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19ー① キアラ

 

 パーン!

 突然、花火の上がる破裂音が響いた。

 アルダ会長が舞台上でアミーリア肝入りの子供服を販売するという発表と、初回限定で一枚の値段で二枚購入できることなどを伝え終わった時だった。

 アルダとアミーリア、ギルドのスタッフたちは予定のない花火の打ち上げに全員怪訝な表情を浮かべたが、広場に居た領民たちは景気付けの花火かとワッと盛り上がった。

 だが、続いて街の方から何カ所も黒い煙が立ち上るのが見え、広場のあちこちから同じような破裂音と黒い煙がもくもくと上がり始めると、人々は何かおかしなことが起こっているのだとやっと気が付いた。

「火事だ!」

 そんな叫び声が至る所で聞こえ、人々が右往左往し、広場の中は混乱し始めた。

 広場の警護に当たっていた騎士たちが人の流れを街へ続く街道へ誘導しようとするが、パニックを起こしかけている人々に騎士の声は耳に入らない。

 その時、さらなる災難が起こった。

 騒ぎが起きるすこし前から、舞台脇に設置されていたテント近くで、アルダ会長の発表の後にふるまわれる予定の酒や食べ物を荷馬車から積み下ろしていたのだが、その荷馬車を引いていた馬が突然泡を吹いて暴れ出し、舞台のある方向へと突進し始めたのだ。

 馬は荷馬車ごとそのまま舞台へと物凄い勢いで突っ込み、轟音と共に埃や木片を舞い上げて舞台を破壊した。

 舞台の上に、まだアルダ会長がいたことを思い出した誰かが「アルダ会長!」と悲鳴交じりに叫んだ。

 一連のあまりの出来事に、呆然としていたアミーリアとキアラだったが、すぐにアミーリアは復活し、自分についていた護衛騎士にアルダ会長の救助と広場内の混乱を収める手伝いをするよう指示を出した。

 一瞬迷いをみせた騎士達だったが、阿鼻叫喚の最中となりつつある広場の状況と城のすぐ側ということもあり、半数に別れて動くことを決断すると、アナベルと騎士三人を残して舞台の方へと急ぎ駆けて行った。

「城へ戻るわよ」

 アミーリアがそう言うと、アナベルと騎士一人が先導し、レオンがキアラを抱っこしてアミーリアの後ろにつき、その後ろを残っていた護衛騎士たちが守りながら従う。さすがにキアラもこの時ばかりは文句も言わずレオンにしがみついて黙って抱っこされた。

 だが数歩歩いたところで突然黒煙に巻き込まれ、ゴホゴホと咳き込み、涙と煙で前がよく見えなくなってくる。

 屈んで姿勢を低くして城の方向へと進もうとするが、パニックになっている領民たちとぶつかって進めず、なかなかすぐには辿り着けなかった。

 アミーリアの「大丈夫? 歩ける?」などとしゃがみ込んで誰かに話し掛ける声が聞こえ、煙のなかでキアラが目を凝らすと、アミーリアが先程キアラに紹介してくれたアントンという老人を助け起こしていた。

 転んだ拍子に被っていた帽子が落ちたのか、さっきは帽子のせいで隠れていた唯一包帯が掛かっていない目元がはっきりと見えた。

 その瞳は煙って視界が悪い中でも、あざやかな明るい碧色をしているのがわかり、妙に印象的だった。

(あの瞳……どこかで)

 キアラが思い出す前に、アミーリアとアントンの姿はさらに濃くたちこめてきた黒煙に遮られて見えなくなる。

「ママ!」

 咳き込みながら煙を避けて移動したレオンとキアラは、ふと周囲にアミーリアも護衛騎士もいないことに気が付いた。

 はぐれたことに慌てるキアラに「僕が付いています。大丈夫。失礼します」とレオンが口早に断り、自分の羽織っていたマントでキアラを頭から包み込むとすぐさま駆け出し、城門の方角へと脇目もふらず、子供のすばしっこさを発揮して逃げ惑う人の間を縫うように走り抜ける。

 だが城門に到着してみると、城門前に設置されていた舞台の瓦礫と救助しようとする人々でごった返して道が塞がっており、ここから城に入ることは出来そうもなかった。

 レオンは正門から入るのを諦め、瓦礫を避けて城壁の方へと移動した。

 城のある方角が風上だったのか、煙は城壁周辺には漂っていなかった。だが、護衛もいない状態で隠れようもないこの場に留まってもいられず、早く安全な城内へ入らなくてはと、レオンは少し先にある使用人用の通用門へと無我夢中で走った。

「キアラ様、あと少しだけ御辛抱ください」

 マントで包み込まれているので状況がどうなっているのかさっぱり分からないが、レオンが必死にキアラを助けようと頑張ってくれているのは分かる。ただただ頷くしかなかった。

 レオンが通用門に到着すると、そこからは続々と騎士たちが城外へと出てくるところであった。レオンと同じく、正門を使うのは無理とみて、こちらに回ってきたのだろう。

「あっ……! 閣下……!」

 騎士たちの中にギディオンが居るのをみつけると、レオンは一目散に駆けてゆき、抱えていたキアラを下ろすと「キアラ様を危険にさらし、申し訳ございません」とギディオンに深く頭を下げた。

 これにはギディオンもキアラも、驚いて目を丸くした。

「ち()うよ! レオンはひっ()に、たしゅ()けてくれた()! パパ、おこ()ない()!」

「わかっているよ。キアラ」

 キアラの嘆願にギディオンは目を細めながら抱き上げて、ぎゅっと胸の中に抱きしめた。

「無事でよかった……」

 囁くような声でそう言い、安心したように息をついた後キアラを下ろすと、くっと顔を引き締めた。

「レオン、感謝する」

 レオンに向かって礼を言うと、後ろに控えていたブランドンに「二人を頼む」と言い置き、ギディオンは騎士たちを引き連れて混乱を極める広場の方へと足早に向かって行った。


 ブランドンに連れられてレティス城に戻ると、キアラとレオンはメイドに引き渡された。

 煙のせいで煤塗れだった二人はすぐさまそれぞれ風呂に入れられて、着替えが済むと子供部屋に戻されたが、アミーリアもアナベルも、まだ帰ってきてはいなかった。

「ママ……」

(きっと広場でなにか手助けとかしてるだけだよね? アルダ会長も無事だよね……?)

 妙な不安を感じて胸の動悸が止まらなかった。

 落ち着かなくて、つい部屋の中を小熊のようにキアラはうろうろと歩き回る。

 見れば、レオンも黙って傍に控えているが、思い詰めたように青い顔をしていた。

 レオンとてまだ十歳そこそこの子供である。いくらしっかりしていようとも母親であるアナベルがあの状況から戻っていないのだ。キアラ同様にレオンも不安で仕方ないのだろう。


 部屋に戻ってから二時間近く経ち、待ちきれなくなったキアラはレオンに頼み込み、広場が見下ろせるバルコニーまで連れてきてもらった。

 先日、アミーリアが側妃たちとお茶会をしたのと同じ場所だ。

 キアラは手すりの支柱の隙間に額を押し付けるようにして、眼下の広場の様子をみた。

 どうやら火事は鎮火できたようで、どこにも炎はみえない。だが、何か所かはまだくすぶっているのか煙が上がっていた。

 あれほど大勢集まっていた領民たちは広場からすでに居なくなっており、広場から街へと続く街道に移動していた。

 広場に残っているのは、応急処置を受けている怪我人か、忙しく動き回っている騎士のどちらかだった。

 城門前の壊れた舞台はすでに片付けられて、瓦礫は一か所に集められている。

 そのあたりにかなりの人数の騎士たちが集まっていて、何かを調べていたり、ギルドの関係者から聞き取りをしているようだった。

 じっと眺めていると、騎士の集団の一部が城門を通り、レティス城に戻ってくるのが見えた。

 その中に、ギディオンとアナベルがいるのをキアラは目敏く確認した。

「レオン! あなべゆがく()よ! むかえにぃこ!」


 レオンがキアラを抱っこして、レティス城の大広間に繋がる廊下へと急いで駆け付けた。

 現在、大広間は“対策室”へと様変わりしており、大勢の騎士や文官たちが忙し気に大広間を出入りしていた。

 邪魔になるので、二人は大広間には入らず、廊下の端に寄って待っていた。

 しばらくすると、疲れた様子のアナベルと、いつもより十倍は凶悪な顔をしたギディオンがやってきた。

「パパ……、あなべゆ……」

 とんでもなく近寄りがたい雰囲気だったが、それでも意を決して、恐る恐るキアラは声を掛けた。

 二人に気が付いたアナベルが、ほっとしたように眉を下げて近づいてくる。

「あぁ……、キアラ様。レオン……」

 二人の前に膝をつき、抱きしめようと腕を広げて——自分が煤けて汚れていることに気が付いたのか、腕を元に戻して、うっすらと涙ぐみ微笑んだ。

「あなべゆ、レオンがとっても、がんばってく()たの」

「そう。よくやったわ。レオン」

 レオンは誇らしさを堪えるように、口を引き結んで頷いた。

 続けてキアラはキョロキョロと周りを見回し、ギディオンとその後ろにいる騎士の一団も見渡して、「……ママは?」と聞いた。

 その一言で、ギディオンとアナベルの周囲の空気がピリッと凍り付く。

 アナベルは難しい顔して一度口を開き、何も言わずに閉じるとギディオンの方へ伺うように顔を向けた。

(なに……? いったい何が起こったの)

 キアラの妙な不安は的中してしまったらしい。

 ギディオンは、従来比二十倍くらいの恐ろしい顔つきをしながら跪くと、キアラと視線を合わせた。

「キアラ。アミーリア様は何者かに誘拐された」

 アナベルが「子供にそんなことを!」とギディオンを非難したが、ギディオンは厳しい表情のまま続けた。

「これから対応の為にアナベルも動く。だから、大人しく部屋で待っていて欲しい。アミーリア様は俺が必ず助ける。約束する」

(……え?……)

 ぐわんぐわん、と頭の中で鈍い金属音が鳴り止まない。

 何も考えられなくなったキアラは、呆然とした顔で突っ立っていた。

 ギディオンはもう言うことはないとばかりに素早く立ち上がり、大広間に設置された大きなテーブルの方へ向かった。そこは、次々と入ってきた情報が集められ、検討される場所となっている。

 アナベルもレオンに「キアラ様をお願いね」と言いおき、ギディオンの後に付いて行った。


(……ユウカイ……ゆうかい……? ……誘拐、ですって⁉)

 しばらくして、ようやくキアラの頭にギディオンの言葉が入ってくる。

 アミーリアが、“駆け落ち”ではなく、“誘拐”されたというのか⁉

(そういえば……)

 小説のアミーリアが駆け落ちした時期と現在が、ほぼ同時期であることに気が付いた。

 いったい、誰に、どうして……?

 キアラの頭の中は、いまやめまぐるしく回転していた。

 判断するには、情報が全く足りない。

 だが運の良いことに、ここは情報が集積されている場だ。

 ここに居れば、何かが掴めるかもしれない————

 レオンが「キアラ様、戻りましょう?」と声を掛け手を差し出してきたが、その手を振り払い、開け放たれたままの大広間入り口の扉の影に身を隠すようにして、キアラは居座り続けた。


ありがとうございました。

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