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20 アミーリア

 

「なんでこんなことをしたの⁉ ————アントン!」

 アミーリアはいまや怒り心頭だった。

 自分が誘拐され、しかも拘束されているという状況なんて、すっかり頭から消え去るくらいに。

 最初は、「なぜ?」という驚きが先に立った。

 だが、状況を理解するうちに、ふつふつと煮え滾るような怒りがこみ上げてくる。

 だってコイツは、あれだけの人数を危険にさらし、ファーニヴァルの領民が開催を待ちわび、あれほど楽しみにしていた祭りに、水を差したのだ。

 なにより許せないのは、私の大事な“計画”を台無しにした!

 それも、ただ私を攫う為だけに‼

 ギルドでコイツに会うたびに「火傷の後遺症が辛くはないか」なんて労わっていた過去の自分が、いまはただただ腹立たしい。

 アミーリアの怒りを感じているのかいないのか、アントン——火傷を負い常に包帯を顔に巻いていた老人——は馬車を操っている為、振り向かずに肩を揺らして笑った。その後姿に、アミーリアはふと違和感を覚えた。

 こんなに姿勢が、良かっただろうか……?

「わかりませんか? 僕は貴女を救いにきたんですよ。アミーリア、僕の妖精」

(やだッ! ナニ、コイツ。頭沸いてるの?)

 こんな状況だが、気持ち悪さでアミーリアの全身にぞわっとトリハダが立った。

 アミーリアが怪訝な目を向けて黙っていると、アントンは顔の包帯をむしり取り、道に投げ捨てた。そこから現れたのは、ふわりと風にたなびく淡い金色の髪。少しだけ振り向いたその顔は、老人などではなく、火傷痕もどこにもない。若々しく端正な————

「僕ですよ、アミーリア。以前お会いした時はアランと名乗りましたが、いまはレイと呼んでもらえると嬉しいです」

 楽し気に細められた瞳は見覚えのある明るい碧色をしていた。

「レ、レヤード……?」

 ひくっとアミーリアの喉は引きつった。

(な、なんで、アントンが、いつからレヤードに……)

 そう考えている途中で、以前『宝石商レヤード』としてアミーリアの前に現れた時も『本人(アラン)』を殺害して成り代わっていたことを思い出した。

 今回も同じことをしている可能性があると気付き、別の意味で再び全身にトリハダが立つ。

(そうだ。コイツは殺人を厭わない、そういうヤツだ。……慎重にならないと)

 広場から攫われた時、アナベルが近くにいたはずだ。混乱した状況ではあってもアミーリアが誘拐されたことはすぐに知れたはず。

 ここは無謀なことはせずに、助けがくるのを大人しく待っているのが上策というものだ。

 ただ、人の往来の多い祭りの最中ということで、追跡は難しいかもしれない。

 だとすれば、アミーリアにいま出来るのは、救助が来るまで落ち着いた対応をして、相手を刺激せず、誘拐犯(コイツ)から少しでも目的や情報を引き出して、なるべく時間を稼ぐことだ。

(前世で新進気鋭といわれた女性経営者をナメんな‼ そこそこ危険な目にあってるんだから!)

 若い女性が社長というだけで、マスコミにもてはやされて目立った結果、ストーカー行為や嫌がらせを受けたことがあった。おかげで身を守る術は頭に入っている。

 なにより、キアラと『絶対に死なない』と約束したのだ。死ぬ気で約束を守ってみせる、とアミーリアは心に誓った。

(ん? それって死なないの、それとも死ぬの)

 我ながらちょっとパニックになっているようだ。思考が支離滅裂だ。そう、落ち着かなければ。

 とはいえ結局、“アミーリア”は“レヤード”に()()されなかったが、()()される運命だったらしいと、自嘲するような笑いが浮かんでくる。

「ふふ。アミーリアが喜んでくれて、僕も嬉しいです」

(は? ホントなにいってんの、コイツ)

 ……という本音は押し隠し、どうしてこんなことをするに至ったのか、アミーリアは早速探りを入れることにした。

「ねぇ、レイ。どうして私が喜んでいると思ったの?」

「ああ! アミーリア……! もっと僕の名を、その美しい声で呼んでください」

(うわ、キモッ。少し声を甘ったるくしすぎたか)

 反省して今度はちょっとキツめに言ってみる。

「レイ、質問に答えて欲しいわ」

「だって……、アミーリアは僕のような金髪碧眼で美しい容姿の男が本当は好みでしょう? それなのに、あんなむさ苦しい侯爵に王命で無理矢理嫁がされるなんて、本当に気の毒でしたね。でも、もう逃れられたんですから我慢しなくていいんですよ。これからは僕がずっとそばにいますから……」

 あのくらいでちょうどイイらしいというのは分かったものの、(それにしても)とアミーリアは眉を顰めた。

 言っていることがキモすぎてうっかり聞き逃しそうになったが、どうしてそんなことを知っているのかということのオンパレードである。

 どうやら王宮に近いところに情報源を持っているようだ、とアミーリアは推測する。

 “僕のような金髪碧眼の美しい容姿の男”とはシルヴェスター王子のことを指しているのだろう。

 だが王子とレイの髪と瞳が同じ様な色合いだと云うことは、実際に王子を見たことのある人間にしかわからないはずで、大国の王太子を直接見たことのある人間なぞ結構限られる。

 そして、“本当は好み”と思うのは王宮で“王太子の献身的な婚約者”(を演じていた時)のアミーリアを知っているからに他ならない。

 これは、ゲートスケルの密偵がすでに王宮に入り込んでいるのか、それとも王宮の情報を知り得る誰かがゲートスケルに流しているのか————どちらにしても大問題である。

 その情報源が、アミーリアの誘拐を依頼したのだろうか?

 だとしても、いったいゲートスケル皇国以外の誰が、何の目的で依頼するというのか。いまの時点では、皆目見当もつかない。

「まぁ、レイは私のことをよく知っているのね。でも、そんなこと誰から聞いたのかしら? あなたにそんな話をしたことはないと思うのだけど……」

 上手く聞き出すためにしおらしく、でもちょっと心外くらいに聞こえるように、アミーリアはしたつもりだったのだが……。

「くっ……、はは。あははっ」

 爆笑された。心外だ。

 ひとしきり笑った後、レイは「馬を御せなくなるから、そんなに笑わすのは止めて下さい」と言った。

 笑わせるつもりは毛頭なかったので、アミーリアはムッとして黙り込んだ。

「そんな拗ねないでください。僕はギルドでアミーリアが仕事をしている姿を()()()見守っていたんですよ。そんなしおらしい口調で話していたことなんて、一度もなかったじゃないですか」

「…………ひとつ聞きたいのだけれど」

「なんですか? アミーリア」

 コイツに“アミーリア”と呼ばれるたびに、虫唾が走る。なんで許可なく名を、しかも呼び捨てにされなくてはならないのか。ギディオンでさえいまだにアミーリアを様付けしているというのに!

 だがいまは我慢だ。

 気になることを全て聞き出す方が先決だ。

「レイは、()()()()アントンとしてギルドにいたの?」

「ふふっ。いやだなぁ。最初からですよ。アミーリアと初めて会った時から、アントンは僕ですよ?」

「……!」

 アミーリアは叫び出したいのを必死で堪えた。

 城内やギルドは安全だと思っていたのに、そんな以前からこんな毒蛇が身近に潜んでいたのかと、吐き気がする程の恐怖を覚えた。


 やまゆり祭で“計画”を発表することを決めた四~五カ月前に、舞台の設営等裏方の人手が足りなくなることを見越して、ギルドで人員を募集した。

 その時に雇ったのが、(アミーリアたっての希望で)アントンをはじめとした紛争の犠牲者——全員が紛争で怪我を負い、元の仕事ができなくなった者たち——だった。

 とは言え、アミーリアの近くで働くことになる為、ファーニヴァルの市民権を持っている身元の確かな者ばかりを雇い入れたとアルダから聞いていたので、すっかり安心していたのだ。


「……で、でも、ギルドで雇われるには、身元が確かでないと、駄目なはずよ……?」

「ああ、そうですね。確かに、最初契約したのはアントン本人でしたよ」

 あっさりと、だからどうしたのだと言うような口ぶりだ。

「あ、アントンは……、本当のアントンは……?」

「……さあ?」

 くすりと、なにを言わずもがななことをと馬鹿にしたようにレイは小さく笑った。

 やっぱり『本人』は殺されているんだと察し、アミーリアは血の気が引いた。

 そして、悔しさにぎりぎりと唇を噛んだ。

 キアラの話してくれた小説の内容とは違い、ファーニヴァルはアーカート王国の統治下に入ってから、ギディオンがしっかりと治めて世情は安定していた。

 だから、まさか本当に自分が狙われるとは、実は思っていなかったのだ。

 自分の危機感が足りなかったせいで、大勢の人を巻き込み、犠牲にしてしまった————だが、ギルドに潜伏していたのなら、いままでいくらでも誘拐のチャンスはあったはずだ。

(関係ない人たちを巻き込む必要なんて、なかったじゃない⁉)

 そう思うと、再び煮え滾るような怒りが湧き上がってくる。自分にもだが、主に目の前のレイに、だ!

 慎重に聞き出そうと思っていたが、もう黙っていられなかった。

「誰の差し金か知りませんけどね! 私をどうにかしたって、ファーニヴァルは絶対に手に入らないわよッ! いまのファーニヴァルはアーカート王国の領土で、領主はあの英雄ギディオンですからね‼ 私には一切権限なんてないんだから! それに、私を脅しの材料に使おうったって、そうはうまくいかないわよ。もうファーニヴァルの血を引く後継者のキアラがいるんだから、全く無駄よッ! 私だって、何をされても大人しく言うことなんて聞くもんですか‼」

 ついでにレイの背中に向けて、イーッと舌を出してやった。

 だが、レイは見えていなかったはずなのに心底楽しそうに笑い始めた。

「な、なんなの……!」

「堪らないな……。貴女のように聡明で、はっきりモノを言う女性は他に会ったことがありません。でも残念ながら、僕自身はファーニヴァルなんてどうでもいい。僕はただ貴女の為だけに行動したんです……。だって、貴女が貴族の奥方として生きていくのは面倒で大変でしょう? 窮屈でしょう? だからこそ、あなたを自由にするために『救いにきた』のですよ」

「頼んだ覚えはないッ!」

 噛みつくように叫んだが、全く話の噛み合わないレイに、アミーリアは苛々するのと同じくらい、得体のしれない恐ろしさを感じ始めていた。

「あぁ……そうか。アミーリアは自分の立場が分かっていないから、僕を悪者みたいに思うんですね。仕方ないな、じゃあ少しだけ教えてあげます」

「……?」

「アミーリアは優先順位としては一番下です。優先上位が手に入れば、すぐ廃棄されるくらいに。今回行動を起こすにあたって、本当は『アミーリアを始末しろ』と指示があったんです。だったら僕が貰って隠しても一緒でしょ? ね、これで救いにきたって意味、分かってもらえました?」

「……??」

 アミーリアは宇宙人を相手にしているのかと思うくらい、何を言っているのかサッパリ理解できなかった。

 どうして、始末するのと貰うのが一緒で救いにきたことになるのだ?

「大丈夫。心配しないで、僕のアミーリア。あの方はお優しいから、始末と言っても貴女が貴族社会から消えれば、殺さなくてもきっと大目に見てくれます。僕が貴女を大事に大事に外には出さずに一生守ってあげますから……」

「それのどこが自由よ!」

(気持ち悪いッ……! 金髪碧眼の男って全員変態なの⁉)

 シルヴェスター王子こそ聞いたら心外だろう。

 アミーリアは体中に虫が這いまわるような怖気を感じながらも、必死にレイの言ったことの解読を試みていた。

 レイに指示を出している者は、最初はゲートスケル皇国の者だと当たりを付けていたのだが(キアラもそう言っていたし)、貴族社会からアミーリアが消えればいいと言っているあたり、やはりさっき気になったようにどちらかというと王宮——アーカート王国側の者のようにも思われた。

 だが、すでにファーニヴァルが王国の一部となった今、アミーリアがいてもいなくても王国側に不利益は生じないはずである。それでもアミーリアを始末したい理由とは、如何なるものだろうか?

 その理由がいまのところ全く思いつかない。

 誘拐の目的がいまだ不明確である現段階で、どちらが指示したのかを判断するのは尚早だ。

 それよりも気になるのは、“優先順位”の方だ。順位があるということは、他にも拉致対象者がいるということだ。

 アミーリアを拉致する目的として考えられるのは、アーカート王国からファーニヴァルの所有権を奪う為に、ファーニヴァル公家の血をひくアミーリアを旗頭にする————くらいしか、思い当たらない。

 それに優先順位をつけるならば、アミーリアよりも目的をより良く果たせる人物がいるということ————

(まさか……)

 図らずも、さっきレイに向けて言った啖呵が自分に返ってきた。

 大人しく言うことをきかないアミーリアよりも、子供のキアラの方が言うことをきかせやすい。

 優先順位上位なのはきっと————キアラだ。

  “ファーニヴァルの象徴”としてキアラが手に入ったなら、むしろアミーリアは邪魔になる。だから『始末』なのか……⁉

「キアラを攫ったの⁉」

 アミーリアは悲鳴のような声を上げた。

「そっちは僕の担当じゃないから……手伝いはしたけど、どうなったかはわかりません」

 やっぱりキアラ誘拐の計画もあったのだ!

「手伝ったなら知ってるんでしょ⁉ 早く言いなさいよッ‼」

「さて、教えてあげるのはここまでです。一生懸命探ろうと頑張っているアミーリアがあんまりいじらしいから、つい多めに教えちゃった。僕、結構サービスしましたよ?」

「そんな……。キラちゃん……」

 アミーリアの体から急激に力が抜けて、がくりと床に頽れた。同時に、視界がぼやけて狭くなってくる。

 目の前が、真っ暗になった。





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