27ー① アミーリア
(ギディオン様とちゃんと腹を割って話せてよかった。ずっと腑に落ちなかったことも、話が繋がらなかったことも、ほとんど分かったし。なにより、ギディオン様と和解できたのが嬉しい……)
ギディオンの告白を聞いて、疑問と誤解と勘違いが大方解消されたアミーリアは、さっぱりした清々しい気分だ。
ただ、アーカート王がファーニヴァルに執着しているのをうっすら感じていたが、裏でそんな風に動くほどの執着だったのかと、空恐ろしい気持ちになった。
これから王国の動きには、よくよく注意しなくてはならないだろう。
陰謀を仕掛けられていたことは勿論腹立たしいが、ファーニヴァル大公も王国に対してどっこいどっこいの汚いことをしているし、そもそもゲートスケル皇国が侵略してきたせいだし、と考えれば、誰かを一方的に責めることはできないと思う。
だが、本当に恨みはないかと問われれば、それはギディオンではなく、『父とアーカート王の二人を恨んでいる』と、アミーリアは間違いなく答えるだろう。
父は鬼籍に入ってしまったので残念ながらどうすることも出来ないが、アーカート王はまだ存命だ。
王だけではなくシルヴェスター王子にも個人的にずいぶん辛酸をなめさせられているし、この恨みいつか晴らさでおくべきか……とはひそかに思っていたりする。
それよりも、先代クルサード侯爵のしたことで、ギディオンが必要以上に自分を責め続けて苦しんでいたことの方がアミーリアには辛く、申し訳ないと感じていた。
確かに自ら調べていた時に、自分は大公に見捨てられたも同然だったのだと知って一時落ち込みもしたし、虚しさも感じた。だが、言ってみればそれだけだ。
いつまでも嘆き哀しむほど、父や兄に親しみや愛情があった訳でもないので、そんな感情はすぐにどこかへ飛んで行ってしまった。
むしろ、そこまでギディオンが気に病んでいたとは知らずに、勝手に嫌われていると誤解して意固地になっていた自分が、いまとなっては途轍もなく恥ずかしく、腹立たしかった。
今度はアミーリアの方こそ、ギディオンの心を守ってあげたいと思う。
その屈強な体に見合わぬ、優しく繊細で、傷つきやすい心を……。
ともあれ、誤解していたことを許し合ったことだし、ギディオンは自責の念による苦しみから解放されたはずだ。
これでようやく、何のわだかまりもなくお互い真正面から向き合える。本当の夫婦として仲良くなれる————アミーリアはそう思った。
「俺は、勝手に思い込んで…………情けないな…………」
ギディオンのことを恨んでいないとアミーリアが説明した後、ギディオンはそう言って俯いたまま、アミーリアへ視線だけ向けて力なく微笑んだ。
いつもは雄々しく逞しいギディオンの常ならぬ打ちひしがれた姿を目の前にして、アミーリアの胸はぎゅんぎゅんにときめいた。
(やだ……やだ……。そんな大きい体を丸めて縋るように見ないでぇ! まるで怒られた大型犬が目で謝ってるみたいに……もう、いじらしくて死ぬほどカワイイ——‼ いろいろ真剣に考えなきゃいけないことがあるのに、あー、どうしよう、カワイイしか考えられないッ)
キアラの予想した通り、アミーリアの脳内はカワイイでお祭り騒ぎになっていた。
緩みそうになる顔面を必死に引き締めて、カワイイギディオンを見逃さないようアミーリアは全精力を目に集中させて、凝視した。
アミーリアの熱(苦し)い視線に気付いたのか、ギディオンははっとしたように顔を上げてアミーリアを見つめ返した。
その金の瞳は、最初は怯えたように、だがすぐにアミーリアと同等の熱量を湛え、燃え上がるように光った。
(そうだ……。私たち、両想いだったんだ……)
二人はお互いの瞳を探り合い、その中に、お互いを求めて餓えるような熱情を確認する。
途端に、アミーリアの心は舞い上がるようにふわふわと漂い、鼓動は激しく狂ったように踊りだした。まるで心臓が打楽器にでもなったかのように体中に打撃音が鳴り響く。そのせいで頭がくらくらしてどうにかなりそうだった。
心も体もむずむずして落ち着かない。
どこかへ飛んで逃げ出したいような、このまま側でずっと見つめていたいような……。どうしたいのか、それすらもよくわからない。
握り合っている手にも意識が集中した。感度が異常なほど高まり、絡まる指が少し動いて掠るだけでも、全身が震えるほどの衝撃に感じられる。手の平はどんどん熱くなって汗が滲んでくる。手汗がひどく気になる。でも離したくない————自分でも制御不能の支離滅裂な感覚だった。
そして、これから起こるであろうことへの期待に、アミーリアの胸ははち切れんばかりに膨らんだ。
その時をいまかいまかと待ちながら、アミーリアは目を逸らさずにギディオンを見つめ続けた。
どのくらいの時間、そのままでいただろうか。
ふっと、ギディオンは視線を落とし、アミーリアと握り合っていた手を解くと、ソファからおもむろに立ち上がった。
いったいどうしたのかと、アミーリアはぽかんとした顔でギディオンを見上げた。
「アミーリア様、そろそろ部屋に戻った方がいいだろう」
「……は?」
穏やかにそう言ったギディオンからは、いままでのような近寄り難い雰囲気は払拭されていたが、なにか別の一線を引かれたような感じがした。
(……あれ……? 私たち、いま気持ちを確認し合ったハズ……よね?)
夢でもみていたのかと、アミーリアは思わず目をしばたたいた。
「寝衣のままでいて体を冷やしてはいけない。部屋まで送ろう」
「えっと、あ……、ハイ。……アリガトウゴザイマス……」
期待に高まり膨らんでいた胸は急激に萎んで、また肩透かしを食らった感じで気分は急降下した。
ギディオンの優しくはあるが、どこか他人行儀な態度に首を捻りながら、アミーリアは言われるがまま部屋に戻った。
「ああ……そう。なんの進展もなかったか……」
自室に戻って、しばらくしてから訪ねて来たキアラに「パパとちゃんと仲良くなれた?」と聞かれたので、アミーリアは 「仲良くなった」と真顔で答えたら、なぜかキアラに諦念の面持ちでそう言われた。
なぜそう思うのか。我が娘ながらチョット嫌だ。
さっきだって(アミーリアはちっとも気付いてなかったが)、キアラやアナベルたちは気を効かせたのか、いつの間にか執務室から居なくなっていた。皆の察知能力が凄過ぎてコワい。
決して、自分はニブい訳でも、恋愛にウトい訳でもない……はずだ。
そうだ。それをキアラに証明してやろう。
アミーリアは突然、妙な意気込みをみせた。
「失礼ね。進展はあったわよ」
そう言うと、驚いたようにキアラは目を大きく見開き、喜び勇んで聞いてきた。
「ホントに? もしかして、これからは寝室を一緒にするとか?」
意気込んでいたくせに、思ってもみない返しがきてアミーリアは少し慌てた。
「そ、そこまでは……! ただ、夫婦なんだからお互い“様”付けは止めようって決めたの。ね、仲良くなったでしょ!」
「…………」
「あ、そうそう! 明日から、ギディオンの仕事を手伝う約束をしたわ! これからは四六時中一緒にいるんだから!」
「…………」
どうだとばかりに胸を張ると、キアラから「頑張って」という言葉と生温い微笑みを贈られた。
なんとなく面白くなくて、むぅとむくれていたアミーリアには、キアラの(やっぱり、そうなのかな……)という小さな呟きは、耳に届いていなかった。
次の日から、アミーリアはギディオンの執務室に自分用の机を用意してもらい、(宣言通り)仕事を手伝うことになった。
そこで一緒に執務を続けているうちに、次々と入ってくる情報から騒動後の顛末をおおよそ知ることができた。
まずは、リサ略取の現行犯で捕えられた、ファーニヴァルの元宰相の件。
ギディオンらの厳しい尋問によって、元宰相のファーニヴァル亡国後の足取りと彼の画策していたことが明らかになった。
供述によれば、元宰相とその息子は、先代クルサード侯爵とファーニヴァル大公親子が殺害された後、公都がゲートスケル軍によって占領の憂き目にあった際に、アーカートと通じていた元宰相は身の危険を感じていち早くレティス城から脱出した。だが、激しい戦火に巻き込まれて公都を出ることは叶わなかった。
それでもなんとかアーカート王と連絡を繋いで助けを乞うてみたが梨の礫で、元宰相は自分が王国に利用され、すでに用のないものとして捨てられたことを悟った。
アーカート王国の庇護も得られず、ゲートスケル皇国には王国の手先と狙われ、ずっと身を隠して潜伏先を転々と変えながら逃げ回っていたのだという。
こうしている間に、ギディオンの活躍により瞬く間にゲートスケル軍は一掃され、ファーニヴァルはアーカート王国のものとなってしまった。
元宰相は自分を利用するだけ利用して見捨てたアーカート王への恨みを一層募らせ、同時に自らの保身ばかりで言うことを聞かず、挙句にファーニヴァルを滅ぼしてしまった大公親子を死んだ後でもなお激しく憎んだ。
こうなったら、復讐の為に、そして自らの起死回生の為に、前大公の遺児(アミーリアの腹違いの兄)を旗頭に押し立てて、アーカート王国からファーニヴァルを必ず奪還してやると、元宰相は心に誓った。
遺児を旗頭にしようと考えたのは、きっと彼は自らを蔑ろにして捨てた大公のことを憎んでいると思ったからだ。
自分と同じ憎しみと恨みを持つ者同士、共感し、喜んで協力してくれるに違いない、そう信じて疑わなかった。
ファーニヴァル領内に潜伏しながら大公の遺児を探し、アーカート王国による支配に不満を持つファーニヴァル貴族と密会を重ねて、秘かに反乱の計画を立てていった。
だがどれだけ探しても、肝心の大公の遺児の行方が杳として知れず、見つけ出すことができない。
さらに元宰相には運の悪いことに、元公女アミーリアが新領主となったクルサード侯爵と婚姻してファーニヴァルに戻ったことで、亡国のイメージがある程度払拭されてしまったのだ。
その上、ギディオンの戦後処理と復興の対応が早かった為に、元宰相が期待していたアーカート王国に対する領民の反発は、ほとんど無かったのである。
領民にとって、頭が誰にすげ替わろうとも自分たちの生活さえ保障されていれば、どうでもよいことなのだ。
こうして、ファーニヴァルがアーカート王国による統治下で平穏と活気を取り戻し始めると、元宰相に協力を約していたファーニヴァル貴族たちは櫛の歯が欠けるように一人減り二人減りと、反乱の計画から手を引いていった。
そもそも旗頭となる遺児がみつからないことには、元宰相になんの名目もない。反乱の目処も立たず、計画が腰砕けの状態では仕方のないことだったろう。
ついには、息巻いているのは権力への欲望と復讐心を捨て切れずにいる元宰相親子だけとなっていた。
そんな時だ。元宰相のところに、まるで図ったようなタイミングでゲートスケルの密偵が接触してきたのは。
どこから嗅ぎつけたのか、ゲートスケルの密偵は『去っていった仲間に代わる人員と潤沢な資金をゲートスケル皇国が提供する。遺児がみつからなければ“キアラ”を手に入れて旗頭にすればよい。その際には反乱の後ろ盾となって協力しよう』と、宰相の反乱計画の後押しを提案してきたのだ。
ファーニヴァル宰相であった頃はゲートスケルと手を結ぶなど断固反対だった。
侵略の目的も理由も不明なまま、手当たり次第に進撃を続けるゲートスケル皇国は得体のしれない国であったし、なによりゲートスケル皇帝は手に入れた国々には何故か見向きもせず、自国の城から一歩も出ないと云う不気味な人物だった。とてもじゃないが信用できない、そう思っていた。
だが、いつかファーニヴァルを我が手にという妄執と、自分を裏切ったアーカート王への深い恨みが、今ではなにより勝り、元宰相の心を支配していた。
長らく胸に秘めていた国家を掠め取ろうという計画が、もう少しというところで潰えて心が荒んでしまったのか、それとも窮乏した逃亡生活が判断力を鈍らせたのか……
かつては切れ者と呼ばれた宰相であったが、いつの間にかゲートスケルと手を組むことを決めてしまっていた。
あれほど(心の中で)馬鹿にしていたファーニヴァル大公と同じ陥穽に、あっけなく自らも落ちてしまったことに、元宰相は果たして気付いていたのか……。
この後元宰相は、大公と同じ様にゲートスケルの密偵の言うがままに動かされ、キアラ誘拐に失敗し今に至る、という訳である————
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