア

 

 アミーリア誘拐事件から約九カ月後、ゲートスケル皇国は終戦協定を一方的に破り、何の前触れもなくファーニヴァルへ再侵攻を開始した。

 だがキアラの“予言”を受けたギディオンは、あれから軍備を整え、騎士団の訓練を強化し、国境の守りを固め、緊急の有事の際には『西の辺境を守護するクルサード侯爵に采配を全て任せる』というアーカート王の委任を先んじて得ていた。

 突然の侵攻にも関わらず、こうしてギディオンは万全の態勢でゲートスケル皇国軍を迎え撃った。

 歴戦を勝利に導いた騎士であり、先の紛争の英雄であるギディオン率いるファーニヴァル・クルサード合同騎士団を前にしては、もはやゲートスケル皇国軍など大した敵ではなかった。

 一歩もファーニヴァルの領内にゲートスケル皇国軍を踏み込ませることなく、数日の戦闘で圧倒的な勝利を勝ち取り、ファーニヴァルのみならずアーカート王国中を大いに沸かせた。

 とはいえ再侵攻の一報を受け、ギディオン自ら軍を率いて戦場に赴くと聞いたキアラとアミーリアは、恐怖と心配で青褪めた。が、出征して一週間も経たないうちに傷ひとつなく戻ってくると、二人はギディオンに飛びつくように抱き着いて号泣したまま離れなくなり、ギディオンを困惑させるという一幕もあったりした。

 そしてこのファーニヴァルの大勝利は、ゲートスケル侵略の危機と圧政に晒されていた西方諸国に、大きな影響を与えることとなった。


 ファーニヴァルの侵攻に敗れたゲートスケル軍は、その矛先を今度は西方諸国内のいまだ抵抗している国々へと向けた。

 その先鋒と狙われたのは、側妃ラミアの故国であるアマド国であった。

 アマド国はすぐさまアーカート王国——クルサード侯爵へ救援を要請し、アーカート王よりすでに委任を受けていたギディオンは、その要請に応じていち早くアマド国まで馳せ参じ、ゲートスケル軍を撃退した。

 ファーニヴァル、アマドと続くアーカート王国軍の勝利を目の当たりにした西方諸国の内のいくつかの国々——ゲートスケル皇国侵略後に隷属国として扱われ圧政に喘いでいた国々——が、蠢き始めた。

 再びの独立を目指して、ひそかにアーカート王国へ助力を嘆願してきたのだ。

 アーカート王は快諾し、ギディオンに協力するよう命を下した。

 こうしてアーカート王国の後ろ盾を得た国々は、同時多発的にゲートスケル皇国に対して次々と反乱の狼煙を上げた。

 結果、一年も経たぬうちにそれらの国々は全てギディオン率いるアーカート王国軍によって、ゲートスケル皇国より解放されて独立を勝ち取り、アーカート王国の傘下へ入った。

 この立て続けの敗北による西方諸国からの撤退がきっかけになったのか、侵略を強引に進めてきたゲートスケル皇帝は、息子である皇太子によって廃位に追い込まれた。

 その後、穏健派である皇太子が皇帝となり、新体制に刷新されたゲートスケル皇国とアーカート王国の間に修好条約が締結された。

 こうして、オラシア大陸は平和へ続く道への第一歩を踏み出すこととなったのだ。



 ファーニヴァル周辺の勢力図がめまぐるしく変化していく中でも関係なく、アミーリアはアルダ会長と共に事業を推し進めていた。

 そう、キアラの言った通り、アルダ会長()確かに無事だった。

 ()、というのに少々説明が必要になる。


 時は遡って、アミーリア誘拐の直後————

 やまゆり祭の会場となっていた広場内を混乱させるために、ギルド員に成り代わっていたゲートスケルの密偵は、広場に設置されていた舞台へと馬車を暴走させた。

 その時、舞台に登壇していたのはアルダ会長だった。

 舞台は馬と馬車がぶつかった衝撃で大破し、舞台近くにいた誰もがアルダ会長の生存を絶望視した。

 だが、アルダ会長の登壇中に舞台袖で客の反応を確認していた商会副会頭レーダが、いち早く馬の暴走に気付き、すんでのところでアルダ会長が馬車の直撃を受けるのを庇って助けた。そのおかげで、奇跡的にアルダは軽傷ですんだのだ。

 しかし、代わりにレーダ自らが大怪我を負うことになり、その二日後亡くなった。

 最後までうわごとで、盟友アルダと商会を心配し、アミーリアの事業の成功を願いながら、息を引き取ったという。

 片腕と頼りにしていたレーダを失ったアルダは、しばらく放心状態となり仕事も手につかなくなるほど落ち込んだが、レーダの妻の叱責で自分を取り戻し、いまでは以前よりも精力的に仕事に励んでいる。

 誘拐騒動から二週間ほど経ってから、やっと事情を聞いたアミーリアはお悔やみと見舞いがてらアルダの元を訪ねた。

 その頃にはアルダの怪我はすっかり治り、すでに仕事に復帰していた。

 騒動の後始末やゲートスケルの密偵により犠牲となったギルド員の家族への手当など、やることは山積みであり、休んでなどいられないと言って、がむしゃらになって働いていた。

 きっと動いていないとレーダを思い出して辛かったということもあるのだろう。

 おかげでアミーリアは見舞いに行ったはずなのに、いつの間にやら事業の打合せをする流れとなっていた。

 そこで、何事もなければ側妃に紹介された貴族たちとの商談をアルダにまかせるつもりだったが、さすがにこうなっては大変だろうから誰か別の者をと提案すると、アルダはいつもの温厚な表情を一変させ、鬼気迫る勢いと表情で、自分がやりますと言って断固譲らなかった。

「レーダが最後まで案じていたアミーリア様の事業です。私が責任をもって成功させてみせます。失敗などしたら、レーダに恨まれ化けて出てこられそうですからな。まぁ、お化けでも、……もう一度、会いたいものですなぁ……」

 ちょっとだけ痩せてやつれたアルダは、最後にもの寂しい微笑を浮かべてそう言った。

 そんなアルダの獅子奮迅ともいえる働きにより、麻関連の事業は順調すぎるほど順調に進んだ。

 ラミア側妃とアルダの連携もうまくいき、その年の夏が特別長く、蒸し暑かったことも功を奏した。

 子供用だけではなく大人にも需要が広まったのだ。

 麻の製品は、王都周辺の貴族を中心に瞬く間に売り上げを伸ばしていき、一時期は注文が殺到して生産が間に合わず、嬉しい悲鳴をあげたこともあったほどだ。

 すっかりひと夏で王都での認知度を高めたことで、次第に地方、特に王国南部の王都よりも年間気温の高い地域からの取引依頼も入ってくるようになった。

 こうして一年あまりも経った頃には麻製品の事業は(つつが)なく軌道に乗った為、アミーリアの手から離れて民間へと移譲された。

 ちょうど移譲が完了した頃、ゲートスケル皇国に侵略されていた西方諸国の独立が相次いだ為、今度はそれらの国々への食糧や物資の支援の為に、アミーリアは忙しく立ち回ることになった。

 本来ならアーカート王家が担うものなのだろうが、独立を果たした国の食糧事情等の緊急性をみて、アミーリアが先んじて対応したのだ。

 最初は必要なものが必要な場所に届かない、どこへどのように連絡・報告をすればわからないなどの問題が頻発してアミーリアも非常に苦労させられたが、情報伝達の拠点やルールをその際に構築し、いまではスムーズにファーニヴァルへ——つまりはアミーリアの元に情報が集約するようになっている。

 これは後に、アミーリアの()()に大いに役立つこととなった。


 西方諸国の独立が落ち着きを見せ始めると、各国間で次第に商取引が活発になってきた。アミーリアはその商機を見逃さずに、支援物資を運んでいたルートを早速利用して、西方諸国とファーニヴァルの間で貿易を始めたのだ。

 だが、以前のゲートスケル皇国と交わした終戦協定のような免税や減税の取り決めは、西方諸国とアーカート王国の間にはない。その為、国境関税をしばらくファーニヴァルが負担することをアミーリアは決断した。

 要するに、ファーニヴァルで取引をすれば西方諸国側は非課税になるということだ。

 これによって、急速に双方の商取引は活気付いた。

 長らくゲートスケル皇国に吸い取られて不足気味だった食料や物資がファーニヴァルを拠点として西方諸国各国へとスムーズに行き渡るようになり、復興は異常な速さで進んだ。

 そして、西方諸国の国政が正常化した後のファーニヴァル商人たちの動きは、凄まじいのひとことに尽きた。

 国境関税をファーニヴァル領主が負担してくれているいまが稼ぎ時と、いままで手に入りにくかった西方諸国の特産品のみならず、聞いたことの無いような商品や一部の地域でしか出回らなかったような名産品まで探し出してファーニヴァルへ持ち込み、アーカート王国に売り出したのだ。

 そもそも、シルヴェスター王子の妃選定の折に候補の姫君たちと一緒に献上された西方諸国特産の品々は、アーカート貴族間で争いになるほどの人気を博したものばかりだった。

 そういった下地のあったところに、さらに物珍しいものまで入ってきたこともあり、王国内では一種の西方ブームといったものが巻き起こったのだ。

 そしてアミーリアの興した麻事業の成功により、西方諸国のひとつであるアマド国が豊かに発展しているという実績————

 そのおかげで、いまやファーニヴァルにはアーカート王国へ売り込みたいという情報と、それらを欲しいと求める側の情報の両方が、勝手に集まってくるという状況になっていた。

 集約先の元締めは、もちろんアミーリアである。

 アミーリアが復興支援の際に構築した情報伝達の仕組みが現在、あらゆる情報を収集するシステムへと大きく育っていた。





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