25 アミーリア
誘拐騒ぎの次の日、シルヴェスター王子の側妃たちは王都に戻る為、ファーニヴァルを出立した。
何事も無ければ当然見送るつもりだったアミーリアだったが、精神は鋼鉄でも体はしっかりお嬢様仕様だったらしい。高熱を出して寝込んでしまったのだ。
出立前に側妃たちの方がアミーリアの部屋に訪れて、挨拶を交わした。
「申し訳ないわ……。せっかく楽しんでもらおうとここまで来てもらったのに、騒ぎに巻き込んだうえ、こんな体たらくで……」
「いいえ! アミーリア様、わたくしたちこの上なく楽しませていただきましたわ!」
「ええ! それはもう、眼福でしたわ!」
「眼福……?」
アミーリアは首を捻ったが、側妃三人はたいそう御機嫌であったので、まぁいいかと深く追求するのはやめることにした。
「アミーリア様とクルサード侯爵様が仲睦まじいことは、王宮によぉーく広めておきますから!」
「ええ! 目にしたことを具に伝えます!」
カリスタとエルマはやけに前のめりで楽しそうだ。王子の愛妾になるとか云う噂を払拭する為には、夫婦仲が良いと広めてもらえるのはありがたいのだが……。
アミーリアには彼女たちが妙にはしゃいでいる理由がイマイチよくわからない。
何故ならアミーリアは知らないのだ。ギディオンにお姫様抱っこされて城に戻ってきたところを側妃たちに見られていたと云うことを————なんせ狸寝入りしていたので。
「そうそう、アミーリア様。例の事業の件は御心配なく。王宮に戻ったら、早速以前声を掛けられた方々と連絡をとってみますわ。後のこともお任せください!」
ラミアが意欲的なのは、原材料の麻を彼女の故国であるアマド国と取引したいと伝えたからだ。みるからにヤル気に満ち溢れている。出産前なのに、張り切り過ぎて体を壊さないか心配になるほどだ。
その、あまりの迫力に押されて「え、ええ……。ラミア様、宜しくお願い致します」とアミーリアはへどもど答えた。
「それでは、お名残り惜しいですけれど、あまり長居をしてお体に障るといけませんから、そろそろお暇致しますわ」
カリスタが切り上げるようにそう言うと、三人は再びの邂逅を約束してアミーリアの部屋を辞していった。
「はあぁぁ~。まいったわぁ~」
側妃たちが部屋を出て行った途端、アミーリアは枕に沈み込んだ。
彼女たちの手前、平気なフリをして話をしていたが、体はかなりキツかった。高熱もそうだが、荷馬車の床の上にしばらく寝かされていたせいか、体中の関節が軋むように痛む。筋肉痛もひどい。
朝起きたら、全身の痛みで全く動けない状態で、それを発見したキアラが半狂乱になって侍女を呼びにいくという一幕があったりした。
(あんなに慌てたキアラ、久しぶりにみたわ)
目が覚めて「おはよう、ママ」と声を掛けられたものの、体が強張って首を回すことすらできないまま、ミイラのように直立不動で固まっていた。
そんなアミーリアが、キアラの目には動けないほどの重体に見えたらしい。
「ま、ママッ……!」
キアラは悲鳴のように叫ぶと、転げるようにベッドから降り(落ち)て、誰かを呼ぼうと扉の方へ駆けだした。
だが、なんせ体は幼児。数歩歩いてはコケ、立ち上がってはコケ、こけつまろびつを繰り返し、途中でダメだと思ったのか、物凄い勢いのハイハイに切り替えて扉まで辿り着いた。
その時の表情といったら! 笑っちゃ悪いが、必死過ぎてオモロ可愛かった……。
思い出して、思わずくっと笑いがこぼれたが、それが体中に響く。
「いててて……」
キアラの知らせですぐに医者が来て、解熱と痛み止めの薬湯が処方されるといくらか楽になったが、そろそろ切れてきたのかもしれない。
やることは山積みなのに、こんな状態では困ったものである。
あんなにラミアが張り切っているのだ。すぐにギルドのアルダ会長と連絡を取り、今後の打ち合わせをしなくては……と考えたところで、昨日の騒ぎの最中アルダ会長が壇上にいる時に、馬車が舞台に突っ込んできたことを思い出した。
いくら色々あったにしろ、どうしていままで忘れられていたのだろう、と自分が信じられなかった。
(アルダ会長は無事なの⁉)
気になってそわそわしていたところに、ちょうどよく侍女のリアとキアラが部屋に入ってきた。
「アミーリア様、解熱と痛み止めの薬湯をお持ち致しました」
「ありがとう、少し痛みがぶり返してきたところだったのよ」
薬を受け取ると急いで飲み干し、リアにアルダ会長のことを尋ねてみた。
すると、リアは困ったような顔をして「申し訳ございません。私は聞いておりません。旦那様かアナベル様ならおそらく御存知かと思うのですが……」と言って下がっていった。
「キラちゃんは知ってる?」
「……アルダ会長は無事だって聞いた」
「それならよかった……」
「ママ! ひとの心配よりも、自分の体の心配をして。私、びっくりし過ぎてどうにかなりそうだったんだから!」
大袈裟にぶりぶりとふくれるキアラに、なんとなく話をはぐらかされたような感じがしたが、確かに自分を過信していたところもあったな、と反省して素直に謝った。
「ごめんごめん。しばらくちゃんと大人しくしているから」
「そうしてくれないと、本気で怒るからね! 数日はお仕事も禁止!」
「はぁい。でも、あとでアナベルに来るようにいっておいてくれる?」
「…………うん」
また何かキアラの返事にひっかかりを感じたが、心配のかけ過ぎで拗ねているのだろうとその時のアミーリアは思ってしまった。
だが、それは間違いだったのだ。
あれから三日たつが、アナベルはアミーリアの元にやって来ない。
誰に聞いても「旦那様がお話になられると思います」としか答えてくれない。
(その、肝心の旦那様がいまだに会いに来ないのよッ!)
この前助けに来てくれた時、仲直り——いや、仲良くなったことはないから仲直りではない——もとい、二人の距離が少し近付いたと思ったのは、自分の勘違いだったのか、と胸がモヤついた。
すでに熱も下がり、体の痛みもほとんど治まった。
ほぼ全快といっていいのに、ギディオンの命とかでベッドから出してくれないし、なんとなく周囲が腫物扱いして様子がおかしい。対応がどこかよそよそしく、なにかをアミーリアに隠しているようで、イライラが募る。
キアラから聞き出そうとしても、いつも難しく考え込んだ顔をして「知らない」とダンマリを決め込むばかり————
そんなことを考えていると、アミーリアの部屋の外で誰かが話し合っている声が響いた。
しばらくすると、ノックと共に「アナベルです。少しお時間よろしいでしょうか」と声が掛かった。
待ってましたとばかりに「ええ、早く入って!」と答えると、アナベルだけではなく、何故かレオンとキアラまで一緒に入ってきた。さっき聞こえた声は、どうやらアナベルとキアラだったらしい。
だが、それよりも気になるのは、アナベルはマントを手に持ち、乗馬用の旅装をしていたのだ。
クルサードに帰るのはいつも休日を使っているし……と考え、祭りが終わったらクルサードに戻ると言っていたレオンが一緒にいることで、アミーリアは合点した。
「あら。そんな恰好して、これからレオンを見送りに行くのね? 別にそれくらい、私に断らなくてもいいのよ。でも戻ってきたら、すぐ部屋に来てもらえる? 聞きたいことが沢山あるから」
アミーリアがそう言うと、アナベルはつと目を伏せて口籠った。
なにか気詰りな雰囲気がアミーリアを除く三人に漂っている。
「……どうしたの? 見送りじゃなかった?」
するとアナベルはアミーリアの居るベッドの側まで近付くと、いきなり跪き深く頭を下げた。
「まずは謝罪を。この度は、アミーリア様の誘拐を阻止できず、護衛として不覚の至りでございます。大変申し訳ございませんでした」
「え?」
「昨日まで自室にて謹慎しておりましたが、ギディオン閣下より、この責を負い、アミーリア様の護衛から外れクルサードに戻るよう命が下されました。突然ではございますが、辞去の御挨拶に伺いました。アミーリア様にはこれからも恙なく……」
「なんですって⁉」
アナベルの言葉にかぶせるようにアミーリアが憤怒の形相で叫んだ。
「……あ、あの」
「なんで私が誘拐された責任をあなたが負わなくてはならないのッ⁉ 誘拐されたのは私の油断だし、悪いのは犯人のレヤードでしょう⁉」
「……しかし、護衛として……」
「ギディオン様が命じたって言ったわね⁉ ギディオン様が決めたのね⁉」
「……そ、それは」
アミーリアのあまりの剣幕に、アナベルは激しく狼狽えて口籠った。
キアラも、勿論レオンも恐ろしいほどのアミーリアの怒りにあてられて固まっていた。
「もういいわ! よく分かったから‼」
アミーリアはガバリとベッドから跳ね起きると、ガウンの袖を通しながら駆け足で部屋を出て行った。
一瞬呆然とそれを見送ってしまった三人だったが、慌ててアナベルがその後を追い、キアラも付いて行こうとしてコケそうになったところをレオンがキャッチしてそのまま抱っこで追い掛ける。
アミーリアの向かった先————それは大方の予想通り、ギディオンの執務室であった。
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