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23ー① キアラ

 

『ギディオン様がアミーリア様を無事救出され、もうすぐ城に到着します』

 そんな先触れが届いたのは、すでに日も落ちてから数時間経った頃だった。

 いつもならまだ寝る時間ではなかったが、今日一日大変なことがあり過ぎたせいか、キアラはソファでうとうととうたた寝をしていた。

 だが、知らせを聞いてすっかり眠気は吹っ飛び、眼も冴えた。

 待ちきれないキアラが「玄関ホールで待ちたい」とおねだりすると、アナベルは快諾してくれたので、アナベルとキアラ、ついでにレオンや侍女たちも玄関ホールへと向かった。

 キアラ一行が到着するより先に、聞きつけた城の使用人や騎士たちがすでに大勢待ち構えており、しばらくすると側妃三人もやってきた。

(うわ。なんだかすごい人が集まってきてる……。みんな、こんなに心配してくれてたんだ……)

 小説と違い、現実のアミーリアとギディオンはレティス城でこれほど慕われている存在なのだと、キアラは嬉しさと誇らしさでじんわりと胸が熱くなる。

 そこに、ガラガラと音を立てて車止めに馬車が入ってきた。

 人々が興奮して待つ中、ギディオンがアミーリアを腕に抱えたままホールへと入ってきて、その姿に皆が驚きで一瞬息を飲み、小さく騒めいた。

 だが、ギディオンの当社比十倍くらいの厳しい顔つきと目を固く閉じたままのアミーリアに気付くと、ホールで歓声を上げようとした人々は一様に動きを止めた。

 アミーリア様は意識がないようだが何かあったのだろうか……

 大丈夫なのだろうか……

 怪我でもしているのか……

 誰もがそんなことを思って躊躇し様子を伺っていると、ギディオンが口を開いた。

「皆、心配をかけた。このとおりアミーリアは無事だ。だが疲れて眠っているから静かにしてくれ。……起こしたくないんだ」

 静かな声音だが、有無を言わせないものがあった。

 ギディオンが慎重に、だが急いでアミーリアの部屋へ向かうのを、ホールに居た全員が息を詰めて、黙って見送った。


 ギディオンとアミーリアが通り過ぎてしばらくすると、側妃たち三人が「きゃあぁ~!」と、一斉に嬌声を上げた。

「やだ……ねぇ、見た?」

「みましたわ! わたくし震えましたわ……」

「ええ、ええ! 厳めしい顔つきからの~、『……起こしたくないんだ』と、愛しさダダ洩れる優しい目‼」

「たまりませんわ‼」

「そしてあの、姫抱っこの安定感!」

「素晴らしかったですわ‼」

 アミーリア様愛されてますわ~、素敵~、イイモノ見ましたわぁ~、などと言って悶えている側妃たちの後ろで、王宮女官の何人かが苦虫を噛み潰したような表情をしているのを「あいつらが女豹どもか」と、キアラはしっかり確認する。

 アミーリアの無事を確認して(ついでにお姫様抱っこを見て)満足したのか、側妃たちはきゃっきゃと騒ぎながら、楽し気に客室へと戻っていった。

 その女子高生なノリをキアラは死んだ魚のような眼でぼんやりと見送った。

 果たして、姫抱っこ(アレ)本人(アミーリア)が納得してやっているのか。

 キアラは「マジか……?」という思いで見ていたのだが、周りの受け止め方はどうも違ったようである。

 どうやら他のギャラリーも、側妃たちと似たり寄ったりの反応だったらしく、どこか生温い雰囲気がホール中に漂っている。

 主人公不在となった為、騒ぎ損ねてなんとなく不完全燃焼な気持ちを持て余しながらも、それでも口々に「無事でよかった」と喜び合い、使用人(ギャラリー)たちはそれぞれの仕事に戻るために散っていった。

 キアラは、そんな使用人たちを感謝の気持ちで見送った後、(さて、ママに要確認だわ)とアミーリアの部屋へと向かうことにした。



「ではキアラ様、アミーリア様のお顔を見るだけ、ですよ?」

 キアラがアミーリアの部屋に行きたいと言うと、アナベルは部屋には連れて来てくれたが、こんなことを言った。どうやらギディオンの『起こしたくない』を全員が忠実に遵守するつもりらしい。

 神妙に頷き、灯りが落とされた薄暗い部屋の中にキアラだけそっと入る。

 アミーリアはベッドの上で横になっていた。だが、キアラは気にせずズカズカと近付いて声を掛けた。

「ママ。さっきの狸寝入りの演技、下手過ぎ」

 ガバリとアミーリアは跳ね起きた。

「もしかしてバレバレだった⁉」

「うん。瞼ぴくぴくしてたし、口元も引きつってたしね……。でも、他の人は気が付いてないんじゃない?」

 あのギャラリーの様子ならね。と、キアラはギャラリーと同じ生温い笑みを浮かべた。

「わぁ————ッ!」

 奇声を上げて、アミーリアはベッドの上にうずくまり、亀のように丸まってジタバタする。

「一体なんであんなことになったの……」

 呆れるようなキアラの問いに「それは聞かないでぇ……キラちゃん……」とアミーリアは呻いた。

「ママ、羞恥で死にそうなのはわかるけど、これだけは先に言わせて」

 え? と、アミーリアが顔を上げると、キアラが抱っこをねだるように両手を突き出した。

 アミーリアはキアラを抱き上げてベッドの上でぎゅっと抱きしめ、キアラも短い腕を精一杯アミーリアの背に回して、ぎゅっと強く抱きしめ返す。

「ママ……! 心配したんだから! 無事でよかった……! 約束、守ってくれて、ありがと……」

「き、キラちゃあぁーん‼ ママ、怖かったけど頑張ったよ……!」

 二人はひしと固く抱き合いながら、しばし嬉し涙を流し合った。


 ひとしきりして、キアラが落ち着いてアミーリアを見ると、ひどい恰好でいることに気が付いた。

「ドレスは汚れてるし、この両手首の包帯なに? 怪我したの?」

「あ、うん。縄で縛られててね、ちょっと食い込んで血が出てたから薬塗ってくれたみたい」

「はぁ~……。休ませたいのはわかるけど、ママをこの状態のままにするなんて。パパって気が利くのか利かないのか微妙だよね」

「う、うん……」

 なぜこのタイミングで赤面するのか。

 さては……。

「ママ、パパとなんかあったね?」

「うっ。あ、え……えー?」

 目を落ち着かなくキョロキョロさせて、あからさまにアミーリアは狼狽えている。

「……っと、そう! ママ、完全に目が覚めたから、おふろ! おふろ入ってくるね! あっ、キラちゃん、今日はママと一緒に寝よっ! 話は、その時にねっ。じゃっ!」

 そう言ってベッドから飛び降りると、慌ただしくメイドを呼んで、驚くアナベルを尻目にそそくさと部屋を出て行ってしまった。

(なーにテレてるんだか。……どうせ、たいした進展じゃないでしょうに)

 相変わらず鋭いキアラは、憮然としながらもアミーリアが戻ってくるのを待った。



 湯浴みと縛られていた両手足の治療、ついでに軽い食事もすませたアミーリアは、ずいぶんサッパリした顔をして自分の部屋へ戻ってきた。

「ハァ~。なんだか生き返ったわー」

 誘拐されて拘束、そのうえ人質にまでされたらしいのに、ベッドの上で伸びをしてすっかり寛いでいる。

 さすが鋼鉄の精神を持つママだと、キアラは心底感心した。

「ママが思ってたより元気……というか、平気そうで安心したよ」

「まぁね」

 ちょっとニマニマしているのが非常に気になるところではあるが、その理由は後でゆっくり聞くとして……

 これなら話をしても大丈夫そうだと、キアラは恒例の寝る前報告会を始めることにした。

「じゃあ、ママの方がいろいろ詳細を知りたいだろうから、私から報告するね」

 キアラがそう言うと、アミーリアは顔の緩みをすぐに引き締めて頷き、ベッドの上で正座になった。

「まずは、ママが攫われる前後の広場での騒ぎのことから。実はあの時、同時に街中で火災が何件も起こっていたの。お祭りの最中ってことでクルサード騎士団がこまめに街中を巡回していたおかげで、それは全てボヤ程度で消火された。ただ、その火元は全て商人ギルドのギルド員の家で、その家の住人は全員遺体で発見された。しかも焼死ではなく、数日前に殺害された状態で……。つまり、ママと働いていたギルド員のうち何人かがお祭りの開催直前に殺されて、何者かがその人達に成り代わり、広場の催しに潜入して今回の騒ぎを起こした、と云うことだったみたい」

「……そう、だったのね……アントンだけじゃなく他にも……ッ。くそっ」

 淑女にあるまじき言葉を吐いた後、アミーリアはベッドに拳をぼすんと打ち込んで、怒りを露わにした。

「ひゃっ⁈」

「私を攫った犯人のアントン! アイツ、レヤードだったのよ‼」

「あ、やっぱり……」

「キラちゃん、分かってたの?」

「えっと……うん、まぁ」

 さすがキラちゃんだわ! と一瞬驚くも、アミーリアはすぐに般若の如き憤怒の表情に戻る。

「アイツね、私を狙って四カ月以上も前から、アントンとしてギルドに潜入していたのよ! いけしゃあしゃあとそう言ったわ! 本物のアントンは随分前にアイツに殺されて……ッ! 悔しいッ! アントンにも、犠牲になった他の皆にも、申し訳が立たない……っ」

 最初は激しく怒っていたアミーリアだったが、次第にその声は低く小さくなっていき、両手を固く握ったまま、ぶるぶると震えさせていた。

 アミーリアの震える手に触れてみると、ひどく冷たい。

 冷たくなっている両手を、キアラは自分の小さな手で温めるように一生懸命(さす)った。

「……わかってると思うけど、ママのせいじゃないよ。悪いのは殺人犯のレヤードだよ。そこははき違えちゃダメ」

『君の為にやったんだ』なんてよくある責任転嫁をされて、自分がきっかけになったせいとか、お門違いの罪悪感をアミーリアに持って欲しくなかった。

 きっかけはなんであれ、他者が、それも被害者が責任を負う必要は一切ない。事件も、殺人も、全ては犯した者の罪なのだ、とキアラは思う。

「………………うん」

 眉間には(ギディオン並みに)皴が寄っているが、なんとかアミーリアは気持ちに折り合いを付けられたのか、手の冷たさが和らぎ、震えは徐々に止まっていった。

「そういえば……、犯人のレヤードは捕まえられたの?」

 アミーリアとギディオンが戻ってきてから、犯人はどうなったのか一切耳にしていなかった。

 もしかしたらアミーリア救出を優先して逃がしてしまったのだろうか? とキアラは気になっていた。

「……あ。えーとね……、ママが人質になってたせいだと思うけど、レヤードは助けにきたギディオンにその場で……殺された……」

「え⁉ まさか、ママ、目の前で、ソレ見た……の?」

 パパがそんなことするトコを⁉ とギョッとした。

「直接は見てないわよ。隠そうとしてくれてたし。けど、死体は偶然見ちゃった……かな……」

「ママ……! そんなことがあったのに、本当に平気なの?」

 もしかしてさっきニマついていたのは、何かの現実逃避だったのだろうか?

 (にわ)かにキアラは心配になってきた。

 アミーリアは「うーん……?」と少し首を傾げて考えるそぶりをする。

「……そうねぇ。前世の“咲”のままだったら、いろいろキツかったかもしれないけど、“アミーリア”としてマッサラな状態でこの世界で育ったせいか、そういうものだと割と冷静に受けとめられていると思う。日本にいたらギディオンのしたことを『なんて残酷な!』とか思っただろうけど、いまの“私”は、この世界では戦や争いごとが日常的にあって、私を救うためにしたことだと理解している。あくまで騎士という職務を全うした結果だし、ああいった凄惨さを伴う職業だと云うこともわかっている。そして貴族の支配するこの世はそれ以上にドロドロとした汚い世界だってことも、身に染みてわかっているし……。あー、まぁ要するに、大丈夫ってことよ」

 なんだかとりとめのないこと言っちゃったわね、とアミーリアは苦笑したが、キアラは聞いていてふと思った。

 アミーリアがつい最近まで“咲”としての自覚がないまま生きてきたのは、もしかすると自己防衛が働いていたからなのではないか、と。

 何の予備知識もない“咲”が、それまで生きてきた世界(前世)に比べて、政争や戦争がごく身近にあり、人や命に上下や優先順位が付けられている世界で生きていくために、それを常識として受け入れる仮の人格『疑似アミーリア』が一時的に必要だったのではないだろうか。

 では、自分(キアラ)は?

 自分は最初から“明煌”としての自覚があったのはどうしてだろうか。この世界のことを“風は虎に従う”という小説の世界だと知ることできたから?

 中世風の()()()()()世界だと分かっているキアラには、そのまま受け入れる下地があったということか?

 それとも、そばに“アミーリア”という同じ状況の人間が側にいたからなのか————



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