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21ー② ギディオン

 

 その後ギディオンは、祭りの余興(ミスコンの審査員)から戻ってきた側妃三人を城で出迎えた。

 明日王都への帰途に就くという側妃たちに「祭りの始末で多忙ゆえ」と翌日の見送りができないことを謝罪し暇を告げた後、再び街の方へ戻ろうとした、その時だった。

 パンと花火の上がる乾いた音がして、そんな予定は聞いていなかったが、とふと思った。

 しばらくすると、城の外でやけに大きな叫び声がすることに気付き、確認しようとバルコニーに出ると、さっきまでの華やかで賑やかな祭りの風景から一転、眼下には驚愕の光景が広がっていた。

 城門前広場の至る所から黒煙が高くあがり、広場中に煙がたちこめ、煙のせいで方向の分からなくなった人々が右往左往し、ぶつかり合いながら逃げ惑っている。

 舞台を見れば、馬車が突っ込んで大破しており、瓦礫と人で城門前はごった返していた。

 叫び声や怒鳴り声があちこちから聞こえ、そこら中に怪我人が多数出ているのが伺えた。

 しかも、広場だけではなく街の方にもいくつか黒煙があがっており、火災が起こっているのが見て取れた。

「なんだ……これは……」

 一瞬呆然としてしまったが、ギディオンはすぐに頭を切り替えた。

「正門はおそらく使えない。通用門から、医師と薬師全員とその護衛に中隊を連れて行く。手の空いている者は全員広場に来るよう通達しろ。側妃様達に付いている騎士はそのまま護衛と城の警護を続けるように!」

 控えていた補佐官たちへ口早にそう伝えると、急いで城門の少し離れた場所にある使用人専用の通用門へ向かった。

 まだ広場に居るであろうアミーリアとキアラが心配で、眩暈と吐き気がした。

 ギディオンが通用門に到着すると、そこにはすでにキアラとアナベルの息子のレオンが辿り着いていて、ギディオンは一安心した。が、どうやらアミーリアはこの混乱の最中にまだ残されているらしい。

 ひどく心配ではあったが、アミーリアにはアナベルの他にも数人護衛を付けてあるのできっと大丈夫だろうと、無理矢理自分を納得させて、いまは広場の騒ぎを鎮めることに専念することにした。


 だが、広場の騒ぎを収めているうちに、だんだんとこの騒ぎがどうやらアルダの商人ギルド関係者の仕業だと云うことが判明してきた。

 不審な動きをしているものや火口(ほくち)を所持している者など、怪しい人物を捕まえて尋問したところ、ほとんどが商人ギルドの者だと名乗ったのだ。

(どういうことだ。なんの目的で……?)

 今日のイベントは、アミーリアとアルダ会長の主導の元、商人ギルドが中心となって開催したと言っていいものだ。自ら台無しにするなど考えられない。

 そこにアナベルが憔悴した顔で報告に現れ、ギディオンは嫌な予感に襲われた。

 アナベルは崩れるように跪き、頭を地に付けんばかりに下げた。

「申し訳ございません! アミーリア様とキアラ様が拐かされました……っ」

 その報告に、ギディオンの心臓は激しく痙攣した。震えを抑える為に、手をぎゅっと握りしめた。

「状況は」

「はい。煙が出た直後、すぐに城へ避難しようとしましたが、煙と人の動きが激しく、なかなか辿り着けませんでした。そこに、アントンという者がアミーリア様の前に倒れ込み、その者を介抱しようとアミーリア様が駆け寄ったところ、急に濃い煙にまかれ、アミーリア様の姿を見失いました」

「そのアントンという者がアミーリア様を拐かしたのか」

「はい、おそらく。すぐに手探りでアミーリア様の元へと移動したのですが、そこにはしんがりを務めていたはずの護衛が倒れており、キアラ様も、アミーリア様とアントンもいませんでした。アントンが倒れ込んだ直後に周囲の煙が濃くなったところをみるに、なにか発煙するものを持っていたのだと思われます」

「…………」

「すぐに広場の出口と街道に騎士をやり、捜索したのですが……二人を発見できませんでした。申し訳ございません!」

 その逃げ足の早さからいって、きっと協力者が他にもいたのだろう。だがそれに気付かなかったのはアナベルの失態だ。

 再び、アナベルは深く頭を下げた。悔しさに血が滲むほど唇を噛んでいた。

 激しい動揺と怒りを押し殺し、ギディオンは「キアラとレオンは無事城に戻って居る」とアナベルに告げた。

 アナベルは顔を上げて一瞬喜びに目を見開いたが、アミーリアがそこに含まれていないことにすぐ気付いて顔を歪ませると、再び頭を深く下げた。

「……どうやら商人ギルドのギルド員がこの騒ぎを起こしたらしい。街道の関所にも不審者が出て行っていないか確認するよう伝令をすでに飛ばしてある。いま城の広間で情報を集積しているから、誘拐犯がどこへ向かったかはすぐに判るはずだ————戻るぞ、ベル。お前の処分はアミーリア様を無事救出した後だ」

「……はッ!」


 城内の大広間に向かう途中で、レオンに抱っこされたキアラが待ち構えていた。

 きっと帰ってこないアミーリアを心配しているのだろう。ひどく顔色が悪かった。

 キアラには適当な誤魔化しなど恐らく通用しないだろう、ギディオンはそう思った。だから敢えてはっきりと伝えた。

「キアラ。アミーリア様は何者かに誘拐された」

 アナベルの「子供にそんなことを!」という非難を無視して、ギディオンは呆然とするキアラに「アミーリア様は俺が必ず助ける。約束する」と宣言した。

 自分がどうなろうとも、アミーリアは必ず救出する。

 キアラには約束——と言ったが、ギディオンにとっては誓いだ。

『アミーリア様を助けること』はそれがなんであろうとも、ずっと以前からギディオン自身の誓いとなっていることだった。


 そうして、大広間に続々と入ってくる報告と情報から、二つの拐かしが同時進行で計画されていたことが、ギディオンの頭の中に浮かび上がってきていた。

 ひとつは、アミーリア。

 こちらはゲートスケル商人(おそらくゲートスケルの密偵)が商人ギルドのギルド員に成り代わり、舞台用の荷物やふるまい用の飲み物の樽の中身を狼煙の材料などにすり替えておき、花火の合図で点火して火事騒ぎを起こした。

 荷馬を使って舞台を破壊したのは、民衆のパニックを増幅させる為と、城から騎士の増援を防ぐ、または遅らせる為だろう。この混乱に乗じて、アミーリアの誘拐は成功した。

 そしてもうひとつが、キアラだ。

 こちらは、結果的に言うと失敗している。

 犯人が、ずっと監視していた元宰相だったのが(言葉はアレだが)、幸いした。

 キアラとされる子供が略取されてきた為、すぐに監視していた者が押し入り逮捕したのだ。

 元宰相の尋問がまだ進んでいないのと、キアラの代わりに攫われた子供が幼児であることと怯えているため証言がとれず、事件の詳細は未だ不明だ。

 しかし、この二つの拐かしの目的は、もはや調べずとも明らかである。

 二人のどちらかをファーニヴァルの旗頭として、アーカート王国からファーニヴァルを奪還するつもりだったのだろう。

 そのときに後ろ盾となるのは、もちろんゲートスケル皇国のはず。どちらの拐かしにもゲートスケルの影がちらついている。いっそ隠すつもりもないのか、とギディオンが呆れるほどに。

(それにしても、キアラの拐かしを阻止できたのは僥倖だった。もし、成功していたらアミーリア様は……)

 そう考えて、ギディオンは心底ゾッとした。

 恐らく本命はキアラだったに違いない。

 キアラが敵の手に落ちていた場合、扱い難いアミーリアは始末されていた可能性が高い。

 だが、キアラの拐かしが失敗に終わったことで、アミーリアは無事である可能性がぐんと上がった。

(あとは、どの方面へ連れ去られたか……。関所の報告はまだなのか……)

 そこへ、焦りで苛つくギディオンの元に待ち望んでいた関所の報告が入ってくる。

「午後過ぎに関所を通ったのは、ゲートスケルに続く街道へ向かった荷馬車が三台。ラティマへ続く街道へ向かった荷馬車が二台。王都へ続く街道、西方諸国方面に続く街道へ向かった荷馬車がそれぞれ一台でした。中でも、ゲートスケルに向かった荷馬車には傭兵らしい者が同乗し、物々しい様子だったと! 他は徒歩か驢馬での一人旅で問題なかった、とのことです」


 関所の報告を聞き、ギディオンは迷っていた。

 確かにゲートスケル方面に向かった馬車が一番怪しいだろう。

 ラティマ方面は国境まで距離がある為、下手をしたら国境を超える前に追手に追い付かれる可能性がある。

 王都に向かうのは論外だろうし、西方諸国方面は向かった先によっては可能性が高いが、途中街道は幾筋にも枝分かれし、そのたびに関所があるので足止めされやすい。逃走するには不向きである。

 傭兵らしきものが乗っていたとなると、やはりゲートスケル方面に向かった馬車であろうか、と思う。

 だが、()()()()()のだ。

 拐かしの痕跡もゲートスケルの者だと()()()()()()

 ゲートスケルの陰謀なのは間違いないのだろうが、あまりにもあからさまではないだろうか?

 拐かしに成功したとしても、これでは王国側にゲートスケルへ攻め入る正当な理由を与えてしまう。

 自分がゲートスケルの間者なら、西方諸国方面の同盟国か飛び地となった領土——そのへんに一度紛れてゲートスケルであるという痕跡をなくそうと謀るが……。そうなると、やはり西方諸国方面なのか……。攪乱を狙うなら、ラティマに向かった後ゲートスケルに入る可能性も捨てられない……。

 そんな風に考え込むギディオンに、他の騎士たちはゲートスケルに向かった馬車を追おうと叫んでいた。

「国境を越えられたらお終いです!」

 そう言われて、ここからゲートスケル国境まで、急げば一日かからないことに気付いた。

 なにより、アミーリアがゲートスケル皇国内に連れ込まれれば、すぐには助け出せなくなる。

 ギディオンは決断した。


「ゲートスケルの街道に行った荷馬車を追う」

 そう言って城を出ようとしたところを、キアラに呼び止められ、必死の形相で「ママが乗った馬車はゲートスケルじゃないの! ラティマの方へ行った! ゲートスケルはきっと囮なの!」と訴えられた。

 まさに、さっきギディオンが疑いを持っていたことをキアラに言い当てられ、ギクリとした。

 やはり、ゲートスケルに誘導する策なのか、それともただの考え過ぎか————

 ギディオンの頭の中で、二つの考えが何度も何度も繰り返し交互に浮かび上がる。どっちにも決め手がない。一刻を争うというのに、どうしたら……。

 そのとき、ふと中庭でキアラが未来のことを語っていたことが頭に過った。

 ああ、そうか……!

「……それは、キアラの予言なのか」

 キアラは一瞬きょとんとした顔をしたが、すぐに「そう! そうだよ! パパ、ママはラティマに行った! そっちを探して!」と断言してくれた。

 心は決まった。

「ラティマ方面へ行った荷馬車を追う」

 子供の言うことを信じるのか、などとほざいたヤツがいたが、キアラはただの子供ではない。ファーニヴァルの未来を知る予言者なのだ!

 こうして、ギディオンは一切の迷いなく、愛馬サウロでラティマへ続く街道を全速力でひた走ったのだった。



 そうして迷いなく走り切ったのが功を奏したのか、日の暮れる前に、街道の途中にある馬の休憩所に人が二人いるのをかなり遠目だったが確認できた。

 男性と、女性は白いドレスを着ている。

 アミーリアだ、と直感し歓喜した。

 もう少し先にある宿場町に入られたら捜索が困難だろうと懸念していたので、ここで追い付けたのは幸運だった。ギディオンはさらに馬を急がせる。

 ギディオンの高性能の眼が、遠目ながらも二人の顔を視認できる距離まで来ると、女性はアミーリアだと確信できた。だが、一緒に居る男性が有り得ないと分かっているのにシルヴェスター王子に見える。

 二人はまるで抱き合っているのかと思う程に密着していた。

 それを見た瞬間、ギディオンは嫉妬と怒りで頭が噴火寸前の火山のように滾り、前後不覚に陥った。

「アミーリア様を奪いに来たのか!」

 その滾る勢いのまま愛馬サウロを驚異的な速さで疾駆させた。

 ぐんぐんと尋常ならざる速さで近付いていく最中、その男がシルヴェスター王子でないことはすぐに判った。が、誰なのか判明した時、ギディオンは驚愕したものの頭は急速に冷えて、冷静になった。

 なぜならそれは、行方をくらませていた宝石商レヤード(の偽物)だったからである。



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