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23ー③ キアラ

 

「え⁉ 最初って?」

「ずっと前からとしか言ってなかったから正確な時期は分からないけれど、たぶん婚約後のゲートスケルに調略されていたあたりってことじゃないかしら」

「ファーニヴァルの情報は筒抜けだった、ってことか……」

 しかしよく考えれば、アミーリアを王国に差し出しておきながらゲートスケルと通じるなんて、大公は(アミーリア)がどうなっても構わなかったのだろうか。

(ママ、大丈夫なのかな)

 キアラは注意深くアミーリアを伺ったが、皮肉気な微笑みを浮かべるだけで、落ち込んだり傷ついているようには見えない。

 どうやら大丈夫そうだ、とホッとした。そもそも大公のことは最低のクズだと思っているから、いまさらもうひとつぐらいゲスな事実が明らかになった所で気にならないのかもしれない。

「アーカート王は、大公がアーカート王国とゲートスケル皇国を天秤にかけていることを知りながら、私を王太子の婚約者に据え続けたのよ。けれどファーニヴァルがゲートスケルに攻め込まれてそちらに傾きかけたとみるや、先代クルサード侯爵に、救援に駆け付けたと見せかけて落城寸前まで戦力を調整するよう密命を出したらしいわ。非難されずにファーニヴァルを手に入れる為にね」

 キアラは思わずむぅと唸った。

 つまりは、以前キアラが予想した通り、いずれ婚姻関係をタテに時間を掛けてファーニヴァルを手に入れるつもりだったのを、ゲートスケルが攻めてきたのをこれ幸いと、すぐ手に入れる方針へと転換したと云うことだ。

 しかも実際はもっと悪いことに、わざと戦力を手控えて窮地に陥いらせ、ファーニヴァルが王国を裏切って攻め込む口実を作ってくれるか、もしくは、王国の隷属国になるから助けてくれと泣きついてくるか。そのどちらかになるのを素知らぬ顔で見極めるつもりだったのだろう。

(きったな! 大公(おじいちゃん)も大概だけど、アーカート王、なんて汚くて小狡いヤツなの!)

「そして、さっき話した通り大公はアーカート王国を裏切り、皇国の密使を密かにレティス城へ迎え入れた。それも全てアーカート王は事前に知っていたんでしょう。現場にクルサード侯爵が乗り込んだらしいの。しかもレティス城の隠し通路を使って。おかげで大公と大公子はゲートスケルの密使に裏切ったと思われて、その場で殺害された」

「隠し通路……」

「そして、実はゲートスケルとの戦で亡くなったとされていたクルサード侯爵も、その場で密使を捕えようとして返り討ちに遭い殺害されたって云うのが、本当らしいわ」

「…………ママは、レイの話を信じるの?」

「そうね……全てを鵜吞みにはできないけれど、この話を聞いている時のギディオン様がひどく狼狽えていたのよ。だから残念だけど……多分に真実が含まれていると思う」

(なるほど……)

 ここまで聞いて、キアラはやっと両親のすれ違っている原因の根本が理解できた気がした。

 けれど、ちっとも心のモヤモヤは晴れなかった。

 いや、むしろ話を聞いて(これじゃパパがママに向き合うのはかなり難しいのでは……)と、余計に頭を抱えてしまった。

 それにひとつ、話を聞いていてひどく気になったことがあった。

「パパは……、アーカート王の出した密命を知っていたのかな」

 キアラが恐る恐る尋ねると、アミーリアはあっさりと首を横に振った。

「いいえ。おそらくそれはないと思うわ。ギディオン様は紛争前から西方将軍として西方諸国の国境沿いにある西方騎士団の砦に常駐していたから、あまり領地(クルサード)にも王都にもいなかった。先代侯爵の戦死の報告があった時こそ王都に報告の為たまたまいたけれど、慌ただしく叙爵するとすぐにファーニヴァルへ救援に向かったし……王と父親の間で交わされていた密命を聞く機会なんて、なかったはずよ」

 よくよく考えれば、ギディオンがファーニヴァルを陥れる密命を受けて行動していたのなら、あの真面目で清廉潔白な性格からいって、アミーリアとの婚姻は絶対に固辞したに違いない、とキアラも考え直した。

(そうだよ。あんなにママのこと恋焦がれていたのに、いくら王命でもママを窮地に陥れるようなことをパパがするはずないよね!)

 杞憂だったと心が晴れたキアラは、アミーリアのさっきの言葉の中に妙な引っ掛かりを感じたことをふと思い出して、頭の中で反芻した。

(あれっ……? 西方……? 砦に常駐……?)

「ママ! パパって西方騎士団にいたの?」

「え? ええ、そうよ」

「最初からそうなの⁉」

「いいえ、前は近衛騎士団だったけど、異動したのよ。確か……、ママが王都に来て半年後くらいだったかしら。近衛から辺境の西方騎士団に移るなんて奇特だって、当時すごく話題になったからよく覚えているわ」

(そこからすでに小説と変わっている……)

 小説の中では、ギディオンは西方騎士団に所属していたなんて書かれていない。ずっと近衛騎士団所属だったはずだ。

 不意に、バタフライエフェクトとか、風が吹けば桶屋が儲かる、なんて言葉がキアラの脳裏に浮かぶ。

 どうしてギディオンが西方騎士団に移ったのかはわからないが、キアラが思っているよりもずっと前から小説の内容とは少しずつ変化していたのだ。

 それなのに、戦争や事件——レヤードのこととか——の内容が多少変わっても、起こる時期は変わらない。

 まるで、小説に書かれていた通りに、必ず起きなければいけないかのように————


「…ちゃん、キラちゃん?」

「あ、なに? ママ」

 またもや考え込んでしまったようだ。キアラを覗き込むアミーリアの心配顔が再び目の前にあった。

「もう。なにじゃないわよ。またぼーっとして。やっぱり具合悪いんじゃないの? ちょっと嫌な話ばっかりしちゃったし」

「ううん。大丈夫。それよりも、ママの話を聞いて疑問に思ったことがいくつかある」

「あら。なに?」

「まずひとつは、アーカート王のファーニヴァルに関しての情報源。これって、やっぱり……宰相かな?」

「だと思うわ。情報の内容と質から考えてね。宰相は恐らくアーカート王と通じていたんでしょう。あれだけの情報を流していたのなら、宰相と王の間にも何らかの密約があったとしてもおかしくないわね。たとえば、ファーニヴァルが王国の一部となった暁には宰相を王国で重用する、とかね。……ファーニヴァルは、私が王妃となっていても、いずれアーカート王国に飲み込まれる運命だったかもね……」

 キアラはこれを聞いて、何故元宰相がゲートスケルと手を組んだのか分かった気がした。

 たぶんアーカート王は、ファーニヴァルを手に入れた後、元宰相を用無しとしてバッサリ切り捨てたのだろう。

 敵の敵は味方。アーカート王に捨てられた元宰相はアーカート憎しと、敵だったゲートスケルと手を結んだのかもしれない……。

 アミーリアとキアラは、考えていることは違ったが同時に大きなため息をついた。

 暗くなった気分を切り替えるように、アミーリアは「他は?」と次を促した。

「もうひとつは、レイの情報源。なんとなくなんだけど……レイの情報ってアーカート寄りじゃない? アーカート王の密命なんて、王家や宮廷の人間でも、上層のごく一握りの者にしか知ることのできない情報だと思う。……レイって本当にゲートスケル側の密偵だったのかな……?」

 小説では確かにゲートスケルの密偵だと書かれていたが、ギディオンのように小説の設定と変わっていることもある。レイだって例外ではないだろう。

 ひょっとすると何か裏があったとしても、小説ではただ単に書かれていないということもあるし……

「キラちゃんもそう思う⁉」

 また自分の思考に沈み込みそうになっていたキアラは、アミーリアの声にビクリとした。

「ママもレイの話を聞いてて、ずっと「なんかオカシイ」って思ってたのよ! やけにアーカート王宮のことに精通していたし、王宮で直に見聞きした者にしか分からないようなことを知っていたのよ……。王宮にまで密偵が入り込んでいるのか、王宮にゲートスケルへ情報を流している者がいるのかもしれないと、私もそう思ったわ」

「うん。確かに、アーカート側の密偵とすれば辻褄が合う……部分もあるね」

「ん? 例えば?」

「まず、“アミーリアを始末しろ”って命令。私の誘拐の成否に関係なく、先にその命令が出されていたとするなら、ただ純粋にママが邪魔だったと云うことでしょ? ゲートスケル側なら、私が手に入っていない段階でママを消したいとは絶対に思わないはず。ファーニヴァルを手に入れる口実がなくなるもんね。だけど、アーカート側の一部の人間なら、ママが消えればいいと思う者は確実にいる……」

「えっ⁉ ヤダ、ホント? 私、そんな誰かに恨まれるようなことしてないと思うけど!」

 慌てるアミーリアを前に、キアラは皮肉気にふっと鼻で笑った。

「ママがなにかしたワケじゃないよ。パパが原因」

「ギディオン様? どうして?」

 アミーリアは本当にわからないのか、首を捻っている。

 ホントにママはもう、とキアラは乾いた笑いが出る。

「……ママ、この前パパの寝所に王宮女官が夜這いに入ったこと知らないの? 側妃様たちが連れて来た女官の中には、パパを虎視眈々と狙っている女豹が何人もいるよ。きっと王宮にはママがいなくなれば、パパの正妻になりたい令嬢とか、娘をパパに(めあわ)せたいと思っている貴族が結構いるんじゃない?」

「よ、よばっ……? え? 寝所……?」

 夜這いの衝撃が強すぎたのか、後半の説明がアミーリアの頭には入っていかないようだ。

 はぁーとため息をつきながら「安心して。なにもなかったらしいから」とキアラが言うと、あからさまにアミーリアはホッとした表情を浮かべた。

「だからね、ママがいなくなることで得する人間がアーカート側にはいるってこと!」

 いままでファーニヴァルの主権という基準でしか自らの命の危険を感じていなかったアミーリアにとって、()()()()()問題で命を狙われるなど想定外のことだった。いままで考えたこともなかったのだ。

 だが、言われてみれば思い当たることはあった。

「あっ……! そういえばラミア様が、最近王宮で私がシルヴェスター王子の愛妾になるって噂が広がっているって言ってた……! ラミア様たちはともかく、もしかして他の側妃に恨まれてる可能性がある⁈」

「なんでそんな噂が流れてるの⁈」

「そんなのママが知るわけないじゃない。婚約破棄されたのはコッチなのよ!」

(そういえばパパがやけにシルヴェスター王子のことを警戒していたっけ。もしかするとママが全く気付いていないだけで、王子ってママに執着しているんじゃないの……。てことは、ママの言う通り王子周辺の可能性もあるじゃない)

 相変わらずキアラの勘は鋭く、アミーリアの眼が(ニブくて)行き届かないところまで見通していた。

 だが、だとしても説明しきれないことはまだあった。もうひとつの気になる点とレイのことだ。

「レイがどっちの密偵だったのか、今となってはわからないのが惜しいね。調べようにも本人死んじゃっているし……」

 そうね、とアミーリアも憮然として答えた。生かしておきたかったと悔やむことしきりではある。が、状況的に仕方がなかったことはアミーリアも理解していた。

「とは言っても、レイがゲートスケルと無関係とは言い難いと思う。最初に宝石商として現れたときに、ゲートスケル商人に奪われた宝飾品を持ってきたところをみてもね」

 キアラの指摘にアミーリアはそう言えばと、ぱちんと手を叩いた。

「例の“ファーニヴァルの秘宝”もパリュールとして揃えて持ってきたと言ってたから、ゲートスケルとの繋がりはやっぱり否定できないわ。そうよ、それにキラちゃんの誘拐に関しても、アイツ『手伝った』と確かに言ってたし! 元宰相がゲートスケルと手を結んでいたなら、やっぱりレイはゲートスケルの密偵か……」

「実は最後の疑問が、それと関係がある」

「キラちゃんの誘拐と?」

「うん。その私の誘拐計画、あまりにもお粗末だったと思わない?」

 アミーリア誘拐とキアラ誘拐未遂(リサ略取)の両方にレイが絡んでいると聞いて、キアラは余計に腑に落ちなくなった。

「ああ。人違いをしたから?」

「ううん。もっと根本的なところ。考えてもみてよ。ママと私、あの広場に一緒にいたんだよ? ママを誘拐するのにあれだけ大掛かりな騒ぎを起こしたんだから、便乗して私も誘拐するのが一番手堅くて手っ取り早いはずでしょ。実際ママの誘拐は成功している。それなのに私だけメアリさんを使って(おび)き出そうとするなんて……おかしいよ。メアリさんが私を攫ってくる保証なんてないのに、どうしてわざわざ不確実になる方法を選んだのか、全く理解できない。むしろ失敗したかったのかと思うくらい」

「……言われてみれば、確かに」

「ママのいう誘拐の優先順位も、本当に私が上位だったのか、こうなると疑問」

「…………」

「…………」

 二人で顔を見合わせたが、全く答えはでなかった。と云うよりも、なにもかもが推測で、確実な答えを出せる材料と情報が揃っていないのだ。

「うん。これは、今の段階で考えるだけ無駄かもね……。ママ」

「そうね。キラちゃん。今日は諦めて寝た方がいいわね」

 大きくこくりと頷き合って、ふかふかの羽根布団の中に二人仲良く潜り込んだ。


「ねぇ、ママ。あと最後にもうひとつだけ、聞いてもいい?」

「……ん? ぅん。いいよ……」

 さすがに疲れたのか、横になるとアミーリアはすぐにうとうとし始めた。それでもキアラの質問に答えようと、眼を擦る。

「パパが助けにきたとき、なんかイイコトあったでしょ」

「ぅえっ! き、キラちゃん、なんでわかっ……いやいや、な、なにもないわよッ……!」

「……………」

 アミーリアは一瞬で目が覚めたようだ。

 キアラはアミーリアをじっと黙ってみつめた。すると、アミーリアの顔は急激に赤くなり、なにかを堪えてへの字になったり、困ったように眉が寄ったり上がったりと、めまぐるしく変化する。

 なにがあったか知らないが(キアラ予想ではたぶんそんなに大したことではない)、いい大人が思春期の乙女のような反応だ。

 とはいえ、いままでギディオンの話をする時には大方愁い顔だったアミーリアが、困り顔をしてはいるが口元は妙に嬉しそうにニヤついている。

(どうやらパパとのアレヤコレヤは、大事なおとっときとして胸に秘めておきたいぐらい、ママ的にイイコトだったらしい)

 そうキアラは察し、これ以上聞くのは野暮だと止めにした。

 立場はまるで逆だが、娘の初恋を見守る親の様な心持ちである。

「……キラちゃん?」

「ううん。なんでもない。もういいや。おやすみなさい……ママ」

「うん……? おやすみ、キラちゃん」

 アミーリアはよく分からないながらも、満足げな笑顔を浮かべるキアラを前にしてふっと笑顔になった。

 二人は再び布団に潜り込むと、今度はあっという間に仲良く夢の国へと旅立った。



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