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28 キアラ

 

 その日の夜は、約束通り三人で晩餐を和やかに囲み、食べ終わるとギディオンは自室へ、アミーリアとキアラは子供部屋へと戻った。

 アミーリアとキアラ二人きりになると、恒例の寝る前報告会に雪崩(なだ)れ込んだ。

「さて、キラちゃん。早速だけど、話して貰おうかしら?」

 子供部屋にある小振りの応接セットに腰を下ろした途端、アミーリアは凄むような顔でそう言った。

「ぅん? なんの話?」

「とぼけなくてもいいの。執務室で、ギディオンに話していたことよ! なんなの、ゲートスケルがまた来るとか、予言とか!」

「ああ、それか。別にとぼけたワケでは……」

 キアラはソファの上で姿勢を正し、アミーリアに向き合った。

「ママは、小説の中のアミーリアとギディオンが亡くなった後しばらくして、ゲートスケル皇国がファーニヴァルに再び攻め入って、領土が王国と皇国に二分されて地図上から消えたって話したこと、憶えてる?」

「……あー、なんとなく」

 目があさっての方を向いている。これは憶えていなかったんだなと思ったが、キアラは気にせず先を続けた。

「『風は虎に従う』前日譚では、ギディオンがアミーリア殺害犯を探す為に、手荒な捜索をして領民の恨みを買い襲撃されて亡くなるの。で、その混乱の隙をついて約半年後に再びゲートスケル軍が攻めてくる。だけど、ギディオンと云う英雄不在のアーカート王国軍ではゲートスケルの猛攻を防ぎきれず、ファーニヴァルの領土の半分を奪われる」

「あー、ハイハイ。そういえば、そんな感じだったわね」

 現実と小説の乖離が進んでいるせいか、アミーリアは完全にフィクションとして聞いている感じである。

「……実を言うと、パパとママを仲良くさせることと、レヤードをどうにかすることばかり考えていて、ゲートスケル再侵攻のことをうっかり失念してたの。なんとなく、ママがレヤードに誘惑されて家出するのを阻止できれば、全て回避できるんじゃないかと思っていたから」

「そうねぇ。小説だとそれがきっかけで色々なことが連動して起きた感じだったわよね。でも今は小説と全然状況が変わっているし、もう大丈夫なんじゃない?」

「確かに、ママは殺されていないし、パパも生きているけど……」

 ここで、キアラはアミーリア誘拐の時に気が付いた——起こった事件や事象の内容は微妙に食い違いながらも、小説と似たようなことが現実でもほぼ同時期に起きている——ことを話した。

「レヤードが登場したあたりからママの誘拐まで、本質的には違うんだけど、見かけ上似ている事件が、何故か同じ時期に起きてるんだよ。なにか、こう……、うまく言えないんだけど……小説と同じように進ませたい、進まなくてはならない、みたいな……作為的なものを感じない……?」

 さらにキアラがどうにも気になるのは、事件のどれもがゲートスケルと関わりがあるらしいという点だった。

 だが、キアラの胸にわだかまるこのなんとも言いようのない不安とも違和感ともわからないモノを、アミーリアは一蹴した。

「え? ただの偶然でしょ?」

 ばっさり言い捨てられて、キアラの目は点になった。

「だって、キラちゃんの言うように本当に作為的なものだったとしたらよ? それってゲートスケル側に、私たちと同じ様に、前世日本人で、『風は虎に従う』を読んでいて、その上しっかり内容を覚えている人がいなくちゃ、無理な話よね?」

 アミーリアは眉間を指で抑えた後思案するように「うーん……」と唸り、ふるふると首を横に振った。

「まぁ、そうねぇ……。前世持ちがここに二人もいるから百歩譲って他にも居たとして……、そこまで条件が揃うなんてとんでもない確率よね。さらに千歩譲って、とんでもない確率で居たとしても、無駄に金と人を使って小説をなぞることに、一体なんの目的や利益があるというの? 仮に侵略の目的が大陸統一だとするなら、あれだけ変に小細工できる資金と人脈があれば、ギディオンのいる攻略の難しいファーニヴァルなんか後回しにして、アーカート周辺の国々を全て手に入れて、外堀を埋めてから攻める方が確実だと思うんだけど」

 最後はなかなか元経営者らしい堅実なご意見である。

 キアラにしても、こんなこと——軍や密偵を容易に動かせる——ができる人間なんて、ゲートスケルの権力中枢に近い者、例えば皇帝やその側近ぐらいしか思いつかない。アミーリアもそう思っての意見なのだろう。

 ゲートスケル皇帝の侵略の目的はいまだ不明だが、アミーリアの言う通り大陸統一を目標としていて、仮に前世の記憶を持つ者がゲートスケル中枢部に存在し、小説の内容を知り、未来を知っているならば、全てを先回りして事を動かす方が余程理にかなっている。

 むしろ小説通りに進行させなければならない理由も利益も思いつかない。なにも前日譚でちょっと触れられただけの“アミーリア”や“ファーニヴァル”に、こだわる必要は全くないはずだ。

「そうだよね……。私の考え過ぎ……だったのかな……」

「キラちゃんは小説を熟知しているから、ちょっとした類似点に意味を見出してしまうのかもね。でも、これまでの歴史の流れが小説と同じだというなら、確かに軽視できないことではあるわ。細かなところは違っていても最終的に大きな流れとして小説通りになる可能性はあるもの。小説でゲートスケルの再侵攻があったというなら、備えておくに越したことはないわね」

 キアラも大きくこくりと頷く。

「ところで、時期が半年から一年と幅をもたせたのは、何か理由があるの?」

「うん。小説ではアミーリアとギディオンが亡くなった後のことって、こういうことがあった的にざっくりとしか書かれていないから、正確な時期がちょっとわからないんだよね。『ギディオンが領民に殺害されて約半年後に再侵攻があり、ファーニヴァルが地図から消えた』って感じで、何年の何月って書かれている訳じゃない。さらに言うと、ギディオンが殺害されたのがいつなのかもハッキリ書かれていないから」

「小説ではアミーリアの惨殺死体が見つかってからしばらく捜査していたのよね。その期間がわからないってことか」

「そう。確か数カ月だったか……だけどそんなに長期間とは書かれていなかったから、捜査期間は長くても半年くらいとみて、それから半年後なら最長で一年、アミーリア殺害後すぐだったら今から半年後くらいってことで、半年から一年ってパパには言っておいたの」

「なるほど。そういうことね」

 納得したように頷いていたアミーリアが、「そう言えば」と思い出したようにぱちんと手を合わせた。

「どうしたの? ママ」

「ギディオンが言ってた、“予言”ってどういう意味なの」

「……え」

 キアラは困ったことになったぞ、と言葉に詰まった。

 説明した後で、アミーリアがギディオンのことを軽蔑したとか、気持ち悪いとか、よもや変態とか思ってしまったらどうしよう……と、逡巡したのだ。

 その一瞬の迷いがアミーリアに妙な疑惑を植え付けた。

「ちょっと、キラちゃん。あなたまさか、ギディオン相手に変な宗教の勧誘でもしたんじゃ……?」

「ななな、何、馬鹿なこと言ってんの? ママ」

「冗談よ。でも、ママに隠し事なんて十年早いわ!」

「別に隠し事なんかじゃないもん。ただ、折角ママとパパが仲良くなったのに、水を差すようなこと言いたくなかっただもん」

「なによ。なんなのか余計に気になるじゃない。ほら、観念してとっとと吐きなさい!」

 アミーリアに両方のほっぺをむにむにとつままれて「ほれほれ」と要求されると、はあぁ、とキアラは大きなため息をひとつついてから、渋々、アミーリアが誘拐された時のこと——アミーリアが攫われたのは小説ではラティマ方面だったのにギディオンはゲートスケル方面を行こうとしたので止めたこと、そしてキアラを無条件で信じてくれたのは、以前キアラが(小説の)ファーニヴァルの過去と未来のことを話しているのを聞いたことがあったからだと云うこと——を説明した。

「……へぇ。キラちゃんの話していた小説の内容を、ギディオンは “予言”だとカンチガイした、と……」

「うん、そうなの。あの時は緊急事態だったし、いちいち説明する時間もなかったし、信じてくれるならそれでいいかって、そのままにしちゃったの。しかも、ちゃんとママはラティマ方面の街道でみつかったでしょ。だからパパったら私が(みらい)のことを話すと、なんでも“予言”したと思っちゃってるみたいなんだよね~。あはは、困ったよね~」

 キアラがへらりと薄笑いしながらそう言うと、アミーリアはなんとも不可解な顔をして腕を組み、頭をこてりと横に傾けた。

「うん。キラちゃんの言いたいことは分かった。切羽詰まった状況だっただろうし、説明を省きたかったのも理解できる。ただ、ひとつ疑問があるんだけど」

「…………何?」

「キラちゃんと小説の話をした時って、まわりに誰もいない中庭だったと思うのよ。前世の話なんて誰にも聞かれたくなかったから、人払いできる場所を選んだはずだし。なのに、どうしてギディオンが知っているの?」

 やっぱり、そうきましたかー! とキアラは心の中でうぐっと唸った。

 自分だってすぐ気付いたのだから、人一倍敏いアミーリア(ママ)が気付かないはずないのだ。

「ねぇ、どうして?」

 ずいっと顔を近付けて、アミーリアはキアラに迫った。ただ純粋に不思議で聞いているだけという表情だが、逃れるのは不可避な圧を感じさせる。

「そのぅ、パパにちゃんと聞いたワケじゃないよ? でも、たぶんこれかなーって……」

「うん。それは?」

「…………パパが紛争中の話をした時、先代クルサード侯爵がレティス城の“隠し通路”を使って侵入したって言ってたでしょ? たぶんパパもそれを使ってるんだと思う。きっと中庭とどこかをつなぐ通路があるんじゃないかな。それで偶然、聞いたのかな、なんて……」

 キアラはあれから思い出したのだ。

 以前、ギディオンが子供部屋でキアラ相手に問わず語りをしていた話の中で、どこからかアミーリアを毎日のように見ていると言っていたことを。

 恐らく、それは隠し通路を利用して見ていたに違いないと思い当たった。

 でもそんなことを全部正直に言ったら、キアラでさえ(隠し通路を使っていることを知らなくても)『ストーカーみたいで、なんかヤバい』と思ったのに、アミーリアは尚更だろう。

 やっと二人の間の誤解が解けたのに、別の誤解(?)を植え付けたくはなかった。

 だから、どうかこれで納得して! とキアラは切望した。のだが……

「偶然? そんなことある訳ないでしょ。普段ギディオンがいる執務室と中庭じゃ棟が違うんだから。大体なんの為に隠し通路まで使って中庭にくる必要があるっていうのよ。そんな()()、有り得ないでしょッ!」

(やっぱ無理かぁー!)

 納得しない顔のアミーリアを前にして、仕方なくギディオンのストーカー行為を、キアラなりにものすごーくオブラートに包んだ言い方で言ってみた。

「えぇと……、そのぅ、パパね、ずっと前からママのことが心配で、影ながら見守っていたみたいなの。たぶん、隠し通路を使って……。中庭での会話もそれで聞いたんじゃないかなぁ~?」

「……え?」

 アミーリアは目を大きく見開いて驚愕したかと思うと、いきなり顔を両手で覆って俯き、そのまま石のように動かなくなった。

「ママ! あのね、パパは別に変態じゃないから、誤解しないで! ママのことが好きでしていたことなの、お願いだから許してあげて!」

 キアラが真っ青になって縋って言い募ると、アミーリアの体が小刻みに震え出した。

「ママっ! 大丈夫? こんなこと話してごめんなさ」「もう、やだッ。ギディオンたら、そんなカワイイことしてたのッ⁉」

 食い気味でそう言うと、アミーリアはぱっと顔を上げた。その表情は喜びに満ちて、目元も口元も極限までやに下がってゆるみきっている。ぷるぷるしていたのは、感動で打ち震えていただけのようだ。

「それも“ずっと前から”ですって? やぁねぇ、子供にそんなコト言うなんて~。うふふ、うふふふふ」

(わぁ。心配して損した……)

 むしろ嬉しそうで、割れ鍋に綴じ蓋とはこのことかと、キアラはホッとしたやら呆れたやらで、思わず脱力した。

 とはいえ、キアラはアミーリアに対してどこか遠慮しているようにみえるギディオンの態度がひどく不安でならない。

 和解したはずのギディオンとアミーリアは、何故かいまだに本当の夫婦として生活しておらず、寝室も別々なのだ。

「あの……、でも、ママ……、浮かれるのはせめてパパと寝室が一緒になってからに……」

 だが、キアラのそんな心配からこぼれでた忠告など、舞い上がっているアミーリアの耳には聞こえていないようだった。

 すっかり浮かれたアミーリアはまともに話ができる状態ではなくなり、なし崩し的にその日の寝る前報告会は終了したのだった。



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