26ー① キアラ
誘拐騒動の次の日、アミーリアは高熱を出して寝込んでしまった。
休みを殆ど取らなくても精力的に働き、風邪ひとつ引いたことのなかった前世の咲とアミーリアを、同じように考えていたのは完全に間違いだった、といたくキアラは反省した。
(よく考えれば、ママは一国のお姫様で深窓の御令嬢として育ったんだし、体はか弱くて当然だった……)
攫われた当日も平然として、キアラと恒例の報告会までしていたから、そこまで思い至らなかった。
まぁ、あのアミーリアから思い至れという方が無理な気もするが……。
——キアラはのちに、このことがきっかけになって体力大事とばかりに剣を習い始めるのだが、それはまた別の話である——
とにかく、アミーリアが寝込むなど、キアラにとってはひどく衝撃的なことだった。「ママの安静が第一」とばかりに神経質なほど気遣い、周囲にもそれを求めた。
だが、休んで欲しいと思う時に限って、避けられない用事やとんでもない問題が起こるものだ。
側妃たちの面会(断って欲しかったが、さすがに立場的に無理なのはわかっている)や騒動後の商人ギルドの件、さらにはアナベルに謹慎が言い渡されていると聞いて、キアラは眩暈が止まらなかった。
体は動かなくとも、アミーリアの頭はしゃっきりしていた。
キアラがアミーリアの部屋を訪ねるたびに、あれはどうなった、これはどうなっているかと執拗に質問される。
商人ギルドのアルダ会長のことを聞かれた時には、胆が冷えた。この詳細を知らせるのは、さすがに体が全快してからにしたかったので、なんとか誤魔化せて助かった。
だが、アナベルのことは若干誤魔化しきれなかったような気がする。すごく胡乱な目をされた。
全てはパパに責任もって話してもらおう、とキアラは決めていた。
なんせギディオンが「アミーリア様に心配をかけたくない」と言って、使用人たちに箝口令を敷いたのだから。
とはいうものの、実のところキアラはレイが語ったという話の内容を聞いてから、ギディオンは再びアミーリアを避けるようになるのではないかと危惧していた。
そしてあれからギディオンが執務室に引き籠って、アミーリアに面会に来ようともしないところをみると、どうやらキアラの恐れていたことは的中してしまったのかもしれない。
城の使用人たちも、あのお姫様抱っこの一件から二人は仲直りしたのだと喜んでいたのに、一度もアミーリアの見舞いに行かないギディオンにひどく困惑し、なにがあったのかと皆戸惑いを隠せないでいた。
キアラだって、下手なことを言ってこれ以上二人の仲を拗らせたくない。
ギディオンがどう考えているか分からない以上、アミーリアにいくら質問されようとも「知らない」としか言いようがないのだ。
仕方ないので、もう最後にはだんまりを決め込んだ。
(もう一度ふたりを会わせて話し合いをさせないと)
ギディオンが執務室に引き籠っているなら、どうやってアミーリアを執務室まで連れて行けばいいか。きっとお互い変な遠慮をして、積極的に会おうとしないに決まっている……
キアラがそんなことを考えながらアミーリアの部屋へ向かっていると、ちょうど部屋の前でアナベルに行き会った。
「あなべゆ! きんしんはとけたの? よかった!」
「いいえ、キアラ様。それに何度も私の部屋を訪ねてくださったそうで……申し訳ございません」
何故か暗い顔のアナベルをよく見ると、旅装をしていた。一緒にいるレオンもだ。
不審に思い「どこかいくの? あなべゆ」と聞くと、クルサードへ戻るという。
「どゆこと? なんで?」
「それは、アミーリア様の前で説明致しますね」
寂し気な笑みを浮かべて、アナベルはアミーリアの部屋の扉をノックした。
そうして、アナベルの説明を聞いたアミーリアが激怒して、ただいまギディオンの執務室へと物凄い勢いで突進中だ。
こんな風に会わせる予定じゃなかったのに‼
冷静に、理性的に、お話して欲しいのに……!
キアラは内心泣きそうだった。
思わず昔の少女漫画みたいに心の中で叫んだ。
(二人の話し合い、いったいどうなるの————⁉)
ギディオンの執務室の前に到着すると、アミーリアはノックもなしに乱暴に扉を開け放った。
驚いた顔のギディオンとブランドンがこちらを見ている。そこにアミーリアが仁王立ちで扉の前に立ちはだかり、大声で怒鳴りつけた。
「アナベルに責任を押し付けるなんて、どういうつもり⁉」
「え……」
「アナベルのここでの役割は乳母よ! 護衛はついでのはず! なのに、誘拐の責任を押し付けるなんて、罰が過剰だわ! アナベルがいなくなると仕事の効率が落ちてしまうの! 私には必要な人材なんです! アナベルの処分撤回を断固要求しますッ!」
「アミーリア様……」
啖呵を切るアミーリアをアナベルが感激の面持ちで見つめている。
ブランドンはまだ呆然として目も口も開きっ放しだ。きっとアミーリアがこんなに粗暴……いや、元気に意見する女性だとは知らなかったのだろう。
ギディオンひとりだけ、黙ってアミーリアの抗議に耳を傾けていた。
アミーリアが言いたいことを言い終わったとみるや、ギディオンは黙って立ち上がった。近付いてくるギディオンにたじろぐアミーリアの手を取ると、執務室に設置してある応接用のソファの方へと誘導する。
「アミーリア様。まだ体が本調子ではないだろう。座って、落ち着いて話そう」
ギディオンの冷静沈着な対応に出鼻をくじかれ、アミーリアは少し鼻白んだが、大人しくソファに座った。そのソファの後ろにアナベルとキアラを抱っこするレオンが並ぶ。
ギディオンはアミーリアの向かいのソファに座ると、おもむろに口を開いた。
「アナベルの件だが、確かに最初は乳母として君の側につけた。しかし最近は護衛として側についている方が多かったはずだ。……事件当日もそうだな?」
ギディオンは厳しい目つきで確認するようにアナベルを見た。
アナベルも背筋を正し「はい。その通りです」と答える。
「故に、残念ながら貴女の“乳母だから”という理屈は通らない。アナベルがクルサード騎士団副団長であることは誰もが知っていることだし、仮にも長の任についている者の懲罰を貴女のとりなしひとつで取り消しては、騎士団の規律を乱す。わかってもらえるだろうか」
「で、でも……!」
食い下がろうとしたアミーリアに、アナベルが諭すように言った。
「アミーリア様、私のことを必要だと言って下さったこと、とても嬉しく思います。ですが、ギディオン様の仰る通りです。騎士団に所属する者として、今回の件は処罰を受けて当然のことなのです。アミーリア様に認めていただけていたと分かった今、お側を離れることになるのは大変無念ですが……仕方がありません。誠に申し訳ございません……」
「そんな……!」
アミーリアもギディオンの言い分は尤もだと頭では分かっている。だが、分かっているのと納得するのとは、また別なのだ。
「……アナベルを帰すことで間接的に私も罰を受けたことになるわ! 私は被害者なのに……」
埒もなく、それでもアミーリアは愚痴っぽく訴えると、口惜しそうに俯いた。アナベルはそんなアミーリアへ視線を落とし、申し訳なさげに眉を下げる。
その様子を見ながら、ギディオンは考えるように眉根を寄せた。
「アミーリア様、貴女にとってアナベルがいなくなることはそんなに問題なのか」
「さっきからそう言っています! 彼女がいないと困るって……やっと、やっと信頼できる部下がみつかったのに……!」
「ベル、君もファーニヴァルに、アミーリア様の元に残りたいと思っているのか?」
「はい。本音を言わせてもらえれば……。実を言いますと私、アミーリア様のなさっている事業の、いままでにない考えややり方がとても興味深く、これからどうなっていくのか、どう成長していくのかと、非常に楽しみで……年甲斐もなくワクワクしていたのです。できればその行く末をアミーリア様のお側で見守っていければと常々……あっ、いえ、余計なことを申しました……」
アミーリアが嬉しそうな顔をアナベルに向けると、アナベルははにかんで顔を背ける。
ブランドンはそんな二人を見て、いつの間に二人はこんなに仲良くなっていたのかと驚きでさらに目と口を見開いた。
ギディオンはふむと深く一考しながら顎をさすった。
「ベルの懲罰をないことにはできないが……ならば、別の懲罰を与えることとしようか」と、つぶやくように言い、アミーリアとアナベルの顔が期待で喜色に輝いた。
「……では、アナベルをアミーリア様の護衛から外しクルサードに戻すことは撤回する。代わりに、減給二カ月を四カ月に延長。さらに明日より二週間、新兵と同様の訓練メニューを受けた後に復職を許可する」
「え……」
もしかするとクルサードに戻るよりも却って懲罰が重くなったのではないかとアミーリアは青褪めた。
減給はともかく、副団長たるアナベルが新人と同様に扱われるなど屈辱に違いない。それに、よくよく考えれば、クルサードに戻れば家族揃って暮らせるのだ。
だが、アナベルは「は。御寛恕いただき、感謝いたします」と嬉し気に頭を下げた。
「ほんとうに、いいの……?」
心配になって尋ねるアミーリアに、アナベルは明るく「はい」と答える。
なんだかんだ、みんなアミーリアに対して甘すぎるのではないかと、キアラはこの顛末を傍観しながら思った。
アナベルが残ると決まって安堵したのか、周囲を見渡す余裕の出来たアミーリアは、ギディオンの執務机に山と為した書類が積まれ、ギディオン自身も寝不足なのかかなりやつれていることに気が付いた。
先日の祭りの騒動の後始末や補償など、ギディオンが多忙を極めていることは明らかだ。
「ギディオン様、あの……、ちゃんと休まれてます、か?」
アミーリアのおずおずとではあるがギディオンを気遣う様子に、先日以来アミーリアとギディオンの仲が進展したと思っているブランドンとアナベルは、何で仲違いしているかは知らないがこれでともかく仲直りするだろうと胸をなでおろしたのだが————
「大丈夫だ。貴女は気にしなくていい。用が済んだなら、早く部屋に戻った方がいいだろう」
いっそ冷たいとも取れるギディオンの態度と声音に、アミーリアはビクリとして口を引き結び、アナベルとブランドンは、これはどうしたことかとギョッとした。
アミーリアは何か言いたげにギディオンを一瞥したが、その視線は硬い表情によってはね返された。
あまりにも取り付く島もない態度にアミーリアは唇を噛んだが、すぐに諦めたようにソファから立ち上がって、レオンからキアラを受け取って抱っこすると、執務室から出ていこうと扉へ足を向けた。
アナベルとブランドンはアミーリアを見送りながら、途方に暮れた表情を浮かべて共にため息をつく。
慌てたのはキアラだ。
(ちょ、ちょっと待って! 二人とも肝心なことをまだ何も話してないでしょ! ママ、いくらパパの態度に傷ついたとしても、このまま引き下がっていいの⁉ パパもパパでしょ! この前の勇ましいパパはどこ行っちゃったのっ⁉ 早くママを引き留めてよ! パパッ‼)
心の叫びよ届け、とばかりにキアラはギディオンをムギッと睨みつけた。
だが、キアラの強い念のこもった視線を浴びてもギディオンは全く気付く気配はなく、逆に自分の執務机に戻るために立ち上がり、ふいっと二人に背を向けた。
(なっ……! こンのぉぉ~、ヘタレ虎——ッ!)
アミーリアを馬鹿みたいに気遣ってるくせに、態度にも言葉にも出せないギディオンのヘタレ加減にも、らしくなくギディオンに対してだけウジウジ悩み、自分の気持ちを素直に言えないアミーリアにも、キアラは本当のところ、ほとほと呆れてウンザリしていた。
だが、二人とも大人だし、和解のきっかけもあったみたいだし、娘にイロイロ口出しされるのはきっと親として恥ずかしいよね、なんて黙って見守ろうと思ったのは間違いだった。
この二人にそんな遠慮は、やっぱり無駄で無用で不要だったのだ‼
とうとうキアラは————有り体に言えば、キレた。
ありがとうございました。
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