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17ー② キアラ

 

 すでにコンテストの結果発表は終わり、今年の(といっても今回が第一回だが)『やまゆりの精霊』に選ばれた女性が前に出て皆の祝福と喝采を受けていた。

 これから、アミーリアがやまゆりの精霊女王として優勝者にやまゆりの花冠を、キアラとリサがひめゆりの精霊として次点の二人にひめゆりの花冠を授与するのだ。

「だいじょぶ。ねうくないよ」

「そう? じゃ、行くわよ~」

 そう言うと、アミーリアは膝に乗せていたキアラを下ろし、ドレスの裾を引き寄せながら優雅な所作で椅子から立ち上がった。

 ただそれだけの動きだったのに、舞台の周りにいる領民たちの視線が、舞台袖近くの端に設置してある審査員席——アミーリアへと集中した。

 今日のアミーリアは、上質のしなやかな亜麻で作ったドレスを身に付けていた。

 ストンとしたシルエットだが、たっぷりとドレープが取ってある丈長のチュニックに、胸下から腰まで組紐を巻き付けて留めている。おかげで、いつもはちょっと控えめな胸が豊かに見え、腰の細さが強調されている。

 肩から長くゆったりとした布が落ちているだけの肩袖からは、ほっそりとした二の腕が袖の隙間から時々垣間見えるが、不思議と煽情的には見えなかった。レースの長いベールを頭から深く被っているせいなのか、むしろ慎ましく清麗に感じられる。

 まるで、古代ギリシャの女神のごとく神々しい出で立ちであった。

(余談ではあるが、この衣装を着たアミーリアがよほど印象的だったのか、翌年以降の精霊女王の衣装として継承されることになった)

 キアラと舞台袖から合流してきたリサも、キアラモデルの可愛らしいワンピースを着て精一杯のオシャレをしているが、全ての視線はアミーリアへと向かっていた。キアラ達などせいぜい女神の周りをうろついているニンフ程度の存在感だろう。

 アミーリアが舞台中央へ歩きはじめると、ため息とも感嘆とも云える声なき声がもれる。

 キアラとリサがその後ろをてとてと付いて歩くと「キアラ様~。頑張って~」と、審査員席に並んで座っていた、(特別審査員の)側妃三人がキアラに手を振って応援してくれた。

 歩きながら周りを観察すると、観客の何分の一かは審査員席の側妃たちを呆けたように見ているのがわかった。

(ま、仕方ないよね。貴族令嬢の丁寧に手入れされた美しさはもう別格だもん)

 その中でも特に可憐な美貌を称えられていたアミーリアなのだから、人々の目を一斉に引くのはある意味当然といえた。むしろ、今年の“やまゆりの精霊”さんが舞台上で公開処刑となってしまうのではないかと、キアラはちょっぴり心配になった。

(まぁ、みんな違ってみんなイイ、だよね!)

 ちょっとよくわからない慰め(?)を呟きながら、舞台の中央まで行くと観客の方へ向き直った。

 一段高い場所から広場を一望すると、人の動きが良く見えた。

 ざっと見渡すと、舞台周辺だけでなく広場への出入口や、熱中症対策のテント(もちろんアミーリア提案)周辺に、護衛の騎士が結構な人数で配置されているのがわかった。

 騎士たちは皆油断なくきょろきょろと顔を動かしているのと、着ている騎士服も相まって大勢の人の中でひときわ目に付くからだ。

 こんなにも警戒しているのは、側妃たちが特別審査員として急遽参加が決まったからかもしれない。

 だがその中で、熱中症対策用テントの影にいる騎士一人だけは、なぜか顔が舞台の方に固定されたままだった。

(んん……? あれは————パパ‼)

 大きな体躯をテントの幕で隠すようにして、ギディオンは舞台の上にいるアミーリアを凝視していた。

 遠目でも、貪るように見つめているのがわかる。

(ママは……。あー。全然気が付いてないわー)

 キアラが舞台へ視線を戻すと、アミーリアは精霊女王として“やまゆりの精霊”に花冠を授けるという仕事に集中していて、観客の方は全く見ていなかった。

(あんな目でママのことを見るくらい好きなくせに。ホント、バカじゃないの……)

 食い入るようにアミーリアを見つめ続けるギディオンは、見ている方が切なくなるほどだった。

 キアラは心の中で盛大に毒づきながらも、これはどうにかしてやらないとダメだなぁ、と気持ちはすでに世話焼きババアと化していた。


 キアラが無事に花冠を授与する役目を終えると、入れ替わりにアルダ会長が舞台に登壇した。

 アルダ会長がこれから売り出す予定の麻製品の説明と発売日の発表をしている間に、側妃たちはレティス城へと戻っていった。

 アミーリアとキアラはアルダ会長の発表を見守る為にしばらく広場に残ることになっていたので、キアラはギディオンのいた方へと誘導を試みた。

「ママ、あっちのテントの方で見ていようよ」

「いいわね。今日は少し日差しが強いものね。飲み物も用意してあるはずだから、行きましょうか」

(イエス‼ ナイス、私‼)

 アミーリアはキアラを抱っこするとテントの方へと移動した。だが————

(パパ⁉ いない⁉ どこ行っちゃったの‼)

 きょろきょろと辺りを見渡したが、さっき居たところにも近くにも見当たらない。どうやらギディオンはどこかへ移動してしまったようだった。

(もうっ、パパの意気地なしッ!)

 キアラは心の中で地団太を踏んだ。

「あ……、アミーリア様、ど、どうぞ、こちらへ……」

 くぐもった声がして、キアラは声のした方へと振り向き、びくりと体を固くした。

「あら、アントンさん。こちらを手伝っていたのね」

「は、はい。今日は、あ、案内を、させていただいて、ます」

 アミーリアにアントンと呼ばれた人物は、顔全体に包帯が巻かれて深く帽子を被っているので年齢は全く測れなかったが、丸まった背と少し足を引きずる様な歩き方から、高齢の男性なのかと思われた。声がくぐもっているのは、包帯で顔を覆っているからだろう。

 アントンは貴賓用と思われるテーブルと椅子のある場所まで案内すると「お、お飲み物を、頼んで、まいります」と言い、下がっていった。

「あの方ね、先の紛争の時に大火傷を負ったそうなの。顔の火傷の痕がひどいらしくて、治ってはいるけれど、ああやってずっと包帯を巻いたままで暮らしているのよ」

 アントンが居なくなったのを見計らって、アミーリアはそう説明した。キアラが驚いて体を固くしていたからだろう。

 声がくぐもって聞こえるのは包帯のせいだけではなく、もしかすると火傷で口が動かしにくいのかも、と思い当った。

「そ、そうなんだ……。足もケガしてるのかな。働くのつらくないかな……」

 キアラの心配にアミーリアも同意するように眉を下げた。

「つらいでしょうけど……アントンには働かなければならない理由があるの。彼には息子さんがいるのだけれど、先の紛争に傭兵として参加して……大怪我を負っていまも寝たきりらしいの」

「……!」

 ショックだった。

 ここは前世の日本とは違って戦争が身近にある、危険と隣り合わせの世界だということを認識はしていても、実際に戦争の犠牲になった人と会ったのは初めてだった。

 キアラは戦争をテレビの画面越しではない、リアルなものとして改めて認識したのだ。

 そしてこの世界には厳然とした身分と貧富の格差があるのだということも、同時に痛感した。

 ここはあくまで貴族という選民意識の強い者が支配する世の中なのだ。

 前世では、誰もが当然のように保護や手助け、補助があってしかるべきことも、ここでは身分や金銭的な問題で捨て置かれたり、助けてもらえない。

 助けがあったとしても、全ては支配している領主の胸先三寸、采配次第で大きく変わる。

 平民は、大方のことを自己責任でなんとかするしかないのだと云うことに衝撃を受けた。

 王族や貴族の欲のために起こった戦争なのに。

 キアラはいまさらながら血の気が引き、空恐ろしい気持ちになった。

 ふと、改めて周りを見れば、テントの中で裏方として働いている人たちは、大きな傷跡がどこかにあったり、少し動きがぎごちない人が多かった。

 前日譚の中の、そんなに大きくもない紛争ですら、こうやって沢山の犠牲者が出ている。

 小説本編で書かれていた、大陸全土を巻き込むような大きな戦争が本当に起こったら、ファーニヴァルは、この世界は、どうなってしまうのだろう————?

 アミーリアが紛争の傷病者を助けたいといくら雇い入れようとも、また戦争が起これば焼け石に水だ。

 だとしたら、いまからできる最善は、もう戦争を起こさないこと————


 キアラはこの世界の現実に触れ、突如思い立った。

(小説の通りにならないよう主人公を探し出して、彼女が起こそうとする戦争を、私が阻止すればいい)

 そう、ファーニヴァルだけじゃなく、この大陸中全ての国々が、戦争に巻き込まれないように。

 アミーリア(ママ)が自分と同じことを考えているかはわからない。

 でも、それでいいのだ。

 ママは、ママの出来ることをちゃんとやっている。

 物語本編が始まるまで、まだまだ時間はある。

 だから、私も自分の出来ること——小説の内容を知っている私だから出来ることを、今からよく考えて準備しておけばいい————



 そしてこれより以降、キアラは時々考えるのだ。

 ゲートスケルの皇帝は、何を思って他国を侵略しているのだろうか。

 何が目的なんだろうか、と。




ありがとうございました。

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